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第十話『七不思議その三~六』

『ぜぜぜぜぜぜぜぜぜっ!』


『言えてないぞ、明姫!?』


『まままままま、まずい、直人』


『いや、一体何がどうしたんだよ!』


「落ち着いたか?」

「…………うん」

 ずずずとお茶を飲んだ明姫がほっと息をつく。居間に鎮座してすっかり腰を落ち着けてしまったが、今日も今日とて彼女には待ち合わせがある。

「……行かなくていいのか?」

「…………行かないといけない」

 でも、と彼女は顔を曇らせる。

「……また七不思議だから、気は乗らない」

「………これまで頑張ってきたんだから、なんとかなるよ」

 とはいえ、あと五つ。先は長い。

「……今日、一気に四つ回るんだって」

 先は長くなかった。

「……マジか」

 直人だって島の外の人間。相場としてどうなのか分からない。現実的に可能なのか、一日と鏡花が無茶を言っているのか。

「…………鏡花ちゃんのお母さんが三から六はすぐ終わるって言ってたらしい」

「……そうか」

 そういうものだったらしい。これ以上かける言葉を見つけられず、直人はすっと立ち上がる。

「晩飯は明姫の好物にするから、頑張ってくれ」

「…………ありがとう」

小さく礼を言ったあと、明姫も覚悟を決め、キュッと拳を握る。

「…………きっと、生きて帰ってくる」

「……また、なんか変なテレビ番組見た?」



 一〇分後、集まった三人は本日一つ目の七不思議に挑もうとしていた。

「『使われていないはずの廃屋に光がともっている』ですわ」

「…………それで、そのハイオクが」

「ここだって~」

 三人が見上げたるは、島内でもかなりの古い建物。再開発があるわけでもないこの島の家屋は大抵もともとここにあったもの。島外への人の流出とか、老朽化や災害で退去を呼びなくされたとか、放棄されたり、取り壊されたりすることも増えてきた昨今、使われていない建物というのはそう多くもない。だからこそ、使われている建物というものがどんなものかも分かるし、普通に看板が出ているのならだった。

『スズシロレンタル』

 平たく言えば、観光で来た人々に自転車やバイクを貸し出しする商売だ。……客が来ない平日は早めに店を閉めることが多い。とはいえ、使われていない廃屋ではないということは確かだった。

「……どういうこと?」

「ん~、場所がちがったりするの~?」

「こ、ここで合っているはずわよ!?」

 動揺しながら、スマホ片手に唸り始める鏡花。数分後、鏡花の母親からメッセージが届く。

「……前はさびれた空き家だったらしいですわ」

 それが一年ほど前のこと。とある元漁師がレンタルサイクルショップを開業するために買い取って今に至るらしい。

「…………あの人、七不思議にからみすぎ」

 つい低い声が出てしまった。こほんと咳払いをし、鏡花を見る。

「……次にいきませすわよ」

 気まずそうにしながら、彼女はそそくさとその場を去っていくのだった。


七不思議その三『廃屋』解決?




「ここですわ」

「お~、ここは~」

「…………展望台」

 観光業に力を入れているからか、ただ単純に景色が綺麗だからか、この島の海岸沿いにはいくつかの展望台がある。明姫たちが訪れた高台もその一つであった。

「……ここでは何をするの?」

「何もしませんわ」

「?」

「えっと、四つ目の七不思議は確か~」

「『島で最も高い展望台、下から見ることはできてもたどり着けない』ですわ」

「……………………………………………………………」

 明姫がフリーズした。

「……たどりついちゃってるけど」

「そうなんですのよ。本当はもっとまようかと思っていたんですけれども」

「すぐ着いたね~」

 あっけらかんと言われ、明姫もひとまず肩の力をぬく。

「……もしかして、これもさっきと同じパターン?」

 冷静になったことでほどほどの頭脳が機能し、一つの可能性を導き出す。じっと鏡花を見つめ、言葉なく訴える。

「…………分かりましたわ、お母様に聞いてみます」

 数分後。普通に景色を楽しんでいた明姫たちに向き直る鏡花。

「実は、ずっと前にかなり強力な台風が来たらしいですわ。その時に多くの木が倒れてしまったようですわね」

「…………なるほど」

 確かにここに来るまでの途中には木々が生い茂る林道のようなところも通った。……なんとなく木が少ないような気がしたが、本当はもっと生い茂っているはずだったらしい。今はもう撤去されて分からないが、その木々が健在であれば迷っていた可能性あった。

