十話
今回は説明文みたいになっています。能力のまぁまぁ細かい説明を書きました。
……わかりにくいかもです。
「それじゃ、話を聞いてくれるかな? タマちゃん」
青い髪にフリフリのドレスを着た少女は、俺をさとすように言った。さっきまではガキだったのに、今では同年代の少女に見える。もしかしたら年上かもしれない。
「は、話しって……」
俺の中には、困惑と疑問が渦巻いている。
「お前、誰なんだよ……?」
「さぁ、誰なんだろうね」
さぁ、って……
少女から目を離せずにいると、その隣に座っている金髪の女性が、青髪の少女に怪訝な目を向けた。
「あの、もしかしてタマちゃんさんに介入されていますか?」
「あ~、分かっちゃったか。さすがミラミラだね」
二人の会話に、まったくついていけない。金髪の女性は黙ってしまったけど、青髪の女の子は、金髪の方にぺちゃくちゃと喋り続けている。
「ということなんだよね、タマちゃん。……と言っても分からないか」
「え……」
何を言ってるんだ。
青髪の少女は腕を組んだ。
「そうだなぁ、じゃあまずは……」
少女は首を回して、後ろにある窓を見た。外の景色は、いつの間にか赤に染まっていた。
「ちょっと、あれ見てみ、あれ」
体をひねって、窓の外を指差す。俺は操られるように、その指の先を見た。
……何もない。いつも見ている景色だけど……
「よし、もういいよ」
なんなんだ。もうこっちを見てもいいってことなのか?
「もういいって……なっ!」
少女に視線を戻すと、そこには明らかな違和感――さっきより一回り小さい女の子が座っていた。
身長が縮み、顔は幼い。
「やっぱり驚く? まぁいいや。そんじゃ、話がそれてく前に、先に自己紹介をしておこうか」
青髪の女の子は組んでいた足を戻し、椅子から立ち上がった。
幼い声、低い身長。でも、何かかなわない雰囲気をまとっていた。
「名前はヒミツ。年齢は不明。好きな物はアーモンドチョコ。嫌いなものは赤信号」
趣味はマッタリとすることだ、住所はワカリマセン、と少女は付け足した。
やけに秘密がおおいと感じたが、最後だけは違った。
「そして、ちまたで有名な『第二百五回特異バトルトーナメント』の主催者でありま~す」
ふざけているのか、足を揃えて敬礼をしていた。
「お前が……主催者」
よく分からないけど、トーナメントとは能力を使って戦うことか? 秋乃と小春ちゃんが戦ったように……
横で座っている金髪の女性は、やはり静かでいる。
「じゃあ、トーナメントの主催者であるお前が、秋乃や小春ちゃんに能力を渡したのか」
「そのとーり。話が早くていいねぇ」
合点だ。秋乃のいう女店員とやらもコイツだったのか。それに小春ちゃん達の言っていた旅人もか。青髪の女の子に『変身』の能力があれば不可能ではない。
でも……まだ謎が多い。
「ちょっとまってよ、考えだけ先走っちゃって。何考えてんの?」
「今みたいに変身をして渡したのか?」
「えっ、無視?」
秋乃や小春ちゃんのありえない能力を見たからか、変身なんて小さな能力に疑いはなかった。
「変身……ねぇ。違う違う。そんな面倒なこと、するわけないし。ちょっと考えてみてよ。私が変身したとしてら、ここにいるミラミラ気づくはず。でも全然気づいてなかったでしょ? 注意深くて目が後ろにも付いてるような子なんだから、君が気づくことに気づかないことはないよ。それにほら見てよ、この堅そうな顔……」
「その通りですね。私が堅いのも否定はしませんよ」
金髪の女性が話を中断させた。
少女がミラミラと呼ばれている女性に悪口でも言っているのか……?
