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第一章05 悪魔としての役目

「おい、悪魔。」

2年間も過ごしていれば、自分のあだ名が「悪魔」を意味するものだと分かってくる。

「なによリス野郎。」

「がはは。今日は肥料づくりをする。お前は家の方で、風呂やらの準備をしてくれ。」

「分かったわ。」


リスの家族の長男のクラークスは私に軽口をたたく。この家族は私にいろいろなことを質問してきた。肥料の作り方だとか、枝切りの仕方だとか、収穫の時期だとか。おじいちゃんは、以前クラークスに教えた受粉の仕方について、イライラしていたらしい。

「満月の夜に、一輪だけ取って、お祈りとともに決まった動きでやらないといけないんだ。」

って。昔ながらの習わしを知らなかったので、ついつい気軽に教えてしまったのはよくなかった。おじいちゃんに謝ると、すぐ許してくれた。そのときは本当に安心した。それからは聞かれたことだけ答えるようにしている。リスの家族はやたらと聞いてくるけれども。


ぶどうのジャムを作っていると、シントー様がやって来た。

「面積ごとのぶどうの収穫量は、前年と比べてどのくらいだ?」

「そんなに変わりません。まだ、実が多く、大きくなるように、木が変わっているところです。」

だんだん、シントー様が聞いてくることも理解してきた。ただ、こちらの世界の単位が元の世界とちがうので、なかなか答えることが難しい。しかし、リスの家族と一緒に果実を育てているときは果実のことを質問してくるし、羊の家族と放牧しているときは放牧のことを質問してくる。だから、何を言っているのか、少しずつ分かってきた。でも、この日はちがった。

「迷いの森からフォルストの民がやってくると思うか?」

「ごめんなさい。なんて言いましたか?フォルスト?」

「ああ、フォルストだ。隣の森林の国をフォルストと言う。」

国の防衛のことを質問された。驚いた。そんなの、

「私は、他の国のことを知りませんから、分かりません。」

に決まっているだろう。しかし、シントー様は私のその回答の何が気に入ったのか、ニッと大きく口を横にのばし、微笑んだ。

「では、今度教えてやろう。お前は悪魔だ。悪魔の知識を私におくれ。」

初めてそんなことを言われた。びっくりしてしばらく固まってしまった。

「悪魔ですか。確かに、皆さんとは姿形が異なりますが、特別な知識をもっているわけではありませんよ。」

「いいや、お前は、お前の世界のことを知っている。そのように、別の世界の知識をもっているから、悪魔なのだ。」

「えっ、そうだったんですか。」

「なんだ、知らなかったのか。」

「エミリノラ教の物語に出てくる、人々をだまして悪に陥れるものを悪魔と呼びますよね?」

「そうだ。召喚されたものは病とともにやってくる。そうして、人々を困らせる。だから悪魔と呼ばれるようになったのだ。」

悪魔という言葉にはそういう意味もあったのか。クラークスがからかっているのかと思って、ぶっきらぼうな言葉で返してしまっていた。

「今まで、農業の悪魔や魔法の悪魔などがこの国にやってきた。お前は何の悪魔なのだ?」

シントー様は、私に何ができるのかと聞いているのだろうと思う。私には何ができるのだろう。

「分かりません。」

素直に答えるしかないだろう。

「私はここで生きることでせいいっぱいです。聞かれたことは答えますが、分からないことも多いです。」

シントー様はほおを赤らめるほどにっこり笑った。このよく分からない笑みは気味が悪いのでやめてほしい。


その日はくさい男衆を手厚く待遇した。そのままお家に泊まらせてもらった。横になりながら思考を広げる。シントー様は私に期待している。でも、私はただの小娘だ。生き残るのでせいいっぱいだ。


あれ。もしかして、シントー様から「こいつ使えないな。」という判断をされたら、この国で生活できなくなるとかある?勘弁してほしい。なにかしら、「私は有力ですよ!」というアピールをしないといけないのか。困る。どうしたらよいだろうか。


答えはでず、夜風に当たるために外に出た。切り株に腰かけ、涼んでいると、クラークスがやってきた。

「どうした。眠れないのか。」

「ええ。クラークスこそどうしたの。」

「鼻の奥にきついにおいがまだ残っているようで、全然眠れないんだよ。明日はのんびり昼寝させてもらおう。」

くすくす笑っていると、クラークスは神妙な顔をして、

「しかし、この方法を教えてくれてありがとう。果物たちと一緒に暮らしていれば、果物が喜んでいることが分かる。あなたのおかげで助かっている。」

と言ってきた。

「やめてよ。そんなことを言われたくて手伝っているわけじゃあない。それに、昨年から変わっていないわよ。まだ。」

「そうだ。まだ、なんだ。変わってきていることは分かる。」

「うーん。」

こそばゆい。こんなに改まってお礼を言われるのは初めてだ。そんなに大したことはしていないのに。

『別の世界の知識をもっているから、悪魔なのだ。』『悪魔の知識を私におくれ。』

そうか。シントー様が言っていたのはこういうことなのか。分かることを伝えるだけで、みんなの役に立つのかもしれない。高校生になっても漏らしたり、独りぼっちになってしまって生きるのでもう手一杯だったりするけれども、これだけで私はみんなと生きていけるのかもしれない。

「こちらこそありがとう。少し気が晴れたわ。」

「そいつはよかった。これからもよろしくな。」

「ええ。もっと、前の世界のことを思い出すわ。」

クラークスと2人で笑い合った。その日はよく眠れた。




その1週間後、クラークスは死んだ。

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