第三話『七不思議その一』
『絶望だ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~』
『いつにも増して絶望が深いな!?』
『ま、まさかこの町にもあったなんて!』
『何が!?』
ある日、明姫は帰ってくるなり、特大のため息を吐き出した。表情はげんなりとしており、見るからに調子が悪そう。ただ、今朝までは普通だったので、風邪とか病気の線は考えにくい。となると。
「……何か学校で嫌なことでもあったのか」
悲嘆にくれる少女の横へと座り、優しく声をかける。彼女は弱々しく直人を見上げると、いつものクールで涼やかな声と打って変わって、しゃんしゃんとわめくように甲高い声を上げる。
「――お、落ち着け、明姫。ほら、深呼吸して」
スーハースーハースーハー。大人しく指示に従ってくれたおかげでなんとか話せる状態になる。何があっただと視線を向けると、彼女はわなわなと震えながらとあるワードを口に出す。
「……七不思議」
「え?」
「この島にも七不思議があるらしいのっ!」
「…………そうか」
思っていたような深刻さはなく、安堵のため息をつく。が、本人的には大問題らしく。
「…………鬼さん、今まで言ってなかったんだけど」
「待て、なんか今、不名誉な呼び方しなかった?」
「……じゃあ、直人」
何はともあれ、彼女はついに核心を口にする。
「……わたし、こわいものが苦手なの」
「……それは、知ってるけど」
一緒に暮らしていれば、幽霊を怖がっていたり、ホラー番組にかたくなに目を向けなかったり、驚かされるのが嫌だったり、得意不得意くらい把握できるというもの。ただ。
「…………七不思議って怖いものに入るのか?」
めったに話題にならないものが相手だと流石に分からない。
「…………入るよ」
答えたあと、彼女は鼻歌で某テレビ番組のおどろおどろしい主題歌を奏でる。
「……それは、不思議な話じゃなくて奇妙な話だと思うんだが」
「…………七不思議もあまり変わらない、と思う」
「……そうか」
本人がそういうなら仕方ない。直人が生まれ育った街には七不思議のようなものはなかったから、その怖さというものはよく分からない。ドラマとか噂話とかで伝え聞いた限りでは、言ってもただの都市伝説ようなものだったはず。追及したからといって何か出てくるとは思えない。
「…………俺からは、頑張れとしか」
「…………直人のバカ」
ガッとすねを蹴られる。やけに殺意の高い明姫だった。
ランドセルを置き、可愛らしいピンク色のリュックサックを背負い再度出かける。なんやかんやで直人からはお小遣いをもらった。好きなものでも買って恐怖を紛らわせてこいということらしい。
「…………お金で解決しないこともある」
真理をうそぶきながら、何を買おうかと考え始める。五〇〇円あれば色んなものが返るというもの。町の隅っこにある駄菓子屋ならば相当なぜいたくができる。
うきうきしているうちに待ち合わせ場所である学校へと戻ってくる。島の七不思議であるからして当然学校も含まれ、その一つが校舎内に存在するとのことだった。
「あ、来た~。お~い、明姫ちゃ~ん」
間延びした声で、若干ふくよかな体を振る一日。手を振り返しつつ、近づいていくと、ちょうど彼女の影で姿の見えなかったもう一人がひょっこりと出てくる。
「ごきげんよう、明姫さん」
「……ごきげんよう」
とりあえず、頭を撫でておいた。態度はお嬢様然としたいがために大きいみたいになっているが、身長はこの中で、高学年クラスの中で最小だったりする。ゆえに、小柄な方である明姫ですら庇護欲を覚えるほどだった。
「いつまでなでてるんですのん!?」
距離を取られたので、じゃれあいはこの辺にして。本当はもっと続けていたい。
「本題に入ろ~」
素でぶった切るのが、一日という女。
「…………うん」
「ええ」
三人は頷き合い、視線を校庭の奥、木々の茂った一角へと向ける。
