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第一章09 交渉

ヌン地方におけるトップの人は、頭が虎だった。


「はじめまして、知恵の悪魔。私はスア。この地に繁栄をもたらしてくれると聞いた。よろしく頼もう。」


口は笑っているが、目が笑っていない。ように思える。

初めて会うから、私が緊張しているのかもしれない。

相手が肉食獣だから、警戒しているのかもしれない。

今からする提案が受け入れられるか分からず、気分が落ち込んでいるのかもしれない。

事実と推測は分けて考えるべきだ。


「ヌンでは、米粉から麺をつくるの。知恵の悪魔はこちらに来るのが初めて聞いたので、ご用意したわ。お口に合うかしら?」

スアさんの奥さんも虎だった。

「いただきます。」

ゆっくり口に運ぶ。鶏がら出汁に、魚醤で味をととのえている。檸檬に似た柑橘で風味も加えた、さっぱりとしているがコクのある料理だった。

「おいしいです。」

「よかったわ。」

奥さんは満面の笑みで、

「あなたのような悪魔に料理の味が分かるか、心配だったの。」

そう言った。


敵意があるのかもしれない。それでも、

「今回、シントー様が知恵の悪魔を同席させたということは、そいつから何か提案があるのだろう?」

私は提案した。

「はい。ヌンの人々にが学ぶことのできる施設を準備しましょう。」

「断る。」


即断即決に驚いた。

「民をまとめあげるのに必要なのはなんだと思う?立場の違いを分からせることさ。」

スアさんの口から滔々と垂れる言葉に

「文字が読み書きでき、スピーチがしっかりでき、全体を把握している者が上に立つ。他のものはどれもできなくてよいのだ。」

納得もした。しかし、

「それでは『足の呪い』が解けません。」

『足の呪い』、山や森が近くにあるヌン地方では、そう呼ばれる足の感覚がなくなってしまう症状がある。ヌン地方のことを事前にシントー様に聞いたときに、教えてもらった。

「どうやって、『足の呪い』を解こうというのだ、知恵の悪魔。」

スアさんの目が光った。私が彼の興味関心を引いたことを示していた。

「私には分かりません。」


「何を言いたいのか、分からないわ。きちんと説明して。」

奥さんは笑顔をくずさない。

「私は悪魔です。あなたたちとは違う。あなたたちのことはあなたたちが一番分かっています。だから、たくさんの人材が必要なのです。上に立つ人間も必要です。『足の呪い』を解こうとする人間も必要です。もちろん、勉強したくない人間も必要です。大切なのは学ぶ機会を与えること。どの人間が新たな知恵を得るか、神にしか分からないのですから。」

一気に言い切る。

「ふむ、言いたいことは分かった。それで、どこで、誰に、何を教えるのかな?」

スアさんの笑みが意地悪いように見える。こちらを試しているのではないか。

「まず、どこで、という質問への答えです。エミリノラ教団に協力を求めましょう。」

エミリノラ教団は毎週、教会で祈ることを信者に求めている。そのときに子どもに教育を、という提案をした。

「すべての子供たちに、読み書きを教えましょう。そうすれば、経典を読み書きできる人が増えると知れば、エミリノラ教団の人々も協力してくれるでしょう。」

「なるほど。それで足の呪いが解けるとは思わないのだが、どうつながるんだ?」

こちらを見下すような笑みは続く。

「おそらくなんですが、『足の呪い』はビタミンなどの栄養不足か、ハンセン病などの細菌による病気です。」

目を見開く虎の2人。

「私のような悪魔の世界ではそう判断されるだろうな、と思うのです。しかし、詳しく学んでいない私には分からない。あなたたちが、調べなくてはいけない。調べられる人材が生まれる種を蒔きましょう、と私は言っているのです。」

少し悩む様子を見せ、

「それは、毛無しも同じように教育を受けさせよう、と言っているの?」

奥さんは口を開いた。


毛無しは隣国、ルハボン人のことだ。トカゲのような鱗に皮膚が覆われた人々。昔、ルハボンで内戦が起こったときにトゥーンヤーにやってきたのだ。ヌン地方に多く住んでおり、危ない仕事を請け負っていることが多い。そして、彼らは、下賎な民として、差別のような扱いを受けているのだ。


「彼らが望むのなら。」

本当なら、教育を受けさせた方がよいと思う。しかし、大切なのはヌンの人々が物事を進めていくことだ。私一人で何もかもができるわけではない。たくさんの人に協力してもらわないといけない。


ふう、と一息ついて、シントー様は語り出した。

「いつまで試すつもりだ。やっかいな虎め。」

きょとんとすると、2人の虎は笑い出した。

「ごめんなさいね。なかなか面白い話だったわ。」

「試すと言っても、知恵の悪魔の話をもっと聞きたがっていただけなのだがね。」

くすくすと笑う。

「今の話、この2人が反対することはないよ。」

シントー様はほほえみながら声を掛けてくれた。

「だって、エミリノラ教団がやってくれるのでしょう?私たちがやめさせることはできないわ。」

そうだったのか。思ったよりエミリノラ教団はこの国に根強い人気をもっているらしい。

「こっちが金と時間をかけるのなら難しいと思うがな。ヌン地方は人数が多いだけに、統制が大変なのだ。」

彼が言っていた民をどのようにまとめ上げるかは、まだ伝えていないのだが、

「不安な顔をしているな。大丈夫。スアは理解しているよ。スアは自身が賢いのを分かっている。そのうえで私の下で働いていることも分かっている。民が賢くなれば、民度がよくなることが分かっている。」

「うーん、最後はそうとは限りませんが、まあ大まかに言えばそのとおりです。」

大きな口で笑う男性陣。なんか、気に食わないなあ。


「私がこの地方の教育に関しては進めましょう。でも、一つ気に食わないことがあるわ。」

奥さんは真剣な顔をした。

「今の話、知恵の悪魔、あなたの幸せが入ってないわ。ダメよ。あなたにも利があるように話さないと、相手が『どうしてこいつはこんなによくしてくれるのだろう。何を企んでいるのだろう。』と感じてしまうわ。」

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