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走っている男

作者: のりゆき

僕は走っていた。気がついたら走っていた。何故は知っているのだろうか?そんなことを思いながらも、走る足を止めずに走っている。誰かに追われているのだろうか? そんなことを考えてみても、後ろから誰かが追いかけてくる気配はない。そもそも僕は走るのが嫌いだ。スポーツの中でマラソンが一番大嫌いだ。なのに、マラソン大会では校内1位になった。始めてマラソン大会で1位になったのは、小学校4年生の時だ。それ以降高校卒業するまでずっと校内で1位の座を譲らなかった。高校の時は、インターハイにも出場することになってそこでも1位になった。全く、これっぽっちも嬉しくなかったが、嬉しいふりをして振舞った。インタビューで「走っている時は何を考えているんですか?」という、ある意味ベタな質問が来た。僕の本心は「走る時間を0.001秒でも早く終わらせたいから。走るが大嫌いなので」だ。でも、流石にこれを言ってしまったら白けてしまうし、いい気になってとかいろいろと嫉妬と批判が来るのが分かっていたから「美味しいステーキが食べたいな。なんて、よだれたらしながら走っていました」と少しユニークさを入れて答えた。大学には駅伝チームのある大学からスカウトがあり、H大学へ進んだ。なぜ、走るのが嫌いなのに、駅伝チームのある大学へ入学したのかというと、僕の大好きなアイドルユニット「まるマル〇子の丸山円」がお忍びで入学をしたという噂を聞いたからだった。そして、丸山円は箱根駅伝が大好きで、中学生の頃から毎年箱根駅伝を応援しにきている筋金入り。更に来年の箱根駅伝の公式箱根駅伝応援キャラクターに抜擢。なんとも心舞い踊ることが起きるのだろうと期待に胸を膨らませていた。

僕は丸山円に応援してもらえると思っただけでめまいがした。しかし、H大学は4年間間箱根駅伝に出場することは出来なかった。大学4年の時学生連合で箱根駅伝に出場することが決まった。しかし、運が悪く、「まるマル〇子」のブームは下火になり、公式応援キャラクターは違うやつになっていた。僕の箱根駅伝は、どうでもよくなっていた。本当にどうでもよくて、早く終わらせたい。ただそれを思って練習をしていた。

「お前、良く練習しているな。モチベーションが高い奴がいるチームの士気が高まるから」

キャプテンが僕の話掛けてきた。

「僕はモチベーション下げ下げで全然ですよ」

さらりと答えた。

「モチベーションが下がっているのに、何でそんなに練習する?」

「そりゃ、早く終わって欲しいからですよ。のろのろ走っていると、時間ものろのろ流れていくけど、速く走れば走る程、時間が高速で流れていくんです。そうすると、走る時間が短くなるんです。大嫌いな走る時間が短くなるんです」

「お前の言っていることがよく分からんな」

「えっ、そうですか? めちゃ簡単な理に適った理論だと思うけど」

「その気持ち分かるわー、なんだ、お前もその人種だったんだ」

話を聞いていた大村が頷きながら話に入ってきた。

「走る時間を短くするには?」

僕が大村とその他のチームメイトに聞いた。

キャプテン以外「速く走る」と答えた。

「じゃあ、君たちのライバルは?」

これもキャプテン以外「1秒先の時間」若しくは「1秒先の自分」と答えた。

キャプテンは口をポカーンと空けてしまった。

この事件がキッカケでチームの絆が強くなった。一体感が強くなった。学生連合の目標が決まった。目標:「箱根駅伝で走る時間を最小にする」

スローガン:「つまらない箱根駅伝を早く終わらせよう」

チームメイトは各々の大学で、この目標とスローガンを胸に抱えて練習に励んだ。そして、箱根駅伝の当日、学生連合は往路、復路全てにおいて記録を塗り替え完全優勝を果たした。

キャプテンは涙を流しながら喜んでいたが、僕を含むその他のチームメイトはレースが終わったら家に帰ってしまった。だから、優勝インタビューは復路の10区を走ったキャプテンしかいなかった。キャプテンがゴールした時、マネージャーの女のコと学校スタッフしかいなかったらしい。

自分の人生が走馬灯のように流れていった。

自分のゴールはどこだ! 人生のゴールはどこだ? 僕はなぜ走るのは止めない。考えても答えは出てこなかった。足を止めればいい。そうすれば走ることは終わる。しかし、僕は足の止め方が分からなかった。僕はどこへ向かっているのだ。どこへ進んでいるのだ。何故止まらない。

「なぜだーーーーーー」

走りながら大声で叫んだ。

無機質なだだっ広い空間に僕の叫び声は吸い込まれていった。改めて周りを見ると、まるでドラゴンボールの精神と時の部屋のような空間が広がっていた。僕は上を見上げた。空は白かったが、雲が見えた。雲を見ていると楽しかった。風も無いのに形を変えていく。誰かが雲という絵具で空に絵を描いているように思えた。ゆっくり動いているが確実に少しずつ形を変えていく。止まっていなかった。動いていた。空も雲も僕と同じように走っているのか? 僕はそう感じた。

「走れ、走れ、走れ」僕は自分を鼓舞した。雲に追いつけ、空に追いつけ。目標が出来、目印が出来た僕の心に何か光が差した気がした。走る時に、目印が出来ると俄然元気になる。速く走れる。僕の走るスピードは速くなった。どんどん速くなっていく。しかし、空にも雲にも近づく気配はない。同じ距離を保っていた。そんな時だった。自分の中でプチンと何かが切れる音がした。そして僕の足は止まった。

僕の耳に入ってくるクラクションの音と急ブレーキの音。タイヤが焦げて臭い。僕は右を見た。目の前にトラックが止まっていた。運転手が怒鳴り声を張り上げているのか、窓から上半身を乗り出して、何か言っている。僕の耳には静寂が広がっていた。

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