第八話『帰り道』
『…………』
『え~、なんて言ってるの~?』
『……さすがにきょりがはなれすぎではありませんか』
『…………』
やたらスパンの短い日直の仕事を終え、いつもの三人で帰ることになった明姫。決して長くはない帰り道を歩きながら、彼女はふと思い出す。
「ねえ、一日ちゃん、鏡花ちゃん」
「どうしたの~?」
「今日は、鏡花ちゃん、用事があるんだよね」
「? ええ、そうですわね」
「……じゃあ、ちょっと遊ぼう?」
小首を傾げ、薄く微笑む。いつになく、いたいけな笑みに二人して息を呑む。
「(ずいぶんとかわいらしいですわね)」
「(なんかドキドキするね~)」
「…………ダメ?」
ぶんぶんと首を振り、早々に三人で遊びを始める。
「なんて名前の遊びかは分からないけど、ルールは簡単」
じゃんけんをして、勝った手に従って歩く。
「グーはグリコで三歩。パーはパイナップルで六歩。チョキはチョコレートで六歩進むの」
「なるほど~、グーが可愛そうだから、グリコーゲンにしない~?」
「…………いいけど」
「よく知ってましたわね、そんな言葉」
何はともあれ、何で勝っても平等に六歩ということになった。
「じゃあ、始めよう」
「はい」
「お~~~~~」
「「「じゃんけん――」」」
ぽんっ!
威勢よく差し出した右手。果たして勝ったのは――
「勝った~」
――一日だった。
「え~と、チョキだから~――」
チ、ヨ、コ、レ、イ、トと、六歩進む。彼女の歩幅は思いのほか大きく、ある程度距離が開く。
「…………次」
二度目のじゃんけん。姿が見える限りこのゲームはなんとかできる。
「――わたしが勝ちましたわ!」
パ、イ、ナ、ツ、プ、ルと同じく六歩進む。歩幅が小さく、一日とはまだ少し離れている。
「…………次」
三度目のじゃんけん。ついに――。
「ん~、これは~?」
「二人勝ちですわね」
「…………二人とも進んでいいよ」
グ、リ、コ、オ、ゲ、ン。鏡花が頑張って大股で進もうとするも、元来の身長差により、距離は開くばかり。開くばかり。
「………………次」
あと一度負けると、いよいよゲーム続行が難しくなる。明姫に絶大なるプレッシャーがかかる。……冷静に考えるんだ。じゃんけんは単なる確率のゲームに過ぎない。三連敗なんて普通にあり得る話。すなわち、そろそろ勝てるはず。
「じゃんけん――」
――言うまでもなく、明姫は負けた。
「…………わたしって、こんなにじゃんけん弱かった?」
弱くはない。まだ十一才とはいえ、それだけ生きていれば、気付くはず。事実、普通に勝率は五分。今日はたまたま負けがこんでいるだけ。そのタイミングが神がかっているだけ。
「…………どうしよう、手が見えない」
一日は容赦なく、六歩を進み、その背中は遠くにかすんでいる。声も届くかどうか。
「一日ちゃ~ん、聞こえる~~~?」
「安心してくださいませ。わたくしがとりもちませすわ」
自信満々に胸を張る小さな少女。心細さで絶望しそうになっていたが、満たされるような思いがして、心が温かくなる。
「ありがとう、鏡花ちゃん。じゃあ、続きをしよっか」
「はい。一日さんも、行きますわよ!」
「は~~い~~~」
「「「じゃんけん――」」」
「グー」
「パーですわ」
「一日ちゃんは?」
「え~と、グーを出してますわね」
「………………そう」
「? あ…………」
そして、明姫は一人になった。
「…………絶望だ」
遠くで反応してくれているが、向こうの声もあまり聞こえない。これではさすがにゲーム続行は不可能だ。というか、あまり時間を掴いすぎると、用事がある鏡花に迷惑がかかる。
とぼとぼと歩いていき、一日たちと合流した明姫は、女子小学生らしからぬ所作で片をすくめ、両手を上げた。
「……負けたよ」
「あのゲームに負けとかあるんですわね」
「やった~、勝った~」
にこにこと喜ぶ一日。無邪気な彼女の姿を見れただけでも良しとしよう。ほっと息をつき、三人揃って帰路へとつく。特段落ち込んではいないらしい明姫を見て、鏡花たちも気負うことなく会話に興じる。数分後、分岐点に差し掛かる。いつもなら、別れの挨拶をして別々になるところ。しかし、今日は――。
「じゃんけん――」
「「!?」」
ずっと釈然としていなかった明姫が仕掛けた。
「ボンッ!」
二人が咄嗟に出したのはパー。それに対して明姫は――。
「あ」
――チョキだった。
「……ここは勝つんだ」
最後の最後で、落ち着かないことになる明姫だった。




