27話 俺は刺身に目がないのだ
宴の時間になった。
「さあさあ、こちらでございます」
「おおーっ!!」
俺が宴の会場である広場に到着すると、すでに多くの人が集まっていた。
俺とユーリは町長のあとについていく。
すると……
「ん? なんだ? この匂いは……」
食欲をそそる香りが漂ってきた。
さほど強い匂いではないが、どこか懐かしい。
これは……。
「お気づきになりましたか? カエデ殿のお口に合われるかわかりませんが……。この町自慢の刺身と醤油を用意しております。ぜひとも召し上がってくださいませ」
「おおっ!」
なんということだ。
まさかこの世界で刺身と醤油に出会えるとは思わなかった。
俺は感動する。
「刺身、つまりは生魚か!?」
「はい。ビッグ・ジョーがいなくなり、急ぎ漁に出て宴の分を確保したのです。明日以降に本格的な漁を再開する予定です」
「くうぅっ!!」
俺はよだれが垂れそうになる。
「やはり、生魚を食べるのは気が進まれませんか? 内陸部にお住まいの方は、新鮮な魚を食べる機会があまりないでしょうし……。焼き魚や海草なども用意しておりますので、無理なさらずとも……」
「違う! 逆だ。俺は刺身に目がないのだ。久しく食べていなかったので、思わず興奮してしまっただけだ!」
「ほっほう!! それは素晴らしいですな。では存分に堪能していってください」
「うむ。期待しているぞ」
俺たちは宴会場を進んでいく。
少し奥まったところのテーブルに案内された。
スペースも広い。
テーブルの四方と天井には幕があり、周囲からの視線を受けることもない。
ここなら、落ち着いて食べられそうだ。
「ふふふ。お気に召すといいのですが」
「期待させてもらおう」
「ええ。どうぞ、ごゆっくり」
町長は俺に一礼し、去っていった。
「ふうむ」
俺は椅子に腰かけ、宴の中心方向を見る。
なかなか豪華な宴だな。
「これは期待できそうじゃ。我も、海の幸を食べるのは久方ぶりじゃ」
ユーリがそう言う。
彼女は世界樹の精霊だ。
海よりも森に馴染みがあるだろうからな。
「ああ、そうだな」
と、そのとき、俺の魔力回路から動きを感じた。
これは……。
「出てきていいぞ。猫まる」
「にゃあん!」
虚空から猫まるが出現した。
普段は異空間に滞在しているのである。
俺が魔力を込めるとこの世界に顕現するイメージだ。
ただし、猫まる自身の意思でも現れることはできる。
先ほどまで姿を消していたのは、あくまで俺と猫まるの双方の同意による異空間に滞在していたに過ぎない。
俺が許可を出したので、遠慮なく出てきた格好だ。
「猫まるも食べるか」
「にゃあん」
「おう。よしよし。おいしそうな料理がたくさんあって目移りしてしまうな」
「にゃん」
「うむ。とりあえず、刺身をもらってくる」
「にゃ」
俺は立ち上がる。
この宴は、いわゆるバイキング形式のようだ。
席はやや奥まった落ち着いた場所を用意してもらったが、料理は自分たちで確保する感じだろう。
「ユーリは何にする?」
「うむ。カエデに任せる。いい感じの料理を適当に持ってきてくれ」
「わかった」
俺は素直に聞き入れる。
ユーリはグルメではないのだ。
そもそも、人間の食事情に詳しくないし。
そう考えると、俺の方が詳しいと言えるかもしれない。
俺はユーリと猫まるのために、バイキング形式で用意されている料理の方に歩き出した。