第一章22 訪問
草原の国、トゥーンヤー。この国は、獅子の一族が統一している。
昔、トゥーンヤーはルハボンの属国だった。「初めの戦争」でルハボンに攻め入られたトゥーンヤーは、多くの犠牲を出した。しかし、トゥーンヤーの王族は死ななかった。ルハボンは、トゥーンヤーの人々ののんびりとした気質と、それをまとめあげた王族の国家運営事情を知り、トゥーンヤーに手を入れるつもりはなかったようだ。
ルハボンは、トゥーンヤーからフォルストに攻め入ろうと考えていたらしい。ルハボンはトゥーンヤーの王都をフォルスとのすぐ近くに遷都するよう、促した。そこまで準備したが、フォルストとトゥーンヤーの国境にある迷いの森は突破できなかった。次第にルハボンはフォルスト侵攻をあきらめるようになった。この辺りの事情は、ルハボンの博物館に残っている。
戦争の最前線に立たされ、着々と力を付けたトゥーンヤーで獅子の一族が立ち上がった。ルハボンに反旗をひるがえし、トゥーンヤーの立国を宣言したのである。もちろんルハボンはその動きを押さえ込もうとした。しかし、当時ルハボンでは内戦が起こっていた。また、獅子の一族には優れた密偵がいたようで、他の三国にすぐ連絡できる手筈を整えていた。ルハボンは最後の悪あがきとしてトゥーンヤーに攻め入ろうとした。それを察した獅子の一族は、トゥーンヤーとルハボンの国境に長城を建てていた。結果、「二度目の戦争」は起こらなかった。
今は、ルハボンとの国境近くのヌンの街と、王都を獅子の一族が統べている。
平穏な時代は長く続かなかった。世代交代が上手くいかなかったのだ。侵略は行われなかったが、暗殺や政治的なおとしめ合いが行われる「三度目の戦争」が発生した。これにより、多くの親類がいた獅子の一族は、「ライオンの一族」「虎の一族」「ヒョウの一族」以外は没落してしまう。ライオンの一族は民を統べる。虎の一族は武を統べる。ヒョウの一族は政を統べる。三つの一族が各々の仕事をし、互いを監視し合うことで、トゥーンヤーは平穏を手に入れた。
しかし、小競り合いは発生している。ライオンの一族の長男であるシントー王子は、トゥーンヤーにおいて絶対的な人気を掌握していた。様々な街をまわり、様々な人と触れ合う彼は、「身近な存在」として民に理解されたらしい。しかし、それは前王の「偉大な存在」とは異なった。そのため、ヒョウの一族の長男であるスダオから反感を買ってしまう。スダオはシントー王子反対の過激派閥と組み、悪魔を召喚した。
「と、言うのが私が分かっていることよ。」
目を輝かせながら聞いていた猿に似た長髪の少女は大袈裟に両手を叩いた。
「そうだったのね!すごい!ありがとう!」
この少女はいったい何歳なのだろうか。あまりに動作が子供らしい。それとも、これが悪魔らしい所作なのだろうか。この知恵の悪魔以外に悪魔に会ったことがないから分からない。
そもそも、この館に入ってきたときから、奇天烈だった。玄関のロビーで私が読書をしていると、
「わあ!シントー様、大きい館ですね。これはどのような建造方法で作られたのでしょうか!私、トゥーンヤーの建造技術についてーーー」
と、甲高い黄色い声が遠くから聞こえてきた。壁越しでも聞こえるのだから、大声である。シントー様や、ルハボン人、オセアノ人の少年を連れて少女は館のドアを開けた。途端に床にはいつくばったのである。
「これはわらが敷かれているのかしら。いや、わらというよりあしかもしれないわ。その間にたけすをしいて、さらに木の板をしくのね。どうしてこのような造りをしているのかしらーーー」
何かぶつぶつ言っている。怖かった。
「知恵の悪魔よ。まずは部屋に荷物を置いてこよう。その後、知りたいことを調べような。」
子供をあやすかのようにシントー王子が床の少女に話しかけた。「あれが知恵の悪魔!?」と驚いたが、よくよく考えてみればあの仕草こそ知恵の悪魔らしいと言えるのかもしれない。
「はい!いやー、部屋も興味津々であります!」
知恵の悪魔は、すべての動きがオーバーだった。べらべらと同行者に話し掛け、同行者からは微笑まれながらうなずかれ、飛び跳ねるように部屋に向かっていった。あまりのことに、少しその場でほうけてしまった。
「ねえねえ!天使のお姉さん!」
知恵の悪魔に、話し掛けられた。
「天使ではないわ。私は、ピサテよ。どうしたの、知恵の悪魔。」
「ややや!どうして私のことを知っているので!?」
「この館に入ってくるとき、シントー様があなたのことをそう呼んでいたのだもの。」
知恵の悪魔は納得したように、手を顎に添え、うなずいた。
「ピサテさんはどこの国の人?」
「私は金の国、ゾルト出身よ。トゥーンヤーから見れば、フォルストの向こう側の国ね。」
知恵の悪魔は手を細かく動かし始めた。癖だろうか。
「それが知りたいことだったの?」
「あっ、もしよければなんだけどさ。草原の国トゥーンヤーのことを細かく知りたくて。」
「聞くのは私でよいの?」
「うん。シントー様たちは私に内緒のことが多いんだ。それに、ピサテさん、物書きでしょ?そういうの詳しいんじゃない?」
私は目を見開いた。
「どうして、私が物書きだと思ったの?」
「お姉さん、手が羽でしょ。小さい体、大きな胸。もしかしたら飛べるのかもしれない体格をしている。でも、そう考えると、あなたの足が変なの。右足だけ太い。よく見ると、右足の指にたこができている。あなたが座っている席には、大切に使っていそうな鉛筆とノート。鉛筆もノートもなかなかめずらしいよね。だからきっとあなたは、文字を書く仕事をしているんじゃないかと思ったの。」
さすがは知恵の悪魔だと思った。
「その通りよ。なかなかおもしろいことをしてくれたから、私が知っていること、教えてあげる。」
大喜びする少女に話したのが、前述したことである。
「そっかー。ふーん。」
知恵の悪魔は悩み始めた。意外な反応だ。「〇〇はどうしてーーー」と新しいことを聞いてくるとかではないのか。
「それじゃあきっとこれから大変なことが起こるね。」
なんか不吉なことを言い始めたぞこいつ。




