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十八話

気付けば、前回の投稿から一ヶ月近くが……。

イイワケ、アリマス。ガッシュク、コウザ、ドクショカンソーブン、カダイ……


言ってて悲しくなりますね、これ。


さて、今回は変なおじさん変(編)のラストです。一ヶ月かかっただけに、一万字を越えた今までで一番長いものです。

では、どうぞ。

 男と一悶着あった歩道橋とは反対側に公民館を出て、俺はまず『それなりに長くて摩擦があるもの』を探した。もちろん、縄跳びをしたいとか首を絞めたいとか、そんな簡単な理由じゃない。ない頭を真面目にフルに酷使して考えついた作戦なのだ。


 作戦とは言ってもそこまで大それたものでもない。なんせ成功の確率も高くなく、相手の能力も予測にすぎない。ダメだったら秋乃の能力で逃げればいいという人任せな一面もあるし、しかしだからこそ、思い切りできるというものだ。


 男の能力については、俺は一つの仮定を立てた。


 まず重要なのは、なぜ伸びるか、という箇所にある。伸びると言ったらゴムだけど、打撃は効くし何より曲がる。バネも納豆のネバネバとしたヤツも、伸びるけど曲がらない。


 男から逃げている道のりであらゆる『伸びるもの』を考えてみたけど、どれもピタリとはこなかった。そもそも、伸びるもの自体数が少なそうで、あまり頭に浮かばなかった。


 ここで、頭の使いどころである。自分でもよくやったと誉めてやりたいくらいの発想の転換だ。


 もし、男の腕が伸びているのではないとしたら?


 ゴツゴツとした腕、してそのゴツゴツが等間隔に並んでいるのを思い出す。


 俺が導き出した答えは『男の腕自体が増えている!』ということだ。


 つまりは、男は腕を伸ばしているのではなく、関節を増やしているのだ。肩から肘なのか、肘から手首なのかはわからないけど、これなら曲がるし打撃も効く。


 ただ、確証がない。男の腕が俺の知らない物質やこの世に存在しないものでできていない可能性も、ゼロではない。


 だから、えっと……


「……ダメだ、これ以上考えると頭がパンクする」


 俺は思考を諦めた。


 いいんだもう、関節が増えてるってことで。相手が誰であろうと異論は認めない。とは言っても、異論を唱えられる人間はここには秋乃しかいないけど。そもそも口にすらだしていない。


「おい翔、ボケッとしていないで一緒に探せ」


 おしいれに上半身をつっこんで『それなりに長くて摩擦がある物』を探していた秋乃が、首をひねって不満げな瞳で俺を見つめていた。


「あぁ、すまんすまん。探してみるよ」


 これは失態だ、と真新しいノートパソコンが置いてあるデスクの前に腰をおろした。そこに、まるでイカの足のように四方に伸びている名前も知らぬコードの中から、使えそうなものを探す。


 部屋にはきれいに整えられたベッドに白い壁、その他いかにも平成を感じさせる家具が並んだ部屋――秋乃の部屋で、俺達は『それなりに長くて摩擦があるもの』を探していた。








 公民館を出たのがその五分くらい前になると思う。


 俺が『それなりに長くて摩擦があるもの』についてのイメージを考えたとき、真っ先に浮かんだのは綱引きで使う大縄だった。


 もちろん、そんな重いものを二人で扱えるとは考えるほど俺は愚かじゃない。だからイメージはそのままに、もう少し細いものを探すことにした。丁度カウボーイが使いそうなロープのようなものだ。


 しかし、これがなかなか見つからない。ロープに類似するものも探す対象には入れたけど、この周辺でそんなものが落ちているかと聞かれたら、俺はそんなものは知らないと答える。考えてみれば、ロープなんてものが落ちている情景が浮かばない。


