第一章14 月が浮かぶ窓際で
「誘拐されたところから、何があったのか説明しろ。」
しかめっ面の獅子頭から言い寄られた。
私は今お祭りの主役として騒いできたのだ。疲れているので早く休みたいが、とてもとても言い出せそうにない。
「話す。話すから、水を一杯飲んでもいいかな?」
一息ついて周りを見渡した。スアさんと奥さんも近くで心配そうな顔をしている。さて、どこまで話すべきだろうか。
「まず、ルハボン人の家に招かれたんだ。だからお誘いに乗ったのよ。」
薄ら笑いを浮かべる私を、みんなが白けながら見ている。これが嘘だとバレバレであることは分かっている。でも構わない。この嘘の意図をみんな見抜いてくれる。賢い人たちだ。
『知恵の悪魔は、ルハボン人の情状酌量を望んでいる。』
「ルハボン人の家で話を聞いた。なかなか苦労しているみたいだよ。私は彼らの生活習慣や文化といったことを教えてもらった。だから、知恵を授けたんだ。」
「どんな知恵を?」
奥さんは頭を抱えながら尋ねてきた。一番この人が私のことを心配しただろう。なんせ、目の前でいなくなってしまったのだから。申し訳ない。後で謝っておこう。
「靴を一緒に作りましょう、って提案したの。」
例えば、ハンセン病は日本でも昔から「らい」と呼称されており、現在も途上国を中心に患者がいる病気だ。ハンセン病は「らい菌」によって起こる。らい菌はちょうど人の体温ぐらいの温度のとき、皮膚を侵す。末梢神経にも影響し、患者は自覚が難しい。治療の基本はらい菌を排除することだ。
「近くに硬い草が生えてたのでね。子供たちと一緒に摘んできて、たくさん作ったんだ。」
スアさんの眉毛が動いた。トゥーンヤーでは靴はほぼ皮で出来ている。そのため、「草の靴」に興味をもったのだろう。聞いてきたら教えてあげよう。
「んで、靴を作ってるときに、ルハボンの人々の歌がとても素敵なことに気付いてね。それをヌンの人々が聴く機会はないのか尋ねたんだよね。」
「まあ、滅多にないだろうな。」
スアさんが渋い顔をしながら口を開いた。差別意識は根深いものだ。残念ながら、互いのよさを知らないまま、接しようともしないことだろう。このままでは。
「だから、聴かせるためにパレードを開こうと言ったのさ。」
「どうしてそうなった。」
シントー様からのツッコミはスルーさせてもらう。
「ルハボンの人々はノリのよい人達でね。私は主導しながら街へとやってきたわけだよ。」
深々とお辞儀をして、話の終わりを告げた。みんな苦々しい顔をしている。こちらだって悩んで悩んでこうなったのだ。全体を見ると、どうしてこうなったのだと思われるかもしれないが、その場その場で一番よいと思った判断をしたつもりだ。
「まずは伝えておこう。」
シントー様が私の手をつかんだ。
「お前が無事でよかった、知恵の悪魔よ。」
その言葉を聞いて、どっと疲れがあふれてきた。いつ死んでもおかしくないという恐怖。その恐怖にあらがうために、自分で自分を興奮させていた。それが無くなったいま、急に涙があふれてきた。私もシントー様の手をにぎり返して、しばらく泣かせてもらった。
この後、ルハボンの家で出会った老人は、知恵の悪魔誘拐の首謀者として断罪される。きっと、あの家で出会った人々の中で何らかの話合いがあったのだろう。私の望む結果にならなかったが、仕方がない。
知恵の悪魔は毛無しびいきであるという噂が流れる。私がヌン地方に来るたびに、ルハボン人に会いに行くことも影響しているだろう。
そして、ルハボン人は今後もヌンの街を歩き回りながら音楽を演奏する祭りを催す。この祭りはヌン地方の名物行事となっていくことになる。




