十二話
時間の感覚がなかったけど、まだ外は赤い。
少女はベットに両手をつき、それと足を使って立ち上がった。ベットに出来たシワは、気にする様子もない。
「さてと、もういいでしょ。タマちゃんに能力をあげる」
「能力か……」
思いついたようにだけど、向こうの部屋に置いてきた秋乃とミラミラさんのことを考えていた。けれど、その思考はどこかへ飛んでいった。
秋乃が使っていたような能力を自分も使えるとなると、心が高ぶった。
まだまだそういうことに興味があるんだなと、顔には出さずに笑った。
「残った能力の中で、あげられるは三つ。さっきから考えててたんだけど、記念に選ばせてあげるよ」
「記念って何だよ……。って何!?」
選べるって、どれだけ特別待遇だよ。いいのかな
「ほうほう、嬉しそうだね。それじゃ、早速紹介しま~す」
少女のノリは、テレビの中の通信販売をやっている人のようだった。
急な話の流れに完全についていけてないけど、高ぶる胸は抑えられない。
「まず一つ目、油の能力!」
油、って……弱そうだな。
いや、それだけで判断するのは早い。細かい説明を待つ。……が、
「……あれ、紹介ってそれだけ?」
「ちょっと何言ってんの、それ以上は選んでからのお楽しみでしょ」
……だそうだ。
やけにざっくりとした説明だなぁ、と思いながらも、俺はいさぎよく次の能力を教えてくれと頼んだ。
「まったく、ぜいたくだね。まぁいっか。じゃあ二つ目。二つ目の能力は……虫!」
「虫、虫……虫?」
俺の頭の中に、黒いうじ虫がうじゃうじゃとあふれるイメージや、虫と会話したり操るイメージが浮かぶ。
虫は嫌いじゃないけど……なんだろう、なにかが違う。
「君、興味なさそうだね……。虫は嫌い? まったく、近頃の若者は……」
少女は呆れるようにため息をついた。
俺ってそんな興味のなさそうな顔をしてたか? ってか、お前はジジイかよ!
「結構かわいいのにねぇ。ま、いっか。それじゃ、最後の能力を紹介するよ」
……三つは以外と少なかったな。しかもこれまでの流れからいくと、あまり期待できない。
それに、もしかしてでもないけど……
「あのさ、紹介する前に悪いんだけど、俺がもらえる能力って余り物なんじゃない?」
少女の目が泳いだ。
……そうだったのか。
少女は咳払いを一つした。
「……まったく、何を言うんだか。まだ全部聞いてないじゃん。それに、使ってみないと分からないよ」
その通りだけど……
言い返す言葉は見つからず、次の能力の紹介を待った。
「それでは、最後の能力を紹介します。最後の能力は……時!」
確かな気持ちの高ぶりと、それ以上の疑問が頭の中を占めた。
いや、響きはいいんだけど、それだと秋乃と被ってるんじゃんかよ。大丈夫かな?
「君の疑問に、先に答えちゃおう。これは秋乃ちゃんと同じじゃないからね。ざっくりとしか言ってないからね」
自分で言うなよ。
「……ってことで、以上の三つが能力です。さぁどうするタマちゃん」
少女のアイスブルーの瞳が俺を見据える。
やけに急いでいる気もするけど、どの能力にするかはもう決まってる。好き嫌いもあると思うけど、やっぱり一つしかないだろ
「三つ目の『時』で」
「へいまいど!」
少女は気のいい返事をすると、はベットの上に立った。その頭は天井にぶつかりそうになって、見上げる目はずいぶん高い。
少女の白い手が俺に手招きをした。俺は椅子から立ち上がり、ベットの近くまで歩く。
少女は手を俺の頭に置く。その手に力が入ると、心臓が無条件で高鳴った。
どんな感覚がするんだろう。どんな光が出るんだろう。訪れるはずの異変を待っていた。けど……
「……はい、終わり」
「……あれ、もう終わりなのか?」
頭の上から、手が離れた。
終わったらしいけど、何も感じない。本当に能力を使えるようになったのか、信じがたい所がある。 使ってこの家が消えるなんてのは困るけど、騙された気がするくらいに何もなかった。
「えいしゃ、っと」
少女はベットから俺の隣に飛び降りると、そのまま部屋の出口に歩いていった。そして出口まで行くと、こちらに振り向いた。
「なじむのには時間がかかるけど、能力は今からでも使えるよ。向こうでミラミラと秋乃ちゃんが待ってるし、行こうよ」
「あ、あぁ」
俺はすたすたと歩いていく少女の背中を追いかけた。
「おまたせ~」
少女の陽気な声が部屋に響く。部屋の椅子に座っている秋乃とミラミラさんがこちらを見た。
秋乃はまた塩昆布を口に入れていて、ミラミラさんは特に何もしていなかった。
「翔、何をしていたのだ? それと、そっちの女の子は……? さっきより大きくなっていないか?」
そういえば、さっき秋乃が見たのは、小さい方の女の子だったっけ。……あれ? それは俺の頭の中だけだから……じゃなくて、今がそのはずだから……ん? もう何がなんだか……
「あのさ、秋乃の頭の中にも介入してんの?」
少女の耳の近くで、少女にだけ聞こえるように言った。
「いいや、人がたくさんいる時はそういうことしないんだ。紛らわしくなるし、こっそりと変身したよ。でもでも、そんなことより……」
少女の目がきらめいた。
そして少女は秋乃に向かって走り出した。そしてその胸にダイブ。
……そういや、好きになったって言ってたな。しかし、これはさすがにやりすぎだろ。
「秋乃ちゃ~ん、だいすきだよぉおお」
「ぬう、なぜこんなにも近づくのだ。離れてはくれないか。いや、それにしても……子供の成長は早いものだな」
「え、成長?」
