ドルテの受難
話が長引き1万字を越えたため、分割しました
残党の反乱まで話が届かなかったので、タイトルを「ドルテの受難」に変更します
*1.ニキータ *
「もっと大人にならなきゃ」
俺はドルテを見るにつけ、そう思う事がしばしばあった。
しかし今はそんな悠長な事を言っている場合ではない。うかうかしてると、いつ誰に攻め込まれても、不思議ではないのだ。
ここにはもはや、お館様もツァラストも、俺に指示する者は誰もいない。
俺は既に『大人』であり、ひとりの独立した騎士として、決断を迫られる立場にあった。
俺がこのミツマタの地を守り抜く上で欠かせないのは、他の騎士たちとの連携だ。
その相手を決める上で、無視できないのは、最大派閥のデパルト家であるのは間違いない。
しかし俺はこれまで、ここで繰り広げられている異民族との戦いに精一杯で、マッパラ伯爵家の家臣について、何も知らなかった。
砦に帰ってから数日後、俺はマリアの助言を仰ぐことにした。
マリアは、デパルト家の成立ちから、丁寧に教えてくれた。
「まず、マッパラ氏とタケイ氏は、同族に当たる事はご存知ですね」
「それは流石に知ってるよ。初代のなんとかいう王子の、たしか本妻の子孫がタケイ氏で、王子がこの地の伯爵だったころ現地の娘を孕ませたのがマッパラ氏だ」
「その現地の娘というのが、デパルト家の祖先になります。デパルト家は伯爵家が成立する以前から、この地に住んでいた豪族です。伯爵は赴任した当初、デパルト邸の離れにお住まいだったとかで、今もその建物がデパルト貴賓館の名で残っています」
「という事は、その頃の伯爵家は、デパルト家に間借りして暮らしてたって事か」
「そうなります。この地における表向きの顔は、王族の流れを汲むマッパラ氏ですが、それを現地で裏から支えたのはデパルト家。そういう間柄です」
「それで、現在の当主は誰なんだ?」
「現在の当主は、伯爵と共に出陣しており不在ですが、ジュリアーノの母親のニキータが伯都から戻ってすぐ、実権を握ったと聞いてます」
「どんな人なの?」
「年は確か、ジョセフィーヌ様とご一緒ですから、47才になるはず。性格は一言でいうなら猛女。頼りにならない亭主と息子の尻を叩き、次期伯爵の正妻として家中の人事を握っていたとか」
「息子はそんなにダメなのか」
「ご長男は、お父さま似で、病弱な上臆病。子種がないという噂もあります。年はもう30近いのかしら。お爺様も後継者としてはとっくに諦めたご様子で、今回の出陣も見送られました。ただご次男は、それはそれはニキータ様に良く似たお方で、勇猛果敢。今回の戦で手柄を立てさせ、伯爵家の後継者として足元を固めるはずだったと聞いております」
「だが長男だけが残されと」
「そこがニキータ様の最大の弱点ですね。ジュリアーノ様に伯爵を継がせたところで、お子がなければ、お家は続きません。そこを他の騎士家に突かれるのが、家中がまとまらない最大の原因です」
「もっとマシな奴はいねぇのかよ」
「そこは考えようではないでしょうか」
「というと」
「サクラ氏側からみれば、南部の統治に必要なのは、血筋が良いだけのマッパラ氏ではなく、実権を握るデパルト家と映るはずです。サクラ氏としては当然、自分の配下の褒美として、マッパラ伯爵の称号を与えたいと考えているはず。そしてその際には、デパルト家の協力が欠かせません。そういう意味では、デパルト家はどう転んでも安泰なのです」
「ジュリアーノはむしろ邪魔なのか?」
「そうとも言えます。デパルト家の方々の多くは、それをわかってるはずです。ただそれでは、ニキータ様が納得しません。ニキータ様は『領母』、つまり伯爵の母、という地位を得なければ、これまでの権力を維持できません。ですから彼女はデパルト家に乗り込んで、自分とジュリアーノから離反する動きがないか、常に目を光らせているのです」
「そのニキータと手を組んでも大丈夫なのか?」
「今一番大事なのは、領内が割れない事。そうですよね」
「そりゃそうだ」
「ジュリアーノ様は、残念ながら伯爵の器ではありません。ニキータ様がどんなに足掻こうと、無理なものは無理。ジュリアーノ様を今だけ仮の後継者と認めたところで、将来的に自分が伯爵になる芽は残ると、他の候補の方の目には映るはずです」
「今だけ仮の後継者か・・・ジュリアーノを担いで、時間稼ぎするんだな」
