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群雄

*1.戦いの行方 *


 出撃は、日が完全に昇り、辺りが十分明るくなるのを、待って行われた。

 ツァラストは突拍子もない事を始める割には、いつも冷静で、その行動は手堅いと言っていい。


 2月の山中は寒く、融け残った雪が見え、足元はところどころ凍り、ところどころ泥濘(ぬかる)んでいた。その中を俺たちは、昨日ドルテたちが残した踏み跡を頼りに、ゆっくりと進んだ。陽射を浴びた身体は次第に温まり、馬の動きも悪くない。


 しばらく進むと海が見え、カンベの湊と街並みを見下ろす高台に出た。ここは東西に細長く伸びた敵陣のどてっ腹。街の中心にある本陣から一番近い場所だ。予想通り街の周囲には、柵が巡らされていた。しかしその内側に人影はなく、静まり返っている。東西でつづく戦いの音が、かすかに響いていた。


 まもなくドルテたちの姿が見えた。柵の一点に取りつくと、力任せに引き抜き、一気に押し倒す。俺たちは馬の脚を速めると、出来たばかりの隙間を抜け、街になだれ込んだ。そしてそこら中の建物に、片っ端から火を付けると、鬨の声をあげ、建物から出てきて逃げまどう人々を追い立てた。


 街に騎士の姿はなく、俺たちの行く手を阻む者すらない。徴募された農民兵なのか、あるいはここの住民なのか、数万と見られる夥しい群集が、あてもなく走り去ってゆく。やはり馬は速い、そして強い。敵の応援が駆けつける間もなく、街は火の海となり、混乱はどんどん広がっていく。


 やがて街から上がる火の手を合図に、東西からの総攻撃もはじまり、トリゴエから俺たちの後を追っていた歩兵たちも、続々と到着し始めた。そして、昼を過ぎた頃には、ほとんどの戦闘が終わった。


 


*2.手柄 *


 戦闘が終わると、周りの騎士たちの関心は、さっそく褒美へと移っていった。

 そりゃ、サクラの騎士たちは、片道2ヶ月もかけてやってきたのだ。それが何の為かと言えば

『褒美をもらう為』

以外何がある。そして褒美を決めるのは、何と言っても『手柄』だ。

 

 しかし俺とかツァラストは、手柄というか、手柄首そのものは持ってなかった。

『速さが重要な馬のりとして、それが当然だ』

そう俺は思っていた。馬からイチイチ下りて、敵の首を切り落とすなど、そんな面倒な事をしている暇などない。


 しかしそうは考えない者も多かった。

 逃げ惑う群集に入り混じる、名だたる騎士を探しては、わざわざその首を切り落とし、ご丁寧に持ち帰ってくる者もいた。

 いくら相手が強いと言っても、味方とはぐれ、散り散りとなった一人の騎士だ。大勢で取り囲んで首を獲るなど容易(たやす)い。


 さて、こうなると一番手柄を立てたのは、誰だろうか?


 サクラ軍の軍監 サイモン・ガルシアは、当然も如く『首』を重んじた。

 俺は初めから『そんなもんだろう』と思っていたし、元が馬引きだけに、誰の手柄だとかに興味が薄い。『味方が勝てればそれでヨシ』という考えもあった。

 しかしツァラストはそうではなかった。戦場での冷静な行動が嘘のように、サイモンに食って掛かった。


「これからは、馬の時代だ。馬を評価せずして、何を評価するのだ」


 その主張は、自分の手柄欲しさというよりは、一種の作戦論のような趣だった。

「馬に乗るのは難しい。ましてや血が飛び交い、火が燃え盛る戦場で、馬を冷静に操るのは、至難の業だ。騎兵を育てるには、時間も金もかかる。騎兵を増やすには、まず騎兵の評価を高め、優秀な人材を集めなければならない」

