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裏切り

*1.御曹司 *


 お館様が帰ると、入れ違いに、伯都から使者がやってきた。


「ツァラスト殿が、その方に会いたがっている。伯都までご同行せよ」


 使者は見た事もない奴で、恐らくはサクラ軍の騎士だ。ツァラストという名も初めて聞いた。


 俺は兵士に前後を固められ、罪人のように追い立てられた。

 かなり急ぎらしく、カサイからは馬車に詰め込まれ、夜通し止まることなく伯都へ向かった。


 翌朝、伯爵邸に着くと、俺はそのまま、本館の中庭に座らされた。

 ここは、身分の低い者が、伯爵と拝謁するときに使う場所だ。


 相手の身分は相当高い。

 一体誰が来た。


 本館の奥から、人の話声と足音が近づいてくると、俺は頭を抑えつけられ、平伏させられた。


「ツァラスト・サクラだ。そちが『妖怪どもの秘蔵っ子』か?」


 第一声からして、訳が分からない。

 だが声が若い。おそらく相手は、サクラ家の御曹司かなんかだ。

 ところで『妖怪どもの秘蔵っ子』とは、なんの事だ、もしかして俺のことか?


「恐れながら『妖怪どもの秘蔵っ子』とは、わたくしの事でしょうか」


「他に誰がいよう。面白い事をいう奴じゃ。馬引きの里のフィルとはその方であろう?」

 面白いのはそっちだろ、と思ったが言わなかった。


「確かにフィルは、わたくしにございます」

「では間違いない、トッティ―も、大変誉めておったぞ」


 トッティーだぁ~

 俺は自分の血が逆流し、顔色が変わるのを感じた。それでもなんとか心を鎮め、平伏したまま、声だけは平静を装い、


「トッティ―様とは、幼少の折、何度かお見かけした程度の面識しかなく・・・」


「自分の里の首領の名を知らぬと申すか?」

「はぁぁぁ???」


 うん、ヤッチマッタぜ。完全に変な声が漏れた。


「御曹司様、里の者は年寄以外、わたしの名は知らぬと、申したではありませんか」


 この声はトッティーなのか?

 野郎こんなとこに居やがった。


「それはすまなんだ。知らぬのも当然だな。顔をみればわかるであろう、面をあげよ」


 いや顔を見たって、首領かどうかなんて、わかんねぇし、

ともかく俺は言われた通り、静かに顔を上げた。


 正面に見えた若い男。背格好は俺と同じくらい。年の頃は24・5か、俺より少し年上に見える。人好きしそうな笑顔を浮かべ、上品な服を着ている。如何にも御曹司って雰囲気だ。


 そして、その斜め後ろ、副官の立つ位置にいる男。間違いなくトッティーだ。怪我をしてるのか、あちこち包帯でぐるぐる巻きだが、隙間から見えるあの目。間違いない。


 俺は怒りを通り越して、訳がわからなくなっていた。いつの間にか開いてた口を、慌てて閉じたくらいには、絶賛大混乱中だ。


「ほぉ、なかなか可愛い顔をしてるではないか。国父様の秘蔵っ子とは、そっちの意味か?」

「御曹司様、それはあまりな言いようで」

「すまんすまん、怒るなトッティー。冗談じゃ」


 ???


「それはさて置き話を進めようではないか。知っての通り、俺はヨハネスの弟だ」

 いや知らんがな。


「この度、ヘルマン捕縛とタケイ氏討伐の命を受け、こちらに参った」

 それはわかる。


「ところが、俺はまだこの年だし、しばらく山奥に潜んでいたせいで、部下と言える者がいない。とりあえずは、ジョセフィーヌ様の紹介で、このトッティーを配下に迎える事ができた。しかしまだまだ足りん」


 でた、またジョセフィーヌ様かよ。首領はあの妖怪に弱いって話だし、もしかして本当に首領なのか?


