第二十六話『過去編その九』
『なあ、明姫』
『…………』
『明姫?』
『…………』
『やっぱりだんまりなんだな!』
出会って百日の記念日に、二人で楽しく遊び、二人で豪勢な食事を取り、二人でケーキを食べて、二人でお風呂、には入らなかったが、心と同様にぬくぬくに体を温めて、……少し我がままを言って二人並んで布団に入り、眠りについた。…………一つの区切りがついて、これからも二人でいれると思ったのに。
「……お兄さん?」
目を覚ました明姫は一人で。
「………………」
残された手紙だけがてがかりで、嫌な予感がするのに読まざるをえなくて。
「…………直人」
手紙に書いてあった内容は、予想もしていなかったものだった。
一つ、明姫のこれからのこと。誘拐を成功させるために利用したとあるつてより、新しい戸籍と住居を用意しているらしく、迎えの者についていけば、穏やかに暮らせる、とのことだった。
「……」
二つ、直人のこれから。出頭するらしい。……出頭するらしい。
「…………」
手紙によれば、ただ明姫と逃げるだけでは追っ手をまけないとのこと。少なからず、明姫の生存を隠す必要がある。……その手段として手っ取り早いのは、事実として彼女を誘拐したことを暴露して、ついでに彼女を殺したということにしてしまう。そうすれば、追っ手も慈悲で手を引いてくれる、かもしれない、みたいなことが書いてあった。
「………………」
三つ、追っ手について。昨日、影野という天璋院家の人間が接触してきて、明姫から手を引くように言われた。……その要求は到底呑むことができないので、今回の作戦を考案したとのことだった。あとは、影野という男だか女だか分からない人物の容姿と他の者たちの服装について記してあった。こういう男たちに気をつけろ、ということらしい。
「……………………っ」
――そこまで読んだ時、頬を流れるものを感じた。……それが涙だと気付くのにさほど時間はかからず、手紙をぎゅっと握りしめたまま、嗚咽を漏らした。
「ぅう、直人…………」
……朝起きた瞬間、直人がいなかっただけでも不安だったのに、彼が消えたこと、そして、出頭してもしかしたら二度と戻ってこないかもしれないことが分かり、別れが事実だと確定してしまった。
手紙を読みながら我慢していた感情が津波のように押し寄せて、涙となって流れていく。彼が消えた寂しさと悲しさ。その想いと同時に、心の奥にはぽっかりと穴が空く。その暗やみの中にあるのは、彼と過ごす日々で多く口にしてきた一つの感情。
それは、心を黒く塗りつぶし。涙も忘れて、視界を闇に誘い。陰鬱とした心地を抱かされ。楽しかった記憶は遠く、天璋院家にいた頃の嫌な思い出ばかりが脳裏に蘇る。……自分はいわば、親に見放された存在だった。……母親は自分の命を投げ打って生んでくれたが、その愛を向けてくれた日々のことは、おなかの中にいた明姫には届いておらず、悲しみだけが降り注ぐ。……父親はもっと分かりやすく、自分を疎ましく思い、愛を向けてはくれなかった。命を奪われることはなくとも、裕福な暮らしの中で、子どもには過酷な孤独を味わうことになった。……親に愛されない、兄妹もおらず、親戚も上辺だけの優しさを向けてきて真の意味では向き合ってはくれなかった。…………今、思えば、父親に捨てられるまでもなく、死ぬよりも深いその感情の中にずっと置かれていた。…………そこから救ってくれたのが、直人だったのに、彼からも見放され、…………いや、手紙からして自分のことを考えてくれた結果だということは分かる。……でも、一人にされたことに代わりはない。…………この状況に置かれた明姫がどんな感情にさらされるか。彼は想像したのだろうか。……したのかもしれないが、まったく考えが足りていなかった。湧き出した感情は留まることを知らず、父親に捨てられたと分かった時によりも黒い深淵が心を飲み込んでいく。いよいよ、気が遠くなってきて、手から力が抜ける。そのまま床に突っ伏そうとした時、ハラリと手紙が一枚落ちる。手に残ったのは、思いかけず見つかった2ページ目。感情の発露によって気付かなかったが、手紙はまだ終わっていなかった。……これ以上、何を言おうと言うのか。ネガティブに支配された明姫は、良いことなんて何も書いていないだろうと決めつけて、続きに目を向ける。虚ろな瞳で言葉を追っていき、そして――。
「………………」
――最後、そこに書かれていたのは、明姫へのメッセージ。うだうだと色々書いてあったが、要約するなら――
『――新しい世界で、幸せになってくれ』
――そんな切なる願いだった。
