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第十八話『過去編その三』

『……明姫、くつろぎすぎじゃないか?』


『…………直人が犯罪者っぽくないのが悪い』


『俺のせいかよ』


『うん、直人のせい』


『……一度聞いた時に家の電話番号も言わなかったのもか?』


『………………それは、わざと』


『ふ~ん』


ついでに自分の腹ごしらえも済ましていると、時刻は十時を回る。今頃、美咲が帰っていないことに気付き、大騒ぎをしていることだろう。車で一時間ほどのここは十分な距離とは言い難い。見つかるのも時間の問題だ。だから、早く作戦を実行し、身代金を確保。どうにか、受け渡したあと、自分はほとぼりが冷めるまで高跳びする。

「よしっ!」

 今度こそ意を決し、彼は電話を繋ぐ。

 プルルルルル。

 発信音を聞きながら、ドクドクと鼓動が早くなっていくのを感じる。心のどこかで出ないでくれと思いながら、耳に神経を集中させる。

 プルルルルル、ガチャ。

 幾度目かの発信音の果てに音が途切れ、はい、という声が聞こえてくる。

「っ!」

 出た相手は男性。美咲の父親か、あるいは使用人か。いずれにしろ、こちらが言わなければいけないことは決まっている。

「――天璋院美咲は俺が預かった。返して欲しかったら、身代金五千万円を用意しろ。受け渡し方法などは追って連絡する。くれぐれも警察には言うな。言ったら娘の可愛い顔に傷がつくぞ。……じゃあ、切るぞ」

 相手の応答を待つことなく、問答無用で通信を切る。ぜえぜえと荒い息をしながら、やり遂げたと汗をぬぐう。ふと、じっとこちらを見ていた美咲と目が合う。

「……かわいい顔」

「そこに食いつくなよ」

 相手が幼女でも面と向かって追及されるとちょっと恥ずかしい。言葉の綾というやつだし、事実かわいいし、何を言っても居たたまれなくなるから何も言わない。g

「………次の電話は一時間後にするから、それまでゆっくりしておいてくれ」

 実のところ準備はすでにできている。時間をあけるのは、お金の用意をさせるため。時間を与えたことで、警察を呼ばれる可能性は高くなるが、それはあらかじめ想定してある。そもそも子どもを誘拐されて本当に警察に言わないケースは限られてくる。今回もきっと警察を呼んだ上で、次の連絡を待たんとしているところだろう。

「…………ギャクタンチされない?」

「大丈夫だ、次は海外の電波を経由してかけるから」

 普通に答えてから、あれ?となる。

「……なんで、そんな心配をするんだ?」

「…………なんとなく」

「…………おう」

 なんとなくで誘拐に加担してはいけないと思う。……まあ、泣かれたり、騒がれたりしていないだけ、直人としては楽になっているから別に構わない。……協力的なことに一抹の不安を覚えてなくはなかったが。

「………………なに?」

「いや、別に」

 じっと観察していたら、見返された。男に無遠慮に見られていたのに、ぼわーっとしていて恐怖を感じているようなそぶりはない。ひらたく言えば何を考えているか分からない。

「(クール系不思議美少女)」

 変な美少女のジャンルが爆誕してしまった。

 普通にしていたら、高級そうな衣服も相まってお嬢様然としているのに、素だとぼーっとしているだけの女の子と化してしまっている。……気を抜いているのか、油断させるための策なのか。……引き渡すまでに見極めなくては思わぬところで足元をすくわれるかもしれない。

「なあ」

「? なに?」

「………………腹減ってないか?」

「……さっき食べたから大丈夫」

 怪訝そうな顔をされてしまった。ストレートに怖くないかと聞きそうになって踏みとどまったらこうなってしまった。藪蛇になるのは困るので、馬鹿正直に疑問点を尋ねることはできない。

「…………今日中に受け渡しの手配と高跳びの手配をするから、多分一泊することになるが、大丈夫か?」

「…………布団、同じ?」

「来客用のがあるから、そうはならないぞ!?」

 とんでも発言に直人の方が大慌てになる。美咲の方は別にからかおうというつもりもなかったようで、そう、と小さく頷くのみだった。……もしも、同衾を強制されていたらどうしていたのか。

「……なんか、欲しいものはあるか」

「…………とくに何も、ない」

「……そうか」

 ご機嫌取りしようにもろくに策を思いつかない。そのあとも色々と質問したり、質問されたりをしながら時間を潰すこと、一時間。仕掛けていたアラームが鳴ったので、二度目の連絡をすることになる。

「…………」

 さらなる緊張に包まれながら、おそるおそるというように電話番号をタップしていく。特殊なアプリによりそのままかけてもこちらの電話番号は分からないようになっている、はず。ふぅと大きく息をつき、ていと発信する。数回の発信音のあと、今度も相手が――。

「あれ?」

 ――相手は出なかった。

「…………やっぱり、出ない」

 もう一度かけてみても結果は変わらない。電話番号を確認してみても、さきほどと変わらず、かけ間違えは考えられない。家に人がいなかった? 知らない番号だから出なかった? 否、この状況でそんなことあり得るのか?