「おっと、また話がそれちゃった。短く言うけど、最終的に言いたいことは一つ。……要するに、私は変身をしたんじゃなくて、君の頭の中をいじらせてもらったわけ」
意味を理解するのに十秒かかった。
「そんなことまで出来るのか……」
女店員、旅人。俺の頭の中に、一つの単語が浮かぶ。
「お前って……神なのか?」
特定の物事に特化した人間でもなく、木材から作られるものでもない。神という言葉の定義がよく分からなくなった。
「神……かみ……神様……。いやぁ、いい響きぁなぁ……」
対する女の子は両手を頬につけて、顔をうっとりとさせていた。
コイツ、まったく読めない……
「あぁ、うん。いいね、神様って。私もなってみたいなぁ……」
女の子緩い顔をさらに緩め、隣のミラミラという女性にも絡んだ。
なってみたいな……って言ったか? 神ではないのか?
自分の中に、安心の感情があった。でも、もう一つブルーの感情も感じた。
「じゃあ一体誰なんだ……」
「それはまた今度ね。そんなことより、また話がそれてるし、もう本題に入るよ」
君も早く座りなよ、と女の子は俺を一番古い椅子に勧めた。俺の家だ、とも言えずに、椅子に座った。
女の子はコホン、と小さな咳払いをする。
「それじゃあ、まずはこのトーナメントについて。これは三十二人の出場者で構成されているトーナメントで、秋乃ちゃんはその中の一人ってこと。実はまだ、残りの三人が見つかってないんだけど……とりあえず、勝利おめでとう」
「そりゃどうも」
「あれ、あんまり喜ばれてないかな? ま、いっか。そうだなぁ、まずは能力について説明するね。秋乃にあげたのは巻き戻しの能力。君たちは時間を操るって言ってたけど、半分は違うよね」
俺達が言っていた言葉をどこで聞いていたんだ……?
「能力について説明するから、君は君自身の立場について知ってもらうよ。まず、トーナメントの参加者は能力を受け取り、一人のパートナーを決めることが出来る。君は秋乃ちゃんのパートナーなんだ。だからこそ、いくつか注意事項を伝える。そうだなぁ、君はさっきの戦い覚えてる?」
さっきの戦い。……よけたり走ったりで大変だったけど、だいたいはおぼえている。
そういえば、小春ちゃんのパートナーはガイモンだったのか。
「忘れてないならいいや。じゃあ、秋乃ちゃんの能力について説明するよ。最初に、巻き戻しの能力には、大きく分けて三つがあるんだ」
三つ、そんなにあるのか。女の子は淡々と続ける。
「まず一つ目、『座標』を戻す能力。これは今より前にいた場所に戻れることが出来る力。君が火柱から逃げたり、坊主のガイモンが消えたりしたのはこの能力なんだ。あと、秋乃ちゃんがコンビニからこの家まで戻ってきたのもこの能力のおかげだよ。分かるかな?」
分かるけど、かなり危ない。
ようするに、俺が学校まで三十分をかけて行って、能力で三十分の座標を戻せば家に戻ってこれるのか。
今より前にいた場所に戻れるってとこか。
「座標っていうか、場所に関係してるね。じゃあ次」
女の子はまた一つ、コホンと咳払いをする。
「二つ目は、『状態』を戻す能力。これは人や物、空間自体の状態を戻す力。コンクリートが新しくなったり、火柱が消えちゃったのはこれのおかげ。空間自体の状態を戻せば、君のプリンも出てくるよ。それと、君達の相手の怪我も治したね」
能力の説明には、まぁ、納得した。地面の『状態』を戻したから、火柱が消えたのか。これを使えば、家や家具が新しく出来るかな。
それにしてもコイツ、どこまで見てるんだよ……
「と、ここで、能力の反動についての説明。これ重要だから、よく聞いといてね」
「へぇ、やっぱりあるんだな。反動っていうのか」
能力を使いすぎた小春ちゃんが倒れたのを覚えている。
「まずね、能力にはそれぞれ管轄するところがあるんだ。秋乃ちゃんの能力は時間。城野ちゃんの能力は炎。ここまではいいんだけどね、次は重要。何かの管轄の能力を使うときはね、絶対に他の管轄を犯すことになる。例えば、巻き戻しの能力の中で、座標を戻す能力を使えば、それは『空間』の力に逆らうことになるわけ。分かるかな?」
……なんとか理解出来る。確かに、時間の能力で空間を移動するのは、おかしいかもしれない。
「ほかの力に逆らったら、その反動は自分に来る。とは言っても、全部の反動が来るわけじゃない。ほとんどは私を通して緩和されるから、君たちの負担は少ないけどね」
「それが本当なら、お前は相当な強いよな」
秋乃が息を切らして、小春ちゃんは倒れた。それは反動のほんの一部なのか……?
