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十五話

遅くなりました。たった今、もう少し楽な高校に入っておけばよかったと後悔しております。

1テスト去って、もう1テスト……。もうすぐ、テスト習慣が始まります(汗


さて、今回は長くなったので(そこまででもないですが)、話を二つに分けました。三話で終わるとかほざいておりましたが……四、五話くらいになりそうです。

もっとコンパクトに、それでいて厚く仕上げたいものです。


それでは、始まります。

 ジェントルマンな男から逃げて、どれだけ走ってきただろうか。今、後ろに男の姿は見えない。振り切ったといえばそうだが、あの陽気な声がどんどん近づいてくる。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 息が荒いし、これ以上走るのは本当にキツい。本当に、もう走りたくない。


 俺は走るのをやめ、誰かの家の隣にあるしげみに隠れた。斜めがけのカバンが枝に引っかかったけど、それを強引に引っ張ってしげみの中に入った。


 これで、あの男をやり過ごせないかな。


 本当は体力には自信があったんだけど、以外に走れなくなっていた。さすがに一年以上走ってないと、体力もおちるか。


 漫画研究会なんて変な部活動にはいっているからなのだろうけど、それが楽しくないというわけじゃないし、今さら体力をつけなおそうとは思わない。総じて言えば、仕方がないってことだ。


 いやしかし、陸上部時代の俺は輝いてたな……


 久しぶりにランニングでもしようかな、と考えた所で、聞こえてきた男の声に思考を止められた。


 深呼吸をして息を整える。息が荒いとバレるかもしれない。


「お~い、はぁ、はぁ、少ね~ん。どこへ行ったんだ~い? はぁ、はぁ……」


 どうやら、あちらの方がグロッキーらしい。いかにも死にそうな声で、生気を吸い取られたように歩いている。


 五月も末のこの天気で、俺の全身があせまみれなのだ。しかもあの男の黒いスーツのような服は熱中症奨励の格好で、運動には向いていない。


 ただ、アイツには伸びる腕がある。どこまで伸びるのかは分からないけど、リーチはかなり長い。しかも威力がある。


 一見どこかのゴム人間の能力をそのままコピーしたようだけど、それも少し違う。アイツの腕は伸びるだけでないのだ。例えば、ゆるいカーブを曲がってきたり、スピードを殺してから直角に曲がったりしている。


 これは明らかにゴムの特性を超越している。簡単に考えればゴムではないということだけど、それならなんで伸びるのだろうか。


 俺はあの反則級の能力から逃げるので精一杯だ。あの攻撃に気をつけながら逃げるのはこちらが不利であるし、伸縮自在だから捕まったらヤバい。


 果たして、どうすればいいんだろうか……


「少年よ……私は正々堂々と勝負をしたいだけなんだ、はぁ、はぁ」


 怖いんだよ、それが一番。


 無情にも近づいてくる男に、俺は息を潜めて体を縮める。静かに、葉音を立てないようにじっと見て。


 あの男のことだ。多分俺なんかに気づくことなく、そのまま歩いていくだろう。心配はいらない。


 だが俺の心臓は早鐘のようにバクバクとなっている。


 男の方もいくらか息が整ってきていて、その大きな足で一歩一歩と確実に近づいてくる。


 あんなに遠かった男の声も、今では近すぎる。


 男はついに俺の目の前まで来た。そして、何かに気付くように、しげみに隠れる俺を見た。


 バレたか!?


 男は口の端をつり上げ、その大きな手を伸ばしてくる。


 逃げるか……どこに? 返り討ちに……できるわけがない。じゃあどうすれば……


 動けない俺の目の前に、男の手が置かれる。


「おぉ、ラッキーだ。五百円だ」


「小せぇえええええ!!」


 なんで五百円、お前ジェントルマンじゃなかったのかよ! 金くらいたくさん持ってるんじゃないのかよ! ってか、なんで目の前に五百円がっ、先に拾っておくべきだったよ!