「そこでお前だ。トッティーの話だと、里の秘蔵っ子と呼ばれる若い者が、飢饉を逃れ、マッパラ伯爵に預けられているそうだが、ちがうか?」

「秘蔵っ子かどうか分かりませんが、それは私の事のようです」


 なんとか冷静に返事が出来たぜ、自分を誉めてやりたい気分だ。


「そうであろう。そういう事で、フィル。俺について来い」

「ついて来いとは?」


「そのまんまだ。俺について来て、共に戦え」

「私はマッパラ伯の配下ですよ」


 いきなり何いい出すんだコイツ。俺は敵だぞ、敵。

 しかも、形だけといっても騎士だぞ、騎士。


「騎士は二君に仕えずとでも言う気かな? 安心しろ、お前が誓った相手は王様だ。王様は俺たちを支持している。フィリップこそが逆賊。それを討ち果たすのが、騎士の役目さ」

「・・・」


 全然安心できねぇ。それを人は裏切りって呼ぶんだ。

 裏切り者の騎士なんて、誰が相手にするもんか。

 そんな事したら、野垂れ死にするに決まってる。

 俺はダンマリを極めこんだ。


「お前は里の人間だろ。誰のおかげで大きくなった。あの里はジョセフィーヌ様の持ち物。院長はお飾り、仕切っていたのはトッティーだ。いいかよく考えろ。あの妖怪ババァが、西に付いた人間を許すと思うか。自分が秘蔵っ子と呼ばれてるからって、自惚(うぬぼ)れるなよ」


 俺は一気に頭が冷えた。

 それは間違えのない事だと確信できた。

 論より証拠、ジョセフィーヌ様は、王都に閉じ込められながらも、まだまだ健在。ヘルマンを逆に呼びつけては、「外がうるさい、飯がまずい」と叱りつけてるって話だ。これは里から上がってきた確実な情報だ。

 院長は首を切られたというのに。

 それだけ見ても、本当は誰が偉いかなんて明らかだろう。そしてジョセフィーヌ様が、大宰相を骨の髄まで嫌っていたのは、こうなる前から有名だった。


 俺に選択肢はない。自分が生き残りたければ、ジョセフィーヌ様に従うほかない。

 というより、俺は最初から、ジョセフィーヌ様の持ち物なんだ。

 マッパラ伯爵に預けられたのも、伯爵を信用してなのか、伯爵を探るためなのか、こうなっては、分ったものじゃない。


「わかりました。ジョセフィーヌ様に従わせて頂きます」

 俺は言い切った。

 これは俺の本心であり、ツァラストとかいう訳のわからん奴に対する、(ささ)やかな抵抗だった。




*2. 作戦 *


 「ふぅ~、なんとかなったようだな。切らずに済んでなによりだ。

 だがなフィル、お前が欲しかったのは本心だ。蛮族とまともにやり合える騎士なんて、他に誰がいるものか。

 それに馬だ。これからは馬の時代だぞ。のこのこ歩いて、切り合いなどしてる場合か。お前は馬が巧みだと聞く。期待してるぞ。

 さて、俺は一眠りさせてもらう。昨日ほとんど寝てないんだ。ヘルマンと一戦交えた後、直接こっちに来たからな」


 ツァラストって奴は、何でもない顔をして、サラリとすごい事をいう。


「ヘルマンはどうなりました?」

「気になるか? 奴には逃げられたが、もう兵は残ってない。あって2,3騎ってとこだ。今日中には片付いて、報告がくるんじゃないか。あぁそれからな、昼過ぎに軍議を開く、それには出てくれ。それじゃぁおやすみ~」


 そのあと俺は、改めて本館に通され、騎士の待遇を受ける事になり、水浴びをしてから、食事を頂いた。


 しかしなんだな、俺が庭に通されたのは、賊軍というか半ば罪人として

『言う事を聞かなきゃ首を刎ねる』

そういう心算(つもり)だったんだ。庭なら血が飛び散っても、お掃除簡単。危ねぇ、危ねぇ。


 