「それから、一番大切なことがある。それは、使う能力、能力を使用する対象によって反動が大きく変わること。例えば、『座標』を対象に能力を使ったとする。そうしたら『空間』からの反動を受ける。空間って言ったらなんか凄そうに聞こえるけど、以外に負担は小さいよ。人を対象にしても、物を対象にしても、あまり負担が変わらないんだ。言ってみれば、たくさん使える便利な能力、ってところかな」
さっきの戦いを考えても、秋乃はこの能力を使っていてあまり疲れたふうには見えなかったけど。そういえば……
「じゃあ、えっと……『状態』を戻したら、反動はデカくなるのか?」
「その通り、と言いたいところだけど、ちょっと違うんだよね。まず、物を対象にした場合は、そのまま『状態』から反動を受ける。だから、あまり反動は大きくない。だけど、生物を対象とした場合は、それと全然違ってくる。その理由としては、『生命』という大きな概念からの反動を受けるからなわけ。思い出してみて、城野ちゃん達を治療した後、秋乃ちゃんはすごく疲れてなかった?」
……そういえばそうだった。あの後秋乃は、百メートルを全力で走り切ったかのように息を乱していた。
「分かったかな? 少し前にの怪我を治すくらいならいいけど、一度に何回も使ったり、長い時間を戻すのはやめさせてね」
そこまで言うと、女の子はさらに力を込めて話しだす。
「無理をしたら絶対に、ただじゃ済まないからね。それだけ『生命』の概念が強力だってことだから、覚えておいて」
秋乃がただでは済まない場面が思い浮かばないけど、危ないということはよく分かった。
女の子が椅子に体重をかけると、ギィといやな音がする。
「あれ、この椅子危ないね。じゃあ、最後の説明をするよ。なんだかんだ言って、これが一番大事かな」
女の子の目が強くなる。
「三つ目の能力は、『事象』を戻す能力。これは、今までに説明した能力とは全然違う。タマちゃんは覚えてるよね、さっきの戦いの白い光。太陽みたいにまぶしくて、強い光」
あぁ、覚えている。よく覚えている。あの時の不思議な光。まぶしいくらいで、目の奥に焼き付いている。
あの時に色々考えたけど、違いはいまいち分からなかった。
女の子の目に、さらに光が宿る。
「これはね、決して使ってはいけない能力。……とは言っても、防ぎようはないんだけどね。一つ聞くけど、君達が最後に火柱を消したとき、その火柱はどこに行ったと思う?」
「確かじゃないけど、過去に飛ばされた……んじゃないかな?」
それだと、二日前に立った巨大な火柱の説明がつく。
「正解! はなまるをあげるよ」
いや、いらない。
「じゃあもう一つ。それ以外の火柱はどこへ行ったのでしょう? 君達が消したのは、最後の火柱だけじゃないよね。たくさん消したよね」
最後に立った巨大な火柱以外の、秋乃が消した小さな火柱のことを言っているのだろうか。
「それは……過去に飛ばされたのか? いや、違うな。たしか『状態』をもどしたんだから……言葉のとおり、消えたのか」
「ほほぅ、なかなかやるねぇ。君、以外と頭いいんじゃない?」
良くはない。問題には間違いかけたし。
「おっと、話を戻さなきゃ。さて、『事象』を戻す能力の注意点を説明するね。注意点というより、忠告かな。そうだね、まず一つ。事象を戻す能力を使った場合、最低秋乃ちゃんが死ぬよ」
「……はぁ!? 死ぬって、そんなに危険なものなのか!?」
あの白い光にそんな危険があるのか? いや、思い返しても、あの能力を使った秋乃が苦しんだことはない。あくまで、あの二人を治療したからだ。
「この能力は厄介でね、注意しても難しいんだよね。何が危険かっていうと、『事象』の概念の大きさが一番」