「……わたし、まだ全部覚えきれていないんだけど、一つ目はあそこにある自然之池でいいんだよね」
実のところ、島の七不思議は地元民には有名で、若い頃に探し回った大人は大勢いたりする。直人と明姫は島に来てから日が浅いので、記憶してまではいなかった。
「――そうだよ~」
「『池のふちに立ち、校歌を歌う。すると、いつの間にか声が二つになっている』」
お嬢様リスペクトを忘れ、鏡花がそらんじる。話し方がホラー番組然としていたせいで、背中がぞくりとし、つい一日の服の裾をぎゅっと掴んでしまう。
「き、きっとだれかが勝手に合唱してるんだ」
「……わたくしもよく知らないけど、本当にそうという可能性もありますわよ」
「大丈夫よ~。今日は三人しかいないから」
言われて見回して見ると、確かにその場にいるのは三人だけ。……曇り空で少しくらいというのも合って恐怖心がむくむくと盛り上がってくる。
「……今日はやめておいて、次回もっと大勢でしよう」
「人数が増えると、声の聞き分けができなくなりませすわよ」
「う~ん、一日はこの三人でめぐりたいと思うな~」
正論と感情論。逃げ場がなく、明姫は覚悟を決めるしかなくなる。
「…………歌うだけ、なら」
「…………そう、歌うだけでせすわ」
別に明姫が歌う必要はない、と思っても言わなかった。こういった類の検証は一番怖がっている人がやった方が面白い。セオリーだ。
「(それに、歌が一番うまいのも明姫さんですし)」
「一日、音痴だから明姫ちゃんに任せるよ~」
同じようなことを思っていた一日がにこにこしながら持ってきていた水筒を手渡す。マイクのつもりらしい。
「……うん」
ツッこむことなくそれを受け取り、池を見回す。
「……ふちって?」
「多分、そこのつきだしてるところだよ~」
指差したのは、楕円形をした池の手前側の中央辺り。確かに池の内部に最も近くステージ然としている。
「…………よし」
小さく頷き、意を決してふちへと立つ。水筒もといマイクをぎゅっと握りしめ、深呼吸。落ち着いたところで両側にいる二人に目配せをする。
「お願いしますわ」
「やっちゃえ~~」
二人のエール(?)を受け、最初は小さな声で口ずさみ始める。校歌だけあって古めかしい昭和歌謡のようなメロディー。サビらしいサビもないが、曲の真ん中あたりから盛り上がりを見せ、一部児童には人気があったりする。明姫も好み的にはクラシックのような中近代のきっちりした曲に惹かれたりするが、この校歌も相応には気に入っていた。ゆえに、一番だけでなく、二番と三番の歌詞もしっかりと覚えており、誰に言われることもなく、続けて歌い始める。
「(やっぱり、歌うまいね~)」
「(そうですわね。……自分の世界に入ってしまって七不思議どころじゃなさそうですが)」
普通に話している時は小学生っぽい幼さの残る声なのに、歌うとなると、歌い方というものを心得ているらしく、発展途上ながらもよく通るハスキーボイスにメリハリの効いた節回し。明姫自身にだって人を引き付ける魅力があるというのに、こんな歌声を聞かされてしまっては二人も途中で止められなくなる。
「(……歌が上手いのは生まれつきでしょうけど、この歌い方や立ち姿はどこかで習ったのでしょうか)」
前々から感じている明姫の気品に思いを馳せていると、彼女の声が突然途切れる。どうしたのかと思って視線を向けると、彼女はぼーっとして前方を見ていて。
「明姫ちゃん~?」
「どうしたんですのん?」
「………………ちがう」
「? 何がですのん?」
様子がおかしい。そう感じた鏡花は明姫の下に駆け寄り、肩を揺らす。すると、彼女は虚ろな瞳で見返してきて。
「……七不思議が、ちがう」
「? どういうこと~?」
同じく近づいてきた一日が首を傾げる。鏡花にも彼女が何を言っているのか理解できない。……もしかして、これは七不思議の踏み入ってはいけない領域に図らずして入ってしまったのでは!?
