第十四話『駄菓子屋』
『……絶望だ』
『宿題を盛大にやりわすれてきたのが悪いんですよ?』
『…………空を見てた』
「だから何なんですか!」
「おや、今日はお二人なんですか?」
入ってきた女子児童を見た店主が不思議そうに尋ねる。
「ん~、明姫ちゃんは居残りだよ~」
「このごろぼーっとしてましたからね。これで少しはしゃきっとしますわよ」
一日と鏡花が口々に答え、店の中を巡り始める。
「……鏡花ちゃん、いっしょに帰れなくてごきげんななめ~?」
「ち、ちがいますわ! ちょ、ちょっと、小腹がすいただけですわ」
「ふ~ん~」
によによと笑う一日の視線をスルーして、置かれたお菓子の一つを取る。
「今日はこれにしましょうかしら」
「ん~、一口チョコか~」
一口サイズということもあり、一つ三〇円(税抜き)と安い。
「じゃあ、一日はこれ~」
選んだのはチューイングガム、一つ四〇円(税抜き)。コーラ味。一日はコーラが大好きだった。
加えて、一本ずつラムネを買う。一〇〇円は超えるが、これでもお買い得なくらい。一ヶ月のお小遣いには限りがあるから無駄遣いはできないが、これくらいならそこまで痛手にはならない。
プシュッ。
店外にあるベンチに腰をかけ、さっそくラムネを開封する。
「ん~、シュワシュワして美味しい」
「……そうですわね」
「…………やっぱり元気ない~?」
鏡花の顔を覗き込みつつ、さきほど買ったガムを口に入れる。
「…………明姫さんがこうなる前に止められなかったのかと思いまして」
「ん~、一日も夢中になると、他のことができなくなっちゃうからな~」
もぐもぐとガムを数回噛んでから、口の中で形を整え、息を吹き込む。ぷくっと膨らんだ薄膜は徐々に大きくなっていき、やがてパンと割れて小さくなる。
「…………まあ、そうですわね。ちょっと気にし過ぎなだけですわね」
鏡花もさきほど買ったチョコレートを食べることにする。
「あまくて美味しいですわ」
ほわーっと空を見上げる鏡花。穏やかな空気が流れ、ぼんやりとしていると、気配もなくスッと何かが視界に滑り込んでくる。
「元気がなさそうなので、差し入れです」
声がしてバッとその方向を見ると、店主が薄く微笑みながら、パキッとするタイプのアイスを手に持っている。
「わ~、ありがとう~」
「……ありがとうございます」
アイスを出すには、今座っている場所の後ろにある冷凍庫から出す必要があるはず。声をかけられるまで気付かなかったというのは妙、と思いつつもシンプルに家の冷蔵庫から出してきただけかと納得し、素直に受け取る。
先端部を切り離し、二人してチュウチュウと吸う。いつもは三人なので、この手のアイスは一緒に食べたことはなかった。
「……明姫さんには内緒ですね」
「ん~、店長さんがお菓子くれるのって初めてじゃないよね~」
「そういう意味じゃないですわよ」
本当の意味を教えてやると、一日はおとがいに手を当て考え込み、やがてポンと手を叩く。
「みんなで一つずつ買って~、交換すればいいんだよ~」
「…………そう、ですわね」
普通に食べるのと変わらないのでは? と一瞬思ったが、明姫の姿を思い描いて、くすりと笑う。
「(だれかからもらった方がうれしいし美味しい、かもしれませんわね)」
「鏡花ちゃん?」
「なんでもありませんわ」
ふと周囲を見ると、店長はすでに奥へと引っ込んでいってしまっている。忍者みたいな人だ。
「(……そういえば、あの方はいつからこの街にいるんでしたっけ?」」
記憶を振り返ってみるがピンと来ない。この駄菓子屋が昔からあるというのは知ってる。今の店長に変わる前は、おばあさんが店長をやっていたということも覚えている。ただ、いつ変わったのかを思い出せない。
「…………まあ、大した問題ではありませんわね」
ぽつりと呟き、鏡花は徐に立ち上がる。
「明姫さんが追い付いてくるかと思いましたが来ませんので、帰りましょう」
「ん~、そうだね~、残念だけど~」
ありがとうございましたと店長に挨拶だけして店を後にする。……その頃には、今しがた疑問に思っていたことはすっかり忘れており。
「……明姫さんに何か買ってあげておいた方がよかったでしょうか」
大切な友人のことを無意識に考えているのだった。
「――おや、珍しいお客様ですね」
夕刊をのんびりと読んでいた店主が入口を見る。今しがた入ってきた男、直人が彼を見返し、渋い顔をする。
「……別に珍しくもないだろ」
大体一ヶ月に一回くらいは来ていると反論するがこれみよがしに首を振られ。
「駄菓子屋は毎日来るものですよ」
「どこ情報だよ」
なんて、くだらない会話をしに来たわけではない。
「明姫来てないか?」
「おや、まだ帰っていないんですか?」
店長が二時間ほど前に彼女の友人たる鏡花と一日が来ていたことを話してやる。
「彼女たちによると、宿題を忘れたことで居残りをしていたようですね」
「……それは知ってる。…………学校に行ってきたからな」
「……ふむ」
店長は神妙な面持ちで頷いた。彼が珍しくこの店に来た理由が分かった。暗くなってきた秋の空を見ながら、穏やかな口調で言葉を紡ぐ。
「探し回っても彼女がいない。何かあったんじゃないか。そういうことですね」
「…………ああ。……なんかの間違いでお前のところにいたっていうなら、かなりイラっとするがまだ良かった。でも――」
「私も今日は見ていませんよ」
「…………」
いよいよ直人の顔に焦りの色が濃く浮かんでくる。
「…………何かあったのは間違いない。問題は何があったのか。……………………まさか――」
「その可能性が一番高そうですね」
明姫の性格上、この時間まで連絡をせず外を出歩いているとは思えない。この天気で自然災害に巻き込まれているわけもないし、思い当たる場所は大体回り事故に巻き込まれたわけでもないと分かっている。あとすぐに考え付くのは、何なら最初に思いついたそれくらいしかない。
ぐっと拳を握りしめる直人をよそに、緊迫した空気を打ち破るように店長はやれやれと首を振り、彼の代わりにその可能性を口にした。
「――どうやら誘拐されてしまったようですね」