ツァラストはそう主張した。


 だがそれを聞いたサイモンは、ただただ怪訝そうな表情を浮かべていた。

『首も持たずに手柄など、こいつはいったい何をいってるんだ?』

そう顔に書いてあった。


 時代はツァラストに追いついてなかった。


 騎士の晴れ舞台は、依然として一騎打ちであり、そこで名のある敵を討ち取ってはじめて、強い騎士と認められ、褒美を得られるのだ。

 戦いの流れを決めたとか、そういう評価基準は存在しなかった。


 もちろん馬に乗った一騎打ちだってある。だがツァラストが言っているのは、そんな事ではない。

「馬は速さこそが重要であり、その機動力を以って、大勢を決するのに用いるべきだ。一人の敵に(こだわ)って、大局を見落とすのは、下策である」


 のちに聞くところによると、サイモンはヨハネス・サクラに告げ口するにまで及び

「ツァラスト様はすべての手柄を自分のもののように誇り、他の者を見下して居られる」

そう述べたらしい。


 確かにツァラストは、自分の手柄を誇り、サイモンの頑迷さを見下していた。

 だがそれは、彼の信条をそのまま述べた結果であり、そこに他意はなかった。


 ではサイモンが、悪意でツァラストを貶めたのか、というとそれもまた違う。

 サイモンをはじめ多くの人が、本気でそう感じていたのは、紛れもない事実だった。




*3.マリアとの再会 *


 戦闘も翌日には、総大将のノーマンが報告のため、北東部への帰路に着き、他の者も続々と帰り始めた。万を超える兵と捕虜は、ただそこにいるだけで兵糧を食いつぶすのだ。悠長にしてはいられない。

 一方、ツァラストは『ヨハネスの代理人』として、王都へ入るようにと指示を受けた。

俺も王都に向かうのかと思いきや、

「すぐにマッパラ伯領へ向かってくれ、伯都のリチャードがうまくやれてないようだ」

と告げられた。


 向こうの様子は、見なくとも検討がつく。

 ブランカ様の命に従い、伯都を明け渡し、食糧を供出する準備をしていたら、いきなりツァラストが兵を連れて、乗り込んできたのだ。

 留守居役の老人どもが、「これでは話が違う」とゴネだすのは必定だった。


 俺が伯都に連れて来られた時、伯爵邸にはヨハネスたちの姿しかなかった。という事は、あの気位の高い老人どもを、屋敷から追い出したか、どこかに閉じ込めたか。いずれにせよロクなことにはなってない。


 マリアの事も気になっていた俺は、いい機会だと思い、ヨハネスの指示通り伯領へ急いだ。但し伯都は素通りし、最初に向かったのは、ミツマタの砦だ。まずは情報を集めない事には、身動きが取れない。俺は伯爵家の人間から見れば、サクラに寝返った裏切り者、迂闊に伯都なんか歩いていたら、殺される可能性もある。


 俺は砦への道をまっすぐに進み、伯領内に入っとてからは、家臣の家は避け、『馬引きの里』と繋がりの深い家を選んで泊まるようにした。公用の帰りなので、本来なら騎士の家はなど自由に泊まっていいはずだった。

 逃げ隠れしながらミツマタを目指す俺の足取りは、次第に重くなっていった。

 マリアは、祖父に弓を引いた俺を、どう思っているのだろうか?


 やっとの思いで砦に辿りついた俺は、門の前で逡巡するしかなかった。


「殿、よくぞ、ご無事で・・・」


 折よく館の外にいたマリアが、涙で言葉には詰まらせながら、駆け寄ってきた。

 その姿は確かに、俺の帰還を喜んでくれていた。

 俺はマリアを抱擁しすると、そのまま砦の奥へと進み、人払いをした。


「すまなかった」

 俺は、何がすまなかったか言わぬまま、マリアに詫びを入れた。

「どうか謝らないで下さい。わたしはあなたを信じています」

マリアはそうきっぱりと言った。


「伯爵様やお館様に恩義があることは重々承知している。だが知っての通り、俺の生まれた『馬引きの里』は、国父様やジョセフィーヌ様と近しい関係にある」


 マリアは言葉を遮った。

「それ以上は仰らないで、わかっています。お館様だって『自分の道を往け』と言ってたではありませんか。あなたは自分の道を往き、そして勝ったのです。わたしはいつだってあなたと共にあります」


「・・・」 

 俺はありがたくて、言葉に詰まった。


「それよりもあなた。わたしのお腹には赤ちゃんがいるのよ」

 俺は一瞬、時が止まった気がした。それから少し遅れて、じわじわと喜びが込み上げてきた。


「今3か月ですって、9月には生まれるのよ。もうどうしたの? その顔、うれしくないのかしら、ちょっとあなた、しっかりして下さいよ」


 女性というのは尊いものだ。どんな時も逞しく、次の時代の(かて)を産み出してくれる。

 マリアさへいれば大丈夫、そんな気がした。

 

 俺たちはしばらくの間、子どもの名前とか、将来の話に花を咲かせた。

 マリアは、お館様もいつかきっとお戻りになり、またいつもの日常が帰ってくる事を固く信じていた。


 幸いにも、伯爵は高齢のため前線には出ず、カンベの沖の船の上で、幼い国王(タケイ派)のお守をしていたらしい。お館様もその護衛として船にいたようだ。合戦の直前に書かれた文がこちらに届いていた。