「……またかけるって言ったはずなのに」

 言い知れぬ不安に捕らわれながら、時間を空けながら電話をかけるが、一向に出る様子がない。

「…………どういうことだ?」

 頭が混乱で回らない。ここで躓くなんて計画フローチャートに乗っていなかった、と思う。いや、ちゃんと見れば、何か情報があるかもしれない。見返しながら突破口を探していると、ついついと袖が引っ張られるのを感じる。

「…………お兄さん、テレビつけていい?」

 こんな時になんだ、と思ってからハッとする。

「そうか、誘拐事件なら、ニュースになっているかも」

 ネットニュースでも良かったが、フェイクニュースがあったり、情報の信憑性に確信が持てないので、よりマシなニュース番組に情報を求めた。

 テレビの電源を入れ、適当にチャンネルを回す。時間帯的にそろそろニュースが流れてくる頃だ。

「全国はともかく、地方ニュースなら」

 天璋院グループは全国的に有名だが、その実家がどこにあるかは知られていない。しかし、局所的になら有名であり、直人もかろうじて知っていたくらいだ。だから、誘拐があればすぐさまニュースになってもおかしくない。……いや、誘拐であれば全国ニュースで取り上げられるはずだ。そうはなっていない、ということは。

「…………これだ」

 やっとことでそれと思しきニュースが流れ始める。その内容を聞き、彼は息をひそめた。

「…………行方不明?」

 間違いではない。姿を眩ましてから十分な時間が経っているから届けを出していたっておかしくない。しかし、誘拐とまでは報道されていない。身代金の電話をしたのにもかかわらずだ。

「……いや、口止めしたんだから、当然ではあるのか?」

 それならそれで、行方不明と報道するのも変である気がする。身代金を要求するより前に届け出を出していたからこうなったのだろうか。

「何にしろ、電話に出ないというのはおかしいよな」

 今もかけてみたが、出る気配はない。一体、何が起こっているのかーー。

「――多分、だけど」

「!?」

 いつの間にか隣に来ていた美咲が無表情に呟く。

「…………わたしは、捨てられたんだと思う」

 抑揚のない声から感情が読み取れない。この後に及んで変な嘘をついているとは思えない。少なくとも美咲は本当にそうだと思っている。

「…………どうしてそう思う?」

 現段階の情報だけでは断定できないはず。それなのに、彼女は確信しているように見える。……本来なら聞くべきことではないだろうが、今の自分は誘拐犯。身代金を得るためにも人質の事情は知っておく必要がある。……単純に彼女が抱えているものを吐き出させたいという意図もあったりしたが、それはあくまでついでとして。

「……わたしは、父に疎まれていた。……天璋院家の教育は受けていたけど、わたしの存在は認められていなかった」

「…………」

 絶句する直人。一見して恵まれた家庭に生まれた彼女にそんな裏側があるなんて思いもしなかった。……確かに素の彼女は淡々としていて感情が読み辛い、というか感情がないように見える。

「…………お前の家庭の事情は分からないが、本当に親が、こんな暴挙に出るのか」

 誘拐犯の要求を丸々無視するなんて、人質の命が保障できないことになる。意図的にそんなことをするなんて、どんなロクでもない親でもないんじゃないかと思っていた。

「…………うん。父さんはゆるせなかったんだと思う」

 許せなかった?

 聞き返そうとした瞬間、会って初めて、美咲の顔に明確な表情が浮かんだ。

「…………わたしがお母さんをうばったから」

「っ!」

直人は言葉に詰まる。意味を完全に理解できなくとも、そこには熱量があった。自責の念、そして、悲しみと寂しさ。あらわにした思いに共感できる部分があり、気圧されてしまう。

「…………詳しくは聞かない。だが、最後に一つだけ確認させてくれ」

 下手に話を延ばすのは良くないと判断して、直人は会話を断ち切るべく一つの質問を投げかける。

「…………君は、もう家に帰れないということか」

「…………うん」

俯いてこくり頷く少女。酷な現実を突きつけてしまったか、と苦々しい心地に襲われていると。

「…………だから、身代金はもらえない」

「!」

 逆に突きつけられてしまう。この日、犯罪者になってまで得ようとしたものが決して手に入らないということを。

「…………」

「…………」

 アパートの一室が静寂に包まれる。横たわるのは重い現実。……少女を利用とした自分が泣きを見るのは仕方ない。だが、自分が誘拐してしまったばかりに表に現れてはいけなかった事実が露呈してしまった。それは、親に真に愛されなかったという、死ぬよりも深い絶望――。

「……………………絶望、か」

少女がポツリと呟いた。



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