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あれから数か月。
リリアはすっかりプランタ伯爵家の一員となっていた。
あの後機嫌の悪くなった兄抜きで細かい色々な話をした。
一応、リリアにもあちらの家に何かあった場合には継承権というものがあるらしい。
だが、相当のことがなければ回ってこないし、そんな事態にはさせないと言う言葉には安心した。
物語ではパンジー同様に数行の台詞と共に名前すらない存在だったハイド子爵家は驚くことに指折りの資産家である事が判明する。
穏やかと言えば聞こえはいいが、それなりに暮らしているパンジーたちが霞むレベルの大金持ちだった。
リリアに会う為に何度も出会うたびに品格が、装飾品が、何もかも違いすぎる。
ゲームでは名前もない、姿も描かれないシルエットなんて勿体ない。何故だ。
まあ恋愛ゲームの脇役のその亡くなった母の生家なんて重要な情報ではないよね。
ヒロインには全く関係ない情報ですし。
そんな資産家子爵家はなんの間違いか、プランタ伯爵家の領地の小麦が気に入ったと大口の取引先になった。
それだけではなく、更なる品質の改良にも手を貸してくれたり、伝手を使って色々紹介したりとあれよあれよと話がどんどん進んでいくのを夫婦二人ぽかんとするしかなかった。
それから、そのハイド子爵家の息子夫婦の令嬢がカイに一目惚れしていると言う話も出てきた。
叔父夫婦は気の多い子だから、もう少し時間を置かせてほしいと切実に頼まれた。
あれは相当苦労しているな……。
まだ小さいのに侯爵家の息子にまで声をかけたとかで大いに慌てたらしいが、その姿は相当に可愛いだろう。親からしたらとんでもない恐怖体験だっただろうけれど。
これが一体何のゲームだったか、忘れた頃に思い出させる出来事が起きた。
「王都の学園ですか…」
「そう。この王国では貴族階級の者は通わなくてはならない決まりだ。
そろそろ準備をしていかないとな」
「その、学園の、名前って」
おそるおそる聞けば、パンジーの夫は困った様に笑った。
「名前なんてあったかな……? パンジーだって通っただろう?
色々ありすぎたし混乱してるんじゃないか?」
「あ、あはは。そ、そうかもしれないですね…ふふふ」
「君が倒れたら、大変だよ。まだ期間はあるからゆっくりで構わないが、
リクやカイにも気を引き締める様に言わなくてはいけないね。
伯爵と言っても我が家はそれ程だし、資産家の子爵のおまけなんて言われたら
あちらにも申し訳ないからね」
パンジーの長男であるリクが来年から王立学園に入学すると言う事を伝えられた。
そうだった。これはそこが舞台のゲーム。
わたしの推しはリリアである為にありもしない幸せ物語を作るばかりでただの設定として利用するばかりだった『学園』。
リリアばかりを追いかけたわたしはヒロインとなって攻略するなんてのはほんの少しでも推しの情報と描くのであればちゃんとしたキャラの性格などを見る為に周回した『作業』でしかなかったプレイ時間。
やはり公式のなんのフィルターも通ってないキャラの描写というのは中々つかめずにスチルと攻略法だけが集まるだけだったけれど。
それだけやってもリリアのスチルは豆粒ほどの姿が映ってるのが二枚と、悲惨な後ろ姿とシルエットが一枚ずつ、そしてはっきりと描かれたのは暗い顔で俯いて後ろで控えているだけと言う結果だった。
脇役だからと言われたら贅沢なのかもしれない。
……話が大いに逸れたけれど、そもそもこのゲームは乙女ゲーム。
ドロドロ沼みたいなお家騒動なんてほんの少しのスパイスのはずだったのだ。
スパイス効きすぎじゃないか。
リクが入学するという事は、僅かな面識しかないリクはゲームでリリアと関わるはずもなかった脇役。
モブ生徒が他人の家の事に口出しする事なんて出来るはずもない。
ちょっと昔あった子に似てるな~ぐらいの認識で他人の小間使いを救うなんてできるはずもない。
リリアはやっぱり救われる事もないキャラだったのだろう。
だが、今は違う。
リリアは我が家の養子となり、ちょっと甘やかし要員が多いけれど真面目にすくすく育っている。
リクやカイはまるで騎士のように守ってくれているし。
それにもうなんの関わりもないから恐れる事なんてないのだ。
それよりも今はリクの学園の準備の方を進めないと彼に対し失礼だろう。
そうだ。いずれはカイもリリアも後から入るのだから、今のうちに心構えをしといてもらおう。
二人にとって損はないはずだし、リクにとっても二人のお手本となると言う意識をもってもらおう。
「リリアと離れるなんて辛いです」
「何を言っているのですか。ずっと離れるわけではないのですよ」
「でも、リリアと離れる時間があります。
離れて過ごす間、カイの方がいいなんて言われたら!
ぼ……私は悲しいです」
パンジーに申し訳なくなった。
私のせいでシスコン兄貴になってしまったらこの家の未来が大変になってしまう。
早いうちに修正しないとリリアを巡って兄弟で争うなんてそんな恐ろしい美味しい事ない。
私はハピエン厨なのだ。
兄弟でヤンデレ監禁エンドとかも御免被る。
「何を言っているのですか、リク。
あなたはこの家の嫡男なんですよ。もっとしっかりなさい。
リリアに自慢の兄だと思われたいのなら、しゃんとして学園で過ごすのです。
真面目に、そして学園で頑張っている自慢の兄がいるとリリアもカイも安心して
入学して、あなたをお手本とするのですよ」
「私が、二人のお手本……」
「たとえ離れた時間があってもあなたは二人の自慢の兄。
そしてこの家の代表としてしっかり勉学に励みましょうね。
剣術だって、魔術だって、古代を調べるのだって何に打ち込んでも構わないわ。
ただ礼儀正しく、日々健康で過ごしていればいいのよ」
彼を狂わせるなんてさせない。
パンジーの息子さんは私が責任もって導かないと。
リリアの事しか見えていない『私』だけれどここはゲームじゃない。
パンジーの大切な家で、彼は大切な息子。
彼らの未来くらいはまともにしないと申し訳ない。
リリア入学、ゲームではアイローズの御付きだけどそれまでに息子二人はしっかりと道を外させないようにしないとゲームの舞台がどうなるか分からないし。
ゲームの開始までは約三年程と言う事か。
『私』はゲームの物語を思い出す事にした。