 午後からの軍議は、本館の大広間で開かれ、俺も末席に座った。

 主だった幹部10名程が揃いツァラストを待った。

 少し遅れてやってきたツァラストは、部屋に入るとすぐに話し始めた。


「この先の予定について説明する。まずリチャードは補給隊1000を連れ、王都に食糧を運んでくれ。ヤバい事になってる、急いでくれ。残りの2000はこのまま西に向かう。カンベの港にタケイ軍が陣を構えた。我々はここを襲う。」


 お館様が言った通りだ。


「ノーマン率いる本隊1万は、まもなく王都に入る。王都は食糧が厳しい、警備の3000だけを残し、主力は素通りしてカンベに向かう。ノーマンは数日間王都に滞在し、国父様と会談してから、追いかけてくるはずだ。

 カンベ攻撃は2月7日。これより詳細を説明する」


「連中は今、ヘルマンと和平交渉をしている。和平と言っても、ヘルマンが苦し紛れに勝手に始めたものだ。我々には関わりない。もっともヘルマンには今日明日中にも死んでもらうが」

 

 笑い声が起きた。これはサクラ氏流の冗談なのか?


「ヘルマンが死んでも、向こうにバレなきゃ問題ない。そしてバレた時の策も用意してある」

「その策とは?」

 幹部たちから、質問が飛んだ。


「国父様に、こっちとの『和平命じる書状』を出してもらう。タケイ軍とて馬鹿じゃない。今だってヘルマンを信用してるとは思えん。だがヘルマンは『和平命じる書状』を、国父様に無理やり書かせた。タケイ軍はそれを無視できず、今はカンベに留まっている。よって、こちらも同じものを用意すれば、連中はまた引っ掛かる」


 また笑い声が起きた。

『馬鹿じゃない』と言ったそばから、馬鹿にしてるじゃねぇか。


「敵の兵力は2万というところだ。大半は農民兵。敵は海から船で上陸しており『馬』はいない。だが柵を建て陣を構えているので『そこは問題ない』と考えているはずだ」


「こちらの兵力は5万と言いたいところだが、今掻き集めてるところだ。急な話だし、敵に悟られても拙い。俺の見立てじゃ、いいとこ2万。下手すりゃその半分」

「陣を引いた敵と同数以下とは、なかなか厳しいですな」


 幹部から不安の声が上がる。


「そこで作戦だ。まず敵を油断させる。和平を偽装だ。ここはいいな。その上で馬を使う」

「馬ですかい?」


「すでに説明した通り、敵には馬がない。また兵の大半は農民兵であり、練度も低い、槍衾を使える者など限れれている。馬を敵陣に入れる事さへ出来れば、連中に馬を止める手立てはない」

「して、どうやって馬を敵の中へ」


 そりゃそうだ、そこが一番聞きたいところだ。


「敵は、南を海、北を山に挟まれた場所に、東西に長細い陣を構え、守りを固めている」


「そこで最初は正面、東から攻める。敵の名のある騎士は、正面に集まり、名乗りを上げて、戦いを挑んでくるはずだ。そして裏、西の海岸からも、同様に攻める。但しここはどちらも守りが固く、数に劣る我々では勝つのは無理だ。これはあくまで、敵を引き付ける作戦だ」


 なるほど、なるほど。


「そして充分敵を引き付けたら、がら空きになった側面、北の山側から馬で突入する。こっちが本命だ」

「突入したあとは?」


「陣に入り込めば、こっちのもの。適当に走り回り、火でもつけてやれば、練度の低い農民兵どもは逃げ惑うはずだ。2万の群集が後ろで暴れ出してみろ、どんな騎士でも身動きなど取れまい。そして後ろに気を取られれば、前にはこっちの騎士がいる。あとは、海に落ちるか、踏みつぶされるか、騎士に討たれるか。天国でもどこでも好きな場所に行ってくれって奴だ」


