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「それではリリアはこれよりプランタ伯爵家の養女という事で構いませんね」
話は驚くほどに早く決着がついた。
話し合い前に強引に娘を連れ帰ろうと強硬手段を取った兄に対しリンドゥーラの親族の視線の冷たい事といったらなかった。
言い返す間もなく言葉によりボコボコに殴られ、心を抉られている兄には黒すぎる疑惑とは言え、ざまあみろと思ったのは嘘ではない。
パンジーには申し訳ないが、リリアを幸せにする為ならば私は心を鬼にしなければならない。
血の繋がった兄すらも見捨てる冷血女と言われても、リリアが幸せになるならば喜んで汚名だって被ってやる。
「そんな馬鹿な! 俺は父親だぞ!
自分の娘を、取り上げられるなんておかしいだろう!」
それを未だにこれは不当だと喚くのは兄・オレガノだった。
今までリリアに会いに来ないかと招待しても無視をし続けた癖に何故か今日は父親である事を振りかざす身勝手さには呆れてしまった。
こんなに身勝手な奴に肉親だからと慈悲をかけたばかりにいい様にされて、リリアが不幸をしょい込む羽目になるなんてありえない。
殴りたい衝動に駆られるが、私は伯爵夫人のパンジー。
今、この場で暴力を振るうだなんて、きっと駄目な事だ。
現実でも逆に訴えられるかもしれないのだから、この不思議な世界でもそんな事褒められた事ではない。拳をぐっと収めて、なんとか言葉にしようとした矢先、私よりも先に言葉の矢が飛ぶ。
「まあ。今の今までリリア嬢の面倒は妹のプランタ伯爵夫人がしていたのに
何をそんなに取り乱しておられるのかしら。
プランタ伯爵家からはリリア嬢の事を沢山お手紙で知らせて頂きましたし、
屋敷に招待されて面会の場も幾度となく作ってくださったのよ。
既にある程度の信頼を築いている彼女の元に託すのがリリア嬢の負担も低いでしょう」
「知っていますわよ。貴方が妻と娘が不在の間領地経営も放り出して遊び惚けている事を。
そんな行為をする様な者の元に置いておいたら悪影響しかありませんもの。当然だわ」
「姉様を蔑ろにする様な輩に可愛い姪を任せられるものか。
あんなに聡明な姉様に酷い態度を取っておいて遺産は寄こせだなんて
なんて図々しいんだ。姉様の持ち物は全てこちらで預からせてもらうからな」
次々に飛ぶ心に突き刺さる様に放たれた言葉たち。
面白いくらいに次々とび、そしてそれは兄に対してクリーンヒットしていく。
ぐうの音もでない程に言葉の刃が突き刺さり、身も心もズタズタだろう。
ゲームでは開始数分で流される様な出来事がこんな事になろうとは。
けれど、これでリリアは欲深な奴らのいい道具にならなくて済む。
「何を! 何を言っているんだ!
妻の持ち物は我が家のものだ! 変な事を言って遺産を多く持って行こうなんてそうは」
みっともなく喚く我が兄の姿には呆れかえるが、その言葉はなんだか気になった。
というか、こんな時に遺産なんて言葉良くも使えたものだ。
遺産と言う言葉がつかえるならもっと頭を働かせてほしいものだ。
「当たり前だろう! 男しか爵位を継げないという枷さえなければ、
姉様が我が家の当主に納まる事だって可能だった!
それができないから、姉様はお前と結婚したのだぞ。
恩義ある先々代と違い、こんな腑抜けに、姉様を死後も利用させない」
「先々代は困窮する我が家を爵位の差など関係ないと資金援助をしてくださった。
その恩義をいつの日か返せるように我が家は再び立ち上がり、再興したのです。
その時にはまさか立場が逆になるとは思っておりませんでしたが、
困窮の原因が賭け事や不貞などとは……なんと情けない」
この家族、この設定……なんでこんな盛り上がる様な事が数行で片付いたのか。
いや乙女ゲームの導入にはドロドロしすぎて年齢制限かかりそうだからオミットされたのか。
『私』は不思議でたまらない。
もしかしたらパンジーの世界ではこんな事普通なのだろうか。
大好きな作品の世界がドロドロするのは少し複雑だが、どうしよう少し面白い。
もう導入と言うより、よくある婚約破棄やざまあ系のクライマックスだよ。
「お前たちもうそれぐらいになさい」
低くて響くその声に振り返る。
一段と威厳のある男性に、思わず背筋が伸びる。
「すまないね、あまりにも不誠実な姿に驚いてしまってつい言葉が激しくて。
感情を抑えるのも貴族のあるべき姿なのに、全く素直で申し訳ない」
「全くだ! 一体どういう教育をしているのだ」
これはパンジーの知識を借りなくても分かる。
皮肉だ。
めっちゃ皮肉だ。
何故私でもわかる事をここで暮らしているはずのパンジーの兄が分からないのか。
あちらの家族だって驚いてるよ。戸惑っているよ。
不誠実って多分、いや絶対誉め言葉じゃないって。
話が通じてない事を理解したのか、老紳士は目の前で顔を歪めるオレガノを見るだけだった。
「早く私の娘を寄こせ! 今後私たちに関わるな!
妻が死んだのだから、お前たちは今日から他人だ!
我が家の敷居を跨ぐ事はさせないからな!」
「しきい、とは何を言っているのやら分からないが…
ユリーズ伯爵がそう望むのなら我が子爵家は今日より資金援助も取りやめよう。
先々代の昔より結ばれてきた関係も今日限りでおわりという事でいいという事ですね」
「物分かりが良いじゃないか。
お前たちのような煩い蠅みたいな奴らが近くに居ては娘に悪影響だ。
今後二度と顔をみせないでくれ。
わかったら早く、娘を連れてこい!」
話なんて通用してないモンスターに周りからはどよめきが聞こえる。
今さっきうちの養女になると言われたばかりなのに。
一体どうしたというのか、心配してしまう程だ。
これがリリアの人質としていう事を聞かせる為だけの存在だというのか?
逆では?
私実は逆に覚えていたのでは??
いやいや何十回もログを再生し、誤字を発見する程見まくった文章を間違うわけない。
こんなドロドロでお馬鹿なやり取り、確かに子供に悪影響だ。
上から許可が下りるわけないか。
……それともわたしのせいだろうか。
リリアをどうしても不幸にしようという強制力とか。
そんなにも世界に不幸を押し付けられる為だけにリリアを……誕生させたというのか。
そんなに幸せになってはいけないのか。
ひどい。
そんな事ない。
フィクションだってノンフィクションだって幸せになってはいけない子なんていない。
あんな奴の所にリリアを行かせたら、不幸になるのは確定だ。
あんな様子のおかしい親の元に行かせるわけがない。
既に自業自得とはいえ困窮している伯爵家に行かせたら、もっと辛い目に遭ってしまう。
今まで困っている時に援助をしてくれた裕福な子爵家にあんなに堂々と喧嘩を売っては更なる困窮は目に見えている。
せっかく目の前にリリアを幸せにするチャンスがあるのに。
不幸にするのは数行で彼女をどん底に堕としたのに。
幸せにするためにはこんなにも愚かなやり取りをしなければならないなんて。
「いい加減にして!!
リリアが、リリアが、リリアが可哀想だわ!!!」