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第二十話『過去編その五』

『……なあ、正直、この時はどれくらい同居が続くと思った?』


『…………わたしが働けるようになるまで』


『めちゃくちゃ未来を見据えてたんだな!?』


『………………他にアテがなかったから、いやでもガマンするつもりだった』


『………………俺、我慢させてたのか』


『…………………………直人なら大丈夫だと思ってすぐやめた、よ?』


『お、おう』


同居生活が始まってから三日が過ぎた。美咲もといアキ用の布団を用意したり、コンビニで必要なものを買うだけで一晩を明かし、それから二日間は服の確保、食糧の確保、あと共同生活するに当たってのルールを決めた。兄弟のフリをするとはいえ、適度な距離感を保つとか、家事の分担とか、そういった細々としたところだ。

「……お兄さん、わたし、そうじだけでいいの?」

「ああ。子どもの本分は勉強だしな」

 なので、洗濯と食事の用意は直人がすることになった。……アキの下着問題があったが、直人の洗濯物の方が多いので目をつぶってもらうことにした。……食事は、決して上手ではないが自炊することにした。アキが達者だったら任せるのも良かったが、お嬢様だったということもあり、経験はないに等しかった。慣れてなければ包丁や火を使わせるのは危険なのでこっちも引き受けることにしたわけだった。

「……勉強道具、買ってもらって良かったの?」

「乗り掛かった船だ。これくらい構わない」

 弟とは学年が違うので、その教科書を持ってくることが出来なかった。天璋院家から持ち出してくることももちろん不可能。いい感じに購入してくるしかなく、誘拐したのに出費が増えることになったわけだ。

 だが、おかげで生活の基盤はでき、昨日はちょっとした調整だけ行い、今日は大分形になりつつあった。



「おはよう」

「……おはよう」

 早朝。挨拶を交わし、二人して朝食を取る。……学校に行けなくなってしまったので、アキの方はもっと寝ていてもいいのだが、居候となる負目か単純に寂しいのか、同じような時間に起き出して食事を共にしていた。

「……なあ、アキ」

「……何、お兄さん」

「俺が仕事に出ている間、勉強以外に何してるんだ?」

 ふと思いつき尋ねてみる。基本的には買い与えた教科書で勉強をしてもらっているが、ずっとというのは、さすがに集中力が持たない。あいにくこの部屋にはテレビがあるだけで他の娯楽はほぼない。古いテレビゲームと漫画はあるが男向けで、アキが気にいるとも思えない。スマホも身バレ防止のため解約してしまっており、時間潰しには使えない。……ここまで考えたときにあまりに暇ではないかと心配になってしまったのであった。

