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草原の民と森の民

*1.戦いの始まり *


 マッパラ伯領に来て1年と3か月。

 その間2度の誕生日を迎え、14才になった俺は、蛮族との戦いの日々を過ごしていた。


 もっとも蛮族という名は、都のお偉いさんが、勝手にそう呼んでるだけで、

言葉が通じない訳でも、

人殺しを好む訳でもない。

ただ農耕をしないというだけだ。

 俺たち馬引きにとっちゃ、むしろ近しいとさえ、言える連中だ。


 しかしこの2年の飢饉を経て、様相は大きく変わった。


 王国全土を襲った凶作の影響により、

伯爵が、穀物の交易を止めた。

 領内から穀物の流出するのを防ぎ、

領民を守るためだ。


 配給で安い穀物が手に入る領民は、

そりゃぁ喜んださ。

 でも蛮族は違う。

そもそも彼らは領民じゃない。


 蛮族からみれば、交易で手に入れていた穀物が、ある日突然消えたのだ。

 連中は困窮した。交易が徐々に盛んになったとされるこの50年で、連中の数は増えすぎていたんだ。いまさら自給自足などできるはずもない。


 連中は村を襲うようになった。



*2.俺たちの拠点 *


 伯領は、南のナンタン山脈と、北のマハラ山地に挟まれた、東西に長い形をしている。

 そこを東から西へ、マハラ川が流れる。


 はるか東に源を発し、平らな草原を、ゆっくり進んだきたその川は、やがてナンタン山脈が、大きく北へと迫り出した場所に、ぶつかる。

 川幅は狭まり、ところどころ滝や激流となっている。その谷間を、川は一気に流れ下る。

 谷間を越えると、今度は広い盆地だ。

 川はここで北に向きを変え、王都へと向かう。


 伯都マハラは、この広い盆地の中央、王都から、南に10日の位置にある。

 俺たちが拠点とするカサイの村は、伯都マハラから、さらに東に2日、山々に挟まれた深い谷間、マハラ川とヤリサワ川が交わる地にある。


 合流点の川面から見ると、はるか崖の上にある台地には、マリアの父エド・カサイの、城のような騎士館が聳える。館の主である彼は、お館様と呼ばれている。

 俺たちは、騎士館の敷地の一角に、全員まとまって住み、同じ飯を食い、交代で最前線の村々を巡る。



 騎士館には西門と東門があり、街道が通り抜けている。東門の前には、ヤリサワ川に架かる、長い吊り橋がある。


 東の最前線へ向かうなら、

ここを一人づつ、静かに駆け抜ける。

すげえ揺れるし、下は見ない方がいい。

俺も最初は、ちょっとちびった。


 対岸はカトウ村。カサイ村と同じく高台にある。重い物を運ぶ時は、南へぐるっと迂回して、川べりに下り、浅瀬を渡る。


 マハラ川沿いの街道を、さらに進み、崖と渓流に挟まれた狭い場所を、時々降ってくる岩に気を付けながら、半日ほど行くと、

『女神の滝』が見えてくる。

 街道はそこから、南の沢へと分け入り、つづら折りの急な坂を登り、滝を巻いて上流に向かう。

 途中の『女神峠』からは、滝口と、その上流に広がる小さな湖を、見下ろす事ができる。


 峠を下った先、湖の南側に拡がるのがタキガミ村。そこから少し東に進み、湖が終わり、3筋の川に分かれる辺りにあるのが、ミツマタ村だ。


 ミツマタ村には、お館様のご子息ムサシ・カサイ様の、砦みたいな騎士館がある。

 本当はここを拠点にしたい。


 ここから最前線のは目と鼻の先。3筋の川をそれぞれ遡った3つの村がそれだ。ナンゲン村・チュウゲン村・ホクゲン村。

 一応村とは呼んでるが、3つも川沿いに、家と農地が散らばっているだけだ。村々の周りには森が広がっているが、木は低くまばらであり、いつのまにか大草原につながっている。


