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十七話

最近熱くなってきました。

執筆スピードが遅い言い訳はしません(できません)が、近況報告です。


テストは無事に終わり、次いでやってくる夏休みの、その膨大な数の課題を受け取って「やめてくれーーー!」と絶叫しているところです。……あぁ、はい。もちろん心の中ですよ。


そんでもって最近、『図書館戦争』の本編、全四巻をこの数日で読破しました。徹夜して。これは執筆どころでも勉強どころでもありませんでした。アニメは見ていませんが、小説は面白かったです。恋愛部分は少々少女マンガっぽい感じもしますが、これは男の自分でも全然許容範囲です。


作者はかの有名な有川浩さんです。堅くない文章でわかりやすく、たいへん参考になりました。

皆様も是非!


と、こんな感じで始まりましたが、本当にオススメです。『阪急電車』の方が万人受けしそうですので、書店で見つけたらラッキーだと思って下さい(?)


この文章をたくさんの人に見てもらうにはどうすればよいか。自分が頑張るしかありません!

ということで、十七話、始まります。

 階段を上って歩道橋の上にいる秋乃の所まで歩く。秋乃もまた、こちらに数歩だけ歩いてきた。秋乃は堂々としていて、どこか楽しそうだ。


 コイツがこんなに頼もしく見えたのも、かなりひさしぶりな気がする。


「すまないな、早すぎたか」


 ははは、と秋乃は笑った。


「あぁ、まったくだぜ。もう少し遅かったらはりつけにされていたのに、残念だなぁ」


 冗談まじり。だけど……俺は何が言いたいのだろうか。意味のない冗談ばかり。


 実際秋乃の登場は遅くはなく、かといって早くもなく、だから丁度のタイミングというわけでもなく、微妙な時間帯だった。


 それならどのタイミングで来てくれればよかったのかと考えると、意外といつでもよかったのかもしれない。


 まぁなんにせよ、助かったのだから良かった。


「早く来て残念とは……ふむ。お前がマゾヒストだったとは、これは新たな発見だ。おもしろいぞ」


 馬鹿野郎、そんなわけがあるか。


「嘘だよ。冗談だっつーの。ほら、笑え」


「……不思議だな。おもしろいのに笑えないぞ」


 秋乃の顔にこそ冗談を言っている様子はなく、本気で不思議がっているようだ。


 きっと『おもしろい』の意味の違いがわからないのだろう。


「明日から、国語の勉強を頑張ろうか」


「……? 何を急に言いだすのだ?」


 秋乃はやっぱ馬鹿だと表情には出さずに笑うと、俺はあらためて秋乃の格好を見た。


 下は学校指定の体操服、上は『羽球戦隊』と大きくプリントされた練習着だった。両方とも短い。体操服は紺色が主体で、サイドに赤いラインが入っている。よくわからない言葉がプリントされている練習着もまた、黒地に赤い文字だった。


 練習着のまま飛び出してきたとは聞いたけど、これはなるほど、見れば見るほど練習着だ。今の秋乃の格好はいかにもスポーツマンといった感じで、かっこよさがある。


 対して、衣服から飛び出ている白くて健康的な四肢は、どこか色気を感じさせる。


 総じてエロカッコいいとでも言えばいいのか……。


 ……いや、普通にかっこいいと言った方が、コイツには似合っている。それに間違っても、色気と呼べるものは秋乃からは出ない。


 そんなことより、とりあえず……


「ありがとう。助かったよ」


 俺の言葉に秋乃は親指を立てて、ニッコリと笑った。


「喧嘩両成敗だ!」


 吹きそうになったが、なんとかこらえた。念を押しておくが、俺と秋乃が喧嘩をしたなんて事実はどこにもない。


 とにかく、秋乃は着替えもせずにここまで飛んできてくれたんだ。感謝の言葉が見あたらない。


 ……いや、見あたってたな。今言ったばかりじゃないか。まぁいいか。


 自分の中のくだらないやりとりをやめて、俺は一つ残った疑問について考えた。


 それは、秋乃はどうやって俺の居場所を知ったのか、だ。俺にとっては都合が良かったことだからそのままスルーするところだったけど、単純に考えてみても確率は高くない。運が良かったとするのが一番手っ取り早いには違いないが……。さっきの生徒Aの謎の言葉と関係があるのだろうか?