「…………たんさくしてみる?」

「不思議なところがなくなると、ずいぶん積極的ですわね」

「お~、たんさく、面白そ~」

「一日さん、乗らないでくださいませす!?」

 残り二つあるので、探索はまたの機会となった。


七不思議その四『展望台』何も始まってはいなかった。




「ど、どうして、わたしが先頭なの?」

「その方が面白いから~」

「一日ちゃん!?」

 一行は島内を東へと向かい歩いていた。その目的地は行ったことがあるので、明姫が先頭でも別に問題はない。

「…………次の七不思議って」

『温泉の湯気に混じって白い影が見える。白い影の正体は、温泉の化身』

 口の中で唱え、渋い顔をする。

「…………温泉の化身?」

 幽霊とか言われるよりはよっぽどマシだが、得体が知れない存在だって十分怖い。

「白いカゲというのが見つかるとは限りませんわよ」

 後ろから慰めの言葉聞こえてくる。チラリと見ると、すぐ後ろに一日、さらに後ろに鏡花がぜえぜえ言いながらついてきている。

「……大丈夫、鏡花ちゃん」

「だ、大丈夫ですわ」

「水飲む~?」

「…………飲みますわ」

 水筒を受け取り、こくこくと飲んでいく。……どうも一日は若干ぽっちゃりしているにしては体力があり、余裕がありそう。先頭を任せるとマイペースなせいでのんびり調子になってしまうが、後ろに回った場合はちゃんと遅れずについてくる真面目タイプだった。逆に、お嬢様然とした鏡花は小柄ゆえに体力があまりなく、すぐにバテがちであった。

「…………球技は異様に得意だけど」

 体育の授業での活躍ぶりを思い出して、苦笑する。……ついでに自分の体たらくまで思い起こされて、無駄に気が落ち込む。温泉地まで早足で歩けるだけの体力はあるのに運動のセンスはないというジレンマ。むむむと無意識にうなってしまう。

「お待たせしましたわね。もう大丈夫ですわ」

 本格的に頭を悩ませるより先に復活した鏡花から声がかかる。思考を断ち切り、先頭の任から解いてもらえなかった明姫は再び歩き始める。

「……そろそろ着くけど、中まで入るの?」

「裏手に源泉があるらしいですわ。さくはされているようですけど、湯気を見ることはできそうでせすわね」

「…………そう」

 中に入らないといけないと言われたら着替えがないで逃げるつもりだったのに当てが外れた。肩を落としつつ、明姫は鏡花の指示に従って、道を脇へとそれていく。

「そこを右ですわ」

「…………うん」

 温泉の香りが鼻をくすぐり、ゴールが近いと悟る。湯気らしいものは見えないからとりあえず七不思議にはまだ遭遇していない、はず。

「もうすぐだね~」

「ですわ!」

 後ろ二人はなぜかテンションが高い。……この島の人間は温泉好きが多いと聞く。匂いを嗅ぐだけで元気が出るのか。……明姫だって温泉は好きだが、白い影のことが気になって楽しむどころではない。

「あ」

 とついに目的地が見える。鏡花が言っていたようにとある岩を囲んで柵がしてあり、そこを中心にもくもくと湯気が立っている。配管は見えないので、岩の下を通しているのか、あるいは、自然の隙間を利用しているのか。何にしろ、当初の予定を済ませることはできそうだった。

「わ~、湯気湯気してる~」

「今日はだいぶすずしいですものね。日によっては見通しがいいこともあるようですわ」

「…………」

 なぜ今日はその日じゃないのか、恨めしく湯気を眺めながら、ため息をつく。

「…………白いカゲ、見えない」

「温泉の化身だからね~」

「見えないなら見えないでいいんですわよ」

 その後、数分ほど三人がかりで探していみたが、それらしいものは見当たらない。

「…………前は見えたとか」

「温泉はずっとあるんですから、そんなことはないと思いますわよ」

「ん~、やっぱりユウレイだったり~?」

 三人とも霊感がないから見えない。それっぽい理由が見つかった、と思いきや。

「……わたし、レイカンある」

 島に来てからはそれほどだが、それより前は色々見えたり聞こえたりしていた。……実はただの妄想だった?

