第六話『七不思議その二』
『絶望だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー―――――――!』
『……もしかして』
『…………二つ目』
『…………………そんなに嫌なら断れば』
『…………いやなんじゃなくてこわいだけだから断りにくい』
一回目の時と同じく、小学校の校庭で待ち合わせをし、一旦家にランドセルを置いた三人が再び集まる。小学校の七不思議は前回やったので、今日は少し場所を移す。
「中学校に行きませすわよ」
「…………学校なんだ」
明姫は背筋にぞくりとするものを感じる。学校の怪談、という言葉があるように(元ネタは知らない)、学校にいわくというものがつきものだ。一つの七不思議は池が舞台だったから学校感が少なかったから良かった。しかし、今回は――。
「早速、島ゆいいつの中学校、その音楽室に向かいますわよ」
「お~~~~」
「…………」
――かなりそれっぽい場所だった。
「とうちゃく~」
「では、二つ目の七不思議のおさらいをしますしょう」
「…………来てしまった」
ワンチャン辿り着けない可能性を期待していた明姫が肩を落とす。直人が普通に小学校の敷地内に入れたように、小学生も中学校に普通に入れた。
「ちゃんと許可は得ていますわよ」
「!? い、いつの間に」
「ママ、……お母様に七不思議のことを話したら、警備員さんに話せば入れてくれると教えてくれたんですわ」
「だから、あらかじめ連絡しておいたんだよね~」
「…………」
うすうす感じていたが、この島の七不思議は通過儀礼のような意味合いがあるらしい。島民が協力的すぎる。……だから、安全は保障されている、と解釈することはできる。でも。
「(そう頭で考えても、こわいものはこわい!)」
怖いという感情は割と根源的なものであり、止めようとして止められるものではない。
「(本当に何事も起こらなければ安心できるのに)」
今、怖くても、何もなかったという記憶が加わればいくらかマシになる。それを期待するしかない。……ちなみに、前回の七不思議は別の意味で思い出したくない記憶となっていた。
それはともかく、鏡花がそらんじてくれた二つ目の内容はこんな感じだった。
『誰もいないはずの音楽室からギターをかき鳴らす音が聞こえる』
相変わらず、おどろおどろしいといった感じでこわい。
「……なんで、ギター?」
イメージとしてはピアノの方がそれらしい気がする。。
「うわさによると、この島出身のしんがーそんぐらいたーがいるかららしいでせすわ」
「らしいよ~、名前は覚えてないけど~」
「…………有名な人?」
「有名ではないと思いますわ。うわさなので、いるかどうかも分からないんですのん」
この調子だと、ネット検索してもヒットしなさそう。ギターの持ち主が特定されれば、多少は不安が薄らぐと期待していたのに。ひっそりと肩を落としつつ、目の前の音楽室へと視線を向けてみる。
中学校の校舎も小学校と負けず劣らず古い。木造建築で、そこかしこにほころびが見て取れた。大きさとしては、小学校よりはやや大きく、一階あたり教室が五つある。……二階にあるクラス教室は残念ながら学年あたま一クラスしかないので、三つしか使っていない。残りは自習室になっている。音楽室というのはその校舎の一階、校舎の端にあった。
「……音楽室って、普通はもっと高いところにあるような」
「ん~、小学校にはないからよく分からない~」
「……ドラマとか想像してくれると」
アドバイスをしてみると、ぽんと叩く鏡花。
「気にしたことがなかったですが、四階建ての校舎の三階や四階にあったような気がしますわ」
「ん~、覚えてない~」
……実は、一日の答えの方が普通だったりする。生粋の島民たる二人は、チャンネル数の少ないテレビしか見ていない。まだ小学六年生ということを鑑みても数が少なく、経験としては足りないと思われた。
「わたくしは、はやりのドラマは配信で見ているんですのん」
「……なるほど」
ドラマ好きだからか、お嬢様になるための一環か。場合によっては話が長くなるので、聞くのは止めておく。
ふぅと息をつき、いよいよ音楽室の中に入る覚悟を決める。視線を鏡花に向けると、こくりと頷き、戸に手をかける。
「……行きますわよ」
「……うん」
「お~~~~」
一日が手を突き上げるのと同時にガラッと戸をスライドさせる。三人そろって中に入ってみると、そこにあったのは何の変哲もない音楽室、でもない。
「……普通の教室と変わらない」
音楽室の特性上、ある程度音が抑えられるような部屋の構造をしているはずだ。いわゆる防音構造で、天井が高かったり、吸収できるように穴が空いていたりする。それがこの教室には見られない、というか、ピアノが置かれているだけのただの教室に見える。
「(別に音がもれてもいいってことかな)」
「――では、七不思議の二つ目を確認しますわよ」
「分かった~」
「…………」
音楽室観察で紛らわせていた意識を引き戻される。やはり逃げられない。
「まずは、ギターがないか探しましょう」
鏡花の声に従い、各々が教室内を物色する。とはいえ、生徒が着席する用の机と椅子、ピアノ。なけなしの譜面台が二つ。他は備品がチラホラ。といった感じで見る物がほとんどない。
「……ギターなんてないよ」
「ない~」
「……ですわね」
小学生の身からすればかなり大きなギターがあればさすがに分かる。ギターがないイコール音は聞こええない。その結論で終わりにしようと、明姫は口を開こうとし、
「では、次はとりあえず、音楽室の外にでましょうか」
閉じるはめになった。
「…………帰るの?」
「もう~?」
「まだ、帰りませんわ」
スタスタと出口へと向かいながら、ピンと指を立てる。
「七不思議は誰もいない教室でギターの音が聞こえる、というものですわ。わたくしたちが中にいない状態でどうなるか確認しないといけませんわ」
「お~、確かに~」
「………………」
真面目なのが今回は悪い方に出ている、あくまで明姫にとって。
「(……まあ、しばらく待って何も聞こえてこなかったから解散になるはず)」
仄かな希望を持って、戸を閉め直した音楽室へと向き直る。すると、
「…………あれ~、何か、音が聞こえる~」
「!?」
「……そういえば、何か聞こえるような気がしますわね。これは――」
ジャカジャーーーーーン!
