第二十四話『過去編その八』
『…………直人のバカ』
「思い出し罵倒、止めてくれよ」
『黒岩直人は馬鹿ですね』
『影野にまで馬鹿って言われた!?』
『だって……、まあ、これは後にしましょう』
『なんか、また思わせぶりなこと言ってるな!?』
直人が出頭してから三日後、彼は青く澄んだ空の下にいた。すなわち、塀の外にいた。塀の外にいた!
「………………何がどうなってる?」
直人の頭も理解が追い付いていなかった。警察に出頭し、拘束され、留置所に入ったまでは予想通りだった。しかし、取り調べを何度かしたあとから様子が変わってきた。ぱったり呼ばれなくなったかと思えば、急に釈放だと言われて、あっという間に娑婆へと戻ってきてしまった。脳内には直人が誘拐犯となってつかまり、報道される様が再生されていたのだが、これだけすんなりと出れたということはそれも妄想でしかなかったらしい。
「…………」
混乱でなんか気分が悪くなってきたので、とりあえず水でも飲んで落ち着く。深呼吸をし、ひとまず自宅へと向かうことにする。その間に頭の中で起こっていることを一つ一つ整理していく。
……一つ、出頭は突発であっても無計画ではなかった。実際に誘拐して同じ家に暮らしていたのだから、その証明はそこまで難しいものではなかった。問題は、彼女を殺したことにすること。嘘をつく意味は特にないが、そうだと示すには遺体が必要となる。……海に捨てたとか山に埋めて場所が分からなくなったとか言い訳は色々できたが、本当に死んだと明姫の父親に思わせるには死体が見つかったと報道されるのが手っ取り早い。というわけで、それも手配しておいた。……どこでどうやって造ったのか知らないが、人工死体というものがあるらしく、それを使って誤魔化すことにした。あとは、警察良い感じに捜査して天璋院美咲の死を断定してくれれば良かった。そうなるだけの材料はあったはずだ。なのに、そうはなっていない、ということは?
「…………不起訴になったのか?」
証拠不十分で送検されなかったというのならすんなり外に出れたというのも頷ける。ただ、証拠はむしろ十分だったはず。そもそも、出頭している以上それが誤りだった場合、それはそれで罪になるはずだが。
「……特に何も言われなかったしな」
虚偽罪に問われなかったとしてもそれはおかしい気がする。保釈金が支払われたという可能性も同様に否定できる。そんな大それた手続きを踏めば、さすがに本人に知らせられるはずだ。直人は良いことも悪いことも何一つ聞いていない。
「…………となると」
少しだけ頭の整理ができたかと思ったところで、自分の家へと辿り着く。たった三日しか経っていないということもあって、住んでいた頃と外観は変わらない。外観は。
「?」
何か違和感を覚え、鍵を開けるという行為を忘れてドアノブに手をかける。
カチャ。
ドアは何の抵抗もなく開く。なぜ鍵がかかっていないのか。その意味は次の瞬間、思考する間もなく明らかになる。
「…………何も、ない?」
文字通り、直人が住んでいた部屋はすっからかんとなっていた。……どうせ戻ってこれないと踏んで部屋のものは放置するつもりだったから、完全にこれは想定外の事態。そもそもこの展開自体がイレギュラーもイレギュラー、まったくもって普通ではない。
「…………これは、裏の人間の仕事、か」
誰が何のために、その思考を後回しにしてできる者を探れば、思い当たるのは直人が何かと世話になっている裏家業の仕事人たち。彼らなら、直人を釈放させ、部屋を引き払うことも可能、かもしれない。
「いやいやいやいや」
無理矢理納得しようと思ったがやはりダメだった。
「じゃあ、明姫はどこに行ったんだよ!」
くつを脱ぎ中へと入る。死角なんてほとんどない部屋をトイレやお風呂も含めてくまなく探す。しかし、少女の姿はどこにも見当たらない。
「…………依頼通り逃がしてくれたか、それとも」
思考を次に移すと今度は誰がこれをやったかといった問題にぶち当たる。直人が手配していない以上、別口によるもの。一連の行動を依頼した誰かが別にいると考えられるということ。
「…………まさか」
近々であった裏家業の人間は一人、一組織だけ。彼らがやったと考えると今度はなぜといった理由が頭をもたげてきて。
「……………………」
直人はとりあえずスマホを取り出した。もう訳わからないので現実逃避をすることにした。
「……そういえば、これも普通に変換されたな」
独り言ちながら、電話帳を開き、とある番号に電話をかける。
「………………出ない、よな」
その番号は念のため登録していた影野の連絡先。……色々好き勝手やったあとだと出るわけは――。
プルルルル。
「!?」
ビクリと肩を震わせる。それは、発信すらできないと思っていた番号が反応を示したから、ではなく――。
「なんで、近くから!?」
――発信音がごく近くから聞こえてきたから。
偶然、ではないと本能が告げてくる。
プルルルル。
その音を追って、くつをひっかけ外に出てみると。
「あ」
「え」
危うく人とぶつかりそうになる。反射的に謝ろうとして固まる。平たく言えば、あまりの情報量に戸惑いが勝ってしまったから。
「あ、お、お前、…………」
「………………落ち着いて」
一瞬浮かびかけた笑みを引っ込めて、彼女は無表情に告げる。同時に鳴り響いていたスマホを操作し電話を切る。静かになったボロアパートの廊下で今一度二人は対峙した。
「あ、明姫?」
「…………久しぶり」
……まだ三日しか経っていない、と言おうとして踏みとどまる。これは嫌味ってやつだと。
「…………久しぶり」
「……………」
結局、睨まれた。
迫力に気圧されつつ、直人は頭を振り、状況を整理する。そして、素直に聞くのが一番だと思い至る。
「なんで、明姫がここにいるんだ」
彼女は依頼によって地方に逃がしたはず。と、直人は気付く。彼女が大分ラフな格好、というか手ぶらであることに。
「………………直人を待っていた」
「……俺を?」
なんか違和感があったがそれは置いておくとして。
「……まさか、今回の一件って」
「……そう。わたしが、やった」
誇らしげに笑い、平たい胸を反らす。そういえば、今日は赤を基調としたブラウスに下は白地のスカートをはいており、女の子らしい様相となっている。……買ってやった覚えがないが、一体いつ買ったのか。
「いや、それは別にいい」
気にするべきは彼女の発言。普通に考えて彼女の独力でここまで大がかりな仕掛けをできるわけがない。
「…………明姫、お前、どうやって」
「それは、私からお答えしましょう」
「!?」
バッと振り返るとそこにはいつの間にか影野の姿があり。
「ど、どこから入った!?」
扉側には明姫が立っているし、誰も隠れていなかったのは間違いない。……窓だって鍵がかかっていたはずだが。
「そんなことより、貴方が出頭してからのこと、聞きたくないんですか?」
「…………それは聞きたい」
まあ、彼が出てきた時点で少なくとも誰がこれをやったかは分かった。……誰の意思によるものかも分かっている。あとは、この二人がどうやって結びついたか、だ。
「…………わたしの出番」
じと目を向けてくる少女の圧に耐えきれなくなり、一通りの話は彼女の口から聞くことにする。
「あれは、直人がわたしに何も言わず、出て行った時のこと」
「言葉にとげがあるんだが!?」
「……それは仕方ないと思いますよ」
なぜか影野に窘められながらも、ついに裏側が明らかになる――。




