ヒロインはフラグをへし折る
つまらない。
つまらない。
つまらない。
『ステラ』になり、皆から愛されるヒロインになれるはずなのに。
はずなのに、一体どういうことなのか。
ようやく学園に入学でき、やっとやっと物語が始まったのに何にも始まっていなかった。
入学しても精霊は何にも言わずに無視されて、変な人と笑われた。
攻略キャラに出会えるイベントスポットに訪れてもそこには誰もいない。
ぼかんとしたモブがこちらを見るだけで、何も起きない空振りばかり。
ようやく訪れた大きなイベントも、思う通りには進まない。
むしろ、散々な結果となり、笑い者になるというとんでもない結果。
なんでよ、どうしてよ!
行き場のない怒りをどこにぶつければいいというの。
何も、何も出来ていないのに時間ばかりが進みあっという間に夏がやって来た。
このままでは長期休暇に入ってしまう。
まずい、まずい、まずい。
夏の長期休暇は、攻略キャラのイベントが目白押しで大変忙しいのだ。
それなのに、なにもなにもできていない。
ここで何か起こしておかないと、あと挽回できそうなのは秋の大イベントしかなくなる。
このままでは、『ステラ』が何もできないまま教会に押し込められるしかなくなる。
いや、むしろ肩書だけの王子の玩具にされるエンドかも…。
考えただけで鳥肌がたつ。
最悪だ。そんな事、絶対お断りだ。
イオとドキドキ合宿イベント。
アスター王子と夜会に立つ為のお勉強会。
レンと薬草を探す為の冒険イベント。
ショウとは知り合いの子爵家とのお泊りイベント。
体が足りないわ……。
全部全部素敵なのに、どうしたらいいの。
でも、最近どうしてかショウルートのイベントばかり起こるのよね。
このままじゃ、選ぶまでもなく、お泊りルート一択……?
というか、イベントが起きたりしないのも全部、もうルートが確定しているのではと最近思うのよね。だって、ショウの事はずっと構っていたし、正直視線が熱くて驚くのよ。
いくら魅力的なキャラでも腹黒ヤキモチ焼きがヤンデレになって他のキャラを排除しはじめたら困るし、一旦ショウの好感度を下げたらイベントが起きると思うのよ。
ショウはこれからもずっと『ステラ』の隣にいるだろうし、何よりこれだけ上げておいたんだし、しばらく構わなくても平気だと思うのよ。
ゲームでも親愛度とかそのままだった気がするし。
………。
うんうん。そうよね。
だって『ステラ』は皆のヒロイン。
早くからショウのものになったら不平等よね。
ショウは誰より早く『ステラ』を知ったんだし、ここでハンデも終わりよね。
ちょっと遅くなったけど学園で知り合う子たちにも平等にチャンスがないと、ね。
うんうん。いい考えだわ。
そうと決まれば、早くやらないと。
いくら夏の休みが長くても時間は有限なんですものっ。
……あら? 階段から誰か、落ちた?
あらあら、随分な大騒ぎね~。ドジな奴もいるもんだわ。
折角これから休みなのに可哀想~。
声が掛かる前に帰らないと、面倒事は御免だわ。
だってこんなイベント知らないし、モブと関わってる場合じゃないのよね。
ああ忙しい忙しい。
〇〇〇
「お帰りなさい義姉さま。明日からはいよいよお休みですね。
毎日同じように過ごせるなんて、とても嬉しいです。
それでですね、父上の知り合いのハイド子爵家に招待頂いた夜会について何ですが……」
きらきら輝いた瞳で駆け寄ってくるショウ。
確かに可愛い。
こんなキラキラした子がヤキモチ焼きで腹黒なんて信じられないわ。
でも、これからの為にちょっと頭を冷やしててね。
こんなに可愛い理想のヒロイン『ステラ』をずっと独り占めしてたんだし、充分よね。
「ごめんねショウ。その事なんだけど、私は行かない事にしたの」
残念そうに、申し訳なさそうに。
ふふん。抜群に可愛いヒロインに見えるでしょ?
「えっ、どういうことですか…?
ドレスだって、あんなに楽しそうに仕立てて……」
驚いたように聞くショウ。
ああ、そんな事あったわね。
確かにドレスは楽しみだったけれど、でもこれからの方が大事よね。
ドレスは着なかったら別の機会にもっと派手にしてもらおうっと。
「うん、そうなんだけどね。
実は剣術合宿のお手伝いの人が足りなくて、どうしてもって頼まれて。
私、皆が困ってるの放っておけなかったの。
だから、手伝う事にしたの。
困っている人を助けるのは、当然だもの。
ショウは、困っている人を放置して遊びましょうなんて言わないわよね」
「そ、そんな、だって」
うふふ。困ってる困ってる。
そんな所も可愛いけど、反論は塞いでおかないとね。
「だって未来の騎士様たちのお手伝いが出来るなんて素敵な事だわ。
それに、お手伝いの子たちは成績が振るわなかった子が
罰のようにやらされているのよ。
そんなの国の為に頑張っている人たちに失礼だと思わない?
だから、私にお願いが回って来たの。
それはとても素晴らしい事だわ。
遊ぶのも楽しいけど、誰かの為に頑張るのも悪くないって
皆に感じてもらえるいい機会だと思うの。
そうすれば、嫌々やっている人たちもきっと素晴らしい経験になるわ」
「……義姉様は、どこまでもお優しいですね……。
自分はなんて浅ましいのでしょうか……」
あら? これじゃあ『ステラ』の好感度、上がっちゃうかしら。
う~んどうしたらいいかしらね。
『ステラ』は理想のヒロインだから、仕方ないわよね~?
「それに、私強い人って憧れてしまうの。
そんな人の近くで、頑張りを応援出来るなんてとても嬉しいわ」
「…え…」
ふふ。驚いてる。
もしかして、自分は想われていると思いあがってた?
ふふ。初心者向けって言われるだけあるわ~。
とりあえず勘違いさせておこう。
「ショウも頑張って体を鍛えてもっと強くならないと。
来年は学園なんだから、頑張ってね」
それにショウが嫌うのは体の弱さを言われる事。
これだけは不機嫌になって好感度下がるのよね。
実は憧れの人がいるみたいで、更に体の弱さを指摘してくる。
これで少しはルートの進行を止められるかもね。
…ほら、なあんにもいわなくなっちゃった。
うふふ。こういうのも良いわね~。
「そんな、だって、ぼ、僕は……」
なにか聞こえた気がするけれど。
まあいいわ。
さて、まずはイオルート。
これで、ショウから物理的に距離も開くし、頭も冷えるでしょ。
べたべた慕われるのも悪くないけど、邪魔するなら少し大人しくして貰わないとね。
さあて。
ドキドキの合宿、楽しみね~。
たしか王子が激励にくるみたいだし、目に留まる様に頑張らないと。
面倒な仕事は押し付けて、美味しい所だけ貰おうっと。