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 カイの怪我はあちこちにあったが傷自体は小さくどれも軽傷と診断された。

大した怪我ではなかったが、誰かに手を出されたのは明白で許せない事だ。

これは『私』だろうがパンジーだろうが、誰もが許せない事だ。

だが、カイは頑なに誰にやられたなんて言う事はなかった。


「……分かった。ならもう今回の怪我については聞かないよ。

 だが、カイ。次同じような目に遭わされたら、必ず話してもらうからな」

「はい、わかりました」


今回についてはもうこれ以上聞くことは諦めた。

聞けば聞くほどに頑なになるカイの態度にパンジーの旦那と共に諦めた、というのが正しいけれど。

次がない事を願いたいが、きっとそうもいかないのだろう。

誰かにやられたのなら、確実に『次』はある。

今すぐではなくても、必ずだ。


「母上、明日はどうしても行かなくてはいけませんか」

「カイの怪我は予測できるものではないでしょう? 

 心配なのはわかるけれど怪我自体は軽傷でカイの体も異常なかったから、

 安心して頂戴、リク。

 お母様が傍にいてカイを見守るからね」

「念のため明日訓練するのはやめなさい、カイ」


カイは小さな返事をして、部屋へと戻って行った。

もしかして、ウザ……鬱陶しかったかしら。だとしたら後で、謝らないと。

傍にいて、見守るなんて小さな子供扱い、嫌だった……?

やめた方がいいかしら…。

パンジーの知識と振る舞いを借りても、どうしたら良かったか何も分からない。

『私』では、何も気の利いた言葉浮かばないわ。



「お兄様が、カイお兄様がお怪我を!? 大丈夫なんですか!?」

「ええ。ただの擦り傷とはいっても心配だから激しい運動はやめてもらっているの。

 あとでお菓子を運んでもらうから、先に部屋に行ってもらえるかしらリリア」

「はい。二人でお菓子なんて、秘密みたいで楽しみです」


バレバレの秘密なんだけど、微笑む推し可愛い。

カイもリリアにはゆるゆるだから、ぽろっと言ったり……しないか……。

とりあえず、彼の心を癒すにはリリアは素晴らしいぐらいに特効だと信じる。

我が家の光なのよ?

ほんの少しでも、せめて心だけでも安らいだら、良いと思うの。

それにしても、どうしてこんな事になったのかしら。

どうして、カイがこんな目に遭わなければならないの。

カイを傷つけて、リクやリリアにまで悲しい顔をさせる様なことをしたのかしら。

許せない。

そんな気持ちはもちろんある。

けれど、心は複雑だった。

どうしてそんな悪意を向けたのか。何故という疑問もほんの少し湧いた。



〇〇〇


 「リク様、また学園で」

「ええ。次はリリアとカイも、エリザ嬢とご友人と交えてお茶を楽しみましょう」

「ご友人はちょっと…その、あんまり見られたくないというか…ええ、そうですわね。

 私、頑張りますわ!」

「頑張る?」


伯爵家の三女とはリリアにとても良くしてくれるエリザ嬢の事だった。

たしかに伯爵家であるが、まさかというか、ちょっと安堵したというか。

知っている方で良かったという安心が大きい。

数年前のあの出来事から、リリアはすっかり仲良くなってしまったし、カイとも知らぬ間に仲良くなっていたが、リクにはどこか遠慮していたがほんの少しそれが無くなっていた。

あっという間のようで長い期間作られていた壁はほんの少し低くなっていた。

それは二人にとってはきっと大きな一歩だっただろうと、思う。


「カイ、体は大丈夫かしら」

「平気です。明日は学園へ行ってもいいですよね?」


夕食をぱくぱく食べながらカイは言う。

体調も、食欲もあるがやはり怪我はまだ痛ましく残っている。


「もう一日休んだ方が良いんじゃないか?」

「兄上、二日も休息を取ったんです。次は動かさないと体が鈍ります。

 それに勉強だって頑張らないといけませんから」

「……カイ。何かあったらすぐに言いなさい。

 今度そんな事をされて『何もない』と言うならお前が何を言っても

 休ませるからな。何度も言うがそれを約束できるなら、だ」


珍しく言葉の強い父親の言葉にカイは言葉をなくして、頷くだけだった。

何も言わない今、『私』にパンジーに何が出来るのだろうか。

たとえ分かった所で、何かできるのだろうか。

爵位と言う明確な身分があるこの世界で、どうしたらパンジーの大切な存在を守れるのか。

もう既に『私』にとっても大切な子ではあるけれど。

こんな時『パンジー』ならどうするのだろうか。

本来の彼女ならば、きっと、もっと、毅然とした対応をしたのだろうか。

立場を乗っ取った様な『私』がもっと、ちゃんと、やらなければいけないのに。

弱気になって、なんて情けないのだろうか。

もう、『私』はリリアだけを幸せにするだけではいけないのだ。

リリアも、リクも、カイも、彼女の旦那も、そして領民たちもだ。

全てを幸せになんて出来っこないけれど、ただ平凡に、平穏に生きる事を願っていかなければ。


「カイ、何かあったら必ず頼って欲しいわ。

 私は、頼りないかもしれないし、力になれないかもしれない。

 けれど、けれどね。

 貴方を守るのは、私たちの役目よ。

 お父様も、私も必ず貴方の為に頑張るから、次は何も隠さないで。

 どんな小さな事でも必ず言って。頼りなさい。甘えなさい。

 恥ずかしいなんて言って逃げたら、許さないわ」


言葉は、返事は、返ってこなかった。

けれど、カイは小さく頷いた。

本当ならこれで後は何もない方がいい。

頼られる事なんてない方がいい。

『私』が出来るのは味方であると伝えられるくらいだ。

それくらい、なんて思わない事にしよう。

これからも、『私』はそうしていこう。

ただ全力に、リリアとその周囲の人を僅かでも幸せにしよう。

周りの人が幸せならリリアだって嬉しいし、『私』も嬉しい。

今はそう考えていこう。

直接現場を見られる立場でない以上、出来る事は少ない。

パンジーは彼らを守る立場なのだ。

親として、パンジーの立場でしかできない事がきっとある。

今はそうするしかないのだ。


「そ、そう言えばリリアもうすぐレクリエーションがあるんだよ」

「はい! とても楽しみです」

「れくり………、それって……」


リクが重くなってしまった空気を換えようと提供した話題。

レクリエーションにふと、『私』の中にある記憶が呼び起こされる。

それは、このゲーム中での大きなイベントの一つだ。

特別なスチルを見せてくれて、なおかつ大きく親密度及び好感度が跳ね上がる美味しいおいしいイベントだ。すっかり学校生活になれた新入生たちも交えて、精霊が住まうという伝承がある自然の迷宮を各々力を合わせてゴールまでいくと言うものなのだ。

精霊に愛されたヒロインは引っ張りだこで選び放題なのだが、そんな彼女に対し面白くないと思う人だって当然いるので妨害されて危険な目に遭うのだけどそのおかげでより攻略キャラとの絆も深められると言う……まあ今までのご褒美だ。

………リリアには関係ないイベントだったけれど今はこうやって楽しみにできる。

やっぱり同級生とかの立場も羨ましくないとといえばウソになる。

でも、あとでたっくさんお話聞くんだもん。目に焼き付けたかった!!!

けれど今はそんな『私』の私欲よりも、親としての立場からくる心配の方が優先だ。

ある程度監視の目があるとは言え、カイにもリリアにも何事も無ければ良いな…。



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