『そうです。財力のデパルト家と、武力のカサイ家が手を組んでしまえば、他の弱小勢力など、敵うはずありません。いま事を荒立てるより大人しくするのが、身の為というもの。ですからいま領内を割らないという点では、ジュリアーノ様を担ぐのが一番なのです」
「という事は、ニキータ様にすり寄って、ご機嫌を取ってくればくればいいんだな」
「殿が行くのは、お止めになったほうが・・・」
「えっ、なんで」
「これは女の勘なのですが」
「ほうほう」
「ニキータ様は、すり寄ってくる、見目麗しい男どもに、飽き飽きしてるはずです。殿が行ったところで、不信感しか持たれないと思います。ここはドルテを使者に立てられては如何かと」
「ドルテねぇ」
「ドルテなら、あの見た目ですし、しゃべり方もぶっきら棒。しかしながら、女心を掴む技は、なかなかのものかと」
「そんな訳ないだろう。あのドルテだぞ」
「でも、シェール様が居られますでしょう」
「あんなのマグレに決まってるだろう」
「そうでしょうか。シェール様から聞くところでは、馬で散策に出たところで、馬に乗っている間はあまり話しかけて来られないとか」
「そりゃそうだ、ドルテだもん」
「ですが、帰り際にボソッと、『今日は楽しかった。そなたの横にいるだけで俺は幸せなのだ。また来てくれるか』などと、顔を赤くして仰るそうですわ」
「クッサ。あいつマジでそんなこと言ってんの」
「本人も意図した訳ではないようですが、結果的に女心を鷲掴みに。わたしも殿からそんなお言葉を頂いてみたいものですわ」
「勘弁してくれよ、俺にそんな台詞いえる訳ないだろう。それよりマリア、その『殿』って呼び方やめてよ。むず痒くって仕方ないんだ」
「あら、わたしは以前から、公の席では『殿』とお呼びしてますのに」
「今は公の席でも何でもないじゃないか。でもいい事聞いたな。ドルテとシェール、そんなうまい事やってたんだ」
「あら、お気づきではなかったので」
「全然」
「ただドルテの方は『俺はまだ執事としては半人前、すまぬが結婚はまだ考えられんのだ』とかいってるらしいですわよ」
「あいわかった。そこは俺が『殿』として、どうにかしてやるぜ」
*2.ドルテ罠にはまる *
俺は早速ドルテ呼んで、デパルト家に差し向ける事にした。
すると驚いた事に、ドルテはニキータと、面識があるどころか、呼び出されてお茶を頂いた事まであるという。これは期待が持てそうだ。
俺なんてお茶どころか、廊下で会っても、ロクに挨拶さへしてもらえないのに。
女の勘は鋭い。
「殿、わたしは伯爵家執事殿のところへ、見習いに行ってたのですぞ」
「それは知ってるさ」
「伯爵夫人亡き後、伯爵家の奥を取り仕切っていたのはニキータ様。一方執事というのは官位こそ持たぬものの、伯爵家使用人の筆頭、邸内のすべてを司る立場。その執事とニキータ様が親しくない道理はありません。ニキータ様は頻繁にこちらを訪れては、やれ予算だ人事だと口を挟まれる代わりに、時には茶菓をお振舞いになるのです。その時はたまたま執事殿がおられず、わたしが饗を受けたまでの事」
たまたまねぇ、普通は執事がいなかったら、そのまま帰ると思うんだけどなぁ。ドルテが女からモテるというのは、あながち嘘じゃないかも。
ドルテが出発して数日後、ドルテの不在を知らないシェールが、案の定、砦を訪ねてきた。
俺が代わりに面会し、ドルテの不在を伝えると、シェールは明白に落胆の色をみせた。俺はそれに構わず、
「族長に伝えてほしい事があるのだが、聞いてはくれぬか」
と言って切り出した。
最初はこの地を取り巻く王国の情勢を説明から始め、
「まずは我々内部の結束を高める事が一番重要だ」
と繋ぎ、俺とジオール族の娘との間に政略結婚の話がある事を打ち明けた。その上で、
「族長殿におかれては、ドルテを高く評価されていると聞き及んでおります。ジオール族が領主と婚姻を結び、エルフ族が執事と婚姻では、格の面で何かと不都合があるやも知れません。が、ここはこの地の安寧の為、一族の誰かとドルテの婚姻を、ご一考賜れないかと、お伝え願えませんでしょうか」
シェールは途端に、喜色満面の笑みを浮かべ、
「仕方ありませんね。この地の安寧の為と申されては、後に引く訳に参りません。この話はわたくしから、必ず族長にお伝えし、絶対に実現させてみせます」
うん、シェールものすごい勢いで食いついてきた。
「ところでドルテ様は、このことをご存知で?」
そして、なぜだか急に気弱な声へと変わり、俺に聞いた。
「ドルテにはまだ何も伝えておりません。これはあくまで政略結婚。エルフ族と我々の結び付きを強めるためのもの。ドルテに否やはございませぬ」