 誰かの家に侵入することも考えたけど、それはさすがにできなかった。それじゃあまるで泥棒だ。っていうか泥棒そのものだ。


 ここで密かに「三年前の俺達ならやってたかなぁ」なんて思って、昔の自分に恐怖した。


 一分くらい考えたけど『それなりに長くて摩擦があるもの』は頭をかすめることもなく、まして見つかることはなかった。


 そんな時に秋乃が、


「それなら私の家にあるぞ」


 などと言い出すものだから、俺はそれがなんなのかも聞かずに秋乃に時間を戻すように頼んだ。


 戻る時刻は朝七時、秋乃が家を出る前だ。


 歩みを止めた俺と秋乃は青い光に包まれ、そして気づけば俺は家の畳の上で仰向けに寝ていた。家というのは当然俺の家で、隣に秋乃はいない。寝ていたのが布団の上ではなく畳の上であったのは、この家の中で俺の時間だけが戻ったからだろう。


 体がだるいということはなかったから、俺はさっと起きあがって秋乃の家に向かった。


 俺の家のドアにはチェーンも鍵もかかっていなかったが、それが何を意味するのか考える余裕はなかった。







 今回は秋乃に助けられたなぁ……


 機会のコードで代用できるとは、ロープに固執していた自分がマジで馬鹿みたいだ。


 自分の石頭が浮き彫りになったけど、意外に落ち込んだりはしなかった。もう自分が馬鹿だということに関して開き直っているからかもしれない。


 こういう訳で秋乃の部屋にいるのだけど、やっぱりこの部屋は、というよりこの家はきれいだ。親子そろって整頓上手ってところか。


 クラスのヤツらが知ったら驚くだろうな。秋乃の部屋って男気があふれてそうなイメージがある。……と言ったのは、漫画同好会の同士だったっけ。


 てか、男気があふれた部屋って何だ? 俺の部屋だって片付いてるといえばそうだよな。


 思考があさっての方向に向かっているのに気づかないでいると、後頭部に軽い石のようなものがぶつかった。


 何事かと振り向いてみると、押入から上半身をだした秋乃が腰に両手をつけて、再び不満そうな瞳でこちらを見ていた。いや、今のは怒りの色も感じられる。


「翔、だからお前は探す気はあるのか」


 低く地を這うような声に小さく身震いした。


「うっ……すまん、真面目にやるよ」


 秋乃から目をそらして下を向くと、汚れ一つ見あたらない床に黄色のミニホッチキスが落ちていた。


 なるほどこれが投げられたのか。


「まったく、なにをボケッとしているのだ」


 初めて来た部屋でもないだろう、と文句をたらしながら、秋乃はまたおしいれに上半身を突っ込んだ。


 秋乃はさっきと変わらない練習着を着ていて、その肉付きのいい健康的な足はいい見せ物となっていた。


 顔が見えないから、そこにあるのはただの女性の白い足。健康な男子高校生には少々目に毒だ。


 ここに父親がいたらはしたないと叱るだろうか? ……おじさんだったら終始笑ってそうだなぁ……


 じゃあここに俺の母親がいたら、見ちゃいけません、なんて目を塞ぐだろうか……。……わかんないな。


 ふと現実に帰ると、知らぬ間に腕を組んでいた。


 いかんいかん、真面目に探さないと。


 頬を両手で挟むように叩いて気合いを入れ、俺が求めるようなコードを探し始めた。多分まだきれいに整頓された方だと思うのだけど、それでも俺には未開のジャングル顔負けに入り組んで見える。


 一応俺の家にもパソコンはあるのだけど(壊れているけど)、こんなに複雑ではない。


 手にとってみないとわからないよなと思って、片っ端からコードを手にとって目測で長さをはかった。


 一本一本を手の中を滑らすように追っていって……


「いいのあったな……」


 ジャスト18.254689秒で、丁度いいコードを見つけた。


 なんだ、ちゃんと探していればすぐに見つかったのか。もっと時間がかかるかと思っていたけど。


 コードはパソコンとよくわからない機会を繋いであって、他と紛れそうな黒色だった。


「翔、そっちは見つかったか?」


 振り返ると秋乃が白いコードを四つおりくらいにして持っていて、それを突き出していた。長さも丁度よさそうだ。


「見つかったぜ、この黒いの。ちょっと待ってて、今抜くから」


 こういうのは根元を持って抜くんだよな、と自分に言い聞かせるように呟きながらコードを抜きにかかる。たかがコードを抜くだけに失敗を想像したわけではないけど、あっさりとコードは抜けた。


「何をやっているんだお前は!」


 え?


 秋乃の怒声に体がビクリと震えた。


「そのコードは抜いてはいかんだろうがぁあああああ!」


 えええええええ!?