 その大草原から、草原の民が、村を襲いにくるのだ。


 

 カサイの拠点から最前線までは、朝早く出て、なんとかその日のうちに、たどり着けるかな、という距離だ。ではなぜ我々はカサイにいるのか。

 それは主に食糧を運ぶ都合だ。

 まず吊り橋、そして女神峠。


 女神峠は、騎乗で行けなくはない。だが急いでいても、馬を引いた方が、馬に優しい。ここでバテちまっては先に行けない。馬車とか荷車なんて論外。荷物は歩荷一択だ。


 まぁ他にも色々と事情はあるのだが・・・


 そういう訳で俺たちは普段、カサイを拠点に生活している。そして10人1組の3交代制で、ミツマタの館にも詰めている。そしてお館様より出撃の命令が下れば、現場の村へと急行する。そん時はもちろん全員だ。




*3.俺たちの暮らし *


 里からこっちのきて、一番困ったのは、『店』がないことだった。

 『市』すらない。


 『ヨッカイチ(四日市)』と言えば、4の付く日に市が開く街の名だ。10日に一度だが、あるだけまし。ここだと、行商が(たま)にやってきて、偶々(たまたま)あるものを売ってくれるだけ。どうしても必要な物は、伯爵様に頼んで送ってもらうか、里から取り寄せるか。


 もっとも『店』なんて、里の他じゃほとんど見た事がない。

 実は王都にもないんだ。


 『市』なら王都にもある。それもデッカイのが2つも。南の大門のすぐ脇に、大路を挟んで向かい合わせで。大体どっちかは開いてるから、俺もよく行ったもんだ。

 でもそれを除くと王都というのは、殺風景なところだ。お役所かお屋敷しかない。道に立つと、両側の白い塀が、ひたすらつづいてるのが見えるだけだ。


 もっとも王様というのは、何も買う必要がないから、それでいいらしい。

 まず、税とか貢物として、地方から集められた品々が、宮廷の蔵に唸るほどある。

 

 他に王家が私有地で作っているものがある。

王家の野菜畑、王家の森、王家の牧場

砂鉄のとれる王家の川原に、王家の金山

海には王家の海女(あま)、山には王家の(きこり)

王家の鍛冶師に、王家の器職人、王家の機織女(はたおりめ)、王家の大工

 何でも作ってるし、何でも雇ってる。


 国中のあちこちに、散ってはいるが、それを集めてくるだけで、王様の暮らしは成り立つ。、下の者は、王様のお下がりという名の報酬や、余った物を市で売った利益で、暮らしている。


