光の精霊はみつける
ひかりは、見つけた。
大きな声で『わたしはここにいる』と訴える声を。
『おなかがすいた』
『ここはどこ』
『どうして誰も抱き上げてくれないの』
『だれか』
『だれか』
そう呼ぶ、小さな可愛らしい泣き声。
ひかりはみつけた。
ちいさくも、そうやって生きようと頑張るちいさな命を。
道端の籠の中、必死に生きようと泣く小さな命。
ひかりはその手を伸ばして、力を分け与える。
あたたかな光を分け与え、ちいさな命に微笑む。
にこり、と笑えば小さな命も嬉しそうに笑う。
『だいじょうぶ。あたちが、あなたを、まもるからね』
ぱたぱたと近づく足音。
きっと、心の清い人間が泣き声に気が付いたのだろう。
ならば、もう次は見守るだけだ。
この少女がいつしか、その身に与えられた力に驕らない限り。
一生この少女の友となろう。
〇〇〇
『きゃはははははっ! いい様だわ、セーラ!
アンタ前から気に入らなかったの。
ちびの癖して、光の精霊だからアタシよりもずっと格が上なんてありえない!
豆粒みたいな光の力しか使う事のできない出来損ないちびっ子が!
アタシより上なんて、本当気に入らなかったのよね~。
最近はステラにも反抗的だし、いい機会だから身の程を弁えなさいよ。
じゃあね、出来損ないのおちびちゃん! きゃはははははっ』
『もう、メーラ! そんな言い方しなくてもいいでしょう?
……セーラ、あとで一緒に謝ってあげるから今はそこで大人しくしているのよ。
籠なんて、わたしたちに意味はないけれどステラだって反省してほしいだけよ。
逃げるのは簡単だけどそれで立場が悪くなるのはセーラだって嫌でしょ?』
光の精霊セーラへの言葉は言い方こそ違うもののそう変わりはなかった。
けれどどんな嘲笑も憐み、同情の言葉も、セーラには届かない。
遠くとおくなっていく足音と同じように、今までの記憶や思い出が色褪せていく。
拾い上げた夫婦と笑いあうあの頃の小さな命だった『ステラ』
笑い、涙して、そんな何気ない幸せが溢れていたそんな時間はまるで砂の様に崩れて消える。
長いながい時間を生きたはずなのに、たった数年なんてわずかな時間だったはずなのに。
まるで嘘のように沢山の幸せに溢れていた時間は、本当に嘘のようになくなった。
たった一日、高熱を出して苦しんだあの日から。
病魔からも守っていたはずなのに、いきなり皆を弾き飛ばした強い力に最後まで抵抗したのに。
あの日から『ステラ』はまるで違う人になった。
あれだけローラと花を世話するのが大好きで日課だったのに、まるで興味を無くした。
あれだけ怖がった夜もいつの間にか、ミヤが竪琴を出さなくてもすやすや寝る様になった。
人の子は成長が早い。
そう聞いてはいたが、異様に感じた。
そして一番は、ぶつぶつと呟いては一人笑うのだ。なにかをぶつぶつ呟いて、文字を空中に書くように指を動かし、そうして一人で吹きだす様に笑う。他の人の子が顔を歪める程に怯えて、その行動に引いても彼女はそれを止めなかった。
何かの呪文だろうか。それともおまじないだろうか。
一体誰が、あんなことを教えたのかどれだけ考えてもセーラは分からなかった。
子爵夫妻が事故に遭い、帰らぬ人になっても涙を流さず、
家に知らない人たちがやってきても、少女はぽつりと「やっと動いたわ」と言うだけ。それからは、家にいたくないのか外に出て、人々の怪我や病気を治して回った。
知らない人たちが家に入り込むのは誰だって嫌だろう。
それも自分を守ってくれた人たちの家で勝手をする人たちとなんて、共に暮らせはしない。それで、心が軽くなるのならばと、セーラは喜んで力を貸した。
天使、女神、そう呼ばれていく少女はきっと大きく成長する。