 いや知らんってそんなこと、不可抗力だ!


 自分は間違っていない。そう考える俺と秋乃の和解がすんなり成立するわけがなく、秋乃の叱責に対して時に反論し、時にぼかしてやり過ごし、時に論点をずらしまくって、なんとか落ち着いた。


 やっっ終わったとため息をつく俺の正面で、論説に全力投球した秋乃が息を荒げている。


「……行くか、外」


 全身の力を抜くように言うと、秋乃は息を整えてからため息をついた。


「……そうだな、まったく無駄な時間だった」


 多分、あのロマンチックなおじさんも――ヒステリックだっけ? まぁいいや、とにかくおじさんも俺達を探して町をさまよっていることだろう。これ以上待たせるのも忍びないってもんだ。


 腕で反動をつけて一気に立ち上がる。


「それじゃ、反撃といくか」


 口の端がつり上がっていくのがわかる。


「あぁ、そうだな」


 秋乃に簡単な作戦を説明しながら玄関まで歩き、そしてドアを開いた。




〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓





「……よし、準備はこれで完了だ」


 五月のカラッとした日差しにあてられてかいた汗を服の袖で拭き取る。


 雲一つない空の真ん中に輝く太陽を見つめて、まぶしくてすぐに目をそらした。


 右、左、正面にはそれぞれどこまでも続きそうな一車線の道が伸びている。とは言っても、行き止まりは見えているけど。


 様々な説明を避けて、つまるところ、俺達はT字路の真ん中に立っているのだ。


「準備とは大層な物言いだな。このコードを持って右に左にまっすぐに、行って帰ってきただけだろう。しかも一本は大縄跳びの回すひものように」


 飛ぶ人間はいない。


「二人で仲良くな」


「とても美しい響きじゃないか」


「つまらないって意味だよ、大縄飛びにしては」


 冗談をわかってくれない秋乃に、ため息ではなく笑いがこぼれた。


 今もコードの両端を二人で仲良く持っているわけだけど、恋人同士の赤い糸にはとても見えない。なんせ黒色……死神にでも仲立ちをされているようだ。


「なぁ翔、準備ができたのはいいが、私達はいつまで待っていればいいのだ?」


「さぁ、アイツが俺達を見つけてくれるまでかな。今日中に見つけてくれればいいなぁ」


 あのおじさん、絶対にどこか抜けてるからなぁ。


 棒読みで、アメリカ人のごとくオーバーに言うと、秋乃の顔はみるみる不満気になっていった。


「……私は……帰ってもいいのか?」


「まあまあ、冗談だって。その方法を考えようじゃないか」


 コードを持ち替えて秋乃の肩をバシバシとた叩く。秋乃の顔は不機嫌を隠すことをせず、唇をとがらせて俺の手を払った。


 不機嫌が怒りに変わる前に手を引くか。


 それにしても、自分にこんなサディスティックな一面があるとは……。……いや、それとは違うかな?


「ともかく、あのおじさんに俺達がここにいるってことを伝えたいわけだ。なんかいい手はないか?」


 少し調子を変えて真面目に話すと、秋乃も表情を堅くした。


「……つまり、簡単に言うと、目立て! ということだな?」


 まぁ……そんなとこかな。


「そういえば、戦ってる最中は他人から見られないんだったな。青髪が言ってた気がする」


 ようするに、どんな派手なことをしても周りからは見えないという意味だ。


「青髪とは?」


「わからないのか?」


「心当たりならあるが……」


「じゃあそれだ、多分。そんで、いい案はあるか?」


 秋乃は握った手の人差し指と中指の間に顎をおいて、考え込むように上を向いていた。


 なかなか動かないから俺も考えてみたけど、目立つということの難しさがわかっただけだった。


 家を壊すのはさすがに行きすぎてるし(そもそも壊せない)、大きな音も俺達の叫び声程度が限界だ。この町は広い。せっかく戦いの準備をしたのに、わざわざここを動くこともない。