「ん? この声は……」


 しまった、声を出しちまった。


「クソッ」


 前に逃げ道はない。必然的に、俺はしげみを後ろにぬける。これはもう、行き止まりでないことを願うしかない。


 幸い、逃げた先は家の塀に挟まれた細い路地だった。一人しか通れなさそうな路地を、サイドステップで一つ向こうの道にぬけようとする。


「うぐ……やはり少年じゃないか。なぜ逃げるんだね!」


 男はしげみから上半身だけを見せてもがいていた。


「知るか、とにかくお前が原因だ!」


 言い放って、スピードを速める。


 左右に見える家を二件過ぎたところで、一車線の道路に出た。歩道という歩道はないが、車もあまり通らない。体力は少し戻った。曲がり角をいくつか曲がって、このまま逃げ切ろう。


 走りながら曲がり角を探す。そして一番近くにそれを見つけた時、俺のすぐ横を肌色の物質が通り抜けて伸びていった。


 驚く暇もなく、ほぼ反射的に男の腕ををはたき落とすと、腕は一瞬ビクッとこわばってから縮んでいった。


 後ろを見ると、腕はさっき俺がいた細い路地から出てきていて、直角に曲がってこちらに伸びていた。どうしたら腕が伸びて直角に曲がるのかと疑問になったけど、そんな思考はすぐに消えた。


 俺は一番近くの曲がり角を車道を横切って曲がり、次の曲がり角を探した。


 見つけた曲がり角を曲がり、また曲がった。


 男は……後ろにはいない。振り切ったか。もともと体力では勝っているし、直線勝負でなければこちらが有利だ。


 近くに止めてあった車の陰に隠れる。


 だが、一度見つかってしまえば逃げるのは難しい。それにジェントルの様子から読みとるに、今逃げ切ったとしても、明日明後日と追ってくるだろう。


 それこそふざけんなって話だ。これには根本的な解決が必要になる。


 立ち上がって、車のガラス越しに周囲をうかがう。だれもいない。


 根本的な解決のために……。だから、俺は最後の手段を使うことにした。正直言うと今思いついたのだけど、なにしろリスクが高すぎる。


 けれど、俺の平和な日々に比べれば……


 決意はできた。あとは実行だ。


 俺は横断歩道を渡る園児のように、左右を入念に確認してから走り出した。


 行き先は――公民館だ。




〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓




 男に見つからないように慎重かつ素早く移動して、だいたい十分が経った。住宅街から少し外れた場所に、焦げ茶色でレンガ造りの公民館が見える。


 公民館は車道を挟んで向こう側にある。車の通行量が多くなってきて、しかも横断歩道はない。歩道と車道の間をフェンスが遮っている。


 向こう側に行くには歩道橋を渡るのが一番近い。歩道橋は直接入り口に通じているが、俺の目的地は公民館の外壁沿いにある。だから、一度中に入ってからもう一度外に出なければならない。


 俺の目的を簡単に言えば、秋乃を呼び出すことだ。俺一人では勝ち目がないからな。


 秋乃を呼び出すために、俺は公民館に設置されている公衆電話を使いにきたわけだ。


 まったく、俺が携帯電話を持っていればこんなことをする必要なんてなかったのに……。


 ちなみに秋乃は携帯電話を持っている。おじさんがあまり帰ってこないこともあって、使い方もよく分かっていない秋乃に携帯電話を持たせたそうだ。……アイツ電話にでれるのか?


 俺は歩道橋を渡りながら、財布の中身を確認する。


 財布の中身は百円と二十円。ちなみにプリンを買うのには消費税を込めて百円が必要になる。例えば、二十円分の電話時間で秋乃に要件を伝えられなかったら……なんて大きなリスクだろうか。


 ここから公衆電話までの道のりは、まず歩道橋から直接公民館に入って、近くの非常階段から一階に降りる。次に入った方角と同じ方角から出る。公民館を出たら、その壁を左回りに歩いていけば公衆電話があるはずだ。


 誰がこんな迷惑設計をしたのかと考えていると、歩道橋の向こうに『工事中』と書かれた看板が見えた。


 歩道橋に登って看板に近づくと、それは階段を作っているようだった。完成日は夏休みに入ってからでまだ遠い。


 便利になるのはよいことだというが、まぁなんか、名残惜しい気もする。……どうでもいいか。この階段が使えるわけでもない。


 俺は自分で描いたマニュアル通り、公衆電話のある場所まで歩いた。公民館の中は『地球温暖化防止』という言葉が廃れるほど涼しくて快適だった。


 無駄に金がかかってるな。


 ともあれ体力が完全に回復した俺は、公衆電話の前で財布を取り出した。百二十円を取り出す。


 しかし、俺はまた動きを止める。


 公衆電話は一度お金を入れたら二度と出てこない。五十円でも百円でも、一円分を使っただけで。はてさて、ここで問題だ。スーパーでプリンを買うには、消費税を込めて百数円が必要だ。例えば十円分の会話時間で秋乃に伝えたいことを伝えられなかったら、今日の分のプリンが買えないことになる。これだけはなんとか避けたいがけど、あの男に追いかけられながらというのも避けたい。