セーラは誇らしい気持ちで一杯だった。
きっと、これからも、こうやって誰かの為にこの力を振るってくれるならば。
『あたち、消えてもいい』
全ての力を分け与え、消え去っても、きっときっと。
この子ならば、誰かの為にこの力を振るい、守り、そして。
この子が皆に愛されるのであれば。
ああ。
でも、役目があるからそんな事をしては。
〇〇〇
いつからだっただろうか。
籠の中でセーラは考えた。
考えても、いつからだったか分からない。
ただ、一つわかるのは、いつの間にか変わってしまったそれだけだった。
『人の子は成長が早い。今は周りの者たちの影響を受けているだけだ。
ステラはよく本を読んでいるだろう。
流行りの本の主人公になりきる、なんて事に憧れる年代かもしれぬ』
『しゅじんこう、はやり……の?』
話はなにも分からなかった。
けれど、ただ『ステラ』が変わっていくには理由がある。
それはきっとどうしようもない理由で何もできないのだろう。
だけど、とても、とても寂しい。
あんなにも楽しかった日々がぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ消えてしまいそうで。
成長は祝えないなんて、自分は酷い心を持っているのだろう。
きっと『ステラ』はもっともっと成長して、素晴らしい存在となるのに。
加護を与え、見守るという役目を与えられたのに。
『ステラ』の為に、この感情を見ない振りしなければ。
『ステラはがんばりやさんだものね。
きっとそれもおべんきょうのためなのね』
そう。
きっと。
そうであって欲しい。
目の前で男の子が倒れた。
ふらふらとして、青白い顔で、とても体調が悪そうなのに
どうして、外を歩いていたのか。
でも、いまは、それよりも。
『たいへんだわっ。ステラ、はやく』
「ええ。そうね、セーラ。ああ、やっと、やっと!
……みぃつけた。ふふ」
ほら。
やっぱり『ステラ』はいい子だわ。
誰かのために、今日も。
『今日は、行かない?』
「当たり前じゃない。『ステラ』は男爵家の養女になったのよ。
今までみたいに好き勝手に外に出ていいわけがないわ。
これからはお勉強だってみっっちりとしなくてはいけないのよ。
そんな事もうしなくてもいいの。
ちゃんと話は動いているのよ。
勝手な事したら、上手くいかなくなるかもしれないでしょう」
話? 動いている? 勝手な事?
わからない。なにも分からない。
けれど、『ステラ』はきっと頑張っている。
なのに、自分が我儘を通すわけにもいかない。
『ステラ』は頑張っているのだ。
「学園に入ったら、やっと物語の始まりよ。
はぁ、長かった。
子爵家にやって来たあの人たちが虐めないから
どうにかして、虐められてますなんて見せる必要が
でてくるなんて、本当……なんなのかしら。
ヒロインを使用人扱いするはずなのに、何をどうして。
やっぱり長い間してなかったから、曖昧なのかしら。
……まあ、いいわ。
こうやって、養女になれたんだし、
あとは金で売られた可哀想なおんなのことして振る舞えば」
聞こえてくるのはよくわからないこと。
『ステラ』は家にやって来た知らない人たちを嫌い、
外に出ては癒しの力を使ったり、立派な邸を出て倉庫ですんすん泣いたり、
他にも色々とこっちが泣きそうになる程にかわいそうだった。
『ステラ』が癒し、感謝を述べに来た人々のお礼も受け取らないと
いつも泣いていた。なんて失礼なんだと泣いて……。
人間の世界の事は分からないが、『ステラ』はそうするのが当然だと。
人の世界もまた変わるのだろう。
きっと、そうなのだ。
そう。
『ステラ』は間違ったりなんて。
「今のうちに、ショウをメロメロにしておけば
