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第二十九話『あるいは』

『………………』


『………………』


『………………』


『つ、着くまでまだ時間があるから、話をしようか』


『………………話?』


『あ、ああ。…………俺たちがこの街に来てからちょうど一年になるから、その今までの振り返りを』


『……………………………うん』


「ただいまー」

「………………ただいま」

「おかえりなさいませ」

「いや、お前は自分の家に帰れ」

 しれっとついてきていた影野を追い返し、ようやく家に帰ってきたことにほっと安堵する。二人とも一日も空けていないはずだが、結構な大事件があったこともあり、自分たちの居場所というべき住まいに戻ってきたことでやすらぎのようなものを覚えていた。

「…………………おなか、すいた」

 それは明姫も同じだったらしく、手洗いうがいをしたあと、へたっと畳の上に座りこみ、いつになくほわーっとした瞳で直人を見上げてきた。

「……夕飯にするか、時間も時間だし」

 いつもよりも一時間ほど遅い時間。直人も当然空腹を覚えている。何か作る気概もないので、冷凍庫に入っていたレンジで作れるチャーハンを食すことにする。

 数分後、二人分の解凍が済んだので、向かい合って座り、いそいそと食べ始める。疲労と空腹のせいか、雑談興じることもなく、食べ進めていき、準備の時間とそう変わらない時間で食べ切ってしまう。

 腹も満たし、ようやく人心地ついた二人は、何も言葉をかわすこともなく、ゆったりとした時間を過ごす。が、何を思ったのか、明姫がいそいそと直人の隣へとやってくる。

「明姫?」

「……………………今日くらいはいいかと思って」

 ぴとっ。

「!?」

 おもむろに直人の腕に抱き着く明姫。無表情に見えてその頬はやや赤く、熱を持っている。……突然のことに動揺した直人だったがふっと力を抜く。

「…………そうだな。…………まあ、少しくらいだった普段から甘えてもらってもいいが」

 兄妹なんだし。口の中で呟いてから、反射的にその頭を撫でる。一瞬体をピクリとさせた明姫もすぐに大人しくなり、くすぐったそうに目を薄めている。……もう会うことはない義理の弟が落ち込んでいた時もこんな風に寄り添っていたような気がする。センチメンタルな気持ちになり、フルフルと顔を横に振る。弟のことはもう済んだ話。……心情的なところは分からないが、金銭的にはずっと裕福になったはずだ。だから、弟もきっと幸せにやっている。自分は自分のことを、そして、明姫のことを考え、生きていかなくては。

「………………………なんかちがう」

「? 何か言ったか?」

「…………別に」

 絶対に別にではないくらいに不服そうな顔をしつつも、彼女は抱き着いた状態から離れる様子はない。……まあ、今日は久しぶりに誘拐されて疲れているのだろう。多少精神が不安定になっているのかもしれない。

「…………それにしても」

「?」

 ただくっついているだけだと気持ちが変なところに行きそうだった直人が口を開く。それは、今しがた影野から聞かされたことで。

「……影野が最初から明姫を逃がすつもりだったとはな」

「あぁ…………」

 その話かとばかりに彼女はジト目を直人に向ける。

「……わたしもさっき気付いた。………………直人がカゲノにお金をもらったところで」

 曰く、前金とはいえ、お金を渡した後に彼に時間を与えたというのはおかしいとのこと。監視して逃げられないようにしていたのならともかく、暗部のものたちは直人を好きなようにさせていた。これはつまり。

「…………お金を渡せば、それでいっしょににげると思っていた、んだと思う」

「…………いや、それは俺も考えたぞ? でも、追ってきたらキリがないと思ってだな」

「……………………にげてから考えればよかったのに」

 どんどん不機嫌な表情になっていく明姫。困りに困った直人は体勢を活かして、その頭を撫でてみる。

「!」

「(相変わらず、サラサラだな)」

 薄茶色で肩にかかるほどの長さの髪を指ですく。なんか静かになった彼女に安心しつつ、話を続ける。

「影野だってそれならそれでもっと分かりやすくしてほしかったよ」

「………………暗部の人にそれを求めるのは、無茶」

 明姫も思っていたのか同意はしてくれる。

「…………天璋院家の血、というより、お母さんの人望のおかげ」

「…………ああ」

 暗部のものたちが仕事人間であったら、未来の後妻の命令に従って明姫を亡き者にしていたかもしれない。場合によっては、直人が道連れになっていた可能性だって。そうならなかったのは、暗部のものたちが明姫を救う方向で動こうとしていたから。明姫の調査を現当主に依頼された時から、彼女にとっての最善を探していた。誘拐犯にひどい目に会わされているなら、当主が望むかどうかに関わらずとりあえず連れ戻るつもりだったし、逆に仲良くやっているようならその生活を補助するつもりだった、らしい。

 なら、そのまま見守っていろよといったところ、誘拐から三ヶ月も経ってから接触してきたのは、後妻からの命令があったのがその頃だったから。命令を無視すれば、別の追っ手を雇いかねず、なんとか彼女の目を欺き、明姫を救い出さねばならなかった。そこで取ろうとした方法が直人たちに逃亡させて、あとのことは影野たちが良い感じ処理する、というものだった。

