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『ヒロイン』は何も知らない


ふわり、風に乗って香るシャボン。

清潔なその香りに振り向けば、そこにはまるで花を纏う様な可憐な少女。

ふわふわの栗毛が風に揺れ、桃色の瞳がきらりと光る。

綺麗なシーツがひらりと舞うたびに現れる少女に少年たちは釘づけになる。

きらきらとした笑顔に目が、心が、引き付けられる。



そう。そうに決まっている。


だって私はヒロイン。




「はあ。やっぱり噂なんて頼りにならないな。

 精霊に愛された少女は逸話だけが歩いている女の子なんてさ。

 どうせ嫉妬したどこかの性悪が流した嘘だったんだよ」

「確かになぁ。あんな可愛い上に特別な才能があって、

 入学時のテストだって好成績。嫉妬しない方がおかしいって」

「そうそう。それに彼女、本当なら参加しなくてもいいのに、

 将来国の為に身を尽くす意思のある人たちを支えたいって

 わざわざ参加してきたらしいんだよ。

 やっぱりその辺の令嬢とは心が違うよな~」


聞こえてくる賛美の声に、思わず口角が緩む。

そう。もっと、もっと、もっと称えるべき。

本来ならばもっとこんな言葉でいっぱいになる予定だったのに。

なんという事か、こんなに遅くなってしまった。

あり得ない事だが、挽回は容易い。

幸いここにいるのは物語には関係ないモブが多いが、

その分こうも簡単に『ステラ』を褒め称える。

もっと早くやればよかった。

こんな簡単な事で、誰もが『ステラ』をヒロインとして扱う。



『上手く行ったわね、ステラ。

 あの子たちすっかりステラにメロメロ。

 まあ、当たり前だけれどね』

『当然よ。ステラはあたしたちの加護がある特別な子なの。

 特別に扱われるのが当たり前なのよ、ローラ』

「ふふ。ローラ、メーラありがとう。

 スイとミヤも……ああ、もちろんセーラ。貴方もね。

 あんなくらいで疲れたなんて、仕方がない子ね。

 折角役に立てる良い機会なのに、もう皆あの失態を

 取り返しているのに、仕方のない甘えん坊ね」

『そんな、そんなのひどい。あたち、もうあさから、なんにんも』


あの失態。

春の大きなイベントで風と土の精霊によりなにも出来なくさせられ、

結果大失態を晒してくれたあの時の事。

怪我をして運ばれたその瞬間に、みんなの存在を感じ取ることが出来た。

泣きながら精霊に邪魔をされたと訴えても、結果は覆らなかった。

なんて忌々しい思い出なんだろう。

『ステラ』だけ鬼みたいな難易度にされ、不平等だというのに。

そして、そんな失態をみんな気にして名誉、挽回…返上、だったかしら。

まあそんな感じで、『ステラ』の失態を取り返してくれたのに。

それなのに。

光の精霊という他よりもずっと力がある存在のくせに誰よりも力が弱い。

子供よりも幼いまるで赤ちゃんなセーラはまだ出来ていない。

強い力があるが、だからこそ見せ場を見極めるのが大事で、今がその時なのに。

ほんの少しのかすり傷を十、は越えたと思ったがそれくらいで。

そんなくらいで甘えた事をいうなんて、全く。

普段人を救いたいとうるさい癖になんて甘い子なんだろうか。


『もうセーラ、ステラを困らせないで。

 甘えた事ばかり言って、本当に使えない子!

 ひかりの精霊なんて、嘘で本当はあかりの妖精なんじゃないの、キャハハハ』

『メーラっ、なんて事言うの! セーラだってまだ小さいのよ。

 同じ精霊って言っても成長する時間は違うのだからセーラだって』


ふふ、あかりの妖精なんて面白い。

まあそれくらいだったら、許してあげても良かったのに。

何の役に立つかは知らないけれどね。



〇〇〇


「ガロイジュ男爵令嬢、あなたいつまで洗濯なんてしているの」


冷たい声。

なんなのよ、いきなり。


「え、だって、汚れを落とすには、こうやって」


令嬢ってなあんにも知らないのね。

泥汚れを落とすのは大変で強くこすらなきゃいけない所を

スイの力で水を強く出すことで誰よりも早く出来るのが『ステラ』なのに。

そんな 『ステラ』のお陰で楽に洗濯ができるからって何もかも押し付けて

便利に使おうと、色々押し付けてくるくせに、遅いって何様なのよ。

しっかり教えてやらないとね。


「いいですか。この泥汚れは、真剣に訓練した結果ついたもので

 だからこそ清潔に保たないといけないからこそ、

 こうやって、石鹸を使って強くこすって洗わないと……」

「貴方、何を言っているの? わざわざそんな事しなくても良くなっているのに。

 ガロイジュ男爵家って、貴方が古いやり方をするほどに困窮しているの?」

「え……こんきゅ……はあ!?」


何、いきなり馬鹿にされたんだけど!?

困窮って、こんきゅうって、貧乏だって言いたいのこの失礼な女ッ!

……そんなこと、しなくてもって、なに!?