「あ、明姫さん?」
「………………」
彼女は何も言わず、スッと一歩下がる。残された二人に視線を向け、やはり力のない声で投げかける。
「…………校歌を歌っても声が重なって聞こえることはなかった、よね」
「……確かに、そうでしたわね」
「うん~、ずっと明姫ちゃんのきれいな声だけだったよ~?」
その点に間違いはない。そもそもこの七不思議は言い伝えだけで、実際に体験したという人間がいるというわけでもない。校歌を歌い切って終了。これが七不思議の一つ目にして最弱(?)の七不思議、だったはず。にも関わらず、明姫の顔色は優れない。
「…………何か、あったんですのん?」
「ん~、聞いてて他におかしなところはなかったと思うけど~」
鏡花も一日と同意見、明姫の歌声におかしな点は見られなかった。
「…………実は、」
フルフルと首を振ったあと、彼女は先ほどの鏡花と同じように、厳かな口調で真実を口にする。
「――わたしの声が聞こえなくなったの」
「!?」
「え~~~~?」
一日の間延びした声でシリアスはコンマ一秒も続かなかった。
「……一応、聞きますけど、明姫さんが歌うのを中断する前の話でせすわよね」
「……もちろん」
怪訝そうな目で見られてしまった。なんだろう、もやもやする。
「ん~~、それだと変だね~。一日たちには普通に聞こえてたよ~。ね~?」
「え、ええ。そうですわ」
もやもやを振り払い頷く。
「…………そう」
どんどん明姫の顔色が悪くなってくる。原因が不明では怖くなって当然。ここは嘘でも聞こえなくなったといった方が良かったか。仲間がいると分かった方がより安心できたかもしれない。……いや、現実味が増して、余計に怖い気もする。
「…………とりあえず、次はわたくしが歌ってみましょうか」
考えた結果、サンプルを増やすことにする。これで仕組みが分かればよし。分からなかったら…………。
「――――」
思考を断ち切り、歌ってみること二分。残念ながら、何も見ずに歌えるのは一番まで。そこまで歌い切ったところで明姫に視線を向けるが、首を振っている。まだ声は消えていない。ならばと、念のため用意していた歌詞カードを取り出し、二番以降を歌う。夢中になって歌うことさらに二分。三番を最後まで歌い切ったあと、ほっと息をつく。とりあえず鏡花の耳では声が消えるということはなかった。ならば、他の二人は?
「全部聞こえたよ~~」
「……わたしも」
明姫はなんか複雑そうな顔をしていた。安心すべきか、不安になるべきか、よく分からなくなっているらしい。
「……一日さん」
「…………歌わなくちゃ、ダメ~?」
こっちも微妙そうな顔をしている。そう、一日は自覚があるタイプの音痴なのである。
「……無理にとは言わないですわ」
「…………うん」
「…………明姫ちゃんのためなら頑張る」
一日は友達想いだった。聞いているのが二人だけならまだ我慢できると判断した彼女は精一杯歌った。音がハズレているのも構わず、三番まで歌った。結果――。
「……声は消えませんでしたわね」
「…………うん」
「一日もずっと聞こえてたよ~。…………やっぱり下手」
落ち込まさせてしまった。鏡花が慌ててフォローに入る。
「…………わたしの勘違いだった?」
明姫の方も気のせいという方向で気持ちが傾きつつあった。
「………………もう一回歌う?」
「!? も、もう時間もおそいですし、止めておきましょう」
「え~~~、まだ~、もごもご」
「(わざわざ自分からジライをふみにいく必要はありませんでせすわ)」
一日の口を物理的に封じて、撤退を促す。もう一度歌って何も起こらなければいいが、また同じことが起きたら収拾がつかなくなる。
「…………分かった」
もやもやを払拭したいという思いと、これ以上恐怖に苛まれたくないという思いを天秤にかけた結果、後者の方に傾いたらしい。
「こ、これで、七不思議の一つ目は達成ですわせすわね」
「鏡花ちゃん、何言ってるの~?」
我ながら慌てすぎ。こほんと咳払いした鏡花は息を落ち着け、気を取り直してパンと手を叩く。
「帰りますわよ」
「うん~」
「……………うん」
微妙に歩調が合っていないながらも三人はひとまず池を離れ、学校の外へと出る。すると。
「ん、もう帰るのか」
「あ、お兄さん」
落ち込んでたと思ったら、かなりの素早さで反応する。……やはり家族となると、安心感が違うらしい。
「…………」
「鏡花ちゃん?」
「何でもないですわ」
ふぅと息をつく鏡花。仕方のないことだと分かっていてももやもやしてしまう。七不思議の言い出しっぺは一日とはいえ、自分の話に乗った身、明姫が不安ならそれを取り除いてあげたかった。…………。
「……あの、明姫さんのお兄様」
「…………お兄様」
その呼ばれ方はまだ慣れない。という表情をしながらも、彼は鏡花に向き直る。おっとと、呟きながら腰を下ろし目線を合わせてくれる。……小さい子ならともかく、小6が相手ならこういった気遣いは別にいらない。
