第四話『一日一日』
『わぁ、絶望だ~~~~』
『……わたしのセリフが取られた』
『…………どんまい、明姫』
明石一日の一日は早い、こともあれば、遅いこともある。むしろ遅いことの方が多い。
「一日さん、朝ですよ、起きてください」
母親の五月の凛とした声が部屋に響く。されど、とうの一日はみじろぎをするだけで起き出す気配はない。
「おい、一日! 朝だぞ、起きろ!」
兄の十一が怒鳴り声を上げるも一日は起き上がっただけで、むにやむにゃ言ったままだった。
「一日ねーちゃん、朝だよ、起きよう!」
まだ小学生になったばかりの弟、九日が肩を揺さぶり、ようやく彼女は目を覚ます。
「おやすみなさい~」
「「「そこは、おはよう!」」」
ツッコミ集中砲火にも動じず、彼女はひとまず顔を洗わんと洗面所へと移動する。
「……おはよう」
渋い顔で挨拶をしてきたのは、父、百衛門。なかなか起きない一日に苦言を呈そうとしている、わけではなく、ただ単に眠いだけ。……一日は彼に似たという説が濃厚だった。
「…………おはよう~」
のんびり口調はそのままに反応がやたらと遅い。寝起きは大体こんな感じで、明姫や鏡花の家に泊った日なんかは起こすのにも朝ごはんを食べてもらうのにも苦労していた。
「…………いただきます~」
自宅の場合はいくらかマシな方で、食卓に着くなり、黙々と食べ進めていく。明石家はこの島でも古くからある由緒正しい一族で、観光客がつい立ち止まってしまうくらいには大きな家を持っていた。住んでいるのは、一日たち三兄弟と両親。祖父母はすでに亡くなってしまっているため、この五人のみで、大分空きの部屋があり、宴会の際には利用したいとの問い合わせがあるらしい。厳格なので、貸出したりはしない。明姫たちもめったに招かれることがないから当然ではある。ただ……。
「…………」
「…………、ねえ、十一にーちゃん、なんかねーちゃんがキョロキョロしてるよ」
「気にするな、変なのはいつものことだ!」
「そうだけど、ヘンにしても理由があるはずだよ」
「二人とも、妹と姉を変ヘン言うものではありませんよ」
窘めつつも、一日がどこか上の空、のような感じがするのは、五月も感じていたところ。一体どうしたのか。
「……一日?」
「…………おかあさん~」
ちょうど朝ごはんを食べ終えた彼女が両手を合わせた状態のまま、五月をつと見つめる。
「……どうしたの?」
「………………そろそろ、友達を家に呼びたいんだけど~」
「「「!」」」
ピリッとその場に緊張が走る。空気が変わったのを瞬時に読み取り、……読み取ったかは定かじゃないものの、一日はスッと立ち上がる。
「やっぱり、なんでもないわ~」
止める間もなく、彼女は足を外へと向ける。今日は土曜日で学校はない。されど、彼女は靴をひっかけ、ガラリと引き戸を開けた。
「一日、お外走ってくる~~~~~」
パタ~~~~と、謎の効果音を出しながら、彼女はのんびりと歩き去っていく。全然お外を走っていない様にほっとしつつも、家族たちは集合し、言葉をかわす。
「ど、どうするんだ。あんな寂しげにされるといよいよ罪悪感が湧いてくるぞ」
「……僕たちもお外走ってくる?」
「一日も走ってないですよ」
「……母さん、きっと一日の友達なら大丈夫だ、覚悟を決めよう」
「…………みんな、お外走るのいやなんだね。僕も家でのんびりしてたい」
「……私は、おやつを作ります」
「「母さん!?」」
果たして、この会談の答えはどうなるのか。後半へ続く。
…………ちなみに、百衛門はずっと一人でもそもそご飯を食べていた。
「……それで、うちににげこんできたんだ」
「うん~」
頷きながら、彼女は元気に差し出されたせんべいを食している。家を飛び出したにしてはいつも通り過ぎる。
「……きっと、ここに来るまでに落ち着いたんだ」
