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第十一話『名前』

『…………絶望だ~』


『? …………気分は絶望的かもしれないが、ただの風邪だ。安静にしていればよくなるから、心配するな』


『…………それは直人がいるから心配してない。そうじゃなくて』


『そうじゃなくて?』


『直人はどうして直人なの?』


『やっぱり熱でおかしくなってるだろ!?』


 七不思議怒涛の四連続検証から二日後、明姫は熱を出し、学校を休んでいた。病院に行ったところ、疲労による風邪とのこと。おそらく、七不思議めぐりで精神的にも身体的にも疲労していたところに寒暖差も重なって健康優良児だった彼女も耐えきれなくなってしまったのだろう。

「……悪かったな、ちゃんと気付いてやれなくて」

「…………大丈夫、かぜは引くもの」

 布団に横になった彼女は虚ろな瞳で直人を見返す。さきほど熱を測った時は三十九度ほどもあった。薬も飲ませたし、安静に眠っていれば、今日中には熱が下がるはずだった。

「……まあ、今日はゆっくり眠ってろ。一日家にいるから何かあったら呼んでくれ」

「……うん」

 小さく頷き目を閉じる。すぐにすぅすぅと規則正しい呼吸音が聞こえてくる。熱があるとしんど過ぎて返って寝られないという人もいるみたいだが、薬の作用もあってぐっすりと眠りに落ちているようだ。

「…………おやすみ」

 小声で呟いて、部屋を出る。

「さて、おかゆでも作るかな」

 キッチンに立ち、冷蔵庫から必要な材料を出す。病人にあまり濃い味のものを出すのもよくないので、塩で味付けをする。彩と触感のために小葱も切っておく。作業が多くないということもあり、三〇分ほどで完成してしまう。今はまだ午前十一時。病院に行って帰ってきたところで、さほど時間も経っていない。いつも家にいると思われがちな直人だが、少なくとも午後三時くらいまでは働いている。ゆえに、休みをもらった時を持て余すわけだ。

「家事も大体やったし、買い物の必要もないし」

 仕事柄、近所の人から野菜などをもらうことが多いのだ。……レンタルショップ店員だった気もするがそれはスルーしておく。

「……暇だな」

 寝込んでいる明姫の様子を見るにしても寝ている今はそっとしておくのが正解。となると、趣味の時間に使うべきか。あるいは――。

「……ちょうどいいから荷物の整理でもするか」

 視線を押し入れへと向ける。ここに引っ越してくるとき、結構バタバタしていたこともあり、持ってこようと思ったものは大分適当に放り込んできてしまっていた。

「よし」

 軽く拳を握り気合を入れる。ザッザッと戦地に赴くように、彼は押し入れへと近づき、戸を開いた。



 昼時になり、明姫の部屋を覗くと、気配に気付いたようでちょうど目を覚ますところだった。

「どうだ、明姫」

「ん、大分、良くなってきた、と思う?」

「聞かれても」

 まだ少しおかしい。熱を測ってみるとまだ下がる段階には来ていないようで、むしろ少し上がっているくらい。もう少し寝ている必要がありそうだ。あとは、栄養をつけるのと医師から処方された薬を飲むことくらいか。

「おかゆを作ったんだが、食べられるか?」

「…………うん」

 こくりと頷き、体を起こす。熱はあるものの、自力でおかゆを食べることくらいはできそう。そう判断し、お盆に乗せてもってきた茶碗とスプーンを彼女に――。

「……食べさせて」

 ……いつもより力のないぼんやりとした表情で言われてしまった従うほかはない。普段はクールにふるまっているが、まだ十一才の少女。弱った時は甘えたくなってしまうのだろう。

「…………分かった」

 だからといって、女子にあーんをするのは若干恥ずかしい。

「あーん」

 直人の葛藤も知らず、明姫が小さな口を開く。おまけに、上目遣いで頬も火照っているせいで妙に色っぽく見える。元来の整った顔立ちがここで猛威を振るってくるなんて。

「…………」

 それでも、直人は黙々とスプーンを運んでいき、十分後にはなんとか昼食を終えていた。次いで薬を飲んでもらい、汗をかいているようなのでタオルを――。

「……ふいて」

「やっぱりそうなるか」

 とりあえず、汗が出やすい首の後ろと脇を拭いてやり、次いで手が届くおでこや腕、背中を拭く。まあ、ひとまずこれでいいだろうと判断し、そそくさ離れる。

「…………ありがとう」

「お、おう」

 まっすぐな目で見られるとお礼を言われるだけでも照れくさくなってしまう。風邪もひいてないのにごほんと咳払いをし、水と錠剤型の薬を渡す。

「……これはさすがに飲ませてやれないぞ」

「…………口移し?」

「やらないって言ってるだろ。思ってたやり方と違うし」

「?」

 あざとく首を傾げられても困る。

「……自力で飲んでくれ」

「…………うん」

 そこはかとなく元気なく頷いて、彼女は受け取った薬を大人しく飲む。これで再び寝て起きればよくなっているはず。早ければ夕食時くらいには熱が下がっているかもしれない。

「というわけで、また寝てていいぞ」

「…………うん」

 ……若干名残惜しげに頷いて目を閉じる。じっと寝付くまで見ているのもどうかと思うので、お椀やコップをお盆に乗っけて出ていく。これでしばらくはまた暇になるな、なんて考えていると、夕食にはまだ早い夕方五時過ぎ、戸が開き、明姫が出てくる。