「……………………………っ」
ようやく手紙を最後まで読み終えた明姫は、……とりあえずもう一度最初から読み返して、内容が寸分も変わらないことを確かめる。
「…………――」
――途端、心に巣くっていた黒い感情が赤く塗り替えられる。その赤は、体内に留まらず。
すぅっと息を吸った少女の口から瞬く間に放出される。
「――はああああああああ!?」
生まれて一番の大声を出した。
「…………あの人、何も分かってない」
苛立ちのままに手紙をくしゃくしゃにし、勢いで破ってしまいそうになったところでハッとする。これが、最後の手掛かり。そして、直人が残したものだから。ふぅっと息を吐くと、脳内で警報のように鳴り響いていた怒りのサイレンが少しずつ収まっていく。赤い感情が鳴りをひそめ、思い出したように隠していた感情が再び飛び出してくる。
「っ!」
怒りで我を忘れていれば誤魔化せたのに、歳の割に落ち着いていた明姫は現実を見てしまい、動揺して心臓がバクバクと音を立てて鳴る。……直人の想いは何となく分かった。しかし、それは到底受け入れられない。……その新しい世界に直人がいなければ意味がない。…………このままだと本当にまた一人になってしまう。解決策なんて簡単には思い浮かばず、例の黒い感情が体の内側から迫り上がってくる。膝をつき、息が荒くなる。怒りも相まってごちゃごちゃになってしまった感情の渦。ぐるぐると回り、再び目眩を覚えた時、ふと、視線がドアへと向いた。
「…………気配?」
いや、ドアは閉まったままだし、家の中に誰かが潜んでいるわけでもない。外に人影も見えない。普通ならそんなものは気のせいだと判断するところ。しかし、女には、女の子にもここぞというときの直観があるわけで。
「…………もしかして、カゲノ、っていう人?」
天璋院家の一人娘であっても、本来暗部の人間を知っているわけはない。……知らなくとも裏の仕事をしている人がいることくらいは知っていた。感覚的ではあれど、今。この場でコンタクトをとってくる人間として考えられるのは、直人の手紙にも書いてあったその人物しかいなかった。
ドアの外に声をかけるも相手は、そもそも人影がないから相手がいるかも分からない。辛抱強く見つめていると、ざわっと肌波立つ。
「!?」
「――本当は、私から接触する予定はなかったんですがね」
女性とも男性ともつくハスキーボイスを響かせて、背後に何者かが現れる。起きてから手紙を読み終えるまでこの部屋には自分しかいなかったはず。なのに、振り向いた目の前には、天璋院家でも見たことない青年が立っている。
「…………あなたがカゲノ?」
あくまでにこやかな彼にそこはかとない不気味さを覚えながら、声をかける。直人が言った通りの暗部のものなら、今すぐ逃げるべきところだろうが、逃げ切れるとも思えない。それよりも直人が出頭する原因となった人物がわざわざ接触してきたのだから、上手くこの機会をいかさなければいけない。
「…………あなたが、直人を?」
「いえ、この判断を下したのは彼自身ですよ」
意外と協力的な彼は、やれやれと首を振る。
「何も出頭することはなかったんですがね」
「……あなたが、わたしのみがらを要求したから?」
「きっかけはそうかもしれませんが、実際に決めたのは彼です」
彼は悪びれた様子もなく、肩をすくめる。……明姫の怒りの矛先は直人に向いているからか、特段苛立ちを覚えることもなく、言葉を連ねる。
「…………これから、わたしをどうするの?」
「そうですね。彼の意志を尊重するなら、きっちり死んだことにして別の人生を歩ませる、というのもありではありますが」
明姫の父親が出した命令は、彼女の現状を調査すること。生きていることを伝えたとして、彼はほっとするか。否、きっとおぞましい心情で絶望した表情を浮かべるのだろう。……それを事前に阻止するため、彼らは明姫を処分しようとしている。……直人の手紙ではそこまで詳しくは書かれていたなかったが、明姫がなんとなく察してたことではあった。
「…………それで、いいの?」
元々の目的に反して明姫を生かすというのはどうにもふに落ちない。そもそも、直人は納得したらしい暗部の忖度というのが若干疑わしい。時にはそういう時はあっても、今回のようなケースの場合、間違いは許されないのだから、上申の必要はあるはず。……初めて会ったが、影野のような隙がなくいかにも仕事ができそうな人間は見誤らないと思える。ならば――。
「――あのおばさんに命令されてるんじゃないの?」
――別筋から処分するように命令されている?