辺りに沈黙が訪れる。
……違うだろ。人間がそこまで一気に成長するわけないって。まずは「お姉さまですか?」から始まるだろ。
黙っていた少女は、ついに吹き出した。
「ダメだ、やっぱり秋乃ちゃんは最高だよ!」
秋乃を抱きしめるその手に、さらに力がこもったように見えた。
「ぐぬぅ。く、苦しい……」
おいおい、さすがにやりすぎじゃあ……
「むぅ~、たまんないよ~」
顔をスリスリとしている少女に、呆れてため息が出る。俺は二人に近づいた。
「なぁ、いい加減に離してやってくれよ……。いつか死ぬぞ」
秋乃に抱きつく少女の肩に、ポンと手を置く。振り向いた少女は、あからさまに不機嫌な顔をしていた。
「愛があるなら、相手のことを考えるといいと思うんだけど」
「これは恋だから!」
そうですか……
恋だとは言ったけど、少女は渋々秋乃から離れた。少女はそのままミラミラの近くまで歩くと、こちらに顔を向けた。
「いつまでもここにいる訳にはいかないし、あと一人も見つけないといけないし。私達は行くよ。それじゃあタマちゃん、秋乃ちゃんをよろしくね。実を言うと、城野ちゃんの火柱の力も優勝候補の凄い能力だったんだよ。でも、それ以上に巻き戻しの能力は凄い。それと参加者同士の協力は自由だから、ちゃんと見守って上げてね」
「あぁ、分かった」
そう言うと、少女は柔らかな笑顔を見せた。その笑顔から、色々なものが伝わってくるようだった。
……これから始まるのか、トーナメント。大切なものは見つからないけど、勝ち進める気がしない。
……ヤバい、忘れてた
「待った、忘れてた! 俺の能力の説明をしてくれ!」
「君の?」
部屋から出かけた少女が、思い出したように頷いた。
「あ~、そういやそうだったね。さっぱり忘れてた。そうだね、前置きとか面倒だしさっそく説明するよ」
危なかった。説明なしで闘うのはキツかったかもしれない。長くなりそうだけど、まぁ仕方ない。
少女はその場所に立ったまま話し始めた。
「まず一つあるんだけど……あ、ちょっと待って。タマちゃん、今って何時だっけ?」
「え? 六時二十二分かな」
「あ、じゃあ今から十秒数えててね」
少女は上を向いて手を組み、祈るように目を閉じた。
……十秒。
別に何もなかった。
「十秒経ったよ」
「あぁ、どうも」
軽いお礼を言って、少女は目を開けた。
何をやってたんだ? 神への祈りか何か? 今はそれより……
「じゃあとりあえず、俺の能力を説明してくれないか?」
「それなら、今の演技の中のヤツだよ」
「……演技?」
今の演技だったの? 意味が分からない。その中のって……。もしかして、今のやりとりの中に何か凄い秘密が……!
「分からないなら教えてあげるよ。驚かないでね」
心拍数が跳ね上がった。
「え~と、まず時間が正確に計れます。そして腹時計が正確になります。……以上」
「………」
使えねぇええええええええ!!!
「いやいやいやいやちょっと待て、そんな能力でどうやって戦えってんだよ!」
「ま、頑張ってね」
その明るさは悪魔かっ!
俺は少女のもとへと走る。
「ふざけんな! 頼むから能力変えてくれ。虫、そうだ虫がいい、虫が。頼む、虫に変えてくれぇえええ!」
勢いを殺さず、少女に飛び込む。本当にこれだけは嫌だから!
「むしむし言って飛び込んで来るな!」
ヒラリとかわされ、俺は頭からドアに突撃した。全身の骨を衝撃が駆け巡る。体中がしびれるように痛む。
激しく痛む頭を手で抑えながら振り返ると、そこに少女はいなかった。……少女のツッコミを、初めて聞いた気がした。
部屋の中には呆然と俺を見つめる秋乃と、静かに座っているミラミラさんが残った。
まだだ。まだ、希望は捨てない。
ミラミラさんの所まで歩いて、控えめに頼みこむ。
「あの、ミラミラさん。よかったら、あなたのお連れ様を呼んで頂きたいのですが……」
ここまで丁寧な敬語表現を使うときが来るとは。国語の授業に感謝である。
しかしミラミラさんは冷たい目つきで俺を見据えて、
「ミラミラって誰ですか?」
冷たく言い放った。
あれ? 今俺、見捨てられた?
ミラミラさんは立ち上がると、窓の方に向かった。背が高く、天井にぶつかりそうだ。そして窓を開けて、ベランダに出た。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。これだけの能力って、俺に負けろって言ってるんですか?」
しばしの無言。
無視しないでくださいよ、そういいかけたけど、ミラミラさんが言葉を遮った。
「可能性くらい、自分で探してください」
ミラミラさんは凛々しい声で言うと、赤い空へと飛んでいった。跳んだ、ではなく飛んだ。羽はないけど、あたかも羽があるかのように飛んでいった。
二つに束ねられた、赤みがかった長い金色の髪がなびいている。その姿は、夕焼けとは反対側の暗い空に消えていった。
「………」
足から力が抜けて、膝から崩れ落ちた。
窓から弱い風が入ってくる。それが身体を冷やし、同時に自分の中が虚ろになった気がした。
寂しい夕日が、水平線のかなたに沈んでいった。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。ついに一段落です。
次に閑話を一つ入れて、晴れて(勝手に)第二章です。
ふぅ、長かった……。これだけ小説を書いてきたんですけど、最初の頃より明らかに執筆スピードが上がりました。これは進化ですね、本当に。
さて、これからも頑張ります!