「ん、どうした、明姫」

「…………トイレ」

「……おう」

 そういえば、病院から帰ってきてから言っていなかったような。我ながら配慮の足りない質問をしてしまった。反省しつつ、ぼんやりとテレビを眺める。片付けは意外と午前中で終了してしまった。

 数分後、戻ってきた明姫。部屋に戻るのかと思いきや、ストンッと直人の前に座る。

「………どうした」

 目がトロンとしているからまた寝ぼけているのかもしれない。

「……さっきスマホ見たら、一日ちゃんと鏡花ちゃんから連絡が来てた」

「あぁ。もう学校終わってる時間過ぎてるからな」

「おみまい来るって言ってくれたけど、風邪移すと悪いから断っちゃった」

「いや、それは別にいいことだろ」

 必ずっていうわけでもないから、如何とも言えない面は確かにある。……シンプルに心細いから来て欲しいってこともあるかもしれないが。

「…………今日は、直人が一日いてくれるからさびしくない」

「…………おう」

 ……とまあ、家に人がいるならリスクを冒さないというのも配慮のうちだった。きっと明日には元気になるだろうから面と向かって会えることだろう。

「…………それで、戻らないのか?」

「…………まだ」

「夕飯までまだ少しあるから寝てていいんだぞ」

「…………それより」

 変に起きていてぶり返したら大事だから、それよりではないのだが、病人にしては意志のこもった瞳で見てくる。

「………………絶望だ~」

「?」

 そして、彼女はまるでロミオとジュリエットみたいなことを言い出す。

「……おかしくはなってない」

「なら、順を追って説明してくれ」

 まともな説明になるかはあまり期待していない。

「……わたしの周りの人って、みんなミリョク的な名前うらやましいと思って」

「お、おう」

 初手が大分飛躍している。友達がメッセージが届いてそう思ってしまったらしい。……弱っているゆえだと思っておく。

「……俺の名前って魅力的か?」

「まっすぐな人。名は体を表す。良い名前」

「…………」

 褒めてもらってるのに恥ずかしさと熱出た勢いというのがどうも素直に喜ばせてくれない。……きっと本音ではあるのだろうが。

「一日ちゃんは個性的だけど、一日一日を楽しそうに生きていて良いと思う。鏡花ちゃん……鏡花水月ちゃんはきれいな名前だし、それにほこりを持ってるからまぶしく感じる」

「…………」

 友達がそろってキラキラ(?)ネームだった衝撃で言葉が出ない。

「……それに比べて、わたしは――」

「っ!?」

 明姫が何か言おうとしたところでハッとする。今の彼女の状態はよくない。

「落ち着け、明姫。お前の名前だって、親が考えてくれた良い名前だと思うぞ」

「…………そう、かな?」

「そうだよ」

「明るくできてる?」

「ああ。多少クールでもちゃんと明るいぞ」

「直人のおひめ様になれてる?」

「…………おう、お嬢様力が高いおかげでまるでお姫様だよ」

「そう、ならいい」

 表情はさほど変わっていないものの、どこか満足そうに頷いている。……元気づけるために話の腰を折るわけにはいかなかったということもあり、『直人のお姫様』という部分を否定できなかったが、まあ、深い意味はないだろう。女の子はお姫様に憧れるものだし。と自分に言い聞かせつつ、うつらうつらし始めた彼女を見やる。……まだ熱は下がっていなさそうだから、夕食は用意だけして起きてきたら食べてもらうことにしよう。

「ほら、明姫、ここで寝ると、いつまでたっても治らないぞ」

「………………だっこ」

 甘えん坊モードは続行中らしい。……トイレに立てるくらいなら自力で戻れるだろうと思ったが、今日だけは甘やかすことにする。今日だけは。

 両手を広げて抱き上げられる気満々だった彼女を持ち上げて、ゆっくりと部屋へと向かう。戸を開くと、熱気を感じる。これはちょっと換気をしなければいけなさそうだ。明姫を布団に寝かせ、窓を開けと戸を少しの間開けておく。

「…………直人、そいね」

「それはしない」

 それこそ風邪が移りかねない。それ以前に添い寝はいくらなんでも甘やかしすぎだ。しばらく不満そうにしていた明姫もいつしか寝息を立て始める。はぁとため息をついてから部屋を出て戸を閉める。夕食を作ろうかとキッチンに立ちながらふと明姫の部屋を見る。

「名前、か」

 やくたいないことに思考を巡らせんとしたところで首を振り、意識を今晩の夕食へと向ける。

「……うどんにするか」

 ポツリと呟き、作業を開始する直人。もやもやは完全に消えずとも、少しは気を晴らしてくれるのだった。



 ちなみに、翌日、明姫は元気になり、ずっと一緒にいた直人も特に風邪をもらうことはなかった。

「…………カンビョウしたかった」

「添い寝してほしかったのってガチでうつすためだったのか!?」


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