「…………実際は本当に逃げてしまったところを、逃げようとしたから犯人ともども始末した、ってことにしようとしていたってわけだが」

「………………直人のバカ」

「………………………………まあ、結局、影野たちに協力してもらってるし、俺が勝手に回り道させただけ」

 がっくりと肩を落とす。…………自分が馬鹿やったのは認めるが、やっぱり影野がはっきりしないのが悪い。怒りの矛先をしれっと追い出したばかりの暗部に向けていると、キュッと袖を握られる。

「明姫?」

「………………なんでもない」

「?」

 赤い瞳を見つめ返すが、感情を読み取ることはできない。声にはわずかに不服な色が浮かんでいたような。でも。

「………………」

ポフン。

そんな音は出ていないが、漫画なら擬音として描かれそうな動作で胸に顔をうずめる。

そういえば、今はまだ甘やかしタイプだった。

「………………しょうがないな」

「!」

 直人は引き続き頭を撫でてやることにする。

 それから、三十分。返って落ち着きを失ってきた明姫がスッと直人から離れる。

「もういいのか?」

「…………うん、満足した」

 頬の火照りはそのままでいくらか動揺の色も見える明姫だったが、充実感というものも漂わせており、直人もほっと息をつく。…………それにしても、彼女も色んな顔を見せてくれるようになったような。

 初めて会ってから、誘拐して、同居を始めて。明姫と一緒に振り返ったことで、再び今までの出来事と、明姫の豊かではなくとも明確な表情を思い出す。島に来てから一年。出会ってからだとさらに数か月。二人の関係は結局、義理の兄妹、のようなものから変わってはいない。それでも、色んな出来事を経て、絆は一層深まってきたような気がする。……きっかけはお金目当てだったものの、出頭したあの時は彼女の幸せを願っていたし、今だって独り立ちするまでは一緒にいようと考えている。…………そこにある感情は、家族としての愛情。直人はちゃんと明姫を大切に思っている。

 ……一方で、明姫が直人をどう思っているのか。……客観的に見れば周知の事実でも、直人の方は何も気付いていない。自己評価が微妙に低いのと、元々の関係性が誘拐犯と被害者だったせいで好意を持たれているという認識を持てずにいた。それに――。

「――なあ、明姫」

「…………………どうしたの?」

 ぽわーっとしていた明姫が目を瞬かせる。なんか寝てしまいそうになっている。そうなってしまう前に、直人は一つ重要なことを尋ねてみる。

「――俺に死よりも深い絶望を与えるって話、まだ続いてるか?」

 ――それは、島に来る前、彼女が言い放った言葉。そこに一種の熱を感じたからこそ、今の関係を続けているとも言える。………………ただ、自分がやったことを考えれば、そんな宣言をされるのは当然だと思えるが、それが本当に明姫の意志なのかは少し疑問だった。この一年間、彼女と触れ合ってきて、絶望させてやろうという悪意は感じなかった。それに今の彼女を見ていたらもうそんな想いを抱えてなんかいないんじゃないかと感じられた。……もしかしたら、真意だって別のところにあるのかもしれない。それを確かめるため、直人は真剣な眼差しを彼女へと向ける。

「………………」

 彼女はどこか呆けた瞳で見つめ返し、なぜか口をパクパクとさせている。

「…………俺に遠慮してるなら、気を遣わずに言っていいんだぞ」

 ……話しにくいことなら無理に話すこともないが、今回の場合、彼女は話したそうに見えた。ならば、自分はどんなことを言われてもいいように覚悟をするだけ。

「…………うん」

 覚悟を決めたことに気付いてか、迷っていた明姫もこくりと頷き、直人を見返す。そして――。

「――そんなの続いてるに決まってる」

 ――明姫の遠慮のない文句が始まった。

「……わたしのことを置いてどこかに行こうとしたこともゆるしてない、から。やり返してやらないと気が済まない。…………今まで何もしてこなかったのは、タイミングを測ってただけ、だから。………………直人は首を洗って待っていればいい」

 ……結局、本当のことは言えず、それでも本音のクレームをぶつけてしまった。荒々しくあまりの腱膜に、直人は疲れたような表情を見せつつも、苦笑する。

「分かったよ。覚悟を決めて待ってる」

「……………うん」

 真摯に答えたのに渋い顔をされる。返答を間違えたか? 直人が何かを言うよりも前に明姫が立ち上がり踵を返す。

「………………」

 と思ったら、再び直人に向き直り、彼を見つめる。なぜか緊張感を漂わせ、彼女は声を上げる。

「…………でも」

「……でも?」

「…………でも、二人でのあの絶景を見られたら、あきらめてあげてもいい、と思う」

「…………お、おう、分かった」

 何を言うかと思えばただの補足。しかも、大分直人に有利な条件だ。……いや、彼女が言う夕景は条件が整わないと見られないかなりレアなものだ。達成条件としては十分に厳しいと言える。……ただ、この先もずっと機会を窺っていれば、早いうちに目の当たりにできるかもしれない。

 そこかまで考えてから、直人は首をひねる。

「…………なんでそんな条件を」

「……おやすみなさい」

 聞き終える前に、明姫はそそくさ居間を出る。寝るにはまだ早い時間だが、今日は色々あって疲れているだろうし、風呂にでも入っていればちょうどいい時間になる。……明らかに話を逸らされたような形だが、直人は特にこだわることもなく息を吐く。

「…………俺もあとで風呂に入って寝よう」

 ……明姫の宣言については、いずれ決着をつける機会があるだろう。……それまでは仲の良い兄妹として生きていくことにしよう。

 ほわぁと大きなあくびをして自室へと引っ込んでいく直人なのだった。



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