7
『花言葉は愛を紡ぐ』それが今私が生きる世界。
このゲームではモブキャラと言う存在であるパンジーに転生した『私』はゲームの物語を改めて思い出す。これから物語は本当に始まってしまう。
いずれはリリアも学校に通うこととなり、この物語の中に居なくてはいけなくなる。
いずれはヒロインとも、そしてアイローズとも関わるかもしれない。
そうした時、物語に強く引っ張られ、リリアばかりかカイやリクにまで不幸が訪れるなんてあってはならない。彼らはただ平穏に暮らしているのだ。
特にカイやリクは本来なら巻き込まれるなんてありえないとても良い子たちだ。
パンジーの子供たちは特に何もしていないのだから守ってみせなければ申し訳がない。
物語がせめて何か守れるヒントにでもならないだろうか。
剣と魔法が存在するファンタジーな世界観で、精霊に愛されたヒロインと見目麗しい男性たちとの美しい恋物語が展開される王道な乙女ゲーム。
ヒロインは精霊に愛された少女。
名前は付けられるけれど、確かデフォルトでは『ステラ』と言われていた…はず…。
ほんの少し裕福な子爵家で平穏に暮らしていたが、馬車の事故で両親を失う。
幼いヒロインの穏やかな暮らしはあっという間に崩れ去る。
子爵家夫妻のいなくなった家にやって来たのは叔父夫婦とその子供たち。
爵位を継げなかったがこれ幸いと家に我が物顔で上がり込み、ヒロインから何もかも奪い取る。
子爵令嬢としての暮らしを取り上げ、使用人として働かせる暴挙に出たのだ。
そんな辛い目にもヒロインはめげない。
精霊たちと協力しながら、いつかきっと幸せになれると信じて過ごしていた。
そんなある日、ヒロインは青い顔をした幼い少年に出会う。
急に体調が悪くなった少年は今にも倒れそうな程に苦しそうだった。
少年を放ってはおけなかったヒロインは精霊たちに手伝ってもらい、少年を救う。
苦しみから解放された少年は『天使様のよう』と感謝を伝えた。
ここで出会う少年こそが少女を暗い日々から救う鍵となる。
少年はヒロインを救う男爵の息子で名前はショウ。
攻略キャラの一人であり、純真さと腹黒さの絶妙なバランスが人気だ。
友人の推しだったからよぉく知っている。
幼いころから患っていた病気をたった一日で消して見せた力を持つヒロインを男爵は養女にしたいと、子爵家に持ち掛けた。
どうせいつかは処分しようとしていた叔父夫婦は提示された金額に目がくらみ、その話に乗る。
お金の為に売られたのだと笑われ、馬鹿にされながら追い出されたヒロインは男爵の元へと送られる。
しかし、そこは子爵家とは比べ物にならない豪華な邸であり、ヒロインを待っていたのは優しい養父母と美しい義弟。
ヒロインは男爵令嬢として、そして類まれな才能が見つかる前に保護されたのだ。
ヒロインはそこからは裕福な男爵令嬢として何不自由なく過ごし、そして学園に入学して愛の物語が始まるのだ……とこんな感じの導入だった。
学園に入学してからは、光魔法の使い手で第一王子のアスター、闇魔法の研究に没頭するあまりに不審な目で見られる生真面目なレン、騎士の家に生まれた正義感の強いイオと出会い、更なる愛の物語が始まる。
このゲーム、普通にしていればクリアは簡単なのだ。
婚約者が確定されているアスターはちょっと難易度があがるだけで他は候補な為にそれ程問題は起きない。普通に会話して、好きそうなものを選べばすぐに各キャラとエンディングを迎えられる。
ゲームとしてプレイすれば、余程天邪鬼じゃなければバッドエンドのろくでなし第二王子の愛妾エンドなんて事にはならない程とても優しいつくりになっている。
だが、ここはもうゲームではない。
選択肢から選ぶなんて簡単な事ではない。