 秋乃の能力も使えるとして、果たしてどうすればいいのか。


 四方八方を泥沼に囲まれたように考えをつまらせていると「そうだ」と秋乃の、頭の上に電球でも浮かんでいそうな呟きが聞こえた。


「なんかあった?」


 俺が聞くと、秋乃は鼻を鳴らして得意げな笑みを作り、挑発するように俺を上目遣いで見た。


 秋乃が得意げになるなんて、不安要素にはまったく困らないものだ。


「まぁな。目立て、という了見にならもってこいだ」


 どんなだ? と素直に質問をぶつけたけど、見ればわかる、とお茶を濁された。


 秋乃は自信に満ちあふれた表情をそのままに、片方の手のひらを空に向ける。


 時を挟まず、俺は空に異変を感じた。ほんの少しだけど、空が、というより空間が青白く光っているのだ。秋乃の能力だということはすぐにわかった。


 だが、次の瞬間。


「えっ?」


 自分の意志とは関係なく、声が漏れた。


 見上げた空に、少し前まで雲一つない青空だった空に、黒い正方形が浮かんでいた。


 まるで空に穴が開いたような、直接宇宙を見ているような感覚――いや、ちがう。黒い立方体が空に浮かんでいるんだ!


 よく見ると、立方体の各辺がうっすらと確認できる。


 これって、もしかして……


「ははは、どうだすごいだろう。大体半日前の『夜』をこの時間にもってきてやったぞ」


 笑えない。そんなの反則だって……


 開いた口がふさがらないとは今の自分の状態を言うのだろう。上を向いているせいでもあるのだろうけど、やはりその黒い立方体はこの世界には異常だった。


 なんだかファンタジーだ。ていうか能力を使ってる時点で十分ファンタジーだけど、これには今までで一番ファンタジーを感じる。日常の風景のピースを一部バラバラにして、


 それにこういう常識を完全に無視した能力を見ていると、俺の能力の低級さが際だっていい気がしない。


「これですぐ来るだろう」


 フンッ、と胸を張る秋乃に、頼もしく、しかし妬ましく、とかく不満を全面に押し出しているような、じとじととした視線を送る。


 能天気な秋乃はそういう感情を感知するシステムが故障して――最初からなかったのだろうか、俺の視線を気にする様子はない。


 都合の悪いことは見えないし聞こえないし感じない、ってところか。……ったく、どんな幸せな人生を送ってんだか。


 想像するだけ無駄か、と思考に区切りをつけて秋乃から目を離す。


 特に見るものがなくなった俺はもう一度黒い立方体を見上げて、なんか物騒だなと考えて、すぐに顔を元の位置に戻した。


 三方向に伸びる道のうち、中央の道が遠くまで見える。かなり遠くまで続いているけど、今のところ人の影は一つもない。


 まぁ気長に待つか、と思って肩の力を抜いてリラックスをした。


 肩の力を抜いた瞬間、ずいぶん遠くから誰かの声が聞こえた。距離はかなり遠いようで、本当に蚊の泣くような声しかしなかった。


 俺が、声が聞こえた方向、正面の道路をまた声が聞こえないだろうかと、ぼんやりと見つめていると、


「お~い、少年にビューティフルガール!」


 気を配っていたせいか、今度ははっきりと――とは言ってもかすかなだけど、声を聞き取ることができた。


 言うまでもなくあのおじさんだ。まったく、ずいぶんと早いご登場である。


「来たみたいだな」


「あぁ」


 誰へでもなく俺が言うと、遠くから聞こえる声に気づいていたらしい秋乃は一つ返事をした。それからチラリとこちらを横目で見て、また正面に向き直った。


 道の奥の方までを見つめていると、遠くに見える家の瓦屋根の上に、男は現れた。して仁王立ちをした。


 屋根の上って、どうしてそんな所から現れるんだよ。飛び降りるのかな……あ、着地失敗した。


 鼻か額か何かをさすっている姿が、ここからでもギリギリ見える。


 あれは痛そうだ。……でなくて、


「標的は目の前まで来た。準備はいいよな、秋乃」


「もちろんだ」


 力強く頷いた秋乃。だけど、その不安はどうしても拭いきれないようだ。遠くの男を見据えて、孤狼のように、うさぎのように立っている。


「心身ともに絶好調だ。……しかしだな、私にそんな器用なことができるだろうか? 自分が不器用なのはよく知っている」


 ふと俺の方を見て問いかけてくる秋乃に、俺は答える。


「以外だな、自覚があるとは」


 秋乃のムッとした顔には気にせずに続ける。


「まぁ、どうせ失敗しても逃げればいいんだ、お前の能力で」


「いやしかしだな、二回目は成功しにくいだろ? それに、さっきのように一撃でも攻撃を受けたら……」


 だんだんと声が小さくなっていくから、本気で心配していることがわかる。俺のことも、多分秋乃自身のことも。そりゃ一撃で肩にはずすのか折るのか、そんな威力があれば当然だ。