付き合いは短くても一日のことはよく分かっている。彼女は類を見ないレベルのマイペースだった。
「それにしても、一日の家族は明姫たちを家に呼ぶのを渋ってるんだ?」
一仕事終えて家に戻ってきていた直人が自分もせんべいをかじりながら尋ねる。
「ん~、分からないよ~。なんでなんだろ~」
「…………もう、勝手に行っちゃおう」
ちびちびとせんべいを食べていた明姫がだんっと立ち上がる。半分残ったそれをパキンと割り、二人に渡す。
「おい、いつになく強引だな」
「お母さんが良いって言わないと、結局入れないよ~」
渡されたせんべいは一口でいただいた。
「…………電話でアポを取る」
「アポなんて言葉どこで覚えた」
「ドラマ」
そんなこんなで、明石家に電話をかけることになる。ド田舎の島暮らしとはいえ、さすがに携帯は復旧している。とはいえ、明石家にも固定電話はある。黒岩家にはない。ゆえに、直人の携帯で市外局番を打ち込んでやる。
「いや、なんで」
「……なんとなく」
数回のコールののち相手が電話に出る。
『はい、明石です』
女性の声。その時点で一日の母親だと断定される。間延びした娘と違い母の方ははきはきとしていてよく通る。
「(……この発声)」
何かを察した直人を放置して話は進んでいく。
「わたくし、一日さんのお友達の黒岩明姫と申します」
『あら、一日さんのお友達ですか。いつもうちの娘がお世話になっております』
『いえ、わたくしも一日さんの仲良くしてもらいうれしく思っております』
それにしても、外向きモードの明姫は丁寧でお上品、大分様になっている。当事者のはずなのに、一日がほわーっとなっているのも分かるというものだった。
『――あら、そちらに一日さんがいるんですね』
話がここまで来たところで、緊張感が走る。娘と一緒にいるタイミングで家に電話をかける理由なんてそう多くはない。一日から来た経緯を共有できているなら、要件だった察してくれているはず。
「――はい。一度でもいいから一日さんのお家で遊んでみたいと話していたんです」
どこで培ったのか、強い度胸を発揮させ、本題に切り込む。隣にいた一日がごくりと唾を飲み込む。最後に一つ残ったせんべいを見ているような気がするが気のせいだ。
『…………そう、ですか』
沈黙の帳が下りる。すぐに断らないあたり脈ありか。あるいは、断る理由を考えているのか。いや、これまでかたくなに家に連れてこさせないようにしていたんだから、明確な理由は存在している。口ごもるということは、それだけどうすべきか頭を悩ませているということ。あと、もう一押しすべきか。
「(……多分、大丈夫だと思うぞ)」
「(お兄さん?)」
怪訝そうにする明姫が今一度聞き返そうとしたとき、携帯がようやくのこと、答えが聞こえてくる。
『…………ちょうど、おやつが完成したので、一日さんと一緒にお越しください。……家族一同歓迎いたします』
「! わ、分かりました! 一日さんにもそう伝えます」
お礼を幾度か言い合ったあと、電話を切る。明姫たちは顔を見合わせ、勢いに任せてハイタッチをした。……思いのほか一日の力が強くて危うく、ひっくり返るところだった。
「……気をつけていって来いよ」
苦笑しつつ、直人は二人を快く送り出す。さすがに友達の兄は無理だろうといった判断だった。
「ん~、別に来てもよさそうだけど~」
じーっと視線を向けられ、うっと言葉に詰まる。そこはかとなく来てほしげなのは一体。
「……一日ちゃん、そろそろ行こう」
「あ、うん~」
ピッピッと裾を引っ張られ、つられるように立ち上がる。ゆっくりと玄関へと向かっていく彼女の背中を見送りっていた明姫がチラリと直人を見る。
「……お兄さんはしばらく来なくていいよ」
「お、おう」
何の圧だろう。首をひねる直人だった。
