第二十七話『過去編その十』
『……結局、明姫はなんて言ったんだ?』
『………………』
『私の口からは言えませんね』
『…………』
『マジで、何!?』
「待て待て、結局、明姫はどうやって説得したんだ!?」
「………………」
「私の口からは言えませんね」
「……………」
「マジで何!?」
影野の口を割らせるのは十中八九無理なので、明姫に視線を向けるが、彼女は目を反らしている。と、思ったら。
「……直人」
「な、なんだよ」
突如としてキッと睨みつけてきた。普段なら子どもながらに勇ましくて逆に可愛らしい、なんて思ったりするのだが、今日の彼女は迫力が違う。
「………………わたし、おこってる」
「…………おう」
そりゃ、怒っていれば迫力も増すというもの。……心当たりがありすぎて、直人の目が自然と泳ぐ。
「……直人」
「…………はい」
一言呼ばれただけで目線を合わせさせられる。こうなればもう大人しく彼女の話を聞くほかない。
「お二人で盛り上がりのところ、申し訳ありませんが、今後の流れだけ説明させていただきます」
「………………」
「……盛り上がってはないんだが」
二人してその場にいた空気の読めない野郎に憎しみの籠った目を向けるが、彼はどこ吹く風、平然と話を続ける。
「黒岩さんの釈放は十全に完了したので、次はいよいよ新居に移動してもらいます。場所については案内についていただければたどり着けるかと。それと、我々からの餞別として、新居と仕事、転校手続き、戸籍の入手などは事前に行っていますのでご安心ください」
「だけにしては情報量が多いな!?」
「ちなみに、釈放までは黒岩さんが持っていた予算で行いましたが、我々のサービスなので暗部の予算から出ています」
「な、なんか、ごめん!」
「……直人」
ハッとして正面に目線を戻すと案の定明姫がジト目を向けてきている。
「…………今の、俺悪くない」
「…………………」
無言の圧力を与えつつ、チラリと影野を見る。彼はやれやれと首を振ってから、今回ちゃんと扉から外へと出る。
「案内人は別の者に任せているので、私はこれにて失礼します」
「あ、おい」
色々因縁のある相手だが、これで二度と会うことはないのなら、きちんとした別れくらいはしておきたい。そう思って声をかけたのに、彼の姿はすでにそこにはなく。
「…………あいつ、忍者かよ」
はぁとため息をつく。……まあ、そのうちどこかで会うこともあるかもしれない。漠然とそう考えてから、ようやく、本題へと移る。
「…………何か言いたいことがあるんだよな」
「………………うん」
彼女の方もすぅっと息を吸い、さきほどよりも熱の籠った眼差しを向けてくる。
「…………わたしはおこってる」
「……おう」
「…………直人がわたしを置いてどこかいっちゃったこと」
「…………おう」
それについては直人も反省している。このタイミングで一人にするのは彼女にとっても酷なことだったと思っている。ただ、その選択を後悔はしていない。あの時点で彼女を救う手段はこれしかなかった、はずだ。……もしも、影野の手助けがなければこうはなっていないわけで、そのうち彼女だって立ち直って前を向いていた、はずだ。
「…………絶望した」
「っ!?」
ドキンッとした。絶望、それは同居し始めてからの口癖で何度も聞いた言葉。なのに、この瞬間のそれはいつもよりも実感がこもり、重みを持っていて。
「…………直人は、わたしがお父さんに捨てられたことを死ぬよりも深い絶望って言ってたけど」
「…………」
言った覚えはないが、それが伝わっていたことは直人も理解していた。そもそもの口癖になった原因はここにあるのだろう。……だから、なのか、言葉の重みはさらに増し、容赦なく直人へと向けられる。
「……直人がいなくなって、わたしは、死ぬよりも苦しくて辛い絶望を味わった」
「っ!」
言われて初めて気付く。言葉を紡ぐ彼女の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいることに。
「…………ごめん、明姫」
今更ながらに謝るとキッと睨まれる。
「……謝るくらいなら、最初からやらないで欲しかった」
もうぐうの音も出ない。あの時は、これしかないと思ったが、彼女を一人にするのはまったく悪手だった。せめて、誰か、他に面倒をみてくれる人を……。
「…………なんか、変なこと考えてる?」
「…………いや、なんでも」
直人は両手を上げはぁとため息を吐く。……照れくさくて、肯定できなかったが、どうも自分は明姫にそれなりに好かれているらしい。兄としてなのか、面倒をみてくれたおじさんとしてなのか、はたまた……、とにかく、明姫の中の家族にカテゴライズされてしまった自分はもう離れることができない。それをしてしまった憎き彼女の実父と同じになってしまう。だから、せめて彼女が独り立ちするまでは一緒にいることにしよう。
「分かったよ。俺が悪かった。だから――」
「だから!」
「!?」
いつにない大声。いつにない迫力で突きつけられた小さな指。いつにない鋭い瞳が直人を射抜き、否応なく、一世一代の宣告を聞き遂げさせられる。
「だから、あなたに、死よりも深い絶望を与えてやる!」
「…………おう」
恨み言を言われているはずなのに、心はひどく穏やかで、その言葉の真意は別にあるような気がしてくる。……ただ、深追いをする隙もなく、彼女は畳みかけるようにずいっと一歩踏みだしてくる。
「ど、どうやって絶望させるかは考え中、だけど、絶対にあきらめない、から。…………絶望するまでは、ずっとに一緒にいてもらう、…………いい?」
「…………………おう」
聞いているようで聞いていない、Yesしか答えられないような問い。半ば勢いで答えてしまったが後悔はない。彼女の意図はともかくとしても、逆らうつもりは毛頭ない。覚悟をバラバラに砕かれて舞い戻ってきてしまったなら、このまま一緒にいてやるしかない。……この先のことはよく分からない。できるなら仲の良い兄妹として日々を過ごしたいが。
「絶望だ」
いつもとは違う宣言についに苦笑してしまい、脛を蹴られそうになる。遠慮も何もなく飛び掛かってくる明姫に辟易しつつ、直人は自然と笑顔になる。
「――これから、よろしくな、明姫」
「! ……………うん」
クールぶりながら頷いた彼女の顔に明確な喜びが浮かんでいて、油断して見惚れてしまいそうになる。果たして、兄妹のままでいられるのか。不安になりながらも、場所を島へと移し、二人の共同生活第二章が今始まる――。