「ちがうわよ、その方説明しようとした所洗濯物もって走り出したの。

 それでわざわざ騎士見習いたちが見える所でわざわざ洗ったり干したりしてたの。

 さっき苦情が来たわ。

 気になって仕方ないから早く回収してくれって。

 だから何も知らないのよ。

 ここは替わるから、貴方は調理場に行って。

 今日は初日だから皆張り切っててね、やる事多いみたい。

 ええと、ガロイジュ、男爵令嬢さんだったわね。

 今から説明するわ、その山盛りの洗濯物の籠と一緒に来て頂戴」

 「え。は、はあ……」






〇〇〇




「え、なに、これ」



驚いた。

言葉にならない。

うそだ。

こんなの、こんなの、こんなの



「ありえないわっ。何で『洗濯機』があるのよっ。

 それに、『ドライヤー』? それに、あれも、ちょっとどうなってるのよっ」


そこには剣と魔法の世界にはきっと似合わない家電が堂々と置いてあった。

こんなのありえない。

だって、ここはファンタジーで、それで魔法をつかえる『ステラ』が

精霊に愛され、特別な存在である『ステラ』が尊ばれる世界のはずで、

ここでも『ステラ』がまるで便利屋のようにこき使われて、

それで『あの程度で疲れたなんて』って笑われた所をイオが、騎士見習いたちが、

優しく庇ってくれる、そんなイベントがあるはずなのに。

あんなのがあったんじゃ、そんな事、いやその前に世界観台無しなんですけど!?


「あれは水魔法の魔力を感知したり、蓄積させる事でその力を増強して

 水と洗剤で汚れを落とす革命的な魔力を動力にした魔導装置『センタクン』で

 それは炎や火の魔力と風の力を同じように動力にした魔導装置『カワカスン』よ。

 他にも調理に特化した魔導装置、音色を奏でる魔導装置もあるわ。

 それは後で説明するとして、まずはこっちの説明をしないとね」


名前のダサさと衝撃で何もはいってこないんですけど。

なに、これ、どういう事?

やっぱり名前ダサイわ…もっと何かなかったのかしら。

………いや、そうじゃなくて。

どういう事なの、これは。

だって、ここは、こんな変な物なんてないはずで、だから『ステラ』が。

便利に使われてしまうイベントがあるはずで。

どうなっているの!?


「あら、どうしたの?

 ここ十年以内で子供のころ作られたモノの中では

 生活の根底を覆す相当なモノだけれど……?」

「え、あ、その、色々あって、知る機会がなくて、あは、あははは。

 だってわたしには、精霊たちがいるから、こんな怪しげなものを使わなくても

 この石鹸さえあれば、綺麗にできちゃいますしぃ。

 それに、あんな怪しげな装置より、精霊の水魔法の方がご利益あるというか、

 格式高いというか、なんていうか、ねえ……怪しげな装置に頼るなんて、その、

 騎士さんたちに悪いなあって、一生懸命洗った方があっちだった嬉しいと思うし…」

「………そのあなたがつかっている洗剤も、自然や精霊、動物たちに配慮されて

 調合された『怪しげな魔導装置』の制作者が作られたものだけれど?」

「ハァ!?」


なによ、どうなっているのよ。

これじゃあ『ステラ』は世間知らずなお馬鹿さんじゃないの。

こんなはずじゃないのにっ。


「……ガロイジュ男爵令嬢、あなた一度勉強なさった方がよろしいわ。

 血の滲むような努力をしなければ魔法なんてないも同然な世界を

 ここまで便利で生活になくてはならないものにしてくれた功労者を

 そんな言い方をするなんて、ガロイジュ男爵家の名を汚しているも同然だわ。

 いくら養女であっても今の世の中では誰も勉強不足だと許してはくれないでしょうね。

 ……まあそれはあなたの努力でどうにかするべき事だから、ここまでにして。

 さ、魔導装置を稼働させてくれるかしら。

 あなたの魔力だったら、この合宿期間は余裕で動く魔力が蓄積されるでしょう。

 良かったわね、騎士見習いさんの役に立てて」



くすり。

なんて、音が聞こえてきそうな笑いをして言われた。

な、な、なんて、失礼な人たちなのかしらっ。

その上で特別な『ステラ』を動力扱いってなんて、失礼なのっ。

いいわ、あとで思い知らせてやるんだからっ。




〇〇〇



「ああっもう! 腹が立つわっ」


ちいさな部屋に響く苛立ちの声。

それはもちろんわたし『ステラ』。

今日、皆から憧れの中心にいるはずが、どこに行っても邪魔者扱い。

唯一拍手を貰ったのは魔導装置の魔力を注ぐ事だけ。

なにが、『これなら一年は安泰』よ!?

『ステラ』はそんな事の為に来たんじゃないってのっ。

これならショウのイベントの方がマシだったかしら…。

でも、そっちにはアスター王子はいないし、

ツツジ様の振りした転生者を暴いて、アスター王子を取り戻せないもの…。

あと少し、まだ始まったばかりだもの…。

我慢、我慢よ……。

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