 ない頭を使って少し考えたあと、秋乃本人に聞けば済む話であるというすてきな結論にたどり着いた。


「おぅい、少年。いつの間にそんなところにいたんだい? もしや、ついに能力を使ったのではないか?」


 しかしその横から、嫌な声に邪魔をされた。ほんの少し、男のくょうがが高揚しているようにも感じれる。


 なんでここに来れたのかを秋乃に聞いてみようとして動かしかけた口を止めて、声のした方を見下げた。


 ったくアイツは……。人の思考とか行動にピンポイントで横やりを入れる才能でもあるのか。毎回毎回……


「なぁ翔、あれがさっき言っていた変なおじさんか?」


 変なおじさんとは、かなり的をえている気もした。色々と、よくわからないし。


「……? 少年よ、そこのビューティーガールはいったい誰だい?」


 なぜ秋乃は英語で呼ぶんだ……


 男の方は完全にスルーして、おれはさっきの秋乃の問いに答える。


「変なおじさんと言えば、まぁ、そんなとこだな。もっと言えば、アイツはどっかの国のジェントルマンだ」


 そう言いながら、そもそもジェントルマンってどういう意味だっけ、と疑問になった。


 男は俺のスルーに文句一つ言わず、またも挙動不審な動きをしている。右を見たり左を見たり、それから上を見たり。右往左往しては、またもとの場所に戻った。


 もしかしてこっちに来る気なんじゃ……


「秋乃、いったん逃げるぞ」


「……なぜだ? 別に今から戦えばいいだろう、相手は変なおじさんだ」


「あぁ、変なおじさんだ。だけら逃げるぞ」


 俺と秋乃の思っている『変なおじさん』はそれぞれどこか違うようで、秋乃は首を傾げている。もしかすると、まだ相手が能力を使えることを知らないからかもしれない。というか、そうなんだろう。