核心を突くような明姫の指摘にも影野は眉一つ動かさなかった。まるで的を射た質問ではなかったか。それにしても何のリアクションがないというのは……。
「さすが、お嬢様、あの方のことに気付いているとは」
「!? …………ま、まあ、お父さんといることが多かったから」
まさかここまで素直に答えてもらえるとは思わず、表情を見られないように顔を伏せる。……少し荒れた呼吸を整え、影野を見返す。彼は仄かな愛想笑いを浮かべ、何か言い知れぬ圧を発しながらこちらを見ている。今一度、明姫は気合を入れ直す。彼が自分をどうするかは伺い知れないが、望む結果を呼び込むためには、少なくとも彼に手を貸してもらう必要がある。
課題は大きく分けて二つ。一つは、暗殺の手から逃れなければならないということ。父親とは別の命令がなされている以上、その人物が明姫の死を実感しなければ永遠に命令は行われてしまう。……まさか、天璋院家の使用人の一人がここまで権力を持っているとは思っていなかった。いつも父に寄り添い、心のケアをしていると思えば自分の都合のいいように天璋院家の元当主を動かさそうとしていただけらしい。……もしかして、父親が明姫を疎ましく思っているのも彼女の差し金。…………。
二つ目の課題、明姫が気にしているのは主にこちら。出頭してしまった直人を取り戻すことだ。用意周到に捕まりにいったせいで、明姫自身が虚偽だと証言してもそう簡単に無罪放免というわけにはいかない。それに、明姫が表に出て行ってしまえば、もう一つの課題が大きくなるだけで、危機が去ってくれるなんてことにはならない。……よって、彼を取り戻すには、正規ではない方法を頼るしかない。……具体的にはよく分からないが、裏の世界に精通しているであろう影野であれば、きっとやってくれるはず。
……とまあ、課題を並べてみたが、結局は影野を説得できなければ始まらないということだ。……いかにも仕事ができそうな彼がそう簡単に引いてくれるかどうか。
「…………」
「――さて、あの方の存在に気付いておられるなら、話は早いですね」
女子小学生の睨みはまるで効かず、彼は手刀を作り構える。
「…………待って」
「? 何か言いたいことでも?」
「………………確認。……お父さんは、わたしをどうしようとしているの?」
直人の手紙に寄れば、ただ居場所を突き止め、生死を明らかにするのみとあった。……もしも、生きていることが伝えられれば、父は明姫をどうするのか。……悩むにしたって最後に答えは出すはず。……あのおばさんに誘導されて、処分を命令するのか。あるいは、誘導されずともいなくなることを望むのか。…………それか、いなくなって初めて娘への愛に目覚めるか。
「――さあ? 私には伺い知れませんが、連れ帰れと言う命令は受けていませんね」
「…………」
こともなげに言われ、ずんと心が重くなる。それでも、ぶんぶんと頭を振り前を向く。
「…………逆に処分しろとも言われていない?」
「そうですね。そっちの命令はあの方からになります」
「…………」
明姫は、思考を巡らせる。まだ小学生とはいえ、いやだからこそ、突飛な発送、というか、屁理屈を思いつくことができるというもの。
「…………取り消し」
「? 何か言いましたか?」
「…………そのおばさんの命令を取り消しにして」
低い声で言い放ち、影野に鋭い視線を向ける。当の彼は目をぱちくりとさせ、珍しく驚いている。
「そんなこと――」
「できるはず。なぜなら――」
言葉を切り、一時だけ目を閉じる。捨てるつもりで偽名を名乗ったのに、心のどこかでは父とのつながりを求めていたそれ。…………いよいよ本当の意味でお別れをしなければいけない時がきた。……だから、最後に有意義に使わせてもらう。
「――わたしは、天璋院美咲だから」
「! なるほど、そう来ましたか」
彼女の意図を理解し、ニヤリと笑う。……完全に博打ではあったが、ひとまず、一定の意味はあったらしく、心の中でほっと息を吐く。
