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第二話『学校』

『………………………………………………………絶望的にねむい』


『……おぅ、よーく伝わったぞ』


『…………二度寝しないよね?』


『………………』


黒岩明姫は美少女である。まだ小学生ということもあり、幼さは残るが、整った顔立ちは美しさを主張しており、否応なく人の目を惹く。目つきは若干鋭いながらも険があるほどではなく、赤みがかかった瞳に目を引き付けられる。春頃はショートだった髪も今は肩にかかるくらいにまで伸びていて、今日はそういう気分なのかポニーテールに結っている。……気合を入れるときにこの髪型をしていると、直人はひそかに思っている。つまり、今日は特に気合を入れているということだった。



 明姫の朝は早い。輪をかけて早いのには理由がある。島に一つしかない小学校へとたどり着いた彼女は、いくつかある教室のうちの一つに入る。あいにく主に使っているのは二つの教室のみで、一つが低学年の児童が集められたAクラス、もう一つが高学年が集められたBクラスの教室となっていた。

 小学六年生たる明姫は当然Bクラスに所属しており、本日はそのクラス内における日直の当番日。すなわち、児童ながらの仕事を仰せつかっていたわけである。

「…………絶望的に、ねむい」

 今朝も直人に言ったセリフを独り言ちて、赤いランドセルを自分の机の側面へとかける。家からここまで歩いて五分程度。残念なことに目はいまいち覚めなかった。

「………………日誌、取りに行かないと」

 日直が毎日したためているノート、その名も『日番日誌』。それに今日行ったこと、受けた授業、天気、感想、気温、もろもろを記載しなければならない。……まあまあめんどくさい。それでも仕事なので、やらなくてはいけない。……給料は出ない。

「……せちがらい」

 最近覚えた単語を吐き出しつつ、一階にある職員室に突撃。満員でも四人ほどにしかならない教師陣の唯一来ていた一人に声をかけ、日誌を受け取る。礼儀正しく、ついでに優雅に頭を下げて、教室へと引き返す。戻ってきても未だ誰も登校してきておらず、明姫はひとまず現時点で書けるところまで書くことにする。

「天気くもり、気温二〇度、湿度六〇%、今日の時間割り、あと…………」

 ぶつぶつ言いながら記入すること数分。あらかた書き終えたので、パタンと日誌を閉じる。まだ他の児童は来ない。

「…………こどく」

 早朝なんだから仕方ない。……いや、そんなに早朝でもないような。

 教室入口側にかけられた時計を見ながら、首を傾げる。まあ、いいやと視線を切り、席を立つ。向かうは黒板、一時間目に向けた準備、のようなものだ。

「……黒板消しがきたない」

 早々に問題点が見つかってしまった。運が良ければ前の日の日直が綺麗にしてくれているものだが、忘れていたり綺麗にしたあとで何か消したりしているとその限りではない。

 こればかりはしょうがないと割り切るしかない。明姫は黒板消しの掃除をする前に黒板に書かれた日付と日直の名前を書きかえる。他、教室後方にあるもう一つの黒板も含めて汚れていないか確認。概ね綺麗になっていることを確認すると、黒板消しを両手に一つずつ持って、窓から手を出す。

「ふんっ」

 小さく掛け声を上げ、パンッと両手を手こだましするかのように突き合わせる。実際に打ち付けられた二つの黒板消しから、ボフンッとチョークの粉が舞う。田舎ゆえというかなんというか、黒板消しクリーナーの導入はまだで、こういった原始的な方法を取っている。人が少ない分、他の迷惑にならないというので、堂々とパンパンできるわけだ。

「ふんっ、ふんっ」

 今頃二度寝している、かもしれない直人のことを考えながら、打ち合わせること数分。気が済んだらしい明姫は二つの黒板消しを前と後ろの黒板それぞれに置く。これで、黒板周りの準備も終了だ。ここまで来れば、あとできることは授業の予習をすることくらい。

「今日の一時間目は、算数」

 得意な部類に入る科目なので、特段は必要なさそう。となると、予習をする必要もない。……他の児童はまだ――。

「ごきげんよう」

 ――と思ったら、入口の方から凛とした声が聞こえてくる。明姫はぱぁっと表情を明るくし、大声を返す。

「おはよう!」

 いつものダウナーな感じから逸脱した惚れ惚れする発声。一人が大分寂しかったらしい。

「ふぇっ!」

 悲しいことにその勢いの良さが仇となり、盛大に驚かせてしまうことになる。入ってきたばかりはお嬢様然として優雅な感じだったのに、今は普通の女の子とばかりに長く伸ばした黒髪をわなわなとさせている。