 歩道橋の下を見ると、男がこちら手を向けて狙いを定めている。とは言っても、俺と秋乃を直接狙っているわけではなく、どうやってこの歩道橋に登るかを考えているらしい。


 都合が悪いことはない。


「秋乃、いいからちょっとだけ逃げるぞ。ちゃんと策はあるから安心しろ」


 いまだに普通のおじさん、いや、変なおじさんに負けるとは思っていないようだけど、「翔がそこまで言うのなら」と着いてきてくれた。


 逃げる先は、男がいる場所とは反対側の歩道。


 秋乃には男の能力を説明するより、直接見てもらった方が話が早い。


 俺は出来るだけ目立つように、無駄に上下運動をして歩いた。男がこちらの動き気づいたことを確認すると、今度は少し急ぎ足で、階段を一段ずつおりた。


 その間に、俺は秋乃に簡単な策を簡単に伝えた。


「簡単だろ?」


「あぁ、そんなことならできるぞ。だが……なぜだ?」


「それはまぁ、やればわかるって。とりあえず頼むぜ」


 階段が終わる。


「あぁ。私は信用しているからな」


 秋乃は柔らかい表情で頷き、俺に着いてきてくれた。


 後ろから「スクラァアアアッチ」という男の叫び声が聞こえてくる。このいかにも百万円が当たりそうな叫び声は、聞いている方も恥ずかしいくらいに本気だった。


 男はさっきのように、手を伸ばして歩道橋の手すりを掴むと、少しだけ手を縮めてターザンロープの要領でこちらの歩道に渡ってくる。


 あ~ああ~。


 ……ふざけてる場合じゃないか。


 そんなことより、俺はこの一週間で、この壊れたパソコンのごとく使えない能力でできうる様々な事柄をシミレーションしてきた。秋乃に言った策とは、その努力の賜物である。


 単純にして最強、準備はいるが反則級。俺の頭で思いつく程度のことだけど、相性の良さは最高だと思っている。


 男との間には十メートルぐらいの距離がある。俺はその距離と男の動きに注視して、タイミングをはかる。


 そして、好機はすぐにやってきた。


 男は腕をまっすぐにしてこちらに向ける。手を伸ばす準備だ。


 そして俺は、男が「スクラッチ」と叫び終える前に、秋乃に大声で言った。


「三秒と十七秒だ!」


 返事の代わりに、俺の視界が青白く染まる。


 すべては一瞬だった。


「ぐおッ」


 確かな手応えが体に響く。


 悲痛な声を漏らしたのは俺達のどちらでもなく、ジェントルマンの男だった。


 俺と秋乃に後ろから(・・・・)体当たりを食らった男の体は、エビのように反っている。長く伸びていく腕は空を切り、遠くにある石の壁を砕いた。


 これ以上ないくらいに痛々しい男の格好を、俺達は歩道橋の上から見ていた。


 ……完璧だ。


「な、なんなのだあれは!」


 隣では、男の腕を見た秋乃が、飛び出しそうなくらいに目を見開いて驚いている。そりゃ驚かないはずがない、人間の手がありえないほど伸びているのだから。


 しかし、いきなり歩道橋の上に現れた自分には驚いている様子はない。さすがに一週間もあれば、少しは慣れるということか。能力を使ったのかどうかはあまり知らないけど。


 俺はというと、まだ慣れていない。カッコよく体当たりを決めたつもりだったけど、動きながらいきなり体勢が変わるのにはやはり慣れない。足がもつれそうになるのを、いつも必死に立て直している。


 それにしても、あの男はどこかよくわからない。


「……ん?」


 伸びきった腕を憐れみを込めて眺めていた俺は、そこに小さな違和感を感じた。


 男の腕よく見ると、伸びているそれは、折り畳めないストローのように真っ直ぐには伸びていないのだ。木の枝のようにごつごつとしていて、それが等間隔で並んでいる。


 ゴムでないことはなんとなくわかっていた。でも、ただ伸びるということでもないのだろうか。


 もしかして、あれって……


 ぼんやりとした答えが頭の中で霧のように広がった。


「見つけたぞ、少年ガール」


 まったく、そんな何かしらを勘違いしてしまいそうな呼び方はやめてほしい。


 歩道橋の下を見ると、男が得意げな顔をして俺達を指さしていた。その姿には、まるで「犯人はお前だ」とか「謎は解けたぞ」とか言い出しそうな雰囲気があった。


「わかったぞ、そこのガールはただのガールではない。私と同じ能力者だ」


 大方、予想通りの言葉であった。


「いかにも、そうだぞ」


 隣で手すりから身を乗り出して、ゆらゆらとしている秋乃が言った。地面から足が離れている。


 推理が正しかったことが判明した時の名探偵のごとく、男は会心の笑みを浮かべた。


「君の能力は……瞬間移動ができること、そして指定の対照を瞬間移動させることができる、といったところかな? さらに、それに青い光が伴うこと、発動までにはほんの少しだが時間がかかることもわかった。これで少年が消えたことも、君達二人が私の攻撃を避けて後ろから攻撃を仕掛け、さらにそこに移動したことも説明がつく」


 男はさらに得意げになり、黒いシルクハットの縁に手を添えて言った。片目はシルクハットの奥から刺すように見つめてきて、もう片方の目は手に隠れている。


「あぁ、合ってるぜ~」


 今度は俺が答える。ここではあえて「半分だけだけどね」と、格好をつけようことは言わない。こちらの弱点でもある箇所を悟られるかもしれないのに、それをわざわざ言う必要なんてどこにもない。


 男はシルクハットを摘んでいる手をもとに戻して言う。


「そういえば少年よ、君はまだ能力を使っていないね。時間を操るなんて人智を超えた能力を、君はなぜ使わない? ……まさかとは言わないが、奥の手としてとってあるのではないかね」


 たった今、惜しむことなんて微塵にもせずに使ったんだけどなぁ、俺の能力。ま、気づかれてないならそれでいいや。好都合だし。


 俺はわざとらしく肩をすくめて「さあね」と小さな声で答えた。当然男には聞こえていないだろうし、お話には時間をあまり時間をかけたくないからそれで良かったと思った。


 次の戦闘の準備には何が必要かをを考え、頭の中で考えがまとまったところで行動に移す。今度は公民館の中に向かう。


 我ながらなんて素早い行動だとほれぼれしながら歩き出す。男は追ってくるだろうかと歩道橋の下を見ると、予想は外れて男は両腕を伸ばしてこちらに向けていた。それは古風なアニメに出てきそうなロボットを連想させるポーズで、俺の知識内でその後の展開にあり得るのは、空を飛ぶこと、さもなくばロケットパンチだ。