 いや、でも。


「心配すんな。怪我したって治せばいいだろ、お前の能力で」


「……そうだな。……? さっきから私任せな作戦ばかりであるが?」


 真顔で正論を唱える珍しい秋乃が小さく首をかしげた。


 そんなことを言われてもなぁ……


「俺に何をしろと。適所適材ってもんだろ、仕方がない」


 秋乃と俺の能力を考えれば、当然の結果なわけだ。


 それでも納得いかなさそうな秋乃には返答の打ち切りをするように、俺はイタリア風おじさんの姿を視界に映した。さっきよりずいぶん近くまで来ていた。こちらに向かって、まるで十年ぶりの再会を喜ぶかのように大きく手を降っている。


 さて、本番だ。


「気楽にやろうぜ。アイツの首と手と足を縛り上げればいいだけだ」


 あぁ、と頷いた秋乃は男を見据え、それからじっと合図を待った。俺も男をよく見て、耳を澄まし、タイミングを計る。


 ……いや、耳を澄ましてもはダメだ。距離が離れていると音が届くのが遅れて、実質判断が遅れる。目を凝らすんだ。


 秋乃の能力の発動時間は約0.5秒、先週よりさらに早くなっている。能力の発動時間を考慮しなくていいのは、なかなか助かる。


 男から目を離さない。腕を伸ばしてくる、もしくは立ち止まる、その瞬間を待つ。


「準備はいいよな? 集中するぞ」


 俺の問いかけに秋乃は小さく頷いた。


 瞬間的に移動するのは、相手だけじゃなくて自分も混乱する。ぼーっとしているだけでは意味がない。だから最終確認をしたのだけれど、必要なかったかもしれない。これが一回目じゃない。


 身構えもせず、ただ男の行動に目を凝らしている。


 そして次の瞬間だった。今まで走っていた男が急に立ち止まった。これはラッキーだ!


「六分二十二秒!」


 叫ぶやいなや、秋乃の手がほうきのように空気を切った。俺達の体が青白い光に包まれる。


 男は腕を上げたけど、逃げられると思ったのか叫び声を上げることはなかった。というのが消える前に見た最後の光景だ。


 またとないチャンスじゃないか。こみ上げてくる笑いを集中力で抑えつける。


 そして視界が入れ替わり――


 俺達の目の前に現れた、電柱のように立っているジェントルマンの男に襲いかかる。


「なっ!」


 斜め右側からは俺が、斜め左側からは秋乃が、俺達が握るコードが男の逃げ道をふさぐようにかかる。男の顔、はいきなり正面に現れた俺達に驚き困惑している。それでいい。


 次だ。人間という生き物は、いきなり現れたものや突然襲ってくる異物に対して無意識に自己防衛機能がはたらく。難しく言ったけど、要するに反射があるということだ。


 そしてその自己防衛に使うのが、まず最初に両手。この男がいくらジェントルマンでも、それが普通だ。案の定、男は両手を、しかも縛りやすいようにパーで防御をしてくれた。


 最高のシチュエーションじゃねぇか。


 俺と秋乃は多分同時に、差し出された男の手にコードを巻き付けてた。


 そして俺と秋乃が交差し、腕を一カ所にまとめる。長いコードはまだまだあまっている。


 その片方を持つ俺はそのまま男の後ろに回り、片手で反動をつけて今まで走ってきたスピードのエネルギーを上方向への跳躍に使う。


 そしてそのまま男の首にコードをひっかけるようにして二回巻く。


 防御はさせない。男の肩越しに、秋乃が男の両腕を縛っているのが見える。これで腕の自由が利かないはずだ。


 俺達は男に自由を与えない。


 首にコードをかけた俺は進路を変えず、再び男の前に出る。ちょうど体を一周するようになる。


 そこで秋乃からコードのを受け取り、俺が持ってきたコードの一端と固く結びつける。ここは念入りに、キツくこぶ結びでだ。


 事象の進展に着いていけていない男は、自由なはずの両足で一歩下がろうとする。だが、それもできない。


 秋乃が男の両足を、足首から太股まで螺旋を描くように縛り付けていた。男は当然後ずさることなどできず、秋乃が足をひょいと持ち上げてやると、豪快にアスファルトに叩きつけられた。


