第七話『ジグソーパズル』
『絶望ですわ』
『絶望だね』
『まだ、戦いは始まったばかりだよ~。頑張ろ~』
授業が終わり、一度家に帰ったあと、三人はとある場所に集まっていた。
「明姫さんに聞いてはいましたが、実際に見てみるとあっかんですわね」
「そうでしょ~」
「…………うん」
そう、なんやかんやで後回しになっていた明石家訪問だった。あいにく、十一は学校、九日は友達の家に遊びにいっていて会えなかったが、母親は快く出迎えてくれて、おやつをそれなりの量出してくれた。今日はクッキーだった。
「――それで、ここが一日の部屋だよ~」
居間を経由して通されたのはやはり和室。今から西に進んだ奥にある部屋で広さは九畳くらいはある。
「……一日ちゃんの部屋も広いね」
「え、ええ、そうですわね」
鏡花が動揺している。お嬢様然としてはいないが、財力的には一日も十分に令嬢。そのことに気付いておののいていた。
「…………大丈夫。みんな優しい人だから」
そして、ふくよか。お金持ちにありがちな上から目線もないし、上流階級であることに対する気負いのようなものもない。実に付き合いやすい人々だった。
「で~、今日は、みんなでやりたいことがあるんだよ~」
ウッキウキになりながら、一日が何やら手にもって現れる。
「? それが、お家にまねいてくださった理由ですか」
「うん~、そうだよ~」
角に置かれた勉強机以外に何も見当たらない部屋の中央、クッキーと飲み物が置かれたお盆の脇に置く。
「……これは、ジグソーパズル?」
覗き込み、首を傾げる。一日が持ってきたそれは、千ピースもある超大作。絵柄はとある有名アニメ映画のワンシーンで、明姫も一応知ってはいた。……それどころではない。
「せ、千、ですわ!?」
「せん、だよ~」
「…………千ってどうなの?」
存在は知っていても実はやったことがない明姫がまじまじと箱を見つめる。サイズ的にはランドセルに入れられるくらいの手頃な大きさ。でも、ピースがバラバラとなって千も入っていると考えると、妙な迫力を感じるような。
「一日もやったことはないけど、頑張ればできるよ~」
「わたくしもないですわよ!? 未経験三人でこれは難しいんじゃなくって!?」
取り乱す鏡花に向かい、一日はいつになく朗らかな笑みを浮かべ、ぽんと肩を叩く。
「今日中に終わらなかったら、一日たちで完成させておくよ~」
たち、というのは兄と弟のこと。何の関係もないのに巻き込んでしまうのか。ぐぬぬと葛藤し、やがて彼女は大きなため息をつく。
「それには及びませんわ。通ってでもわたくしたちで完成させましょう」
「! ありがとう、鏡花ちゃん~」
「…………チョロい」
呟きつつ、自分も同じようなものかと、スッと腕をまくる。
「……そうと決まれば、さっそく始めよう」
気合いの入った明姫の合図により、パズルタイムが始まる。が、初手で詰まる三人。
「まずは、どうすればいいんですのん?」
「…………分かるところから組み立てていくとか」
「ん~、確か、はしから作っていくんだよ~」
端。要するに、パズルの外側となる部分。角は二辺が、それ以外は一辺が直線となっており、揃えやすいというわけである。
「…………仕分けからしないといけないのですわね」
「…………うん」
こんもりとしたピースの山を見て、二人は絶望的な表情を浮かべるのであった。
「仕分けができたところで~、組み立てていこ~」
一日は実にマイペースであった。だからこそ、ちまちま続けていればいつかは完成するジグソーパズルとは相性がよく、今もなお元気を保っていた。
「……やっとですわ」
「…………うん」
対照的に、鏡花と明姫はすでに疲弊していた。先が長いとなるとつい気が滅入ってしまう。一度乗りかかった船だから降りはしないが、何かもっとモチベーションが欲しいところ。