「ホッホッホ、そうでしたわね。これはあくまで政略結婚、ドルテ様が預かり知らぬのも当然の事。これでドルテ様も、年貢に納め時という訳ですわ、ホホホホ」
誰もお前と結婚しろなんて、一言もいってないんだけどな。
シェールは高笑いを終えると、そのまますごい勢いで、エルフの里へと帰っていった。馬がスキップしてるように見えたのは、気のせいだろうか。
実のところ俺は非常に困っていたのだ。
ジオール族の娘ではなく、マリアの件だ。
マリアは「わたしもまだ結婚式あげてないのに」とつぶやいたと思ったら、花嫁2人による同時結婚式を言い出して聞かないのだ。祖父の伯爵様でも手を焼くマリアのわがままぶりを、俺にぶつけられては、ひとたまりもない。
両手に花ならまだしも、両手に花嫁なんて、聞いたこともないぞ。
そんな破廉恥な結婚式など挙げれる訳がない。そんな事をしてしまったら、マリアに一生頭が上がらなくなるのは確実だ。
悩んでる俺を尻目に、マリアはどんどん準備を進めはじめた。衣装に料理に招待客。
俺はもう諦めるしかなかった。
そこに降って湧いたのが、ドルテとシェールの結婚話。
この際ドルテも道ずれに・・・もとい、幸せのお裾分けだ。
見た目も派手だが、やる事なす事すべてが派手なシェールがいれば、俺への注目も、多少は薄まるというもの。ここは是非とも、花婿2人花嫁3人の結婚式へと、計画を改め、俺はその陰に埋もれてしまいたいものだ。
10日もせずに戻っていたのはシェールだ。ドルテはまだ戻らない。シェールはそれを確認すると
「族長は回りくどい話がお嫌いなのです。そこでわたくしは、ドルテ様からわたくしに、正式な求婚があったとだけお伝えし、了解を得て参りましたの。ドルテ様にはそこのところ、くれぐれもお間違いがないようお伝え下さいませ」
ゲッ、こいつマジか、やりやがったな。
確かにそういう話なら、族長だって断りはしないだろうけど。
それをドルテに伝える身にもなってほしいな。
待てよ、これはマリアの口から言わせればいいんだ。
ドルテは俺に逆らうというか、説教することがあっても、マリアに逆らったところは見たことがない。
これは良い事を思いついた。
俺は早速マリアを呼び出すと、これまでの経緯を説明した。
「さすがは殿。これは良い事をなさいました。ドルテには私からきっちり言い含めて差し上げますので、シェール様もご安心くださいませ」
ヨシ、これですべて片付いた。あとはドルテの冥福を祈るとしよう・・・合掌
だがこれで話が終わる訳、ないんだよなぁ~。
ふたりはキャピキャピと結婚式の話を進め、あっという間に式の日取りが決まった。5月20日。マリアのお腹は丁度安定期に入る時期で、ここを逃したくないという、マリアの希望に、シェールは深くうなずいた。
「善は急げと申します、早いに越したことなどありませんわ、ホホホホ」
と、いつも高笑いで答えた。
オイオイ、花婿のひとりは、自分が結婚する事さへ、まだ聞いてないのに。
俺はちょっとだけドルテが気の毒に思えた。
俺が席が外した後も、ふたりによる結婚式の相談はつづき、その日シェールはうちに泊まる事になった。もしかすると、ドルテが戻るまで、うちに居座る気かもしれない。
そして翌朝、恐らくは夜通し駆けてきたであろうドルテが、砦の門をくぐったという報告を受けた。ちょうど俺たち3人は朝食を食べていたところなので、連れだってドルテが待つ部屋へと向かった。
*3.ドルテの帰還 *
部屋に入ると、目の下に隈を作り、汗を拭っているドルテが目に入った。
「殿、おはようございます。えっ」
俺につづいて部屋に入ったシェールを見るなり、ドルテは凍りつき、目を見開いた。そして慌てて顔に手をやり、拭い去るように表情を戻すと、
「これはシェール様。こちらにお越しでしたか。お待たせして申し訳ございません」
というなり、俺に駆け寄ってきて、耳元でささやいた。
「殿、先にご報告があります。お人払いを」
「シェールなら構わんさ、エルフ族は我々の同盟者、身内も同然ではないか」
「そうは申しましても、ことは伯爵家の秘密にかかわる事」
「いいから報告を始めて。なにか不測の事態でもあった?」
ドルテはしばらく思案げに立ち尽くすと、俺ではなくシェールに向かって話はじめた。
「シェール様、先に申し上げて置きますが、わたしとニキータ様の間には、誓って何もございません。どうかこれだけは、信じてください」
はぁ?