「わたくしはよく分かりませんが、ユウレイならユウレイと言うと思いますわよ」

「……わざわざ正体は温泉の化身と言うってことは、ユウレイ以外にユライになったものがあるってこと?」

「そ、そういうことですわ!」

「そういうことなの~?」

 一日が目をパチクリとさせ、首を傾げている。いよいよよく分からない話になってきた。

「…………ん?」

 ふと、明姫がバッと周囲を見回す。じっと源泉の方を見ていたから気づけなかったが、いつの間にか白い湯気に囲まれている。いや、これは本当に湯気なのか――。

『…………君は、私に、入らないの?』

「!?」

 なんか聞こえた。

「つ、一日ちゃん、鏡花ちゃん!」

「ん~、どうしたの~?」

「も、もしかして何か見えましたの?」

 明姫の大声に反応して二人がキョロキョロとする。しかし、そこにはただの景色が広がるだけ、そして、明姫の目にもさきほどまでの白い何かは見えなくなってしまっていた。

「………………絶望だ」

「よく分からないけど、大丈夫~。一日がいるよ~」

「よく分かりませんけど、わたくしもいますわよ」

「…………ありがとう」

 二人に抱き着かれて癒された明姫はほっと息をつく。数秒目を閉じたあと、よしっと小さく呟く。

「もう、大丈夫」

「ん~、ならいいけど~」

「顔色もよくなりましたし、とりあえずよさそうですわね」

 心配してくれる二人に胸がぽかぽかと温かくなる。微かに笑みを浮かべ、彼女は踵を返す。

「……次、行こう」

「うん~」

「はい」

 行きはいやいやだった先頭を今度は喜び勇んで務める。次の場所の指示を受けながら、彼女は最後に一言呟いた。

「…………わたし、やっぱりレイカンある」


七不思議その五『温泉の化身』 ……私、幽霊じゃ、ないよ?




「最後はここですわ!」

 ザザザザーッ。

 潮騒の音が耳に届く。今日の天気は穏やかで、波のボリュームは小さめ。それでも、そのさざめきはユウレイもどきの声を聞いてしまってざわついていた心を癒してくれる。

「『海岸を端から端まで歩くと、ローレライの歌声が聞こえてくる。それを聞くと、海に引きずり込まれる』」

 現実に引き戻された。

 明姫が訪れたのは、温泉地の近くに設けられた海水浴場。島ということもあり、海岸線にはいくつかあるが、ここは観光客にも人気の場所でシーズンには多くの人で賑わう。シーズンには。

「…………人、いない」

 九月に入っているのに加えて、今日は気温が特に低い日。風邪をひく覚悟で遊びに来ている猛者はいなかったようだ。

「人目につかないのは、好都合というやつですわ」

 嬉々として、鏡花が砂浜の中央へと走っていく。温泉の時もテンションがやたら高かったが、今はそれに輪をかけて元気がよい。

「鏡花ちゃん、海、好きだよね~」

「…………はしゃいでてかわいい」

「確かに~~」

 後方でこそこそ話していると、波打ち際まで走っていった鏡花の声が聞こえてきた。

「二人とも、何していますのー? 早く始めましょう!」

 にっこにこな鏡花に促され、明姫たちは大声で返事をし、タタッと小走りで走り寄る。

「…………聞こえちゃったらどうするの?」

 とここに来て思い出したように、明姫が不安そうな目を向ける。

「大丈夫ですわ。わたくしが明姫さんを守って見せますわん」

「お~、もしもの時は、みんなで竜宮城に行こ~」

 二人して励ましてくれる。一日の方はベクトルが違い過ぎてつい笑みがこぼれた。

「……分かった、頑張ってみる」

「お~、がんばろ~」

「では、位置に付きますわよ」

 この海水浴場、海辺は南北に広がっており、北側の端は岩場となっている。南の方は徐々に砂場が小さくなり、公道として整備されている。砂場がなくなった部分が端という解釈となる。どちらからスタートしても端から端の移動ではあるものの、鏡花の母曰く、スタートは北からだと相場が決まっているらしい。

