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二番目の王子は出会う


「全くお前の振る舞いは王族としての意識が低すぎる。

 ついには令嬢を階段から落としたなんて噂が歩き出す程にな。

 事実だとも間違いだともいう事は許されない。

 ひとつ間違えばこの国の民が二人、お前の振る舞いの為に

 犠牲になったかもしれないと言う事を重く受け止めよ。

 我ら王族の行動ひとつで国さえも滅ぶのだ。

 それらを強く意識せよ。いいな、セマム」


金、とはいいがたいくすんだ黄色はあちこちはねる癖のある髪で。

どれだけ押さえつけてもいつもすぐに元通り。

水色の瞳も覇気も意志も宿らないぼんやりとしたもの。

それだけでもう彼には世界から見放されたも同然のように感じていた。

フラワード王国の第二王子、セマムは凡庸な自分が大嫌いだった。

戦などとは無縁のこの平和な国の王子として生まれ、

いつか背負う責任に負けぬように、

この王国をより良くできるように、と覚悟を決めた。

けれどその覚悟と決意は、あっという間に崩れ去った。


それは彼があまりに『普通』であった事を嫌と言う程に突きつけられたのだ。

産まれこそ王妃の子であったが、側妃の産まれである第一王子にいつも遅れを取った。

それでも歳が離れているから、仕方がない。

より努力をすればと、日々頑張っても、それは中々埋まらない。

それどころか、自分がこなすべき範囲ですら、躓き、立ち止まる事が増えた。

『おにいさまと同じやり方では合わないかもしれませんね』

ぶすり。

心に何かが突き刺さった様に感じ、セマムの理想はほんの少し崩れた。

だがたったそれだけで全てを諦めるなんて愚かだと言い聞かせ、

セマムは他の事で兄に遅れなど取っていない、むしろ優れていると言わしめると

何かと張り合い、そして結果は散々だった。

それどころか、兄以外に後れを取る事が多くなっていった。

走っても、背中はどんどん離れていくばかり。

剣は重く持ち上げるのがやっと、弓の弦は硬くて狙いを定めるなんて、まだ……。

そしてもちろん魔法の才などない。

やればやる程に、自分の愚かさを、情けなさを突きつけられた。

ずたずたに心を引き裂かれ、誇りも何も残らない。

それでも、まだ、努力をすれば、まだ。







なんて希望はすぐに打ち砕かれた。






弟が産まれた。

産まれて間もなく、溢れんばかりの魔力を持って生まれた弟。






がらがらと何かが崩れた。





なんだ。

努力もなにもかも、無駄じゃないか。

そんなもの、持って生まれた才能なんてものには、なにも。





がしゃん。

気づけば、壺が壊れていた。

ああ、これは、たしか。


『セマム! 大丈夫か、怪我はしていないか!?』



それはあまりにも簡単だった。

やっともらえた励まし以外の言葉。

やっと、自分を見て貰えた。

セマムが『勘違い』するにはあまりにもそれは。


〇〇〇


「はあ。なんで俺が薬草なんて探さなきゃならない。

 虫はいるし、暑いし、面倒だし、暑い。

 厄介払いに巻き込まれて、お前も可哀想に。

 いいんだぞ、素直に言っても。

 誰も怒ったりしないさ、ダンテーラ子爵の、」

「イオです。剣も振るえないならまず体力づくり、

 そして後方支援として薬草などを覚え、それらを集めるのも、

 大切な仕事ですよ。薬などが切れる、なんて事が起きても、

 冷静に判断できるようにする為の良い経験ですよ」


程々に管理された森の中、ため息をつきながら歩く。

セマムは今、いきなり欠席者が出た剣術合宿の穴埋めとして参加していた。

剣も振るえない、体力もない自分が何故だと抗議しても、

その性根を叩き直せと言われて、何も聞いてもらえないまま今に至る。

ただ、いきなりやって来た間違いなく生まれは高貴な存在に周囲は焦るばかり。

それも問題行動で有名な悪名高い第二王子とくれば距離は自然と離れるばかり。

何をするにも一歩遅れた肩書だけの王子様にどうにか手柄を与えようとしたのが

薬草探しというとても分かりやすい手柄だった。

特に危険もない森の中、もしあっても虫刺され程度で誰かの役に立てるという算段。

だがそこにセマムのやる気は考えられていなかった。

少し歩いただけで面倒だと文句を言い座り込む。

剣も振るうことも嫌、走るなんて疲れる事も嫌。

こうして、木漏れ日を感じながら風に吹かれのんびり過ごしてもうどれだけ経ったか。


「そろそろ探しに行きましょう、第二王子殿下」

「……お前も可哀そうに。俺のお守なんて押し付けられて。

 ザッソ男爵令息も、カワバ子爵令息も、補習だったか?

 俺と共にいたのに、愚かな行いを止める事も出来ない罰だと。

 父上も、俺がやっていないなんて思っていないし、本当に嫌になる」

「………やっていないなら、そう言えばいいじゃありませんか」

「フン。いい子ちゃんには分からないさ。

 なんにもできない出来損ないの気持ちなんて考えた事ないだろう。

 こうでもしないと誰も俺を、見てくれない。

 こうでもしないと、俺はただの凡人は……こうでもしないと」


握った拳に力が入る。

間違っていると思っても、もう戻ることなんてできないと言うのに。

セマムは苛立つ。

目の前の少年もまた、自分より優れた才に溢れる人間だ。

由緒正しき子爵家。

三代続いて騎士団長を任せられると言う誇り高く、そして周囲からの期待もそれなりで、周囲からの妬みだってそれなりだというのに、そんな周囲の目など気にも留めず堂々振る舞う。

貧乏子爵家、歴史だけがある古い家、依怙贔屓をしているなどそんな悪意しかない言葉にも心を乱さない。自分よりも年下だが、落ち着きある対応をする少年の姿は、セマムには眩しかった。