「クッキーを食べよう~」
「そ、そうですわね。一日さんのお母様が作ってくださったクッキーは実においしいですわよん」
「…………うん」
明姫はさっきから頷くだけになってしまっている。よほど精神的に参っているのか。否。
「(なんとなく、見えてきた気がする)」
小声でなんかカッコいいことを言い出す少女。ピースだけで何が見えたと言うのか。
「…………まずは上から」
全部で千ピース。つまり、横四十ピース、縦二十五ピース。上の部分は星空を描かれているため、当てはまるピースは総じて濃い紺色をしている。パズルの下部は、白およびグレー色の雲なので区別はしやすい。きっちり四十ピースは見つからずとも、手掛かりにはなる。
「す、すごい集中力ですわ」
「お~、一日も負けていられない~」
キュッと拳を握り、一日は端とは別に仕分けした木々が生い茂り緑色となっている箇所の組み立てに取り掛かる。
「これは~、ここで~。あれは~、そこで~」
言いながら着々と組み上がっていく。
「ううっ。わたくしだけくよくよしていたら、おじょう様のなおれですわ!」
気合を入れ直し、鏡花は自分の世界に入ってしまっている二人を繋ぎとめるように、その間のピースを埋めていく。
「空と雲と森。ぐらでーしょんになっているので、分かりやすいですわ」
パチンパチンとつなげていき、いつの間にか外側の百二十六ピースは一つにつながっていた。
「やった~」
「…………うん」
「ですわ!」
一つの区切りにハイタッチし、ついでにクッキーを平らげる。カロリーを補給したところで二回戦が始まる。
「……わたしは、空をせめる」
「一日は~、雲~!」
「では、わたくしは、右側をつめつつ、この目立つキャラクターをくみ上げますわ」
息の合ったやり取り役割分担し、各々仕分け後のピースを持って、くみ上げていく。途中、ピース行方不明事件やなんか同じ場所ばかり飽きた事件がありつつも、互いに励まし合い、右側を中心に六割が終了する。
「ふう。きゅうけ~、する~」
「そうですわね。少しつかれましたわ」
「……そうだね」
深いため息をつき、明姫が汗をぬぐう。特に集中していた彼女の疲労は特に大きく、ただちにカロリー摂取が必要だった。
「クッキーがなくなりそうだったから~、チョコレートもらってきた~」
「! ありがとう」
「! 感謝いたしますわ」
同じく、甘いものが食べたいと思っていた鏡花が瞳を輝かせる。市販とはいえ、少し高価なチョコレートに舌鼓を打ちながら、さらに作業へと没頭していくこと一時間。いつに間にか、十一と九日も合流して協力してくれた結果、ついにその時が訪れる。
「これが、ラストピース~」
パチン。
小気味よい音を立ててピースがはまり、全貌が露わになる。パッケージを見て知ってはいたが、実際に完成図を目の当たりにすると壮観ではあった。
「一日ねーちゃん、おめでとー。買ってから全然作ろうとしてなかったから、いつ作るのかって思ってたよ」
「おめでとう。……まさか、友達を家に連れてきたがった理由がこれとは」
苦笑しつつ、十一も嬉しそうにしている。兄弟仲いいなぁ、なんて思いを馳せながら、視線を一日に視線を戻した明姫は顔をほころばせる。
「…………楽しかったよ、一日ちゃん」
「ええ、つい熱くなってしまいましたわ」
「うん、一日も楽しかったよ~」
三人で笑い合い、ほんわかとした雰囲気が漂う。さて、もう外も暗いし、家に帰ろう。十一に送ってもらうか、家の人、直人を呼ぶか、どうしよう。と考えていたら。
「――じゃあ、次は二千ピースだね~。買っておくよ~」
ドエライことを平然と言い出す少女。その場にいた全員が凍り付くも、その様子に気付くこともなく、彼女はご機嫌に微笑む。
「頑張ろうね、明姫ちゃん、鏡花ちゃん」
その笑顔に当てられて、二人もしょうがないとばかりに苦笑するのだった。