 俺は裏切り者と呼ばれようと、いや裏切り者だからこそ、サクラ氏とタケイ氏、双方に絆があり、双方の内情を知ることができる。これをもっと活かせば、マリアや領民のために出来ることが、まだまだあるように思えた。




*4.ショーの提案 その1 *


 その後、俺とマリアは久しぶりに、二人きりの食事を楽しんだ。

 そしてそこへショーが早速訪ねてきた。

 俺たちは場所を変え、ショーにマリアとドルテを加えた4人で、相談をはじめた。


「お前がこれくらいで死ぬ訳ないと思ってたが、予想を上回るしぶとさだな。上出来上出来、特にサクラに付いたのはいい判断だ」


 口火を切ったのはショーだった。いきなり始まった他人事のような台詞に、俺は少しムッとした。


「まぁそう睨みなさんな。こっちも、頼みにしてた『馬引きの里』があのザマだし、上客のタケイ氏は逃げられるしで、大変だったんだ。お前が帰ってきて助かったぜ。どうにか立て直してくれない事には、ニッチもサッチもいかねぇのさ」


 清々しいほど他人事で、俺任せな話だった。だが考えてみれば、王国民同士の争いに対し、ジオール族である彼にできる事は、恐らく何もなかったのだ。俺が動いて事態を打開する以外、方法はないのだ。


「隊商はどうなってる」

「『馬引きの里』があれではどうにもならん。途中の渡しじゃ舟の手配がつかんし、その先の馬の手配もつかん。おまけにお前らが抑えていた賊どもが、勝手に暴れ出してやがる。街道筋はどこも賊だらけだ」


「タケイの兵士じゃ役不足か」

「連中は王都の食糧を掻き集めるのに精一杯さ。あちこちの村に押し掛けては、食糧を根こそぎ奪っていきやがる。賊よりたちが悪いって評判だぜ」


 頭が痛くなっってきた。それならツァラストが俺を戻すのも納得だ。ショーは続けた、


「マッパラの家臣たちは、全員クビになったそうだ。連中は今無位無官の役立たずと思うだろ。ところが違うんだ。騎士だった頃の領地に舞い戻って、相変わらずの騎士様気取り。百姓から勝手に税を集めては、それを懐に入れ、いい暮らしをしてやがる。だがそれ以上は何もしねぇ」


「王都の連中は、それを許してるのか?」

「リチャード・イースラとかいう、伯爵代行を名乗る奴がいる事にはいる。だが兵が少なすぎて話にならん。村にやってきたと思ったら、食糧を奪って、次の村に行くだけだ。マッパラの家臣どもはそれをやり過ごして戻ってくる」


「百姓にしたら、全員賊と一緒じゃねぇかよ」

「ほう、お前の口からそれが聞けるとは、世の中も変わるもんだぜ」


「言って置くが、俺は身内の物を奪ったことなど、ただの一度だってないからな」

「そんなお前に頼みがある」


「どうせロクな事じゃないんだろ」

「人の台詞を盗るんじゃねえよ」


「まずは『馬引きの里』をどうにかしてほしい」

「馬だけなら、ベンの親父が生き残ってるし、そのうちどうにかするはずだ。だがそれだけじゃないんだよな」


「その通りだ」

「賊の方が問題か。そっちは王都の警備隊と渡りをつけた上で、賊の連中に俺たちと、どっちが上か分からせないとなんねぇな」


「問題は王都の警備隊だな」

「そうだ、あそこはタケイ派の牙城だったからな。いまは空っぽも同然だ。次に誰が隊長になるのか見極めないと、下手な動きはできねぇ。ただ、その辺の鍵を握るうちの里の首領とは、こないだ会ってきた」