反動が大きいのか? あまり実感がわかない。
「例えばね、この家が火柱で燃えてしまったとするよ。でも、火柱を作った相手はここにはいなかった。君ならこれをどう考える?」
女の子は机に片肘をついて聞いてきた。
可能性とかは、たくさんありそうで考えるのが面倒だ。でもこの話の流れから考えると……
「かっこよく言うと、未来からやってきたってのか。秋乃の能力で戻ってきたんだと思う。白い光が光れば、確信ができるな」
「そのとおり。えらいねぇ」
こんな小さなガキにいわれると、鼻につく。だけど、コイツの正体はまったく謎だ。
チラと隣の金髪の女性を見たけど、相変わらず無表情だった。
「これで、そのうちに君の家の跡地に火柱が立つことが分かったね。実際には秋乃ちゃんが消すんだけど。ではここで質問。燃えた君の家には、お金、家電、服、エッチな本、プリンがあったとするよ」
途中、聞き捨てならない単語が出てきたけど、そんなものは持っていない。
「不満そうな顔するね。とにかく、家も含めて大切なものがあって、燃えてしまってとても困るものが無くなってしまった。でもまだ、火柱を立てる人物はやってきていない。さぁ、天才の君はどうする!」
どうしてそんなに、俺を持ち上げるのだろうか。それから、さっきから質問されてばかりだなぁと思った。
「天才じゃないけどさぁ、俺なら家を燃やさないように努力するな。未来予知をしたも同然だし」
俺が当然だと答えると、女の子はこれを待っていたとばかりに怪しい笑みを作った。
「残念。ゲームオーバーだね。秋乃ちゃんが死んじゃったよ」
……何? どういうことだ? 馬鹿な俺には分からない。
「これが一番厄介な能力、『事象』を過去に飛ばす能力。今のたとえでいくと、最初に君の家が燃えた瞬間から、火柱が君の家のある場所に立つ『事実』が確定する。もしここで、君が家の跡地に火柱が立つのを防いじゃったら、それは成り立たない。そこに大きな矛盾が生(しょう)じるの。考えてみて。最初の時点で火柱が立つことが確定しているのに、実際の事実では火柱は立たなかった。あら不思議、事実が二つも出来ちゃった」
「……ッ! それじゃあ、未来からやってきた事象を変えることは出来ないのか?」
「さぁ、分からないね。だだ、起こるはずのことが起こらなくて、起こらないはずのことが起こる。この巨大な、間違うはずのない『事象』の矛盾は、能力の使用者に膨大な反動をもたらす。……それこそ、存在がなくなっちゃうくらいに」
「そ、存在……」
ぞっとした。俺が秋乃の能力の効果に早く気づいていたら、今頃どうなっていたか分からない。
このとき初めて、自分が馬鹿で良かったと思った。
「だいたい、私自身がどうなるか分からないしね。今まで誰も使わなかった、いや、使えなかったから、矛盾が生じたらどうなるかは謎のまま。事態がひっくり返って地球崩壊なんて言われたって、シャレにもならない。ま、さすがにそこまではいかないだろうけど」
地球崩壊とか、よく意味が掴めない。色々な恐怖が、とにかく矛盾を生んではいけないとサイレンを鳴らしていた。
「そこに関しては私も出来るだけ監視するから、君もお願いね」
女の子は座ったまま、小さい体を精一杯に伸ばした。それから大きく息を吐いた。
「あ~、疲れた。これで能力の説明は全部終わり~。ほら、タマちゃん、なんか頂戴」
今までの緊張感が音を立てて崩れた。
「なんもねぇよ。っていうか、いきなり雰囲気変えるのもやめてくれよ」
「えぇ~、私頑張ったじゃん……そっか。この家貧乏だっけ」
無意識に、右手を握り締める。
「柿の種ならありますよ」
別方向から声が聞こえる。見ると、金髪の女性が女の子に顔を向けていた。
なんで柿の種?