 ちなみに宮廷の中で働く人は、飯炊きの女(女官)も含め、すべてお役人だ。税の中から報酬を得て、暮らしている。

 一方、王家の○○で働く人は、王家の個人的な使用人であり所有物だ。

 他にも、大宰相家も○○とか、左大臣家の○○とか、いっぱいある。


 俺ら馬引きも、厳密に言うと、『聖パオロ寺院の馬引き』であり、寺院の使用人で所有物だ。広義でいうところの奴隷。

 ただ、例えば寺院の中にも、麦畑担当の使用人がいる。そいつらの報酬は、普通の百姓の手取りより、断然多いんだ。当然いい暮らしをしている。

「どこが奴隷?」って感じ。まぁそうやって、人を集めているんだけど。


 それに私有地って、税金が掛からないんだ。

もちろん、王様だとかうちの院長に、上前は撥ねられる。それが免除されている理由だったりもする。

 そして役人が入れない。

どんな悪さをしたって、私有地に逃げ込んでしまえば、役人は追っかけてこれないし、捕まることもない。



 話を戻そう。そういう訳でここでは、買い物ができない。でも騎士館の中で大体は揃う。


 麦や(まぐさ)は備蓄があるし、足りなくなっても、伯爵から送ってもらえる。←ここ重要

伯都からカサイまでの道はなんと、

《ちゃんと整備されてて、荷車が通れるんだ》

 こんな事に感動するなんて思わなかったぜ。


 飯は、騎士館の(まかな)いもあるけど、別にした。

 騎士館にいる人って、真面目というのかなぁ、

「騎士を目指してちゃんと修行してる人」とか、

「領民の為に」なんて真顔で言う人が多いんだ。

俺たちみたいに、オラオラしてないんよ。


 俺たちなんて、

「どっちが山賊だかわかりゃしねぇ」以前に、

最初(はな)から山賊だったりする。

俺はともかく、そんな連中が突然現れて、隣で飯を食いだしたら、お互いに気まずいし、下手すりゃ喧嘩だ。

 それで分けてもらったんだ。


 馬具の手入れとか、蹄鉄の付け替えなんかは、ちゃんとした職人がいる。もちろん俺もできるし、お館様が自分でやってるのも、たまに見るけど、苦手な奴は、他人(ひと)に任せても大丈夫だ。

 しかしお館様というのは何だな、いい人なんだけど、ちょっと器用貧乏って感じだな。


 酒もある。この辺は水がいいからね、旨い地酒がある。南向きの斜面には、茶畑とぶどう畑が広がってて、秋に採れたぶどうで造った若いワインを、冬に飲むのが旨いんだ。

 え? 14才? 俺もう戦ってるんですけど。


 女? こればっかりはねぇ、なかなか。

 お祭りの時ならね、焚き火を囲んで踊った後、森にしけ込んで、木陰で致せるんだけど。

 ほんとはこれでさへ良くない。お館様からは、

「村娘には手を出すなよ」

と釘を刺されてるんだ。俺だけにじゃなく、全員に。


 「村娘は村の財産」って考え方があるみたい。それを余所者に盗られるなんて、あり得ないんだとさ。そんな事をしたら、殺されても文句を言えないらしい。

 但し、祭りの日だけは別。神様の日だから無礼講なんだ。でも、どの娘が誰とヤッタかなんて、暗くたって、すぐわかるらしい。出来ちゃったら責任を取らされたよ。




*4.戦法 *


 俺たちの戦い方は、『野伏』、つまり罠を張って、待ち伏せするのが基本だ。


 30人いる俺たちの仲間は、3つの隊から構成されている。

 俺たちだけの戦闘なら、罠を張って待ち伏せする役目が、ドルテの隊の10名だ。

 こいつらは、デカくて力持ち。一応馬にも乗れるが、あてがっている馬は、農耕馬みたいに丈夫で長持ちタイプ。戦闘用というより純粋な移動用なんだ。

 現地についたら、穴を掘ったり、逆茂木を組んだりして、罠を張る。主な武器は槍。デカい身体を生かして、馬でもなんでも、ガツンと受け止める。いわゆる槍衾(やりぶすま)って奴だ。

 ドルテもそうだが、ドワーフとの混血の奴らが多く、中には純血のドワーフもいるのが特徴。戦闘も強いが、見かけは工兵部隊って感じだ。


 その罠に向かい、敵を誘い込むのが、俺の隊の10名。

 選りすぐりの駿馬に、身の軽い奴を乗せているから、とにかく速い。

 元々小柄な遊牧民の血を引く奴が多く、純粋な王国民だと、男の成分をどこか置き忘れたような、可愛い顔の奴が多い。

 身の軽さを生かして、どこかに忍び込んだりとか、木の上から投網を投げ落としたりもする。流鏑馬をする奴なんかもいる。弓自体は全員いける、はず。肝心の俺の弓が、ちょっと怪しかったりするけど。