 オッサンが空を飛ぶわけがあるか! と自分にツッコミをいれて、手が通れそうな隙間のない手すりの支柱に隠れようとする。


 しかし、体をそう動かせなかった。


 傍らにゆらゆらと揺れている馬鹿が目に入ってしまったから。目に入ったというか、これはもう見逃す方が不可能だ。


 ――腕二本がそろって俺に飛んでくるわけがあるか、片方は秋乃に向けられているんだ。コイツも狙われているんだ、どうにかこちらに引き寄せないとまずい。


 片手を支えにして手すりをから身を乗り出し、秋乃の着ている練習着の首回り後ろをひっ掴んで歩道橋に引っ張り込んだ。


 もう耳に入れるのも面倒な男の叫び声が聞こえてすぐ、太い肌色が俺達の頭の上をかすめていった。


 歩道橋の上に背中から落ちる秋乃を手足をクッションのように働かせて衝撃を吸収する。丸まりそこねたダンゴムシのように体を縮こまらせていたのを秋乃自身の足で立たせる。勿論手すりの上に顔を出させないように。


「危ないだろうが、手すりから身を乗り出すなってどこかで教わらなかったかよ!」


 一連の流れについて行けずにキョトンとしていた秋乃は、状況を理解したのか顔に安堵の色を浮かべた。


「すまん。……しかしそれはエスカレーターではなかったか?」


 まさか秋乃から正当なツッコミがくるとは……でなくて、乗り出してはいけないのはどこでも同じだろうが。まして歩道橋の上だと、エスカレーターの何倍危ないと思っているんだ。


 そう言おうとしたけど、秋乃の驚愕(きょうがく)に歪んだ表情に口が止まった。


「翔、後ろだ後ろ!」


 躍起になって叫ぶ秋乃の声を聞いて振り返ろうとしたが、その刹那、右肩に金属バットのか何かの鈍器で思い切り叩かれたような衝撃が全身の骨に響いた。


 外れたのか折れたのかすらわからないままに右肩を地面にたたきつけられ、その痛みに反射的に体がひっくり返った。かろうじて開けていた目には世界が一回転したように見えた。


「翔、大丈夫か!」


 秋乃の声が言葉として理解できない。


 左腕と両膝を支点になんとか起きあがろうとするが、秋乃が俺の方を抑えて起き上がれない。逆に肩に負荷がかかり、痛みが増すばかりだ。


 それでも秋乃ね制するとおりに起きあがるのをやめると肩から手が離れるのを感じて、次いで視界の右側が青白く染まる。


 触覚では何も感じないけど、体に心地よく響くような優しい光。その光が何なのかを理解したとき、自分でも不思議なくらいに安心感に浸っていた。


 それから五秒を数える間もなく、痛みは消えた。それも、さっきまで自分にどんな痛みを感じていたのかすら忘れるくらいに。


 ありがとう、助かったと秋乃に礼を言って、軽くなった体を手すりから上に顔を出さないように起こした。


 首を回して周りを見ると、手すりの支柱と支柱の間に男を捉えた。さっきの痛みを全てを込めるようにして睨むと、男の懐疑そうな瞳と視線がぶつかった。


「なんだか不思議な能力だね。自分で言うのもなんだけど、私の攻撃を受けて立ち上がれるとは……。それが君の能力かい?」


 その名探偵を気取った口調はいい加減にしろよ。イライラしか積もらない。


 男の頭が堅いことが唯一愉快で、それがイライラを中和していたからどうにか怒りは収まった。


 何はともあれ……


「行くぞ秋乃、反撃だ」


 早くプリンを買わなきゃいけないしな。


「あぁ」


 隣で膝立ちになっている秋乃の短い返事を聞いて、俺は体勢を低くしたまま公民館に向かう。秋乃が疑問など言わないのは俺信頼されているということだろうか。こんな馬鹿なのに。


 途中で飛んできた二本の腕は、秋乃が涼しい顔で手を払うと青い光に包まれて消えた。


 なんだかんだで、秋乃は俺としても信頼できる。相手のことをいちいち気にかけるような関係よりずっといい。


 公民館のスライド式自動ドアが開くと寒いくらいの空気が肌を包み込むが、外で走り回ってきた俺には心地よかった。


 生活課、スポーツ課などと書かれた掛け標識を全て無視して、俺は反対側の出口を目指して走った。

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