「さっすが、ミラミラ。やるねぇ」
女の子は親指を立てて、ミラミラなる女性に笑いかけた。手のひらを上に向けて、柿の種を催促をしている。
「どうぞ」
「ありがとー。……」
女の子の手のひらに置かれたものは……種!?
「……いや~、ミラミラ。これはこのままじゃ食べられないよね~。地面に植えて、お水をあげて、桃栗三年柿八年で、八年経ったらおいしい柿がなりました~、じゃないっての! なんで『柿』の種を渡す!」
「はい。『柿』は名詞で、『の』は接続助詞で、『種』はまた名詞です」
「分かっとるわ! こんなものをどうやって食べろって言うわけ!? ……あっ」
二人のやりとりを、しばらく呆然と見ていた。そんな俺に女の子は気づいたのか、コホンと咳払いをして、こちらに向き直った。
「失礼。みっともなかったね」
少し子供らしさが垣間見えたけど、どちらかというと大人な雰囲気がある。大人というか、すべての悟りを開いたような……
「普段はこんなことないんだけど……とにかく、最後の説明をするから。よく聞いてね」
「まだあったのかよ」
そろそろ頭が危ないかも……
「あと少しだね。本当は全部秋乃ちゃんに話したんだけど、全然理解してもらえなかったんだ。だから君に話に来たの。トーナメントのルールで大切なことがあるから。勝負のまず勝ち負けなんだけど、勝つ条件は次の通り。一、相手の意識、戦意、または命がなくなること」
「ちょっと待てよ。死んだら負けって、そんなに危険な勝負なのか?」
そんなの、危なすぎるじゃねぇかよ。
「まぁそうだけど、実際には死者はまだでたことがない。私が頑張ってるからね。ただ、大けがは保証しないよ」
秋乃が治したけど、実質ガイモンは大けがをした。
「その二、対戦相手が降参、または棄権をすること。以上。それから、君達が戦う場所は外から見えなくしておくから、心置きなく戦ってね。あとは……そうだ。パートナーについてなんだけど、これは一人まで。城野ちゃんのパートナーはガイモンだったし、秋乃ちゃんのパートナーは君。パートナー以外の人間には、このトーナメントに関する一切を伝えることを禁止する。っていうのがルール」
なるほど。だから小春ちゃん達は二人で来てたのか。協力者がいたみたいだけど、あくまでトーナメントのことは話してなかったのか?
「なぁ……。もしもなんだけど、そのことを第三者に話したら、それはどうなるんだ?」
「第三者ねぇ……。それはもう、過去二ヶ月分の記憶と一緒に、記憶を消しちゃうかな」
「過去二ヶ月も……。なんで、そんな無駄なオプションがついてくるんだよ」
「それは、記憶を消す能力が不便極まりないからだよ」
肝心なところで役に立たない。
だけど、少しまずいかもな……。秋乃に他の人間には喋るなって言っても、忘れられたら困るしな……。早めに釘を刺しておいたほうがいいかな。
なら、これから秋乃の家に行こう。そう考えた時に、何か嫌なものが俺の頭の中をかけた。
さっき、秋乃と別れる直前。たしかアイツが……
――翔、私はもう家に返るぞ。
そう言った気がする。でもそこじゃない。たしか、そのあとに……
――今日は父さんも帰ってくる。
って言ったんだっけ。でもそこじゃ……ん? 父さんも帰ってくる?