 両方取るのを傲慢というかもしれないが、今日くらい贅沢させてほしい。


 俺は十円を太陽にかざし、何かに祈った。


「なるようになれってんだ」


 こういうとき、結局はどうにかなるもんだ。そう言い聞かせて、俺は公衆電話に十円を入れた。受話器を片手に、秋乃の携帯の番号をプッシュする。


 電話番号は覚えている。なかなか便利だからだ。


 受話器からは無機質な呼び出し音が頭の中で反響する。早く出てくれと、ここにはいない秋乃をせかす。無駄だけど。


 呼び出し音を聞いている内に、色々な不安が頭をかすめていく。秋乃は携帯の電源を付けているのだろうか、マナーモードにしていないだろうか。水たまりに落としたり、車に潰されたりはしていないだろうか。いやそもそも、秋乃は携帯の通話ボタンを認識して、押すという行動をとれるのだろうか……


 しかし俺の心配とは裏腹に、電話越しに秋乃の声が聞こえた。


『もしもし、どちらですか?』


「出た!」


『なに、化物が出たのか!?』


 いや、なんでそうなる。他に出るものはないのか。


「違う、俺だ、俺。分かるか?」


『この声は……翔だな』


「おぉ、よく分かったな」


 電話越しの声も馬鹿にならないと思った一方で、秋乃から金を騙し取るのは簡単だと感じた。俺だ俺だと言った今のくだりは、まるでオレオレ詐欺だ。


『ふむ。それで何か用か、わざわざ公衆電話から』


 要件は短く、簡潔に話さなくては。


「まぁな。とりあえず、今すぐこっちこれるか?」


『いいぞ。……だが、なぜだ?』


「なぜって、それは……」


 なんというか。


「追われてるんだよ、変なおじさんに」


『何! あの有名な変なおじさんか!?』


 有名な方は……名前だけなら聞いたことがある。


「って違う、そうじゃない。いかにも普通のジェントルマンだ。なんかイギリスっぽい」


 そう言ってから、ジェントルマンはイギリスの人だっけ? と疑問になる。


「とにかく、早く来てくれ。俺の身が危ないんだ。時間もない」


『あ、あぁ。分かった。今すぐ行く』


 秋乃と話してちゃんと伝わるかと不安だったけど、なんとかなるものだ。アイツだってそこまで馬鹿じゃない。


「スマン、頼む」


 秋乃の声が途切れて、無機質な機械音が繰り返し流れた。


 これでオーケーだ。後は隠れて待つのみ。


 ここからあの男の姿は見えない。そもそもここに来る確率は少ないし、万が一来たとしても道路の向こう側からこちらには直接来れない。相手がさまよっている内に逃げればいい。


 そして秋乃が来たら反撃開始だ。アイツの能力ならなんとかなるだろう。


 では、秋乃との待ち合わせ場所はどこにしようか。外の方が待ち合わせには適しているけど、見つかる危険がある。ここは公民館の中で待っていた方がいいだろう。学校からだと、少し急いで五分というところか。これなら――


「……あれ?」


 公民館へ向かおうとしたとき、俺はなにかを間違えた気がした。大切なことを忘れているような、はっきりはしないけど、なにかが欠けていた。


 俺の作戦、というほど凄いものではないけど、それにおかしな点はないはずだ。あとは秋乃が来るまで隠れていればいい。


「秋乃のヤツ、どれくらいで来るかな……」


 できればあのジェントル男より早く来てほしい。そうすれば早い段階で反撃できるし、安全も確保できる。ただ、それより前に男に見つかってはいけない。この場所を知っている秋乃より早く、運良くたどり着けるとは考えづらいけど――


 …………あれ?


 次の瞬間、俺は自分が致命的なミスを犯したことに気付いた。

 それは何よりも大切で、致命的で、簡単なことだった。こんなことを忘れていた自分を責める前に、俺は少しのパニックに陥っていた。



 俺は秋乃に、どこに来ればいいのか(・・・・・・・・・・)を伝えていなかったのだ!

どうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうか!


評価や感想をよろしくお願いします。おヒマであれば、是非。

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