第一章06 知恵の悪魔
マパの教会は、木でできている。死者は棺に入れられ、教会の中で、司祭たちにより祈りを捧げられる。家族も一緒に教会の中に入るが、家族でない者は教会の外で踊ったり歌ったり楽器を演奏したりする。これがエミリノラ教の追悼の仕方だ。
小雨で肌寒い。私は歌う人々の間で、立ち尽くしていた。歌を覚えていないのもあるが、歌う気にはなれなかった。
クラークスはその朝、いつまでも起きてこなかった。リス家族の妹ちゃんが起こしに行くと、眠るように死んでいた。
「フォルストから来た人に会ったぞ。」
クラークスが死ぬ2日前、私は彼に会っていた。
「大丈夫なの?シントー様が心配していたけれど。」
「平気さ。年に一回くらい、迷いの森で道をまちがえて、こっちの国に来てしまう人がいるんだ。だから、迷いの森のすぐそこに住んでいる俺たちはよくフォルストの人に会うんだ。」
得意げに鼻を鳴らすクラークス。今でも、すぐそこにいるかのように鮮明に思い出せる。
「年に一回なんて、全然多くないのに自慢しちゃって。ところで、今回会った人はどんな人だったの?」
何か、不安がよぎり、私は質問した。
「フォルストの人はな、エミに似ているんだぜ。髪の毛の色はちがうけどな。そんで、食べ物をくれた。とても美味しいらしいから、今度ゆっくり食うんだ。楽しみだなあ。」
その食べ物を、家族みんなで食べたところ、クラークスだけが死んだ。おじいちゃんも体調不良を起こしたらしい。お母さん、お父さん、妹ちゃんは平気だった。
どうして?
私の頭は知りたがった。だが、今は調べる気にはなれなかった。ただただ悲しみにくれることしかできない。
歌、演奏、踊りが止まった。教会からリスの家族と司祭に運ばれて、クラークスが墓地へ向かう。棺ごと土に埋められ、木の苗を植える。一人ひとり、その木に対して、お別れの言葉を話していく。
私は元の世界の言葉で
「さようなら。」
と言った。
クラークスに背を向けると、妹ちゃんが立っていた。
「あなたのせいじゃないの?」
私の胸ぐらをつかむ。
「悪魔が死を連れてきたんでしょ!お兄ちゃんを返して!返してよ!!」
叫ぶ妹ちゃんに、私は何もできない。
周りの人に慰められながら、リスの家族は家へ帰っていった。雨が強くなる。気付くと傍にシントー様が立っていた。
「濡れますよ。」
「そうだな。」
「風邪ひきますよ。」
「そうだな。」
「私は悪魔ですから。あなたを殺すかもしれません。」
シントー様の無言に、思わず顔を見てしまった。
「殺す前に、悪魔の知識を私にくれ。」
真面目な顔でそんなことを言うシントー様に、私は腹が立ってしまった。
「どうしてですか!私はちんけな小娘ですよ!友人の死でもう何もする気が起きなくなってしまうような、無様な生き物です!どうして、私にそんなことを言うのですか!」
涙がぼろぼろ出てくる。鼻水も止められない。しばらく無言だったシントー様は、
「お前の知識で、死を減らすことができるかもしれないからだ。」
滔々と語り始めた。
「私はトゥーンヤーの王だ。王は国を守るものだ。国は民だ。私は民を守らなくてはいけない。お前が悪魔であろうと構わない。お前の知識を話すのだ。それで民を救えるかどうかは、私が判断しよう。お前は話せばよい。さあ、何が望みだ。何を与えれば、お前は私に知識を授けてくれるのだ。お前が破滅を望むのならば、私の破滅を誓おう。その代わりに、この国に繁栄をもたらしておくれ。」
雨の音も聞こえなくなった。どうしてだろう。さっきまで悲しみに暮れていたはずだ。さっきまでぶしつけな王に腹を立てていたはずだ。しかし、今は。
「それでは、あなたの知恵を私に語りなさい。この国の知恵を私に語りなさい。この世界の知恵を私に語りなさい。知恵です。私は知恵を求めます。そうすれば、ライオンの王、あなたによりよい国を作るための知識を渡しましょう。私は知恵の悪魔よ。トゥーンヤーの王、シントーよ。私の知識を使いこなしなさい。私も、友が簡単に死ぬ世界では生きたくない。みんなから蔑まれるのは嫌。何度も何度も考えるから、どうすればよいのか悩むから、お願い。私に、あなたの知っていることを教えて。」
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