「………………………………何も」

「……そうか」

 やはり暇を持て余してるようだ。……いや、今、妙に間があったような。

「何かしたのか?」

「…………………」

 ぷいっと顔を逸らされた。これは黒だ。じと目で見てやるが、彼女は気まずげに明後日の方を向いているだけ。どうしたものかと思いながら視線を切り、周囲に目を向けてみる。

「…………ん?」

「!?」

 部屋に違和感を覚える。物の配置は変わっていないがちょっとずつズレている。……アキもびくりと反応しているし、当たりっぽい。

「……アキ、お前、部屋漁ったか?」

「べ、別に」

 漁ったらしい。案外態度に出るタイプみたいだ。

「…………居候とはいえ、ろくに知らない男の家に住もうっていうんだから落ち着かないっていうのは分かるが」

 仮にも令嬢だった娘が人の部屋を漁るというのは感心できない。そもそも一体何が目的だったのか。

「外に出ないんだから金目のものを探しても仕方ないし、何となく気になって漁ってただけか?」

「…………………………うん」

 ……また間が長い。

「何、探してたんだ?」

「…………、面白いもの」

 じっと見つめてやると白状してくれる。……いや、まだ何か隠してそうだ。

「面白いものというと?」

「………………あくまで、友だちが言ってたこと、なんだけど」

「お、おう」

 珍しくアキが頬を淡く赤く染めている。……なんか嫌な予感がする。

「…………兄というのは、部屋にエッチな本をかくしているもの、らしい」

「なっ!?」

 ドキッとして瞬く間に心音が高鳴る。

「そ、そんなの、か、隠してないぞ!」

「……うん、何も見つからなかった」

 アキが肩を落とす、なぜか悔しそうに。

「…………お兄さんは電子派だった」

「な、何勝手に決めつけてるんだよ!」

 まあ、図星だった。

「友だちはパソコンとスマホの中身も確認したらしい。……わたしもそうするべきだった」

 つと視線を直人のスマホへと向ける。

「ろ、ロックかかってるから見れないはずだよな!?」

「よく見ていれば分かる、らしい」

「そ、そんなことはないと思うが!?」

 あるとすればよっぽどつぶさに相手の振る舞いを見ていた場合くらいだ。……薄々感じていたが、アキの友だちは普通じゃない。

「……確かに分からない」

 再びアキが悔しそうにする。随分とおかしな意味合いで悔しくしてくれる。

「と、とにかく、勝手にスマホを見ようとするなよ!」

「………………絶望的」

「なんでそうなる!?」

 唐突にアキが表情を暗くし俯く。弟慣れもまだそんなにしてないのに、妹相手だともっと気持ちを察することができない。一体何が彼女を絶望させてしまったのか、不甲斐ないがまったく分からない。あたふたとしていると、アキが顔を上げ赤い瞳をうるうるさせながら尋ねてくる。

「…………わたし、お兄さんと上手くやっていけない?」

「っ!?」

 思っていた以上に悲痛な響きを持った問いに、ぐっと言葉に詰まる。友人から聞いた話を真に受けて部屋を漁っていただけだと思ったら、アキ的にはコミュニケーションの一環だったらしい。……健気な姿勢を察し、慌てて手を振る直人。

「そ、そんなことないと思うぞ。今日までトラブルもなかったことだし、やっていけるはずだ」

「…………そう?」

「あ、ああ!」

「………………じゃあ、スマホのパスワード教えて」

「それとこれとは話が別!」

 じーっと見てくるが、今度はもう騙されない。適当に誤魔化して、スマホの中に眠る己が性癖は死守したのであった。



 とまあ、ドタバタしつつも日々は過ぎていく。何がどうしてかはいまいち分からないが、『絶望』がアキの口癖になっていた。星占いが最下位で絶望し、深爪して絶望し、運動不足で体重が増えて絶望して。気持ちは分かることばかりではあるが、絶望は言い過ぎでは? なって思いつつも、親に捨てられた事実が尾をひいている可能性もあったので、特に触れないでいたらこうなってしまった。……本当の本当に絶望しないように気をつけようと誓う直人だった。



 そんな二人の共同生活、これが意外と上手くいっていた。お互い気を遣っていたというのもあるが、直人の元来の人の良さとアキのあっけらかんとした感じが絶妙にかみ合って不和というものが回避され、赤の他人であることを忘れてしまいそうな関係値となっていた。とはいえ。

「…………見た目で兄弟だと見られない可能性はあるんだよな」

「…………それは仕方ない。……でも」

「でも?」

「……でも、お兄さん、まだわたしを他人みたいに扱ってる。もっとちゃんと、妹としてふれあうべき」

 また、お嬢様が何か言い出した。直人は顔をしかめながら彼女を見返す。

「……他人ってバレないようにするっていうのは良いんだが、一応男装してるだよな」

「…………フリをしてるだけで、わたしは女だから、妹であってる」

「…………お、おう」

 視線の圧が強く、やむなく折れてやる。

「……妹らしく扱うって言っても、何をすればいいんだ」

 内心、地雷なんじゃないかと思いながら、具体例を求めてみる。直人的には、年下の女子と同居している時点で十分妹扱いしているような気がしている。これ以上となると、もっと色々お世話した方がいいのだろうか。……今の生活だとそれも限られるし、やはりアキの要望を聞くのが無難なのかもしれない。

「…………頭なでなで?」

「聞かれても」

 十中八九、例の友達からの情報だろう。……恋愛的な意味なく、頭を撫でる相手といえば、確かに妹ぐらいかもしれない。

「…………そういう意味で言うなら、アキももっと俺に甘えても、……いい、かもしれない?」

「…………聞かれても」

 結局、二人とも兄妹というものを分かっていないようだった。

「……今のところは、アキも外に出ることが少ないからなんとかなってるが、この先のことはちゃんと考えておかないとな」

「…………うん」

 頷き合う二人。今一度再認識したものの、本格的に考え出すのはもっと先のことだと思っていた。しかし、変化の兆しはすぐに訪れ、直人の人生を揺るがせる。そして――。


「――俺も覚悟を決めないとな」


 ――運命は動き出す。



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