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ジャンルを変更しました。
前もそうですが、ジャンルって難しいですね。
「リリアが可哀想だわ!!!」
それはパンジーの最初で最後のセリフと同じだった。
部屋中に響いたその声が、しん、と沈黙に導いた。
静まり返った部屋で、『私』が体を震わせる。
パンジーは、たったこれだけの台詞を言うだけのキャラクター。
リリアが不幸になると物語を印象付けるための台詞を言うだけのキャラクター。
でも、今は違う。
リリアを物語の犠牲になんてさせない。
「いい加減にしてお兄様。
もうこれは決まったことなのです。
新しい家族とどうぞお幸せに。
リリアの事は私が、責任をもって幸せにしますわ」
「何を勝手な事を! お前は妹だろうがっ。
妹なら兄を立て、味方をしたらどうなんだっ。
リリアだってお前なんかより、血の繋がった俺の方が」
「あら、血なら繋がっておりますわ。
ほんの僅かですけれど。
一応、私お兄様の妹ですもの。
ほんの僅かならリリアと血が繋がっていますわ、ええ」
くく。少し悔しそうな顔をした兄に周りがクスクス笑いだす。
「だ、だが! ただ嫁いだだけのくせにそんな勝手な事をして、
嫁と言う立場がどうなってもいいのか!?
プランタ伯爵家からすれば、隠し子だとあらぬ疑いをかけられたら
リリアが可哀想な目に遭うかもしれないだろう」
ふうん。そういう所はまともな思考が残っていると。
ほんの少し感心したが、兄は今になってからどうしてもリリアを手放したくないらしい。
そんな理由なんてどうでもいい。
何が何でもリリアを幸せにする為、『私』は負けるわけにはいかない。
「まあ。心配してくださるなんて、もっと早くそんな優しさを
リリアと義姉様にしてくださったらよかったのに。
何を今更父親面をしているのかわかりませんけど、ご心配なら無用です。
お兄様がどれだけ手紙を送っても来てくれなかった間に、
義母様もリリアを気に入ってくださったの。
義母様ったら、一度娘を育ててみたかったのだとリリアに甘くて甘くて、
夫が甘やかすなと注意をするほどなんですのよ。
なので、養子として迎える事には賛成されています。
父親なんかに渡すなと激励まで貰いましたもの」
「な……なんて、非常識なんだっ」
それは本当にそうだ。
嘘なんて一つもない事実ばかりだからこっちも困ったが、今になってこんな兄を突き刺す武器になるとは思いもよらなかった。
リリアが我儘になるのは、それはそれで可愛いだろうけども。
リリアだってこの世界に住む一人の女の子だ。
物語関係なく素晴らしい人生を生きる為には必要な我慢もあると考えて、ある程度節度を持って接してもらおう。でも、リリアを愛してくれるのは嬉しい。
なんであの義母は『私』の世界に居なかったのだ。良い仲間になれたはずだろう。
「リクやカイも本当の妹の様に接してくれています。
間違っても虐めるなんて事私がさせません。
隠し子だなんて言わせませんわ。
勿論、きちんとご説明させて頂きますわ。
周囲に事実を知らされて、困るのは私ではありませんし、ねえ?」
わなわなと震える目の前の兄。
妻を冷遇し、娘を冷遇したのにも関わらず死後娘は寄こせと言う伯爵の言い分と、
そんな娘を保護して養育していた叔母。
どちらの意見を信じるのか。
こんなの異世界だろうが、現実だろうが明白だ。
どんなに事実を捻じ曲げようとしても、物語の強制力が働こうとも。
『私』は負けない。
パンジーの体を借りている以上、彼女だって不幸にできない。
負けるものか。
「……勝手にしろっ! もうお前なんて妹ではないっ」
「ええ。その通りです。私、プランタ伯爵夫人のパンジーですもの。
ああ、そうそう。ユリーズ伯爵。
リリアのお母様の形見は早めに受け取らせてもらいますね。
リリアの大切な宝物ですもの」
「………っ」
まさか形見として残されたものは全てもらう予定だったなんて事はないだろう。
そう思いたいがあの顔。
苦虫を噛み潰したような顔。
『私』が忘れているとでも思っていたのだろうか。
なんとまあ。
形見については、子爵家が管理をしてくれるらしい。
まあそもそも大人のサイズのドレスなんてリリアには着る事はできないし、着れる年頃には下手したら流行遅れと言われるかもしれないし当然と言えば当然か。
それでも大切な思い出のある物はあの屋敷に沢山あった。
殆どは子爵令嬢であった頃の持ち物らしいが、品のある清楚な物は義姉を思い出させる。
リリアの宝石箱にはキラキラと思い出のアクセサリーが輝く。
いつかそれを着けられる様な淑女となるという未来がくると願うばかりだ。