 敵が罠に掛かったのを見計らい、後ろか切り掛かるのが、コージの隊の10名。

 馬は、血を見ても暴れない戦闘馬。

 コージを筆頭に、剣の達人ぞろいだ。

 コージは背中に背負った、やたらと長い片刃の剣を振り回し、馬上から敵を切りつける。よくあんな長い剣を、鞘から抜けるもんだと、いつも感心する。そして、敵の首をポンポン切り飛ばす。

 人間は首をのせる台じゃないと思うんだけど。

「無心の境地にござる」って、あの低い声でいうけどさぁ、

 心があったら、あんな技できないよねぇ。


 里にいる頃なんて、ほとんどこれだけで、連戦連勝だった。



 こっちにきてからは、これに、お館様の家臣や、ムサシの家臣も加わっている。


 お館様の家臣は、工兵を中心にお願いしている。ドルテの隊の10名だけじゃ、ちょっと足りないからな。こちらも、俺たちと同じ、10名1組の3交代勤務。7日がミツマタで、7日がカサイ、残りの7日のうち、2日が移動で、2日が引き継ぎ日、休みは3日の繰り返しだ。


 ムサシの家臣は、従騎士と呼ばれる、騎士見習いが3名。

 こちらは、ミツマタの砦に元々常駐している。腕はどうなんだろう、見習いにしては強いのかな。剣の奴と槍の奴がいるけど。

 ムサシは、伯爵家の道場じゃ、負け知らずだったらしい。

 幼少期は伯爵邸で育ったという、筋金入りのお坊ちゃまだから、多少の忖度もあったのかも。それでも、腰にぶら下げている双剣を、両手で振り回している姿なんかみると、なかなかの才能だ。


 俺たちが、ムサシの砦に交代で出向くときは、各隊から3名づつ位の混成チームを組んでいる。

 俺とかドルテは、他の仕事も多くて、行けない日も多いけど、怠けてるとか思われるの癪だし、なるべくは出るようにはしている。各チームの代表は、隊長がいる時は隊長、いない時は副長格が代行している。



 ミツマタの砦には、俺たちが10名、お館様の工兵が10名、ムサシたちが4名の、計24名が常駐してる。

 ただ最近の戦果としては、

大負けはしてない。

でも、捗々(はかばか)しくもない。

そんなところだ。

 

 馬に乗った相手ってさぁ、広いところで逃げ回られると、どうにも捕まえようがないんだ。向こうから向かってきてくれない事には、剣とか槍も届かないし。


 いかに、狭いところに追い込んで、馬の足を止め、引きづり降ろすかが、勝負の要なんだ。


 でも、敵だってそんなことは、百も承知。こっちの思い通りには、動いてくれない。

 それに、一番東の3つの村と、大草原の境目にある森というのは、木もまばらで、明るくて、薄い森なんだ。それが東にいくほどどんどん薄くなって、気が付いたら草原になってる感じ。ところどころ笹原になってる場所は、まだマシなんだけど、そうじゃない場所の方が多い。


 だから、気が付いたら、村の中に賊がいるって、展開も多いんだ。


 賊は多い時でも20人くらい、

馬に乗って、さっと現れては、

食糧や人質を攫い、さっと消えていく。


 出動が間に合えば、帰り道に罠を張って待ち受けるけど、なかなかそこを通らない。

 とは言え、砦から村々は目と鼻の先だし、ワッと襲えば、だいたい逃げ出す。時々は帰り道の罠に引っ掛かって、捕まってもくれる。


 

 今は雪が降って、敵の襲撃は止んでるけど、

春になる前に、手を打たないと。


 俺は正月のあいだ、館の『奥』と呼ばれる、お館様の家族が住む建物に招かれ、そこで、お館様や、奥方様・ムサシ様・マリア様などと食卓を囲むんだ。

 そして時折、お館様とふたりで、酒を飲み交わしながら、今後の策を論じた。


 その中で、色んな話がでたが、

とにかく敵を分断して、少しでも数を減らそう。

そういう話になった。




*5.エルフ *


 襲ってくる蛮族は、草原の民と呼ばれる遊牧民が大半だった。だが実はその中に、森の民と呼ばれる山岳民族たちも、少し含まれていた。そしてその中でも、エルフ族だけは、別格の強さだった。