目の前にいるのはゲーム中のキャラじゃなく、生きている人間。
ご丁寧に選択肢なんてでないから自分の言葉で伝えなくてはならない。
ロードもセーブももちろんない。
間違えたから、怒らせたからと、やり直す事はできない。
それは周りの人だって同じだ。
通り過ぎる人も、この世界にいるたった一人の人間。
恐らくゲームでなら関わることのない人たちともここでは上手く付き合わねばならない。
攻略キャラだけと会話して、いい感じの選択肢を選べばいい世界ではない。
それに私はリリアじゃない。
学園に通うのは他でもないリリア。
ゲームの知識もない、プランタ伯爵家養女のリリア。
上手く付き合うのをやらなければならないのは、リリアだ。
学園についていくこともできないパンジーはただ見守るだけしかできない。
これから起きる事を覚えてる『私』の知識なんてなんの役にも立たない。
だってもう既に物語をおかしくさせているのだから幾らでもイレギュラーは起こる。
物語にはないイベントだって起きるだろう。
だけど、それに直面するのはリリアなのだ。
そう、だからこそ、この世界の常識に従うべきだろう。
「よく覚えておいてリリア。いずれあなたの事を養女だと馬鹿にする人が現れるわ」
恐らくユリーズ伯爵家との諍いは時がどれだけ経っても色褪せたりはしないだろう。
格好の獲物はか弱いリリア。
リリアは少し悲しそうな眼でこちらを見つめた。
「どうしてですか。私はプランタ伯爵家の事を誇りに思っています。
わた、しは……確かに、本当の娘ではないですけど、けど…」
ほろり、大きな瞳から涙がこぼれる。
推しを泣かせてしまった。どうしようそんなつもりではなかった。
違う。そうじゃないのだ。
焦る気持ちを抑え、パンジーのように落ち着いた声で伝える。
「違うの。違うのよリリア。
私だってリリアは本当の娘のように愛おしいわ。それはきっと皆同じ。
でもね、リリア。世の中にはそんな人ばかりではないの。
貴族とは悪くて醜い世界で居なくてはいけないの。
弱さを見せればあっという間に食べられてしまう。
貴方が養女か、私たちに愛されてないかなんてどうでもいいの。
ライバルを少しでも減らすために、弱い所を探して仕留める為に。
『養女である』と言われ、泣き出したあなたをこれ幸いと使うでしょうね。
『愛されずに不当に扱われている』と悲劇のヒロインとして仕立てて陥れる為に。
仮に怒れば『満足な教育をしていない』とあげつらうでしょう。
何をしてもあなたを道具のように利用する気でいるの。
だからこそ、そんな言葉に惑わされてはいけないわ。
どうせ何をしても使われるなら、堂々と笑ってしまいましょう。
私たち、なにもやましいことなんてしていないし、いつも幸せですもの。
リリアや、リクやカイへの愛を分けてあげられないけど存分に見せつけてやりましょう。
そして、実力を示すのです。
リリアはお勉強を頑張っているもの。きっと出来るわ」
「…はい。おかあ、さま」
録音してえ。
ちょっと桃色に染まった頬が、照れた顔が、愛おしい。
永久保存したいスチルがいまここに。
暴れだす心を必死に抑える。
パンジーはこんな所でオタク暴走なんてしない。知らないけど。
「もっとお勉強もお作法も頑張ります!」
「ええ、ええ。でも今日はおばあ様とお茶会の約束があるでしょう。
先代夫人の気品を勉強するいい機会ですから、楽しんでくるのですよ」
リリアの入学はあと二年。
ずっと見守ることはできなくても、身に付けた知識があればきっと。
ヒロインはリリアと絡むことなんてないだろうけど、問題はアイローズだ。
きっと絡んでくる。
頼まれなくても絡んでくる。
だから、リリアの自己肯定感を育てなくては。
愛されるリリアを悪意なんてものに負けさせるものか。