「…………驚かさないでくれませす?」

「…………ごめん」

 少しばかり落ち着いた明姫はすとんと椅子に座り込む。平生の自分に戻っただけなのだが、お友達たる少女、鏡花の目には落ち込んだように見えたようで。

「ひ、一人がさびしかったのなら、わたくしが話し相手になってさしあげませすわよ」

「! ありがとう、鏡花ちゃん」

 にこにこ顔で礼を言う。気分がいいので、憧れて使っているお嬢様言葉がおかしくなっていることは指摘しないでおいた。指摘したら反省しすぎて会話ができなくなってしまう。

「今朝は早かったんですの?」

「うん。……朝ごはんはわたしがちゃんと用意したくて」

 本当は、朝ごはんの用意を直人に任せておけば、少なくともいつも通りの時間までは寝ていられた。それをしなかったのは――。

「……お兄さんに任せてたら何が出てくるか分からないから」

「……そう、なのね」

 真顔で言われて、鏡花は頷くことしかできなかった。

 そのまま二人で話していると、続々と同級生たちが登校してくる。挨拶を交わしながら、ぐるっと教室を見回してみると、十人中九人がすでに席についている。すなわち、あと一人がまだ来ていない。

「…………相変わらずのんびりしてる」

「そ、そうですわね」

 そのもう一人は二人が特に仲良くしている少女だった。いつも大体最後に来る生徒。不思議と遅刻をしたことがないのは、わざとか偶然か。

「…………あの一日(ちゃんにそんな器用なことできるわけがない」

「……同感ですけど、ちょっと失礼じゃないですわ?」

 動揺が分かりやすい。

「おはよ~ございます~」

 と、教室に間延びした声が響く。いや、特に大きな声ではなかったので、教室の喧騒に飲まれてしまう。親友たる明姫と鏡花は耳ざとく声を聞き分けて手を振った。

「おはよう」

「おは、ごきげんよう」

「あ、アキちゃん、キョウカちゃん、おはごきげんよ~」

 天然で鏡花の言い間違いをいじる少女、それが明石一日(あかしついたち)である。

「……おはごきげんよう」

「明姫さんは、わざとでしょすわ?」

「すわ~」

 ……今日も三人はカオスだった。



「…………絶望的だと思う」

「どうしたの~?」

「……いつものことですわ」

 放課後、日番日誌を書きながら独り言ちる。他の生徒たちは各々掃除をしたり、家に帰ったり、校庭で遊んだりしている。そんな中、仲良し三人組は、教室に残っていた。要件はもちろん、明姫のお仕事。仕事が終われるまで帰れない、というやつだった。まあ、大した仕事の量ではないので、あと数分もすればそれも終わり三人で帰れる。なので、鏡花は何をそんなに渋い顔をしているのかと首を傾げる。

「…………このクラスって十人しかいないよね」

「そうね~」

「二週間で、またメンドーな日直が回ってくる」

「…………確かにそうですわね」

「スパンが短い!」

 声を大にしながら日誌を閉じる。パタンと小気味よい音が響く。

「終わったなら、先生にわたして帰ろ~」

「マイペース過ぎません!?」

 明姫の嘆きは簡単に流される。鏡花も割と賛同していたので動揺しまくり、つやつやの長髪が波打っている。

「……うん、帰ろう」

「簡単に折れるんですのん!?」

「……日直の仕事ってメンドーだけど、終わってみると大したことないから」

 二週間に一回程度だったら普通に許容できる。

「それに、うちにはやつがいる」

「…………そうですせわね」

「あ~、川瀬君ね~」

 川瀬祐樹。一日とは別のベクトルで天然な男子児童。毎回ちょっとずつミスをしてペナルティで一週間は日直をしている男子生徒だ。彼がいる限り、日直は三週間になるわけだ。

「…………帰りましょうか」

「うん」

「うん~」

 そして、明日は川瀬の番。果たして何日続くのか。そんなことを考えながら、明姫は帰路に着くのだった。


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