島はさほど広くなく、さらに人が主に住んでいる住宅街となると輪をかけて範囲が狭くなる。なので、黒岩家と明石邸は割と近く、すぐに彼女の家に辿り着くことができた。
「…………これだけ、大きいと家の場所自体は知ってたけど」
知っていても高い塀があって中は見えないし、入れない。結局は表から許可を得て入るしかなかったわけだ。
「……おじゃまします」
「いらっしゃ~い」
緊張でまだ敷地内に入っただけなのに、挨拶が飛び出してしまう。幸い明石家の人間は家屋の中にいるらしく、庭口までは出てきていない。
「……庭も広い」
「そ~? ずっと住んでるとよく分からない~」
そんなことないだろ。一日でなければ、嫌味を言うなとツッこんでいたところ。彼女なら本気で一般家庭との違いが分かってなさそう。
石で作られた道を歩きながら、草木が茂る庭を抜け、やっと家屋の前へと出る。形式自体は現在明姫が暮らしている家と同じ平屋建て。ただ、黒岩家はのっぴきならない事情で一家離散し放棄されていたものをもらっただけのもの。くたびれているし、二人で暮らしてちょうどいいくらいの広さしかない。一方、明石家は前述の通り五人で暮らしてもあまりが出るほど横に広い。さしもの明姫も圧倒されてしまう。
「……家の中も広いね」
「ん~、そうなのかな~」
こっちもあまりピンと来ていない。まあ、二階のない日本家屋で由緒正しき良家となればこれくらいの広さはあるのかもしれない。……街中の豪邸ではこうはいかない、と内心独り言ちる。
「……そろそろ入っていい?」
「うん~」
ガラッと戸を開ける。すると、広い家にも関わらず、ほぼ全住人が眼前に並んでいて、少しだけびっくりする。
「あ、こ、こんにちは。一日さんの友人の黒岩明姫です」
気を取り直し、頭を下げると、母親とおぼしき女性は奥ゆかしき所作でおじぎをし返してくれる。
「丁寧にありがとうございます。わたしは、一日の母の五月です。よろしくお願いします」
にこりと微笑み、明姫も自然と笑顔を返す。
「……こ、こんにちは。ぼ、僕は一日ねーちゃんの弟の九日、ですっ! よろしくお願いしますっ!」
まだ小学生低学年である少年はすごく緊張していた。この島の低学年男子の比率が高い。そのせいで、というよりは年上の女子慣れを全然しておらず、こうなるのも仕方ないことだった。
……九日の姿を認めた時点で招きたがらなかった理由をなんとなく察したものの、乗りかかった船だと最後の一人に目を向ける。
「俺は、一日の兄、十一。よろしく」
こっちは微妙にキザッたらしくなっている。口説いてこないあたり分別がある、というよりは、緊張で無意識にやってしまっている感じだった。十一の場合、女子慣れできてないというよりは、明姫の可愛さに気圧されているというのが原因だった。一日も美人の部類に入るが、当然身内は勘定には入らず、ついぞ今日まで美少女とのふれあいはなかった。それが急に家に来るとなると、どぎまぎもする。
「……おじゃまします」
明姫は居間、それもかなり広い空間へと通された。
「…………一日ちゃん、おやつって」
「ん~、最近、お母さん、洋菓子作りにハマってて~」
「そ、そうなん、ですっ。これが結構おいしくて」
「みんな、楽しみにしてるんだ」
居間なので、居間だから、九日と十一も当然のようにいる。
「…………なるほど」
小さく頷き、視線をある方へと向ける。現在、明姫たちは居間の中央に置かれた長方形のテーブルを囲んでいる。これが縦にも横にもでかく、最初はどこに座るか迷ったものだ。結果、角に明姫、その隣に一日、向かいに九日と十一という配置になった。加えて、明姫の位置から最も遠い場所、対角には元々くつろいでいたらしい一日たちの父、百衛門がいた。どこかの誰かのようにマイペースにお茶をすすっている。彼が異様を放っていたせいでついつい視線を誘導されてしまったのだ。
「……………そろそろ、答えを明かそう」
「!?」