 鈍いうめき声を発した男はなんとも不格好で、ひっくり返って死んでいるセミのようだった。面白いな。そういえば、これなら足が伸びても大丈夫だ。


 しかし、そんなことを思う間も「ふぅ」と息をつく間もなく、男の口が動こうとする。


「スクラァァァちゅぷ」


 させるわけがない。俺はしゃがみ込み、男の口を強く押さえ込んで言葉を遮る。


 うーだのぶーだの喚いていられると、手がくすぐったい。しかもだ液がつく。あまり気持ちよくはないから、早いところ終わらせようと俺は口の両端を釣り上げる。当然演技だ。……いや、これは本音かもしれない。


 左後ろに秋乃の気配がやってくる。いまだにバタバタと暴れている男はなかなかうっとうしい。


 これで最後、チェックメイトだ。


 俺は悪魔の表情を崩さす、男の耳元でこう囁いた。


「もしも、今あんたが腕を伸ばしたら、首が飛んでくんじゃない?」


 数秒かけて言葉の意味を知った男は凍るように体をこわばらせて、ついにおとなしくなった。


 一本のコードが手と首を繋いでいるんだ。もしも手が伸びていったら……答えは言うまでもないな。


 後ろでは秋乃が「はっはっは」と高笑いをしている。俺もつられて「わーはっはっは」と笑いたくなるのをこらえて、今度は天使の笑顔で男をたたみかける。


「こうさん、で……いいですよね?」


 ニッコリと微笑みながら、ポケットからカッターを半分出して見せる。武器を使ってはいけないなんてルールはなかったよな。うん。


「私のだ。……いつの間に用意したんだ……」


 秋乃が呆れるように賞賛してくれる。


 秋乃の家を出る時に、すっとね。拝借させていただいた。


 こんなこともあろうかと、な。というのは真っ赤なウソで、なんとなく取ってきただけだ。カッターナイフでも銃刀法違反になる気もするけど、聞き間違いだろう。


 男が黙ること能力で数えて約十八秒間。ついに諦めたのか、深いため息をついて重そうに顔を上げた。


「仕方ないね。……降参するよ」


 男は小さく肩をすくめて、瞳を閉じた。


 対する俺は、もうニヤニヤ笑いが止まらない。それでもアイツには笑われたくはなかったから、頬の筋肉を固めて普通を装う。


 振り返って虚空を見つめ、ふざけた主催者に問いかける。


「おい青髪、今の聞いたよな!」


 少しぐらい離れていても聞こえるような声で言ったけど、青髪の少女も養女も金髪の美女も姿を現さなかった。それどころか、声も聞こえない。


 これは……勝ちってことでいいのかな?


「……イテッ」


 男を解放しようかどうか迷っていると、不意に後頭部に石ころのようなものが当たる感触がした。


 振り返って探してみるとやっぱり小さな石ころだった。……いや、なんか形状がおかしい。石ころを拾い上げて見てみると、面の一つに文字が彫られていた。


 え~と、なになに……


 …………あぁ、なるほど。


 これは、いわゆる「ユー・ウィン」というやつか? ということは――


「どうした翔、その石ころに何か書いてあったか?」


 再び振り返ると、腕を腰に当てている秋乃がこちらを興味深そうに見ていた。隣では、どうやってか仰向けからうつ伏せになった男が、腰をそらして秋乃と同じく俺を見つめていた。