―ギターの音。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
驚きに驚いて、ちょうどいいところにいた鏡花の腕に抱き着く。……自分よりも小柄な少女に抱き着けばどうなるか、答えはすぐに明らかになる。
「あ、明姫さ~~~~んっ!」
バタンッ。
二人して床に倒れ込み、明姫が鏡花に覆いかぶさる形になる。
「く、苦しい、ですわ」
「きょ、鏡花ちゃん、ぎ、ギター、の音が、きこ、えてぇ~~~~~~~」
「こんな明姫ちゃん、しんせん~」
「そう思うなら、引き受けてほしいですわ」
友達とひっつくというのは悪い気はしないが、この体勢だと苦痛の方が勝つ。一日が近づいてこっちおいでと声をかけるとあっさりそっちへと移っていく。……苦痛が取り除かれると、途端に寂しさが訪れる。
「…………落ち着きました?」
「…………うん」
色んな意味で抱擁力のある一日のおかげで、ほっと一息つけた明姫はそろそろと彼女から離れる。
「……ありがとう、一日ちゃん」
「いえいえ~」
「鏡花ちゃんも、ごめん」
「…………別にいいですわ」
ため息をついた鏡花は気を取り直すかのように音楽室へ視線を向け直す。
「ギターの音はもうしないようですわね」
三人でわちゃわちゃしていたせいで、いつからかは覚えていない。
「……明姫さん、一日さん、ギターの音がどこから聞こえてきていたか覚えてらっしゃいます?」
明姫はすぐに首をフルフルと横に振る。
「ん~、確か~、となりの方だった気がするよ~」
あごに指を当て考え込んでいた彼女がピッと指をさす。
「…………となりって、何の教室?」
「……とくに表示されてはいませんでせすわね。ここまで来るのに、家庭科室と科学室は見たので、それ以外だと思いますわ」
「分からないなら、入ろ~」
「!?」
止める間もなく、一日が戸に手をかけてしまう。鍵がかかっているならまだ良かったが、ゆるゆるセキュリティな田舎クオリティにより、いとも容易く戸は開く。果たして、中にあったのは。
「あ」
「あら」
「おー」
「!」
びくりとして後退ったのは、明姫だけ。他の二人は中にあった物もといいた人を視界に収め、首を傾げる。
「確か、元漁師の鈴城さん、でしたわね」
「こんにちは~。でも、どうしてこんなところに?」
平然と挨拶をした二人を見て、明姫の冷静になる。平日に社会人たる鈴城光が中学校にいるというのは若干怖いような気もするが、教室に人がいるだけなので、幽霊的な意味では何も怖くない。ようやく平生の自分を取り戻した明姫が彼に視線を向ける。
「こんにちは」
「お、君は直人の」
「はい。お兄さんがいつもお世話になっております」
ぺこりとおじぎをする。その優雅な立ち居振る舞いを見て、光も目を瞬かせる。
「これは、丁寧に」
「いえ」
「さ、さすが、明姫さんですわ」
「鈴城さん~?」
いつの間にか近づいていた一日が睨みを聞かせる。そういえば、質問していたのだった。
「ああ。なんで俺がここにいるかだったな。実は――」
ジャーン。
ギターを鳴らし、ニヤリと笑う。
「――今の仕事が暇だから、ここを借りて練習しているのさ」
「…………なんでギターなんですか」
ギターの音じゃなかったまだここまで恐怖しなくて済んだのに。
「父さんからもらったんだ。いつもは音楽室で練習してるんだが、今日はなぜかこっちにしろって言われて」
「…………そう、ですか」
今回の一件、そこはかとなく、大人の力が働いていそうな気がする。察するに、七不思議はそもそも誰かの創作で、あることないことが語られているのだろう。一つ目の自然之池だって、何人もの人間が検証すれば、何か起こる可能性はあった。今回だって、偶然とはいえ、光がギターを弾いていたことで事件のようになった。……古くからある七不思議の真実が光ではないのは明らか。でも、彼の役割を誰か別の人間、例えば父親が担っていたとすれば。…………。
元来思考能力が高い明姫は感付いてしまったものの、鏡花たちはそうでもなく、シンプルに頷いていた。会話が途切れたと思ったタイミングで、鏡花がパンと手を叩く。
「何はともあれ、これで今回も解決ですわね」
「やった~」
「……そうだね」
喜びを露わにする二人に対して、明姫は複雑そうな表情で光を見返していた。
「……あなたがここにいるということは、今日の仕事はもう終わりということですよね」
「……おう」
「ということは、お兄さんももう家に帰ったってことですか」
「…………おう」
明姫の言わんとしていることが分かったのか、光が気まずそうに苦笑した。
「……決してサボっていたわけじゃないぞ。お客さんがもう来ないって思ったのと、他の手伝いもなかったからだ。あいつはニートではない」
「分かってます」
そっと息を吐きながら、彼女は兄に思いを馳せる。これは確かに心配になると。
第二の七不思議『音楽室』、多分、解決。