出来た兄弟の存在にも心を乱さず、敵意など持ったこともないきらきらした心と瞳。

自分には劣った所があると素直に受け止め、それを改善しようと努力できる強い心。

なにもかも、眩しすぎた。

目の前で輝く光しかしらない少年は、あまりにも。


「……お前もそうだがよくもこんな暑いのに何を好き好んで

 こんなきつい事をしているんだ。

 剣を振るい、暑さに耐えながら走り、地面に倒れ込むまで体を虐め抜く。

 一体何が楽しい。

 世話役をしている女生徒たちもだ。

 何が楽しくてわざわざこんな場所で、料理だの洗濯だのと」

「騎士見習いですからね。強い心と体を作るにはそうするしかないでしょう。

 祖父の時代はもっと過酷だったと聞いています。

 これでも配慮された方で、祖父からすれば生ぬるいと憤ってましたよ」

「げえ。これ以上はただの虐待だろう」


セマムは剣が振るえない事を少し、感謝した。

観ているだけでも吐き気がする程動いているというのに、配慮された方だと聞いて、体を震わせる。これ以上などと、当時の人間は何を考えていたのかまるで分からない。


「それに女生徒たちはいずれは王宮に勤める事を志望されているのですよ。

 騎士団の世話係、特に王都の騎士団ともなればかなりの人気職ですよ。

 地方勤めに比べれば争いは少なく、騎士たちの気性も穏やかだと言われて、

 尚且つ将来の有望株を射止める機会も増えると、聞きますよ」

「……強かなものだ」


理由はどうあれ、未来を見据えて行動しているなんてそれには感服する。

それに対する努力をしようと、その心はセマムは分からなくもない。

ただそれが上手く行くことはないと突きつけられる事しか経験していないが。

思い描く未来がそうならない、努力しても、どうにもならない事しか知らない。

努力したところで。

そんな言葉が、頭の中に響く。

いつか必ず突きつけられる現実から目を背けたセマムはふと、人影が見つめる。

動きやすい恰好はしているが、身綺麗な少女たち。

銀の髪と桃色の髪の二人の少女。

二人で手を繋いで、辺りを見回して、何度も何度も見まわして。


「………なあ。女生徒、世話係の女生徒たちも薬草を探しているのか?」

「えっ。今日はそんな予定はないと聞いています。 

 いずれ知識として必要でしょうけど、今日はされていないはずです」

「ならば、奴らは侵入をしてきた者たちという事だな」

「えっ侵入!?」


指さすその先にいた少女たちにイオは目を丸くした。


「え、あの髪、どこかで……」

「なんだ、知り合いか? ならばより近くで判断するべきだろう」

「ちょ、ちょっと第二王子殿下! いけませんよ! 危険な人たちだったらどうするんですかっ」



〇〇〇



「はあ……参りましたわ。

 まさか、まさか、コンパスが狂っているなんて…!

 リリアねえさま、大丈夫ですか?」

「ごめんなさい、わたしがあんな事を言わなかったら、

 モモナさまをこんな事に巻き込まなかったのに」