 羊や牛でやった作戦を、今度は人間でやろうって魂胆か。えげつないねぇ。確かに逃げまどう動物の大群って意味じゃ、ヒトも羊も牛だって、一緒といえば一緒だ。どんな強い騎士でも手の打ちようがない事は、俺も経験済みだ。


 確かに兵力だけみれば、かなり無謀だ。

 しかし戦い方が、東の騎士と西の騎士とでは、まるで違う。

 お館様のいう通り、これは何が起こるか分からない。




*3.出陣 *


 作戦の決行は2月7日

 前日の6日には、国父様からの使者が、敵陣を訪れ『和平』を勧告、油断をさそう。


 出陣前、俺はミツマタ砦に急使を送り、配下の30人を丸ごと呼ぶことにした。

 カンベの北の山中に6日必着、現地集合。まだ14日ある。あとから追い駆けて十分間に合うだろう。


 俺たちは山中の敵の拠点を潰しながら進み、途中で歩兵1000と別れた。この歩兵は敵陣の裏門、西の海岸からの攻撃に回る。俺たちは騎兵50に歩兵1000だけとなって、6日に予定通り、集合地点であるカンベの北の山中に着き、ドルテたちと無事合流した。

 味方の騎兵は、新たに加わった29騎を合わせ、およそ80騎。ただドルテ隊の10名は騎兵とは言い難いから実質は70騎だ。ちなみにスレイプニルは砦に置いて来させた。あれが見つかると厄介だ。寄こせと言われても、渡すつもりはない。


 ここは『トリゴエ(鳥越)』と呼ばれ、山が辺りより一段低くなった窪地だ。渡り鳥が通り道として、山を越えていく場所なので、その名がついたという。

 

 お味方は、明日の夜明けと共に、正面の攻撃をはじめる。

 ここからカンベの敵陣までは、歩いて2時間ほどの距離だ。

 

 山中の道なき道を、夜間に行軍では危険すぎる。かといって、敵に近づきすぎても気づかれる。特に馬の鳴き声は、止める事ができない。

 そこで選ばれたのが、ここ『トリゴエ』

 地形的にもっとも通りやすく、時間も手頃、それでいて隠れやすい。

 俺たちは、馬と共にここで夜を明かし、明朝の出撃に備える。


 但しドルテ隊の10名は、馬から降ろし、日が暮れる前に先行させた。


 いきなり馬で突撃し、途中に柵があって、失敗ではまずい。

 事前に準備し、馬が通る直前、一気に撤去する必要がある。


 ドルテには、できるだけ敵陣の近くで、夜を明かすよう指示した。

 人間だけなら、茂みにでも潜んで、静かにしてれば大丈夫だ。


 ドルテたちの馬は、歩兵に引かせ、騎馬隊の後を追わせることにした。もともと足が速いとは言えない馬なので、騎馬隊の足手まといにならなくて丁度いい。

 

 ドルテたちを見送った俺らは、日が暮れる前に、干し飯(ほしいい)と干し肉を食べ、すぐに仮眠に入った。サクラ流と俺たち流が入り交ざった携帯食は、不思議な味だった。血が(たぎ)って眠れない奴らが、途中で起き出し、抜き合いとやらをしていたが、俺は何時でも何処でも、すぐに寝るのが得意技だ。


 翌朝、ツァラストはまだ暗いうちから、岩場の上に立って、東の空を睨んでいた。

「少し白んで来たか」


 そろそろ正面への攻撃が始まる頃だろうか。

 歩けば2時間ほどの、この道なき道を、馬は、どれほどの速さで駆け抜けるのか?

 出撃の頃合いが難しい。


 黒から青へ、青から白へ

 次第に移ろい行く空の色を、ツァラストはただじっと見続けていた。


次回「群雄」


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

次の更新は、7月24日を予定しています。

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