 敵の中に、エルフがひとりでも混ざっていると、こっちの被害は甚大だった。


 エルフがいるかは、一目でわかる。

肌が青いのだ。

そして馬は、恐ろしく速く、逆茂木なんかも、軽く跳び越える。馬上から放たれる矢は、とてつもなく強烈で、信じがたいほど遠くまで飛ぶ。一度なんか俺の隊の3人が、馬に矢を喰らって落馬したほどだ。しかも接近戦になれば、火の玉とか氷の礫とか、怪しい技まで使う。


 エルフ族を何としても、敵から引き離したい。


 俺たちは調略の手始めに、エルフ族に狙った。

 幸いな事に、馬引きの里にも、エルフの流れ者がいた。こいつの話から、連中のヤサの大まかな位置は、すぐに割れた。


 ヤリ山の麓の深い森の中だ。


 ヤリサワ川の上流を、ず~っと遡っていくと、ナンタン山脈の主峰で、文字通り、ヤリ(槍)のように尖った山があるんだ。


 ここから真南、意外と近い。


 俺はそのエルフの流れ者を、案内人兼通訳として、カサイに呼び寄せた。そして、ドルテと共にエルフの住む里に送り、交易の再開に、懐柔を図る事にした。


 俺たちの食糧は、この地の蛮族すべてを賄うには、到底足りない。

 しかしエルフだけなら、どうにかなる。

 しかも、あの強さでこの位置だ。拠点の背後に回り込まれ、遮断される恐れまである。事は急を要した。


 ドルテは、あんな顔して、と言っちゃ何だが、結構な知性派だ。

 里の商人で年寄でもある父親は、血筋を辿れば、取り潰された『伯爵家の執事』にあたる、とかいう家柄だ。しかも、母方の祖父がドワーフで、異民族の事情にも明るい。


 ドワーフとの仲が、良いとは言えないエルフ相手で、その辺りがどうでるか。読み切れない面もあるが、最初の交渉役としては適任なはずだ。

 