急にしゃべったと思ったら、やたらと渋くダンディーな声。老人でなければドキリとしていたところだった。
「……答え、ですか?」
チラリと一日の兄弟たちに視線を向けるとなんかそわそわしている。
「お待たせしました」
ハマっているらしい洋菓子、今日は色とりどりのマカロン、を持ってきた五月も何か落ち着きがない。百衛門が言うところの答えとはいったい何なのか、今、明らかに――
「マカロン、多すぎない!?」
大抵のことには動じない明姫がツッコみを我慢することができなかった。それも無理はない。地味にドスンと音をさせてテーブルに置いた大皿いっぱいに盛られたマカロンはどう考えても子どもたち分には多すぎる。百歩譲って大人の分を含んでいるにしても、一人当たりのノルマがどれだけになるか。……そのノルマを簡単にこなすのが明石家。それが分かっていても衝動を止めることはできなかった。
「…………つまり、それが答えだ」
「?????」
何がつまりなのか。目を白黒させていると、百衛門はスッと立ち上がり、スタスタと明姫の方へと歩いてくる。黄色のマカロンを一つだけ手に取りかじると、彼は厳かに告げる。
「大食い家族だとバレるのが恥ずかしかったのだ」
「………………なるほど」
溜めるほどのこともなかった事実。……正直、明姫も百衛門を覗いて、結構、大分ぽっちゃりしているなのとは思っていた。一日からしてぽっちゃり系小学生の名をほしいまましているくらい。想像には難くないことだった。……まさか、それがそのまま家に招きたくない理由だとは思わなかった。
「え~、そうだったの~?」
一日も驚きながらマカロンを口に運んでいる。らしさが出ていていいと思う。明姫も遠慮することなく、手に取る。
「…………大食いが、というか、全員太っているって思われたくなかったというか」
「……ああ。一日の友達だからいい人だとは思っていたが、デブと思われるのが嫌だったんだ」
「そういうことです」
隠していた理由をそれぞれ明かしながら、お皿に手を伸ばす面々。己の欲求に素直であるのはいいことだ。
「……ごめんなさい、一日さん。私たちの都合で我慢させてしまって」
「すまなかった」
「ごめん、ねーちゃん」
一つ食べたところで一斉に頭を下げ出す。一日はわたわたと手を振り、にへらといつもの暖かな笑みを浮かべる。
「謝らなくていいよ~。今日、こうやって明姫ちゃんを連れてこられてうれしかったし~」
「「「一日!」」」
感動のあまり、マカロンを食べるスピードが速くなる。あれだけあったマカロンがすぐになくなってしまいそう。それを察した百衛門が二つほど手に取り、スタスタと元の位置へと戻っていく。まさに何事もなかったかのように。父親らしいのかそうでもないのか、よく分からない人物なのであった。
緊張感が解け、わいわいと会話に鼻を咲かせること二時間。いよいよ外が暗くなり始めたので、お暇することにする。
「本日は、おじゃましました」
「いえいえ、今後も一日をよろしくお願いします」
「アキねーちゃん、バイバイ!」
「またいつで来てくれていいからな」
口々に声をかけてくる明石家の面々。一日の家族だけあって人懐っこく、明姫としても大分交換を抱いていた。きっと今後もお邪魔することが多そうだ。
「………………」
遠くで見ているだけの百衛門のことだけは理解しきれなかったが。
「明姫ちゃん、送らなくていい~?」
「うん。近いから」
一日を伴って家に戻ったら、送ってこいと直人に言われそうだ。
「……じゃあ、また明日、じゃなくて、明後日学校で」
「うん~、またね~」
手を振り合い別れる。かくして、明石一日の絶望はどこかの誰かのごとく、あっという間に解消され、次の明日へと繋がっていく。
「次は、鏡花ちゃんも呼ばないと~~」
ちゃんと忘れてなかったぞ、とばかりにのんびりと呟く一日であった。