それを先に言わなければならないような事が、起こったとでもいうのか?
振り返ると、シェールとマリアも、揃って怪訝な表情を浮かべている。
なんか知らんけど、面白い事になりそうだ。俺はにんまりしながら続きを待った。
「向こうに付くと、早速ニキータ様がお出ましになられ、最初は大変厳しい顔をなさっておられました。しかしながら、殿からの書状をご覧になるとすぐに、『ふう~』と大きなため息をおつきになりまして、みるみる内に安堵の表情を浮かべられ、
『カサイの支援が受けれるとは、思ってもいなかったわ。てっきりサクラについたものとばかり。でもこれでジュリアーノも安泰。ドルテそうなのね。あなたが口添えしてくれたのね』
そう仰いました。そしてわたしのすぐ目の前までお越しになり、涙を浮かべながら、わたしの手をお取りになったのです」
なんか出だしから、すごい展開だぞ。それにしても、ドルテの口添えって、なんの事だ?
俺が黙って聞いていると、マリアが合いの手をいれた。
「ドルテすごいじゃないの。大手柄だわ。ドルテがそこまで気に入られてるなんて、わたしも想像してなかったわ」
ドルテはその後も淡々と報告を続けた。
「それからすぐに、新しい伯爵家の執事だという若い男をお呼びになり、
『これはあなたの弟弟子よ、クリスと呼んであげて。しっかり指導して立派な執事に育ててほしいの。さぁクリス、ご挨拶なさい。それが終わったらすぐに宴会の支度よ』そう仰い・・・」
「ちょっと待って、まさかあのクリス様じゃないでしょうね」
マリアが口を挟んだ。
「そうです。あのクリス様です。殿はご存知ないでしょうが、伯爵の弟の孫にあたる方です」
「ニキータ様もやるわね。あぁ、クリスはね、分家の『イヌイ』って家の跡取りなの。それを人質に取った上、使用人として使うなんて、さすがだわ」
「へぇ~、それでどんな男なんだ?」
「年は確か16。いかにも武闘派イヌイの息子って感じよ。でかくて丈夫。そんなに気は回らないけど、細目に動くし、裏表がないの、ジュリアーノ様につけるなら、護衛兼任で丁度いいかもしれないわ」
「そのやんごとなきクリス様を、ドルテがご指導ねぇ」
「そこが問題なのです。そのあと宴の席に移ってから、ニキータ様は
『このままここに残り、わたしを支えてはくれないか』と」
「はぁ?」
「その上、わたしめを、夜の席にも伴いたいと」
さすがの俺も驚いた。シェールなんか瞳孔が開きっ放しだ。
「もちろん断りました。それはもうきっぱり断りましたので、ご安心下さいシェール様」
うん、ドルテは俺に報告してるはずなのに、俺なんか目に入ってないぞ。
「しかし、その後もニキータ様は、わたしにしな垂れかかったまま、御酒をお飲みになり、そのままお眠りなさいまして、結局わたしがニキータ様を抱えて、寝室までお運びする役となりまして」
「きゃ~、お姫様抱っこじゃないの、ドルテったらやるじゃない」
「わたしもまだ、された事ないのに」
えっ、ふたりしてツッコむとこ、そこなの?
「改めて申し上げます。わたしは天地神明に誓い、ニキータ様には指一本触れてません。いやその、身体には触れましたが、あくまで運んだだけで、それ以上なにも致しておりません」
「よかったじゃないシェール様。あなたの旦那様は身持ちが固いようよ。誰かさんと違って」
おいドルテ、余計なこと言うなよ、また俺に火の粉が飛んで来たじゃないか。
「あの奥様、いまなんと仰られましたか」
ドルテは気が付いたようだ。
「あら、そうだったわ。わたしドルテに伝える事があったの。今いいかしら、良く聞いてね」
マリアはそこで大きく息を吸い、一気に話し始めた。
「ドルテ、あなたとシェールの婚姻が整いました。これはエルフ族との政略結婚です。あなたに断る権利はありません。わかりましたか・・・なんて無粋な事はいわないわよ。ドルテがシェールとの結婚を断る訳ないですもの。おめでとう、ドルテ、幸せになるのよ。ほらほらシェール様も泣かないの。シェール様を幸せにしてあげるのよ、わかったわね、ドルテ」
ドルテは口を大きく開けて、パクパクさせてやがる。
そんなドルテの胸をめがけて、シェールはすかさず飛び込んでいった。
次回「残党の反乱」
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次の更新は、7月31日の予定です