 5月、山奥の遅い雪解けを待って、俺はドルテたちに、出発を命じた。




*6.ドルテによる『エルフの里紀行』 *


 季節は春。

 私は『伯爵家の使者』として、『エルフの里』を探す旅に出た。


 カサイから南へ、雪解けで水の多いヤリサワ川のほとりを進み、さらに支流の沢を、よじ登るようにして、深い森の中を進むこと2日。


 木立ちの切れ目に、狭い牧草地が広がり、馬が飼われているのが見えた。そして周りの木々の上には、枝の付け根に、まるで鳥の巣のような、家らしき物が点在している。

 エルフの里だ。


 案内人のルシターは、里の(おさ)の家へと向かい、私は牧草地で待った。しばらくすると、里の子どもたちが出てきた。私を遠巻きにして、不思議そうな顔で見ている。


 子どもたちの血色はよい。

 思っていたより、食糧事情は悪くなさそうだ。


 ルシターが、里の長を連れてきた。

 私は、エルフの言葉で挨拶をした。

 つづいて(おさ)が、話し始めた。

「里の大人たちは、森の奥へ、食糧集めに出ていて、誰もいない。沢の中から、いきなり人が出てきて、たいへん驚いた」

と、言っているらしい。のどかなことだ。


 私は手土産に背負ってきた、木箱を開け、中からりんごを取り出し、

「献上する」

と伝えた。すると長は、


「森にふきのとうや、柔らかい木の芽が芽吹くこの時期、我々だけなら食うに困る事はない」

と、一度断りを入れてきた。

「また持ち帰るのも面倒だ」

と伝えると、今度は受け取ってもらえた。


 私が交易の話を切り出そうとすると、

「ここではなんじゃの」

と言って、子どもたちにりんご手渡し、俺たちと連れだって、木をよじ登り、彼の家へ案内してくれた。

 長は齢300才にもなるらしいが、まだまだ矍鑠として、元気な足取りだった。


 伯爵からの親書を手渡し、交易再開の話を始めた。


 すると話は、こちらが拍子抜けするほど、順調に進んだ。揉めると思われていた、交易の再開にあたって、伯爵が付けた3つの条件も、あっさり認められたのだ。

「援助はいらぬが、交易の再開は慶ばしい」


 援助ではなく、交易の再開に的を絞ったのが、正解だったようだ。


 昨年の襲撃で、幾許かの麦を得た彼らは、冬をどうにか越し、今は落ち着きを取り戻しつつある。だがやはり、馬の餌などは、足りていないそうだ。


「草原の民たちを裏切るのは忍びないが、このまま従い続けても益はなく、王国との交易が優先するのが、昔から変わらぬ事情というものじゃよ」


 その言葉に、長の立場が凝縮されていた。


「それにの、300年生きてきて、この沢から、下界の人間が現れたのは、初めてじゃ。その快挙に敬意を表したい、という気持ちもあるのじゃ」


 それはそうだろう。

 案内のルシターでさえ3回ほど流され、溺れかかっていたのだ。増してや、私以外の王国人が、あの道から、ここにたどり着けるとは、到底思えない。


 しかも実は、それにエルフの里から、東西へ、平坦な道が伸びているらしい。

彼らは普段そこを使い、馬を駆けさせる事さへ、できると言う。


 ルシターは、なぜあの道を選んだのか。

誰にも見つからず、里に辿りつき、

それが良い結果を生んだのだ。

それを考えると、責める事はできない。


 「川下の村は距離こそ近いが、傾斜が急すぎて馬が降りられず、領都マハラに向かった方が、むしろ早いのじゃ」

長は何気なく、口にした。

 だがそれは、彼らがその気になればいつでも、

「領都を攻撃できる」

と、言っているのに等しい。


 むしろ、彼らがこれまで、西から迂回して、草原の民と歩調を合わせていたのが、幸いといえるくらいだ。

 いやもしかすると、エルフは、最初からこれに備えて、手加減していたのか?


 私は軽い戦慄を覚えた。


 こうして、長と私は、交易を再開を、口頭で約した。


 文書は来月、マハラの伯爵館で取り交わされる。

 長はその後、戻ってきたエルフの衆に事情を説明し、私は彼らの歓待を受けた。


 エルフの女たちの美しさは、噂に違わず、

特に族長の娘という女は、際立っていた。

その舞の美しさも、

「我らが里の女どもに習わせたいほど」

見事なものだった。

 そして初めて飲んだ、エルフの蜂蜜酒も、口当たりが良く滑らかなのに、後味までサッパリしていて、これもまた、交易に使えると確信した。


 一方残念だったのは、エルフの男だ。

肉を食わぬせいか、身体つきが頼りない。

あれだけ速く馬に乗り、あれほど強い矢を放つのだから、十分といえば十分かも知れぬ。

 しかしなにか物足りない。


 やはり男は筋肉なのだ。

 筋肉こそ至高の美。

 筋肉を鍛えてこそ、男と呼べるのだ。


 術や技で強くなれるなら、それも結構。

しかし、それを支える体幹なくば、

戦場で生き残る事は叶わぬ。


 そして同時に思ったのだ。

「ここに若様を、お連れしてはならない」

あの方は女の敵だ。


 あの奔放な下半身が、この美女たちを前に、何をしでかすかなど、わかったものではない。

 それさえなけば、強くて聡明な、良き主君と言えるのだが。


    (『ドルテ卿昔語り』より抜粋)

2024/07/11 全面改稿 剣士隊の隊長の名を「ジョン」から「コージ」に変更

地理的な条件を一部変更し加筆。

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