「岩場のかげに、だれかいないかな~」

「? 砂浜にいないなら、こちらにもいないのではなくって?」

「…………一日ちゃん、何か読んだ?」

 海岸線の岩場でありがちな出来事、明姫も直人のスマホのロックを解除して見たことがある。現実であるとは思えないが、あるならあるで――。

「うん~、地図アプリでエイセイ写真見たんだ~。結構広くて面白かったよ~」

「…………そう」

 一日はピュアだった。

「何の話ですの?」

「…………なんでもない。始めよう」

 仄かに頬を赤く染めながら南を向く。ふぅと息を吐いてから、とぼとぼと歩き始める。

「……歩いてる間って何も起こらないよね」

「そのはずですわ」

「波にぬれたら負けゲームする~」

「別にひまって言ったわけじゃないよ」

 だが、やることにした。

 波打ち際でわいわいきゃあきゃあ騒ぐ少女たち。まさに青春。微笑ましい光景に、通りがかった島民たちが笑みをこぼしていた。

二十分ほどもかけて南の端にまで辿り着く。ここでローレライとやらの声が聞こえてくるらしいが。

「……何も聞こえない」

「ん~、ザザザザ~」

「それは波の音ですわ」

 耳を澄ますも、歌声は愚か人の声も特にしない――。

 ♪~~~~~~。

「ひゃっ!」

 ――と思いきや、突如軽快な音色が浜辺に響く。まさか本当にローレライの歌声が。

「……曲調がローレライっぽくありませんし、曲であって歌ではありませんわよ。それにこれは――」

「一日のスマホから聞こえるね~」

 のんきなことを言って、それを取り出すと、やはりそこから音が鳴っている。

「ごめん~、お母さんから電話~。ちょっと出るね~」

「…………うん」

 ローレライの歌声じゃなかったのはいいが、どっと疲れてしまった。心臓に悪いにもほどがある。……こわがりが自分だけでよかった。明姫は感謝の思いを込めて鏡花を見つめる。

「明姫さん?」

「鏡花ちゃんがいてくれてよかった」

「! きゅ、急になんですのん!」

 あまりにもまっすぐな言葉だったせいで羞恥心を刺激され、動揺して後退る。背面には海があるというのに。

「鏡花ちゃん!」

 咄嗟に手を伸ばし、彼女を引っ張る。体重差があまりないので、お互いが引っ張り合う形になって、距離が近づき、やがてゼロとなる。

 ガシッ。

 単純に正面衝突すると怪我をする。だから、明姫は両手を広げ、自分よりも小柄な鏡花を抱きしめる。

「~~~~~~」

 ますます顔を赤くしていらっしゃる。明姫の方は突然のことに驚きつつも、この体勢も悪くないとサラサラの長髪を手ですいていた。

「お待たせ~」

「!」

 微動だにしていなかった鏡花がバッと離れる。ぬくもりが無くなり若干の寂しさを覚えるも明姫は首を振る。

「大丈夫?」

「も、問題ありませんわ!」

 分かりやすく動揺する鏡花を見て、さすがの一日も首を傾げている。遠慮なく何があったのか尋ねられるとそろそろ鏡花のキャパを越えかねない。ハグはまたいつかしようと心に誓い、一歩前へと出る。

「結局、声は聞こえなかった」

 この展開、一つ目の七不思議と同じような気がする。このまま何もなかったで収めるのはつまらない。……不思議なことが起こらないというなら明姫に恐れはもうない。海を眺めながらすぅっと息を吸う。

「♪~~~~~~」

 そして、ローレライの代わりに歌声を海へと届ける。さすがに校歌では風情がないので、某アニメ映画の挿入歌を歌ってみる。

「(お~、なんかすごい~)」

「(さすがですわね。選曲もいいですが、何よりそのたちふるまいとユウガさが素晴らしいですわ。まさに――)」

「(――ローレライですわ~)」

「(真似しないでくださる!?)」

 思わず小声になってしまっていた二人をよそに、明姫は一小節を歌い切る。満足げに頷いて彼女は二人に向き直る。

「……帰ろうか」

「うん~、今日は色々あって楽しかった~」

「そうですわね。基本的に何もなかったですけど、皆さんと回れてよかったですわ」

 笑い合い連れ立って帰路へとつく。七不思議は残り一つ。果たして、このまま平和的に終われるのか――。


 七不思議その六『ローレライ海岸』 その後、明姫は小さなローレライと呼ばれるようになるとかならないとか。



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