「ほぉ、これまた幻の首領様が、ついにお出ましか」


「トッティーって野郎だった」

「あの野郎、まだ生きてやがったか。噂じゃ『神のお告げがあった』とか言って、ヘルマンの軍に勝手に突っ込んで死んだ事になってるぜ」


「その野郎がツァラストの横にいて、俺を紹介しやがった、包帯お化けだったが、一応足はあった」

「それでお前が、ツァラストの配下にされたって訳か。話が見えたぜ。ところでそのツァラストってのは、どんな野郎だった?」


「一言でいうなら超人かな」

「お前の口から超人ねぇ、相当な手練れなのか?」


「馬の扱いで勝てないと思ったのは初めてだな。それに弁も立つ。ドルテはどう思う?」

「超人には違いないかも知れませんが、なんというか苦手です」

「ふん、お前が苦手なんて、珍しいじゃねぇか、こいつとかマリオとか、曲者には慣れてるだろう」


 俺が曲者とか一言多いんだよ、まったく。


「あの方は、自分に出来る事なら、誰にでも出来るとお考えなんですよ。あんなこと誰にでも出来る訳ないんですって。そこが理解できないのでしょうね」


「いるいるそういう奴、出来る奴にありがちなこった」

 ショーが、鼻で笑っているのを見ながら、ドルテはつづけた。


「おまけに出来ない奴には、理詰めで来るんです。どうして出来ない? あれはやったか、こっちは試したか。鬱陶しいったらありませんよ。それも年上だろうが、誰だろうがお構いなし。年上の部下を持つなら、もう少し気を使わないと、あれでは誰もついてこれませんよ」


「聞いたかフィル坊、年上の部下には、もっと気を使えだとよ」


 なんか知らんが火の粉が降ってきたぞ。俺は話を切り替えた。


「とにかくトッティーに会った事で、色々合点がいったよ。俺たちが何をしても捕まらなかったのも当然さ。警備隊の隊長がこっちの首領なんだから。それにトッティーがツァラストの横にいるのは好都合だ。ツァラストは王都の治安を任されている。この先警備隊長に誰がなるにせよ、ツァラストか、その周りの連中になるのは間違いない。そこにトッティーが食い込んでいる以上、こっちの悪いようにはならないはずだ」


「時間をかければ、里が蘇る見込みはあるって事だな」

 ショーは頷いて、次の話題へと移った。



*5.ショーの提案 その2 *


「ヨシ次の話だ。マッパラ伯領をどうにかしてくれ」

「どうにかしてくれと言われても、俺は伯爵でもなんでもないんだが」


 ここでショーはマリアに話を振ってきた。


「マリアさんよ、この前の話はどうなった」

「連判状の件ですか」

「なにそれ?」


「マッパラの旧家臣が一斉に蜂起して、サクラの馬鹿どもを追い出そうとか書いてありましたよ」

「その連判状がうちに回ってきたの?」


「うちにというか、わたし個人宛てです。伯爵の孫として、あなたを追い出して旗頭になれと」

「はぁ?」


 俺の想像を越えるバカさ加減だ、まったく理解不能。それを今頃になって平然と話すマリアも理解不能だが。台所にデカい蜘蛛が出た時でも、もう少し騒いでた気がするぞ。


「ね、そうなるでしょう。そんな事したところで、どう考えたって、サクラの大軍を呼び寄せるだけなんです。『勝ち目があるなら考えますけど』と、一応言って置きましたが、そんなのある訳ないですよね。結局何も考えてないんです、あの人たちは」


「それで俺にどうしろと?」

「あなたには、王都やサクラ氏側との交渉をお願いしたいのです。わたしは引き続き、こちらの家臣を抑えます。ただ少数ならあえて暴発させて消えてもらった方が、あとあと楽かも知れませんね」


 うちのかみさんが怖すぎる。


「幸いな事に、伯爵様もお館様もご健在ですので、今は雌伏の時というだけで、多くの者の動きは抑えられています。この先フィリップ様がまた盛り返せば、こちらに有利な条件で和平となる可能性も、ない訳ではないでしょう」


 マリアはそう言って、にっこりと笑った。

 そこ笑うとこなの?


「いずれにせよ、この周辺にお住いになられる元騎士の方々だけは、しっかりと抑えるつもりです。先方としても、殿とサクラの関係はよくお分かりですし、こちらの強さも十分に承知しておられます。ですから、あのリチャードとかいう役立たずが、こちらに来られないようにさへして頂ければ、当家の周り安寧は、暫くの間なら充分に保てます」


 マリアを敵に回してはいけない。俺は改めて思った。元々回す気などないけどさ。




*6.ショーの提案 その3 *


「マリアさんよ~、殿がドン引きしてるぜ」

 余計な事をいうな、ショーのくそったれ。


「それで、このタイミングで言うのもなんだが、もう一つの件、本当によろしいので?」

 あれ、ショーの兄貴まで、マリアの機嫌を伺ってるぞ。


「わたしは構わないと、この前もお伝えしましたでしょう」

 二人で示し合わせて一体何の話だ、ヤな予感しかしない。


「フィルお前に、うちの族長を引き受けてもらいたい」


「はぁ?」

「この先、王都で新しい顧客を切り開こうにも、俺たちにはサクラとの繋がりがない。それどころかタケイのシンパと見做されている。その点お前は別格だ。元々国父派という印象が強い上に、今はツァラストの子分だ。サクラに食い込んでいくには十分だ」


