くろい鍵しっぽにゃんこはしあわせいっぱい
『ん~…そろそろおきますかにゃ~…』
まんまるに丸めてた体をぐぐーっと伸ばしながら、にゃふんと大あくびをすると、のそのそと起き上がる。するとまた、体を震わせながらぐぐーっと体を伸ばしてあくびをする。
いつも寝床にしている、壊れたニンゲンのお家から出ると、お空が水色からおれんじ色になっていて。あっちこっちから、ニンゲンのご飯の美味しい匂いが漂ってくる。
『おなかすいた~…わたしも早くごはん食べにいこ』
また、くわわ~っとあくびをすると、すたっ!と、塀の上に飛び乗った。
てちてちてち…
おれんじ色に染まる町を歩く。途中で紅梅の匂いをくんくん。いい匂いね~。
わたしを見つけたニンゲンたちがみな「かわいい」と言って足を止める。
ふふん♪わたし、かわいいでしょ?もっといいにゃさい。
かわいいと言ってくれたニンゲンには、サービスとしてわたしの自慢のしっぽをパタパタと振って見せつける。ニンゲンの世界ではわたしのしっぽを『鍵しっぽ』と言って、みんな褒めてくれる。だからこのしっぽは、わたしの自慢。
わたしが自慢げにしっぽをパタパタとさせてみせると、たくさんかわいいかわいいと言ってくれる。そして、パシャパシャと写真を撮る。
うつくしいわたしを写真におさめるのはいいわ。でもね。
「かわい~!」
そう言いながら、ニンゲンの男子がわたしを触ろうとする。
「フシャーッッ!!」
すると、わたしはその男子の手をパンッ!と叩く。写真は許すけど、ごはんもくれないニンゲンが、気安くわたしのことをなでようとするんじゃないわよ!礼儀がなってないわね!でも、爪は出さないわよ?爪は狩りの時とか、いざという時にしか使わないわよ。ニンゲンには所謂『ネコパンチ』だけでじゅうぶんよ!
すると男子はしょんぼりしながら歩いていく。
ふふん♪わたしに触れようなんて、何光年も早くってよ。あの最高においしいチ○ールを持ってきたら、ひと撫でくらいは考えてあげてもいいけどね。あれは本当においしいのよね~♪
てちてちてちと、塀の上を歩く。
そして。
『あ、いつものごはんのニンゲンだ♪』
ストンと、塀の上から降りて公園に走っていく。そこでは、いつものごはんをくれるニンゲンが猫たちにごはんをあげようとしていた。
「にゃ~ん♪」
わたしは、ごはんを持ってるそのニンゲンの足にスリスリする。
『んねぇ~わたしにいちばん、ごはんをいっぱいあげてね♡』
猫なで声でにゃーんと鳴いて、アピールする。こうすると、甘いニンゲンは少し多めにごはんをくれたりする。
ニンゲンはわたしたちの前にお皿を置くと、さりさりさりと、カリカリのごはんを入れる。ね?ほんの少しだけ、わたしのお皿のごはんが多いのわかる?ニンゲンは甘い顔するとすぐ喜ぶの。ちょろいのよ~♪
─って、ああ!ハチワレのおじいちゃんのお皿にごはんをちょっと足した!わたしちゃんと見てたからね!んん~…でも、ハチワレおじいちゃんは優しいから…許すっ!
ちょっとムスッとなったけど、ごはんを食べたらどうでもよくなる。本当はチュ○ルをおなかいっぱい食べたいけど…まあ、このカリカリとしたごはんもおいしいのよね。
『ふぅ~…おなかいっぱい♪』
次のごはんでいっぱいもらうために、ごはんをくれたニンゲンにスリスリして媚をうっておくと、ごはん後のグルーミング(毛繕い)をする。わたし以外の猫も、ごはん後はグルーミングをする。
この黒くて艶やかな毛をうつくしく保つためにも、グルーミングは大切だからね。
ごはんの後は公園を出て、また塀の上にひらり。
てちてちてち…と、塀の上を歩く。
ニンゲンのお家ばっか。
『大好きにゃ~♪』
ふと、そんな猫の声が聞こえてきて。塀の上から窓を覗いたら、キジトラ柄の猫がお腹を出しながら、ニンゲンに撫でられて嬉しそうにゴロゴロと喉をならしていた。
…なによ、ごはんの時間でもないのにタダで撫でられちゃって。それに、急所のおなかも堂々と見せて…プライドがないのかしら?オス猫としてそれはどうなの?
…でも、いいなぁ。
自慢の鍵しっぽをゆるやかに揺らしながら、窓の外からそのキジトラ柄の猫とニンゲンを見つめる。
おれんじ色の空が、だんだん黒くなっていく。
わたしはいつもの、ぼろぼろのお家に向かってとぼとぼと歩く─────…
その後、やさしいニンゲンのお家で、ごはんをいっぱいもらって、愛情いっぱいに可愛がられることになるのは、もう少し先のおはなし♪