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3人の天使たちがいない邸はやっぱり静かだった。
いろいろと話してからのパンジーの旦那であるウィリアムとの生活は静かだった。
元々それほど距離の近い二人ではなかったかもしれないが、やはり余所余所しい。
それではさすがにダメだろう。
だって目の前の人は、パンジーの大事な人なのだ。
『私』では駄目なのはわかっている。
今、体を借りている……乗っ取っているような『私』では。
パンジーの体に彼女の心は、今、あるのだろうか。
『私』が殺したようなものだろう。
今の『私』では、別人……。
「い、いは……いや、パンジー……。
今日はどうか私に時間をくれないか。
ハイド子爵家の協力もあって、是非会ってもらいたい人がいるんだ」
「え」
会ってもらいたい人。
それに首をかしげる。
〇〇〇
「これはこれはようこそ。お待ちしておりました
バダゴ侯爵家当主ガジューと申します。
今日は我が息子にお会いしたいとお聞きしています」
「お忙しいのにありがとうございます。
プランタ伯爵家のウィリアムと申します。そして、こちらが」
「つ、妻のパンジーと」
「ああ、あなたが。息子があなた方の手紙を読んで
誰よりも優先して会いたいと言いましてね。
あんなことは珍しい。
普段は誰かと会うなんて嫌がるというのに。
ご案内しなさい」
バダゴ侯爵家。
その名前は聞き覚えがあった。
リクと仲良くしてくれている侯爵令息で、そして。
この世界を便利にした功労者。
そんな人物に、会う約束を取り付けていたなんて驚いた。
リクからは話を聞くだけだったし、話を聞く限りまるで。
『私』と同じ
「君が、あなたが! 僕と同じ『転生者』だったなんて!
とても驚きました! まさかリク君のお母さまが『転生者』!
こんな偶然があるなんて、奇跡としか言えません!
なんでも聞いてください! むしろこちらも聞きたいことがたくさんだ!
この世界は何という世界か、知っているなら是非!」
『転生者』だった。
興奮気味に話す目の前の青年は間違いなく『転生者』だった。
〇〇〇
「……つまりこの世界は乙女ゲームの『花愛』の世界で、
本来なら魔法はそんなに発展していない…と。
図らずとも僕はこの世界を発展させた超天才……。
やけに褒められると思っていました。
異世界であるならこれくらいの魔法はあって当然だと思っていましたから」
「ちょうてんさい」
そんな略称があったかは分からないがとりあえずトアル青年はこの世界のことを知らなかった。ほんの少し魔法がある知らない不思議な世界。今までいた場所ではないことは確かだがそれだけしかわからない。そんな状態で唯一わかっていたのは魔法がある、それだけが彼の楽しみだったそう。
いつも考えいた事がこの世界ではできるかも。
それを実現したら、いつの間にか褒め称えられていた……なんて。
嘘のような、本当のような。
「だって魔法が少しでもあるならばそれを使うのは当然だろう。
この体の持ち主だってそういっていた。思っていた。
そんな絵空事でしかない事を『二人』で成し遂げたのですよ」
見た目はごく普通の青年だった。
整った顔をしているが特に周りを気にしないその身だしなみがそれを隠す。侯爵令息に何を言うのかと思うが攻略キャラならば磨けば光る、ヒロインだけが知る美しさを持つそんなタイプだろう。
いやいや、何を言っているんだ『私』。
そんなことのためにこんな機会を作られたわけではないだろう。
これはきっと、いい機会だ。
転生者として、けれど今聞こえた『二人』ということば。
「『二人』ってどういう」
「どうも何も。私はトアルとして生きていますが、
私にはこの世界の常識を知りません。
あなたが来るまでタイムワープでもしたのかと思うくらいには。
それを助けてくれていたのはトアル本人です。
侯爵令息としての振る舞いなど、魔法の研究以外できないことが多くてね。
あなただってそうでしょう。
何故教えれてもいない振る舞いが出来て、何故知りもしない事を知っているのか」
「それは、」
覚えがある。
だって、それはいつも無意識にしていた事。
意識なんてしなくともできたのはパンジーの努力によるものだとばかり思っていた。
それはまさか、本当に。
「あなたをいつも助けていたのは他でもないその体の持ち主だ。
その体の知識だから、ではない」
「わ、わたし、わたしは……っ」
「私たちは他人の体を借りている 。この世界にいるために」
心が痛い。
転生、最近はやりのシチュエーションのひとつ。
好きな物語に、知らない物語に生まれ変わり、生きる。
それは、よくある物語の一つ。
よくある物語のひとつ。
でも、これでは。
「なりかわり」
「いやあ、そんな言葉には疎くてね。
転生ってよくある話のひとつだと思っていたが、まるでアバターだね。
ほら、課金とかして色々着せ替えする……古かったかな?
お互い若いのか、どっちが年上なのかわからないね。
……しかし、体を乗っ取られて、好きにされているのに助けてくれるなんて
こういうの、なんていうのかな、ほら、ガチャ成功っていうのかな。はははっ」
「そんな……」
ガチャ。
課金。着せ替え。アバター。
今まで、向き合うのが怖かったことが突き付けられた。
パンジーはゲームで短いセリフしか与えられなかったキャラクター。
『リリアが可哀想』
短いのにさらに短く覚えられて、そして結局それだけが出番。
それきり出ても来ない。助けもしない。それだけのキャラ。
たったそれだけなら、『私』が変えたっていいじゃない。
そう、自分の好きにしてしまった。
『可哀想』と思っているならば、変えて見せてやろうと。
だって、彼女の立場は。
「トアル、彼はとても優秀でね、魔法を使いたいと思っていたんだ。
僕もそれに共感した。だってせっかくの異世界だ。
使えないなんてもったいない。
だからこそ、互いの力を合わせてそれを現実にした。
彼とともにあれたからこそ、今こうやってさらに自由に研究できる。
最高だよ。彼と出会えた、彼になれた事は僕にとって、とても都合が良かった」
そう。
パンジーの立場はとても都合が良い。
幼いリリアを守れる大人の立場、親類という保護するにはとても都合が良い。
そして何より、世界に、物語に影響しないという短い出番の立場。
『私』は誰よりもパンジーに失礼だった。
ずっとずっと目を背けたのは事実。
だって、うらやましかった。
手を伸ばせば守れるのに。
手を伸ばしても、次元に阻まれて出来ない『私』には羨ましい立場。
ああ。
そうだ。
ずっと、ずっと、『私』は。
この都合の良い立場を羨んで。
「待ってください」




