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プロローグ

 ザーザーザー。

 激しい雨音が部屋に響く。空は暗澹たる有様で止むことは愚か、その勢いは増すばかり。しばらくは外に出られそうになく、縁側の戸も閉めてしまったから息が詰まり、気が滅入る。

「…………………」

 男は身じろぎもせず、縁側前の和室で正座をしていた。張り詰めた空気に額に汗が浮かぶ。もうじき秋というのに、この地域はまだまだ暑く、扇風機が欠かせない。その扇風機も今は動いておらず、ただそこに鎮座しているだけ。雨が降っていて涼しい方ではあるものの、むしむしとした暑さは健在でじりじりと体力を削っていく。

 しかし、残念なことに、消耗していっているのはそれだけではなく、彼は精神的にも追い詰められつつあった。

「…………もうダメかもしれない」

 目からハイライトが消え、気力が失われる。過去の栄光は遠くへと消え去り、残るは大きな負債。返済の目途は経たず、積み重なるだけの定め。それに抗うには、さらなる負債を背負い込むしかない。いや、押し付けるしかない。

 ごくりと息をのみ、覚悟を決める。崩壊は間近。でも、負債を背負うのが自分である必要はない。……罪悪感はある。最初に始めたのは自分。こんなことになってしまったのも元を正せば、己の行いのせい。責任を取るべきは自身であるべきだ。……だが、積み重なったそれをめちゃめちゃにしてしまう勇気はなく、前に、そう前に進むしかない。

「…………やるぞ」

 小声で呟き 前傾姿勢になる。そーっと手を伸ばし、それに触れる。ザラザラの表面は気温に反し冷たく感じ、つまんでしまえばもうどうでもよくなる。あとはそれを受け取り、始末は他者に預けてしまえばいいだけ。

「………………」

 その場にいた他の面子が息を呑み、緊張感はさらに高まる。ドクンドクンと心臓が高鳴り、呼吸が荒くなる。たった暑さ数センチのそれは思った以上に重く感じ、その存在感を示している。

 ふぅと一度息を吐いたあと、ぐっと力をこめる。

「んっ!」

 声にならない声を上げ、それを引っ張り上げる。ハッとし、それに視線を送る面々。揺れる負債の結晶は今にも崩れてしまいそう。――それでも希望はある。

「ふんっ!」

 男はまだ揺れるそれに向かって今しがた引き抜いたさらなる負債を乱暴に、否、バランスを保たんと計算づくで、投げる。

 カタンッ。

 音を鳴らし、着地したそれは傾きかけた本体と逆側に力を与え、やがて一体となる。着地の衝撃でさらなる揺れを生むも、大事にはならず、ついに揺れは収まる。

「(よしっ!)」

 拳を握りガッツポーズ。他の面子もすごいと静かに手を叩いている。……ただ一人を除いては。

「………………………こんなの、もう無理」

 それでも彼女は諦めない。これまでも辛いことは色々あった。その度、立ち上がり前を向いてきた。今回だってきっと大丈夫。きっと大丈夫!

「きっと大丈夫だ!」

「……………………うぅ」

 声をかけた彼を涙目でキッと睨みつける負債を押し付けられてしまった少女。押し付けてきた張本人を前にしていよいよ限界を迎える。

「う~~~~~~~~~~、絶望だ~~~~~~~~~~~!」

 ダンッ。

 あろうことか、彼女は思いのままに、畳みを叩いてしまう。

「あ」

 当然、積み重なりまくったそれが耐えきれるわけもなく、ガラガラと音を立てて崩れ去る負債の山、もとい、ウッドスティックの山。

 ガラガラガラガラッ!

 そんなに音は響いていないはずなのに、騒音を聞いたように耳をふさぐ少女。なんかうぐうぐ言っている。

「…………ええっと、大丈夫か?」

 男は気まずそうに声をかける。他の参加者からもジト目を向けられ、居心地が悪い、自分の家なのに。

「…………大丈夫」

 むくっと起き上がった少女は不機嫌を丸出しにしながらも気丈に答える。まだ涙目。

「……………なんかごめん」

 本当はさっきのターンで自分が崩すつもりだったが、思いついてしまったんだから仕方ない。本当に振動をいい感じに相殺できるなんて思ってなかったのだ。

「……………ぁ」

「………あ、明姫(あき)?」

 プルプル震え出した少女を心配げに覗き込むと、彼女は勢い立ち上がり、散らばっていたパーツを集め始める。

「…………お兄さん」

 集めながら、ぼそっと呟く。声はいつにもまして低く、肩をびくりと震わせる。

「…………何?」

「……もう一回、やろう」

「…………はい」

 


 かくして、二回戦が始まる。大熱戦だった一度目に続き、次はどうなるのか――。



「――お兄さんの、バカ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」

 お約束のように、少女の絶望に満ちた、いつも通りの声が部屋にこだまするのだった。

 





とまあ、そんな感じで、とある島での平穏でドタバタな日常は流れていく。

これは、絶望的な心地になりがちな少女と、絶望的な心地にさせがちな男が紡ぐ、死よりも深い絶望を追い求めない物語。


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