1話 白い空間
ふと気がつくと見知らぬ場所に立っていた。
「…………ここは?」
周囲を見回すが、やはり見覚えがない場所だ。
視界内には何もない。
ただ白い空間が広がっているだけである。
『こんにちは』
どこからともなく声が聞こえてきた。
「誰だ? どこにいる!?」
『私は女神です』
自称・女神の声はそう答えた。
「神様なんてこの世にはいないはずでは?」
『そう考える人は今の時代多いみたいですね。でも、実際に私がいるじゃないですか?』
「…………まあ確かにそうなのだけど」
謎の空間で話し掛けてくる謎の存在がいることは、認めざるを得ない。
『それであなたはご自身の状況を把握できていますか?』
「いや、わけがわからん。こんな、何もない白い空間で……」
『そうですよね。ご自身のお名前は思い出せますか?』
「ええっと。神無月楓だ」
『はい。正解です。よくできました』
自称女神がそう言う。
自分の名前ぐらいは言えて当然だと思うけど。
『いえ、そういうわけでもありませんよ。ここに来た人は、記憶の混濁が生じますから』
考えていることを読まれた!?
なぜだ?
『私が女神だからです。そろそろ、信じていただいてもよろしいのでは?』
確かに、考えを読まれてしまっては、彼女が超常の存在だということは信じざるを得ない。
この不思議な白い空間も謎だし。
「わかった。お前のことは信じよう。そして女神様というのであれば、さっそく教えろ。俺はどうしてここに来たんだ?」
『はい、それは……。特に理由はありません。とりあえず、あなたには私の世界に来てもらいたいんです!』
「嫌だ!」
俺はそう拒絶する。
『どうしてですか? 私の世界なら衣食住完備していますよ? それに娯楽だってあります』
「それでも嫌なものは嫌だ!」
『どうしてですか~?』
「俺はまだ死にたくない!!」
いきなり異世界に行って、死なない方がおかしい。
俺は平和な日本でぬくぬく暮らすのだ!
『大丈夫です。死ぬような目に遭うことはないと思いますよ。結構平和な世界ですし』
「それは外面だけで内情は違ったりするのではないか? 魔王とかドラゴンとかが人々を脅かしていたり。もしくは傲慢な王や貴族が民衆を苦しめていたり……」
『いいえ、違います。私の世界に悪人はあまりいません。善良な人々が暮らしています』
「嘘だっ!! だったらなんでわざわざ俺が異世界に行く必要がある!? なぜ俺が選ばれた!?」
『意図的に選んだのではなく、ランダムに選ばれた結果なのです。最高神様がサイコロを振るように決めているのです』
「なんだそりゃ。ありえない!」
『事実なのですから仕方ないです。さあ、もうすぐ時間切れになってしまいます。早く決断しないといけませんよ?』
「決断って……。だから、行かないと言っている!」
『そうですか。では、残念ですが魂を輪廻転生に戻しますね』
「ちょっと待ってくれ! 輪廻転生だと?」
『ええ。楓さんは、既に死んでおられますので。どの道、日本には帰れません』
俺は言葉を失う。
あまりにもひど過ぎるじゃないか。
「…………わかった。なら、その世界に行くことにする」
このまま自我を失い輪廻転生するよりはマシだろう。
『はい。それでは良い旅をお祈りいたします』
「…………」
『ああ、言い忘れていましたが、向こうの世界の言葉と文字は自動的にわかるようになっていますから、その辺は安心して下さいね』
「はあ!? いったいどうやって!?」
『それも女神パワーという奴です。では、行ってらっしゃいませっ!!』
そう言って、自称女神の声は聞こえなくなった。
…………どうしようもない。
「あのクソ女神め~~!」
思わず叫んでしまう。
そして、俺の意識は薄れていった。