「何を仰っているの。わたくしが行こうと言ったのよ。

 だってそんな素敵な泉があるなら、

 邪気を払うという逸話が本当に力のあるものになって

 あの果実をより良いものにできるじゃありませんか。

 それって素敵な事ですもの。

 ……迷ったのは、その、考えが甘かったのですわ……」


さわさわと風が吹く。

木々が騒めく音は爽やかで、川の音、鳥のさえずり。

心安らぐこの素晴らしい景色と音も、今はどうにも楽しめない。

今、二人は一大事に直面していた。




迷った。




この森のなかで、迷子になっていた。

事の発端は、リリアのみた夢だった。

夢のような泉の話は、嘘ではなかった。

そういうと少し過大解釈となるが、ハイド子爵家の領地の昔流れた噂話。

おとぎ話のような噂が少し前に流れたと言うのは庭師が話してくれた。

それを聞いて、意気揚々と出かけた二人は、今こうして迷子になっていた。

確かに使えたはずのコンパスだったのに、モモナは頭を抱えた。

来た道を戻ろうにも、見渡す限り木、木、木。

森だから当たり前だが、似たような木にしか見えず、目印にもならない。

そして、コンパスがあるからと勿論目印だって何もつけていない。

お互いにお互いの手を強く握る。


「モモナさま」

「リリアねえさま」


涙がこぼれそうな互いの瞳。

お互い自分たちの考えの無さに反省しかない。

もうお互いしか頼れる人はいない、そう思っていた。

そんな時。

大きな音が聞こえた。

がさがさ、ばさばさとかき分けながらこちらに近づく二つの声。

何か大きな獣かと思い、互いを抱き合ったがそうではない。

『誰か』のこえ。

きっと誰か、助けに来てくれたのだとほんの少し安心した。


「クロ! 助けに来てくれた……って何方ですのっ」


思わず名前を呼んだが、そうではなかった。

そこにいたのは、見たこともない二人の少年。

少し淡い色だが、綺麗な金の髪と穏やかな水色の瞳をした少年と、その後ろを少し慌てながら追いかけてきた橙色の髪と黄色の瞳をした少年。全く知らない人たちだった。


「……どなた、だと? お前たちこそ一体誰なんだ。

 ここから先は王国と学園が管理する場所だ。

 そこに近づく不審な奴らめ、まずはお前たちが名乗るべきだろう」

「第二王子殿下、そんな決めつけたりしては……」


何やら揉めているようだが、そんなのはどうでもよかった。

何か失礼な事を言われたが、そんなのもどうでもよかった。

二人は顔を見合わせ、安堵する。

そして。


「良かった! クロじゃないけど、人がきてくれましたわ。

 助かりましたわよ、リリアねえさまっ」

「良かった、本当に良かったです」

「お、おい。人の話をきけ、まず名前を」

「ああよかった。まずはここが今どこなのか聞いて、早く帰りましょ。

 コンパス勝手に持ってきてしまったからお父様に怒られてしまうわ」

「おい話を聞けっ」

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