 俺は拾った石ころを投げ上げて、捕まえる。そして二人に文字が彫られた面を見せる。


 『V』。ビクトリー。


 これを見た秋乃の感想は、


「それは……トゲなのか」


 本場ジェントルマンの感想は、


「トゲではないよ。これは山だ」


 だった。


 おいおいなんだよ二人とも、この勝利のサインがわからないのかよ。


「まったく、ここに書いてあるじゃんかよ、『V』って。――……あっ」


 手の中で、勝利のマークが逆立ちしていた。





〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓





「えっ!?」


 俺がさりげなく言った一言に、背の高い中年男性がたまげたような声をだした。


 中年男性というのは勿論、さっきまでジェントルマンなおじさんで性別は男でイギリス大使のような顔の人だと思っていた人間で、純血の日本人で姓を猪守(いのもり)という人間だ。


 つまりは、さっきまで闘っていた男の名前が猪守だった、という話だ。


 その猪守さんに買ってもらったプッチンプリンを大口開けて食べていた俺もまた、びっくりしてスプーンの上のプリンを飛ばしそうになった。落としそう、でなく飛ばしそうだった。


「なんですかいきなり……。人の家ではおとなしくしているしているものですよ」


「君の家は隣じゃなかったのかい、少年」


 当然そうだけど。


「昔この家の持ち主に言われたことがあるんですよ。『今日からこの家を自分の家のように使っていいよ』って」


「それは……本当に本当なのかい?」


 失礼だな。猪守さんには人を信じる心がないらしい。


 本当だとも。丁重にお断りしたけれど。


 話題が逸れたことに気づいた猪守さんは、コホンと咳払いをしてこちらに向き直った。


「だから、あの時私が手を伸ばしたら首が飛ぶというのは、はったりだったのか?」


 あの時とは、俺と秋乃が猪守さんの手足を縛った時のことだろう。


「いや、まぁ……結果的にそうなってしまったんですけどね……。実際に縛ってみて、そのあとになって気づいたんですけど」


 猪守さんが肘か肩の関節を増やしていたなら危険性はほとんどない。けれど、手首の関節を増やしていたなら危なかった。……たかが馬鹿の頭の中のシュミレートで検証した結果だけど。


 俺の考えをなんとなく伝えてみると、猪守さんは「う~ん」とうなって肩肘をついた。


「私の能力について、私でも完全には把握できていないのだよ。どこの関節が増えるのかなんて、考えたこともなかった」


 これでもまだ一回戦だし、仕方がないと言えばその通り。でも少なくとも俺より前には能力をもらっているはずなんだけどな、青髪の言葉によると。


 一週間以上のあいだ何をしていたんだよ。聞こうとしたけど、同じような質問をついさっきしたことを思い出した。


 猪守さんの話によると、彼は三ヶ月前から自分探しの旅をしていたらしい。いわく、このまま平凡な人生を送って死ぬだけでいいのか、だそうだ。妻と子供三人をおいてきてまで旅をしているらしい。


 ていうか、家族はよくOKしてくれたな。猪守さんもその家族も、金銭的には大丈夫なのだろうか。……もしかしてお金持ち? 黒いスーツも、そういうことなら納得できる。


 ちなみに猪守さんは、着替えなどの荷物をコインロッカーに入れていた。あのあと荷物を取りに行き、汗で湿ったスーツから別のスーツに着替えていた。色はやはり黒。


 猪守さんのスーツとその他もろもろが入ったリュックサックは、秋乃家のリビングの端っこでドスンと座っている。何様だお前は、と問いかけたくなるくらいにずうずうしい、なんだか山登りにでも使いそうなリュックサックだ。