物語が始まって放置しても、いい子で待っているだろうし、
本当初心者用って感じでチョロすぎ。
彼が良いって人、本当どこが良いのかしら。
トキメキもなにもないじゃん。
そもそも血が繋がらないとはいえ、弟に恋するなんて。
ちょっと引く。常識がないのかしら」
ものがたり。
また、主人公になりきっているのかしら。
お勉強お勉強と言っているけれど、『ステラ』はまだ。
まだ物語に夢中の可愛い子。
でも。
『ステラ』の振る舞いに泣いている子がいた。
寂しそうに、でも、涙は見せない強い人の子。
〇〇〇
学園では、虐められない様守る。
そういったけれど、『ステラ 』はどんどん変わっていった。
木に話しかけたり、あちこちをウロウロしたり、廊下を早足で行き来したり。
他にも色々不思議な行動を繰り返した。
そうして、何故だか腹を立ててはまた一人でぶつぶつ文句を言い始める。
何もかも上手く行かない。
何故だ何故だ何故だ、と。
「どうしてっ、なんで! 風と土の精霊があんな事をするのよっ。
『ステラ』の心に感動して、加護を、力をくれるはずなのにっっ」
どうしてどうしてどうして。
『ステラ』は今日も荒れていた。
土と風の精霊はなぜか怒っていた。
どうして。
『ステラ』はみんなに愛されるはずなのに。
どうして。
『なんてムカつく奴らなの。あんな奴らの力なんていらないわ。
ステラに対してあんな酷い事を言って、あたしたちまであんな目に!
謝ったって許してやらない。
一生メーラ様の奴隷になるくらいの決意がないと、許せるわけないわ』
『メーラ……風の精霊は炎の精霊の良き友人でしょう。
いくらなんでも、そんな言い方良くないわ。
相手が悪いだけで、他の風の精霊は仲良くしてくれるかもしれないし、
彼じゃなくても、大丈夫よ』
「駄目よ。あそこで、あの場所で、認められないといけないのにっ。
他の精霊って、そんな簡単に言わないでよ!
どうして、なんで、皆だって『ステラ』を見捨てたくせにっ。
どうしてこんな時に使えないのよっ。
ひどい、ひどい、ひどすぎる。みんなも裏切者よおっ。うわあああんっ」
わんわん泣く『ステラ』をどうする事もできずに、皆で困った。
何も言えない私たちは、そっと姿を消して、『ステラ』が泣き止むのを待つ。
それしかできない。
どうしたら。どうしたら。
どうしたらいいの。
ただ見守る。それしかできない。
怪我をしている人を見捨て、見ない振りをして。
でも気まぐれに人を助けようともする。
『ステラ』の行動はなんだがちぐはぐで、よく分からないものだった。
あれもこれも、最近の『ステラ』の行動はよく分からない。
これもまた人の子の成長というものなのか。
そう、納得しようとした時に聞こえたのは、セーラには耳を疑う内容。
『加護を独占しているなんて』
愛される存在は別に一人でなくてもいい。
まるでそう言っている様な。
なんて罰当たりなのか、不思議とそんな言葉は出てこなかった。
だって、私が守りたかったのは。
「大丈夫。わたくしが貴方をお守りいたします」
いつか、どこかで、言ったかもしれない言葉。
優しく微笑み、手を包み込むように握るその少女の笑みに少年は微笑む。
何を言ったのか、それは聞き取れなかったがまるで魔法の様に少女は少年を笑顔にした。そんな様子にセーラは釘付けだった。ただ一言、それだけは聞こえた。
それは、セーラが忘れかけていた言葉。
そう。
そうだった。
この力は、誰かを守る為に。
「なに、これ……」
ステラは呆然とした。
確かに鍵をかけたのに、籠にはなにもなかった。
そこにいるはずの存在は、どこにもいなかった。
「どういう事、こんなイベント、しらない」
いたはずの光の精霊はそこにいなかった。