暗部の命令系統として、最高は当然主たる、明姫の父親。次点は当主の妻、はすでに亡くなっているため、次が実質の二番手ということになる。……天璋院家の暗部であることから、天璋院グループとは切り離して考えられてはいる。ただ、天璋院グループの経営は天璋院家の血縁たちが古くから行っているため、会社の役員たちが暗部を操る権限を有していることになる。そして、その次こそが、高い権限を持つ者たちの子どもらというわけだ。
……こうして見てみれば、明姫の持つ権限はさほど高くはない。だが、そもそも裏の世界に暗躍する組織に命令する権利を有していること自体異常だし、普通の社員は存在すら知らない。同様に本来なら天璋院家の一使用人だって知らないはずのこと。……言当主とできているのなら、知っていても不思議はないのだが、問題はその人物の権限にこそある。
「…………あのおばさんはまだ、ただの使用人。本当は命令なんてできない、はず」
「確かに厳密に言えばそうですね。しかし、お嬢様は詳しく知らないかもしれませんが、あの方は当主の時期奥方に内定しているようなものです。なので、権限としては、暫定的にお嬢様のお母様と同じだけ高く設定されているのですよ」
「……………………あなたのさじかげん、だよね?」
挑むように薄く笑みを浮かべる。本当は内心かなり動揺している。影野が命令を受けるくらいだから、それなりの後ろ盾があるというのは当然のことではある。……しかし、それで言うなら、明姫だったって同じことが言える。ニュースでの生死がはっきりしないうちは生きている扱いにした方が良い。…………そうなった時、双方の意見はおのずと食い違うことになり、どちらを採用するかは、当主のが決めるところになる。が、今回の一件は彼にとってひどく重い出来事で、判断を仰ぐどころではなかった。だから、盛大に忖度し、未来の奥方様の意見に従い、明姫を亡き者としようとしていたわけだ。
……この場合、使用人の女が持つ権限はあくまで暫定。仮のものでしかないがゆえに、本来の命令系統からして、権限上位の娘たる明姫の方が意見を優先させる必要がある、と考えることもできる。……そもそも、今回私的に利用しているという点で大分グレーな運用ではある。……明姫が生まれてからふさぎ込んでいた当主が復調するのであれば、天璋院グループの利益になる、という理由は一応ある。とはいえ、ここまで内輪の話になることはあまりなく、暗部の仕事は天璋院家の繁栄のために使われることが多くだった。……ゆえに決定は、この暗部の手に委ねられることになる。
「私もこのチームのまとめ役をやっているだけで、全体のリーダーというわけではないんですがね」
「…………でも、あなたならわたしをみのがすこともできる、よね」
「…………そう、ですね」
こくりと頷き、彼は苦笑する。
「仕事ですので、そうはしませんでしたが」
ふぅっと深いを息を吐き、途端、冷気が流れ出すかのように辺りの空気が冷え切り、影野が真剣な眼差しを返してくる。
「仮に私の匙加減だったとして、ならば私はすでに決めてしまっています」
「…………」
「お嬢様の気持ちがどうあれ、すぐにでも天璋院家の者ではなくなる少女の話を受け入れる必要はございません」
「…………」
震えそうになる体を無理矢理押さえつけて、明姫は尚も言い募ろうと口を開く。ここで納得してしまったら、きれいさっぱり処分されてしまう。望むべくは、自分の命が助けられ尚且つ直人が帰ってくる道だ。
「――まあ、本来であれば、ですが」
「!」
急に意味深なことを言い出したせいでうぐっと言葉に詰まる。刺すような視線はそのままに彼は滔々と告げる。
「私たちとしても人を処分しようと思えば、かなりの手間がかかる上に、いらぬリスクを背負うことになってしまいます。ですから、平和的に解決できるのならその方がよいということです」
「………………なるほど」
思わぬ方向に動き始めた話に目をパチクリさせながら、どうやら自分の命だけは助けてもらえるかもしれないらしい。それならそれで別に構わないが、思った通りの結末に行きつくかいささか疑問ではある。