 どうせ男臭い生活用品が入っているのだろうから、中身を見たいとは思わない。贅沢はしないと決めたんだと猪守さんは言っていたし。


 大きなリュックサックは今にも爆発しそうなくらいに膨れ上がっている。でっかい夢でも入ってるのかもしれない。


 なわけないか。


 一人であれこれ考えながらプリンを食べ終えると、ちょうどドアが開閉する音が玄関から聞こえた。秋乃がコンビニから帰ってきた。


「買ってきたぞ、コーヒーの黒いのと白いの、それから四色アイス」


「ごくろうさん。ありがとな」


 秋乃に軽くお礼を言うと、俺はコーヒーの黒い方、つまりブラックを手にとってカパッとふたを開けた。


 余った白い方、つまりあま~いカフェオレを、猪守さんは迷わずとった。


 ジェントルマンなイメージもまだあるけど、この人は本当に何者なんだろう……


「ありがとう、かわいいお嬢さん」


 優しい笑顔で、猪守さんは丁寧にお礼を言った。


「いや、大丈夫だ。しかし、そんなかわいいという歳でもないが、言われると照れるな」


「秋乃、照れるてるならさ、もっとこう、照れてますって顔しろよ。そんな仏頂面で言われても誰も信じないって」


 言うと秋乃はさらに難しい顔になって、


「照れ隠しだ」


 こちらをじっと見ながら言いはなった。


 だから、その、そんなんじゃ当たり前の羞恥心もあるのかどうかわからんよ。ここで照れを全面に、とまでいかなくても、ちょっと見せるだけで本当にかわいくなると思うんだけど。


 ……あ、いや、もちろんそれで惚れたりなんかはせんぞ。


「いいか秋乃、照れ隠しというのは相手の目を見てするものではないんだよ。ほら、こうやってさ……相手から目をそらして、ニヤけてもそうでなくても、恥ずかしくて相手の顔を見れないような……」


「あぁ、分かった。そんな気持ち悪い顔だな」


「ぐっ……!」


 コイツッ……俺の渾身の演技に、そんな悪口をさらりと……いや、演技というか俺自身が否定されてるよな。


 当の秋乃は、悪びれた顔など少しもしていない。


「あぁ、いいなぁ、かわいいヤツは。かわいいお嬢さんはいいよなぁ」


 皮肉という言葉を具現化する勢いで放った言葉だったけど、秋乃の首を傾けることしかできなかった。


「……不思議だな、全然照れないぞ」


「当然だろ、照れてもらったらなんか困る。ってか、お前は理性より本能や第六感の方が有能だな」


「ん? それはつまり……」


 秋乃は手を顎にかけて考え込んだ。


 そう、それはつまり、お前が――


「私がすごいってことだな」


「そうだな、ある意味な……」


 なぜかげんなりしてしまって、言い返す気力もなくなっていた。イスの背もたれに体を落とす。


「ははは、これは照れるな」


「照れるなっ!」最後の力を振り絞って言おうとした言葉は、いきなり聞こえた猪守さんの声に遮られた。


「うむ! 私は決めたよ」


 何を!? あまりにもいきなりで、俺も秋乃もそう問いかけることができなかった。


 猪守さんはどこか吹っ切れたようにカフェオレを飲み干すと、空き缶を机に叩くように置いて、大きく開いた瞳で俺達を見つめた。


「私は決めたよ! すまないが、今日からこの家でお世話になることにするよ!」


「「なぜにっ!?」」


 秋乃と声が重なった。


 やけに興奮している猪守さんは、ついに鼻歌まで歌いだした。





 俺はエスパーに催眠術、占い、霊、魔法……それから神様は、基本的に信じていない。たしかにここにある能力に対してはさすがに信じないとは言えないけど、基本的には、俺は信じていない。


 だとしたら。ふと見た猪守さんのリュックサックが少しだけしぼんで見えたのは、気のせい、ということになる。


 ほんの小さな変化だった。


 ……いや、気のせいだから、ちょっとの変化なんだ。馬鹿か俺は。それに、縮んだからなんだっていうんだ。形のないものが飛んでいった訳でもないし。


 馬鹿だ俺は。




 猪守さんがこの日を境(さかい)に旅人からニートになったことは、言うまでもないことだ。

 変なおじさん編、完結です。ご読了、ありがとうございました。



これは完全に身内話ですが、実は高校の文化祭の劇で、脚本を書くことになってしまいました(やってみるとソウトー大変ですよ(泣))



次話ですが、望むのは夏休み中にもう一話……他に書きたい短編(中編)小説もあるんですが、だいじょうぶでしょうか?

内容は、本編では語られなかったくらいどうでもいい話と後日談。一、二話で終わります。

そうしたらやっと二回戦……。逆を言えばやっと一回戦が終わり……。

三十二人の参加者がいて、単純計算で五回戦あるから、この話いつ終わるんだぁああああ!

とは、このやさきは嘆きませぬ。なぜなら、これからはもっとスピードアップするからです!

だんだんと物語も深みへ進んでいくはずなので、どうかお楽しみに……



PS.この期にぜひ、評価や感想の方をよろしくお願いしますm(_ _)m

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