閑話1『直人のお仕事』
『……絶望だ』
『…………なんか嫌なことがあったんなら、話聞くぜ、直人』
『…………嫌なこと、なのかねぇ』
その日、直人はぼーっとしていた。その日も、ぼーっとしていた。
「……暇だなぁ」
「……まあ、掃除とかメンテナンスとかは午前中に済ませちまったからのう」
独り言ちると、こっちも暇だったのか、同僚たる鈴城光が反応してくれる。チラリと見てみると、彼はうーんと伸びをするところだった。
彼は生粋の島民であり、平和でやることもない日常には慣れている、と思っていたら、この仕事、自転車、バイク、車のレンタルサービス、を始めたのはほんの一年ほど前のことであり、直人と同じくらいには眠たそうな目をしていることが多かった。
「…………漁師だって、とれない時は暇なんじゃないのか?」
彼の前職を思い出しながら尋ねると、彼は真っ白な歯をキラリと光らせて笑う。
「船酔いとの戦いだったから、それどころじゃなかったぜ!」
「漁師辞めて正解だったな!」
勢い余って大変失礼なことを言ってしまった。
「確かにな!」
同意してくれたので良しとする。
とまあ、こんな感じで、直人の同僚は実に愉快な人物だった。こんがりと茶色に焼かれた肌に金色の髪、背が高くがっしりとした体格、大分派手な身なりをしているが、 根は真面目で、むしろまっすぐ過ぎて心配になるレベル。……そんな彼だからこそ、直人も気を抜いて話せるというものであった。
「――で、何が絶望なんだ?」
「…………俺たちの仕事って、平日なんかは観光客がいなくて暇だろ?」
「…………まあ、そうだな」
人が来る見込みがない時は早めに閉めることもあるし、島民に頼まれて畑仕事を手伝ったり、荷物持ちをしたり、あと定期船で運び込まれた物資の運搬を手伝うこともあったりする。それでも、そういった何かがない限りは、大分時間を持て余していた。……物価が安いし、明姫と二人で暮らすだけなら稼ぎとしては十分なのだが。
「…………最近、明姫に仕事をしてないと思われている気がする」
「…………………おう」
いつもテンションの高い光が苦々しい顔をする。中途半端にしょうもなくない話なせいで、笑い飛ばすこともできない。
「……明姫って、確か直人の妹さんだったよな」
ちゃんと話したことはないが姿を見かけたことはある、とその姿を頭に思い浮かべる。
「……直人って黒に染めてるんだな」
俺は金に染めてるぞ、なんてどうでもことをいいだす光。面倒なので否定はせず、話を続ける。
「家にいることが多かったからそう思っててもおかしくない。……そのうち、俺をニートのように見てきたり」
「しないだろ」
即答された。
「土日はそれなりに忙しい、こともたまにあるだろ?」
「…………」
「それに、俺より直人の方が妹さんのことを知ってるはずだ。ちょっと家にいることが多いくらいで幻滅したりしないさ」
「…………おう」
……よくよく考えれば、島に来る前から明姫がそんな目を向けてきたことはなかったような気がする。ちょっと見られ方を気にし過ぎてしまったようだ。これでは逆に心配をかけてしまいそうだ。
「ありがとう、光。もう大丈夫だ」
「なら、良かった」
カラリと笑い、彼はスッと立ち上がる。
「今日はもうやることがないから閉めるか!」
「なあ、本当に大丈夫か!?」
直人の悲鳴がその場に轟いた。
「……お兄さん、今更だよ」
「……おう、今更だな」
そういえば、島に来た時からずっとそうだった。