「…………直人のことはどうするつもり?」
睨みを強くし、尋ねてみる。今度は予測していた質問だったみたいで、こともなげに答えてくれる。
「どうもしませんよ。彼は元々役割のない登場人物。出頭したならしたで特に何かするつもりはありませんよ」
「……………」
明姫は顔をしかめ、唸り声を上げる。本当は感情を表に出すべきではないのだが、そこは小学生だから仕方ない、というか、明姫はさほど腹芸が得意ではなかった。ゆえに、要求する前に要求がバレてしまう。
「――暗部のツテを頼れば、彼を釈放するのはおそらく可能でしょう」
「!」
「しかし、我々にはそれをする理由がありません」
「…………わたしが命令しても?」
「お嬢様に当主様ほどの権限があれば、動きますよ」
残念ながら、彼の釈放は現当主の命令に反する部分があるので、おいそれと手を加えるわけにもいかない。
「…………」
一番の目的を果たすことができない。一つの事実に心がずっしりと重くなる。
「………………ダメ?」
「私が考える限り、彼を助けるメリットがありませんね」
「…………」
ダメだ。この手の人間に情で訴えかけても欲しい答えは帰ってこない。ならば逆に論理的に説得してみるのは……。
「…………無理」
小学生だし、頭脳にも自信がない。いかにも硬そうな影野を説得できるとは思えない。…………。
「……………ダメ?」
「話が元に戻りましたよ」
影野がまたも珍しく苦笑する。上目遣いで言ってみたのが良かったか。いや、結局、受け入れてもらえないのでは意味がないが。
「………………一つだけ、質問しましょう」
仕方ないとばかりに肩をすくめ、影野はさきほどよりも柔らかい声、真剣さはそのままの眼差しを向けて一つの見極めを行う。
「お嬢様は、なぜそこまで彼に拘るのですか?」
「…………それは」
答えようとして、言葉に詰まる。思ったままに彼と一緒にいたいからと言っていいものだろうか。……少なくとも彼の気持ちを動かせるだけのことを言わなければならない。……………………。
「……えっと」
「えっと?」
「……うーんと」
「うーんと?」
彼が逃がしてくれる様子はない。…………ならば、やっぱり答えるしかないのだが。
「……わたしが直人をどう思っているか?」
「それは、大体分かっているのでいいです」
「!?」
自分でもそこまでよく分かっていないのに、人の気持ちに疎そうな暗部の者に理解されているというのはなんか釈然としない。
「要は、彼とどうなりたいか、ということです」
なりたい関係性があるからこそ、彼の解放に拘る。影野はその理由を知り合い、あるいは、明姫の気持ちを知りたいと考えていた。
「…………どうなりたいか」
そんなのは、どう思っているか以上に難しい問い。一緒にいたいと思ってはいるが、それはどういう関係の下でなのか、よくは考えていなかった。……場合によっては、今みたいな兄妹のフリだっていいし、少しおかしくても誘拐犯と被害者だってある意味特別するぎる関係性だ。…………では、今の自分は、この先、彼とどんな関係性を築いていきたいというのか。
「………………わたしは」
考えがまとまらないままに口を開く。もはや、どういう答えをすれば、影野が協力してくれるのかという思考はなく、自分の気持ちと向き合った結果、彼女は知らず知らずのうちに言葉を紡いでいた。
「――――――」
「――なるほど」
明姫の消え入りそうだった声に、影野が小さく頷く。そして――。
「――なら、助けて差し上げましょう」
ニヤニヤとした笑いを浮かべ、そっと手を差し出した。
「!」
「当主の命令に少しそむくことになりますが、まあいいでしょう。……私は、お嬢様に最大限力を貸しましょう」
突如の心変わりに戸惑いつつ、彼女はその手を握る。
「…………あなたは一周回って信用できる」
「ふふっ、光栄です」
少女と性別不詳の青年が握手を交わし、ついに事態は好転していく――。