「俺に隊商の営業でもしろと」

「その必要はない。お前を新しい族長に据え、『生まれ変わったジオール族』として、俺たちが挨拶に回る。お前は何もしなくていい」


「それなら特に問題なさそうだけど、さっきからの不穏な空気は何?」

「族長を引き受けてもらうにあたり、お前に先代族長の妹を(めと)ってもらいたい」

「はぁ?」


「あなたもそう仰らずに、まずは話だけでも。これはまたとない縁談なのです。遊牧民の族長に、王国民が就いたことなど、かつて一度でもありましたか。ないでしょう。もしこれが実現できれば、あなたの領主としての地盤は、盤石なものになるはずです。これを逃す手はありません」


 それくらいの理屈なら、俺にだって分かるさ。でもなんでマリアが乗り気なの? 

 でも、それをここで言う訳には行かないよな。他に気になる事もあるし、俺はそっちを先に聞いた。


「今の族長はどうする気だ」


「族長はまだ幼すぎる。まだあと10年は、族長といってもお飾りのままだ。その間の繋ぎをお前に頼むという事で、こっちの長老衆とは、話がついている。族長は次期族長へと一時的に格下げとはなるが、現状と大きく変わる訳ではない。それにお前は良くも悪くも部外者だ。一族の象徴としての今の族長の立場は不変と言っていい。ただし、族長の地位をお前が次にいつ譲るのか、あるいは譲らないかは、お前の腹一つで決めていい」


「う~ん」

あまりの急な話に、俺は唸るしかなかった。




*7.群雄割拠? *


 婚姻の話は一旦保留とした上で、俺たちはその後も、この地を取り巻く情勢について、協議を重ねた。そこで見えてきた事は、俺の想像をはるかに越える、情勢の複雑さだった。


 旧マッパラ家中は、大きく分けると、強硬派と穏健派に分かれていた。


 強硬派は、タケイ氏の復権に期待し、サクラ氏への抵抗を主張している。むろん玉砕覚悟だ。

 ただ数としては少数派だ。


 騎士の大半は、土着の農家出身といえる。勢力のある家の優秀な子を、伯爵が選んで召し抱えた者たちだ。そういう騎士たちにとって最も重要なのは、自分の領地の安全であり、伯爵家の事など、ある意味二の次なのだ。

 強硬派の面子は、伯爵家そのものと縁が深い者か、王都や伯都でタケイ氏絡みの利権を持つ者に限られる。


 一方穏健派はいうまでもなく、土着の農家を基盤としている。

 ただこいつらは、数が多いだけで、一枚岩ではなかった。


 伯爵は出陣に当たり、自分の息子や孫たちの大半を連れて出ていた。

 一方で伯爵の娘や孫娘は、全員こちらに残っていたし、男の孫の中でも、年端のいかない若い者や、病弱で戦場にでられない者も、5人ほどこちらに残っている。そいつらは、自分の嫁ぎ先か、母方の実家などに身を寄せているって話だ。


 そして穏健派の中でも、一番勢力が強いとされるのがデパルト家。ここには伯爵の長男の長男であるジュリアーノが身を寄せている。ジュリアーノの母親がデパルト家の出であり、マハラ盆地の南部を基盤としている。王都に近いことから、サクラ氏と敵対すれば、最初に犠牲になるのは彼らだ。しかも残された中では、一番正統な後継者を抱えている。ここは何としても和平を再開し、ジュリアーノに伯爵を継がせ、お家再興を図りたいと考えるのが当たり前だ。


 しかし当然ながら、伯爵の後継を狙うのは、彼一人ではない。どの騎士の家も、自分と一番繋がりの深い者を伯爵に据えようと、虎視眈々なのだ。


 そして数多い伯爵の子孫の中で、抜きん出て優秀と言われていたのが、うちのマリアだ。

 彼女は、伯爵家から見れば外孫であり、後継者には近いとは言えず、本人にもその気はない。しかしカサイの家自体は、遊牧民と直接対峙することから、昔から精強な兵を持つことで知られ、ここに来て俺やジオール族という新たな戦力まで加わっている。


 強硬派から、穏健派の弱小勢力まで、マリアの支持を受ける事に、期待を寄せていた。

 しかもマリアには、俺という手駒がある。国父との和平を探る連中には、最適なのだ。


 これは旧マッパラ伯領という、極めて狭い範囲の、まさにコップの中の嵐にすぎない。

 しかしその中では、官位を失い国王や伯爵の統制から離れた元騎士たちが、勝手に独立し、自らの利益を求めて蠢いていた。

次回「残党の反乱」


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

次の更新は、7月26日を予定しています

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