瞬間、俺は走り出した。
「あぁ、タマちゃん。どこ行くの?」
問いには答えない。しかし俺は、女の子の薄い笑いに気づくことが出来なかった。
ちくしょう、間に合ってくれよ。まだ話すなよ……!
秋乃がおじさんにトーナメントのこと話しをしたらダメだ。おじさんは第三者だ。二ヶ月分の記憶が消し飛ぶなんて、ふざけんな。
玄関から、靴もはかずに家を飛び出す。地面のデコボコは容赦なく俺の足に食い込み、思わず足を止めたくなる。でも、ここで止まるわけにはいかない。
後ろでドアの閉まる音がした。空はいよいよ暗くなってきた。でも、そんなことは俺の頭をすり抜けるだけだった。
家を出たら、一度道路沿いの歩道に出る。それから体重を倒してすぐに曲がり、秋乃の家に向かう。
隣の家への道のりを、今までで一番長く感じた。
もう一回曲がり、秋乃の家のドアへと走る。
ドアノブに手を伸ばす。インターホンには見向きもしない。
そしていよいよドアノブに手が触れようとした時――ドアが自ら開いた。
強打。手、指、頭。防ぐすべもなく、痛みが駆け巡る。
「うぐっ!」
声の出所がドアの向こう側だと理解するのに、しばらくかかった。まがうことなき、秋乃の声だ。
「ちくしょう、なんでこうなる……!」
気力だけで立ち上がり、勢いよくドアを開ける。目の前には、頭を痛そうに押さえている秋乃がいた。
間に合ったか!?
「とりあえず来てくれ」
「ぬぅぅ……何? いったい誰だってわぁあああ!」
まずは安全の確保だ。
重くはない秋乃を両手で抱え、俺の家に走る。
来た道を戻り、俺の家のドアを開けた。
「あれあれ~、どうしちゃったのかなぁ、二人そろって」
玄関から、ニタニタと笑っている女の子が見えた。気にしない。
俺は抱えている秋乃を床に落とした。ふがっ、という声を出して、秋乃が転がる。
「な、何者だ! ……翔ではないか。どうしたのだ」
「なぁ秋乃!」
秋乃を起こし、両肩に手を乗せる。
「ぬ、な? いったいどうしたのだ、そんなに慌てて」
「お前、家で変わったことはなかったか?」
「変わったこと……?」
秋乃は思い出すよう顔をして、頷いた。
「あぁ、あったぞ」
「なんだ!」
大声を張り上げてしまった。
「なんだって、ドアを開けようとしたら、いきなり戻ってくるものだから、頭を……」
秋乃は頭を手で押さえた。
……よかった。なんとかなったか。
安堵感に包まれて、脱力して椅子に戻ろうとした。
そういえば、秋乃に今聞いたことを話さなければいけないんだった。
「秋乃、お前もこっち来い」
他の二人は……まぁいっか。
秋乃が俺の後ろについてきた。そしていかにも普通に話した。
「そうだ、もうひとつあった。さっきな、父さんに今日の出来事を話したんだ。そうしたらな――」
遅かったぁあああああああああ!!
やさきはです。
今回は説明ばかりで、その割にはテンポ早すぎたと思っています。本当は九話でまとめたかったのですけど、どうにも長くなってしまいました。
説明が分かりにくいかとは思いますが、分からなくても支障はないです。多分……。
次回から、また少し物語が動きます。
1ポイントでも、評価をもらえれば嬉しいです。
それではm(_ _)m