「鏡花ちゃんは、十分小さい……、もごもご」
今度は明姫に口をふさがれる。ふさぎながら、彼女も首を傾げている。一体何の話をするんだろう。
「実は、さきほど一つ目の七不思議をためしたんですけど……」
明姫に起こったことをなるべく詳しく語ると、彼はあごに手を当て考え込んだと、何か思いついたようにぽんと手を叩いた。
「じゃあ、もう一回歌ってみようか」
「ぬあぁ!?」
動揺しすぎて奇声が上がる。
「……いいの?」
「気になるんだろ? ならやってみればいい」
直人がニヤリと笑う。……何か企んでいるかのような含みある表情で、抗議をしようと思った鏡花の口が止まる。
「……テキトーに言っているわけではありませんのよね」
「ああ」
「…………なら、いいですわ」
というわけで、四人は再び自然之池の周りへと立つ。……母校でもなんでもないが、直人も普通に入れた。
「(入れるなら、わざわざ外で待ってることもなかったな)」
「お兄さん?」
「何でもない」
微妙にシスコンの呟きは、胸の中にとどめておくことにする鏡花。……一日の方はぽわーっとして何も気付いていない。
「――じゃあ、明姫、歌ってみてくれ」
「うん」
再び奏でられる校歌。
「――――」
やっぱり彼女の歌は素晴らしい。……じゃないと、一日に四回目の校歌など罰でしかない。
それから、数分後、彼女は先ほどのように止まることもなく歌い切る。
「…………あれ?」
首を傾げる明姫。ぽかんとした表情が新鮮で妙に可愛い。……それはともかく、何も起こらなかったのなら話は早い。結局気のせいだったということにしてしまえばいい。
「で、次にだ」
「うえっ!?」
また変な声が出てしまった。鏡花は強めに咳払いして取り繕い、バタバタと直人に近づく。
「ま、まだ何かするんですのん?」
「……のん?」
「……そこはツッこまないであげて」
気を遣っている相手に気を遣われて、鏡花の顔が赤くなる。
「と、とにかく、なんで次があるんですか?」
諦めて普通の敬語を使う。
「せっかくだから謎、七不思議じゃなくて明姫の方の謎を解き明かそうかと思ってだな」
「? わたしの謎?」
「…………どうやってですか?」
「俺の心当たりを試してもらう」
そう言うと、彼は池を回り込み、ふちに立った明姫の正面へと出る。
「明姫、今度は俺を見ながら歌ってみてくれ。なるべく真剣に」
「? ……分かった」
素直に頷き、ほどなくして鏡花たちにとって五度目の校歌が歌われる。どうせ今回も歌い切ってしまう。というか歌い切ってくれないと困る。そう考えていた鏡花を嘲笑うかのようにそれは起こった。
「あ」
「……明姫さん、まさか」
「お~、また起きたんだね~」
パチパチパチ。それはいったいどういう拍手だ。ツッこむ間もなく、唖然とする明姫をフォローするように直人の解説が始まる。
「とまあ、こういう感じで明姫は集中すると周りの音が聞こえなくなることがあるわけだ」
「そ、そのまとめで合っているのですのん!?」
発作的に変なお嬢様言葉が出てしまった。
「合ってるよ。な、明姫」
「…………うん、確かに、声が消えた、と感じた時はすごく集中していたような気がする。でも……」
「ん~~~、明姫ちゃんってふだんから集中力高いような~」
こくこく。明姫、とついでに鏡花が頷く。
「いつもなら自分の声は例外に入ってるんだよ、多分。ほら、たまにいる自分のことが音痴であると気付かないタイプ。それと同じような感じ」
「ひゅっ」
追わぬところに飛び火して一日が奇声を上げて胸をさすっている。すかさず鏡花が背中をさすってあげる。
「…………今日は、どうして、自分の声まで聞こえなくなったの?」
「七不思議を確認するために、自分の声にも意識を向けていたんだろう。そういった歌い方をするのは初めてだったみたいだな」
「………………そうかも」
すなわち、誰かに歌を教わる時だって自分の声を気にしたことはない、ということにもなる。いや、単に周りの音が聞こえなくなるほどに集中することが少ないだけか。……。
「……この答えですっきりしたか、明姫」
さっきまで自信満々だった直人が不安そうに彼女の顔を覗き込む。リアクションが思ったより薄くて戸惑っているらしい。……兄妹ではないのか。
「…………納得はした。……でも」
ぼそぼそと呟いたあと、彼女はつと彼から視線を背ける。
「…………直人に分かられてて、ちょっとはずかしい」
「…………」
残念ながら直人は難聴ではなく、ばっちり聞こえていた。
「ちょ、い、今、明姫さんはなんて言ったんですのん? なんで二人で赤くなってるのん?」
難聴ではなくとも距離があったせいで聞こえなかった鏡花が騒ぐも誰も教えてはくれない。一日もぽわぽわして聞こえてたかどうかもよく分からない。明姫のもやもやは消えても、鏡花のもやもやが増すばかりなのであった。
第一の七不思議『自然之池』、一応解決。