とある伯爵令嬢と伯爵令息のお茶会
「何を勝手に決めているのですかっ! お父様っっ」
「だって、お父様だってエリザちゃんに幸せになってもらいたかったんだっ。
自由にしていいとは言ったが、お父様心配なんだよっ」
「そんな、いきなりそんな場を設けられても困りますわっ。私には、私には……っ」
涼やかな横顔、優しい笑顔、愛に満ちたその視線。
理知的な紫の瞳が神秘的で、それはまるで美しい絵画の様だと心奪われた存在。
そう。私には心に決めた方がいる。
けれど、それは淡い憧れとして心に秘めると決めていたのに。
私の名前はエリザ。エリザ・ダンカー。
とある伯爵家の三女で兄が爵位を継ぐ為に勉強中、二人の姉もそれぞれ嫁ぎ生活は何も困っておりません。
悩みがあるとすれば、困っている事なんて何もない事でしょう。
なんて贅沢なのだろう。
お父様は兄と共に領地を経営し、領民たちとの関係も良好。
義姉との関係だって良好そのもの。
お話に出てきそうなくらい仲の良い両親と出来の良い兄と姉たち。
そう。家は、領地は、何にも困っていない。
困っているのは、この私の将来くらいでしょう。
三女として生まれた私は将来に口を出される事は少なかったです。
末娘として親からも兄と姉からも可愛がられた私はそれはもう有名な我儘なお姫様だった。
思い出すのが恥ずかしいくらいの自分の過ちの数々も家族たちからは可愛くて仕方がないと許されまくった。そんな娘の先なんて言わなくても分かるでしょう。
何をしても許されると思いあがっている勘違いお姫様の出来上がり。
今やり直せるなら鞭で叩かれたって我慢する。
それくらいに昔の自分はあまりにも痛々しい。消せるものなら消してくれ。
「エリザちゃん、もしかして誰か好きな人がいるのかい?」
「ち、ちが、違いますわ!
私は、私は、ツツジ様…ブーケ公爵令嬢の下で働きますの!
ですから、もっともっと勉強してブーケ公爵令嬢に
仕えるに相応しい立ち振る舞いを学ばなくてはならないのにっ、
そんな事に付き合ってられませんの!」
「エリザちゃんがっ、夢を見つけるのは素晴らしいが、
お父様は綺麗なドレスを着ているエリザちゃんも諦めきれないのだよ!?
それにもう約束したから今更変更なんて出来ないよ!
お父様の為に我慢しておくれ! 髪飾りでもドレスでもなんでも買ってあげるからね!」
「いりませんわ! もう沢山あります!!」
お父様は家族愛が強すぎて、優秀なのに愛が強すぎてたまに残念と言われる程に愛してくれました。
私が愚かな事をして、まだ子爵令嬢だったツツジ様と知り合ったときも家の事を心配せず、私が何もなかった事に三日三晩ブーケ公爵領の方角に向かいながら、感謝しながら泣いていたと目元が腫れたお母さまから聞きました。
それを聞いて自分の愚かさを知りました。
ただ一人の方の愛を求めるばかりに、私はとんでもない間違いをしてしまった事に気づいたのです。
求めなくとも、こんなにも大きな愛をくれる存在がこんなにも近くに、そして沢山いたのを忘れていたのです。
なんと幸せな事なんでしょう。
こんな身近に愛してくれる人たちがいて、その愛を当たり前だと思っていた傲慢な自分に決別する為、私はその初めての恋を心にしまうのです。
家族に危害を加えた存在に惚れられるなんていい気分にならないでしょうから。
そう。私は貴族。
いくら親が自由にして良いと言っても、家と家を繋ぐための駒となるのは当然なのです。
仕事に生きたいと願っても、それは理想でしかないの。
大好きな家族と、その家族が守る領民たちの為ならこの婚約話受けて立ちますわ。
〇〇〇
「いやあ! まさか、まさか、ハイド子爵家からご紹介されたのがあなた方とは!
これは最早神による悪戯でしょうか? まさかリリア嬢のお兄様だなんて!
エリザちゃん、知っている方でよかったね!
ハイド子爵家も私の喜ばせ方を分かってらっしゃる!
こんな素晴らしい切り札をお持ちとは、さあさあ! 顔見知りなんだからそんな遠慮しないで!」
嘘よ。
こんなの、おかしいわ。
何が神様の悪戯よ。嫌がらせじゃないの。
目の前に、目の前に、リク様……いいえプランタ伯爵令息がいるなんて。
黒髪が、紫の目が神秘的で理知的で、やっばり美しいわ。
いやそうじゃなくて、見惚れている場合じゃなくて。
こんな事あり得るの!?
というか、お父様のこの興奮具合はなんなの。
知っているし、学園も、クラスも……頑張って同じにしたのよ。
維持するの、大変だけれど……話せなくても、せめて同じ空間には居たい、ただそれだけなんだけど。
お喋りがすぎるお父様を引きずるように大人たちは私たちを二人にして出ていく。
途端に鳥のさえずりと風の音がよおく聞こえるくらいには静かになった。
どうしよう。どうしたらいいの。
この間だって気まずい所を見られて、助けられたけれど失望されたに決まっているわ。
あんな事で絡んで、泣かせて、前と変わらないわ。
……あ、そう言えば予鈴のせいでお礼を言えてなかったわ。
あの時、廊下で起こしてしまった騒ぎ。
「あ、あの。プランタ伯爵令息、この間は助けて頂いて有難うございます。
私、こう吊り上がった目をしてますし、口調も強くて厳しいですし、
貴方の様に気の利いた言葉なんて言えなくて、相手を泣かせてしまいました」
「…あ、いえ、ダンカー伯爵令嬢を傷つけたかったわけではなくて、
気にされてましたか……。申し訳ありません。
私はただ、貴方はいつもリリアに礼儀作法を教えておられますから、
そんなあなたが筋違いな事を言って泣かせるなんて事しないと知っています。
けれど、私の言葉を気にされていたのなら、申し訳ありません」
「いいえっ、そんな! 頭を上げてくださいませっ」
リク様が、プランタ伯爵令息が謝る事なんて一つもないのにどうして。
どうして私に、謝っているの。
そんなの、おかしいわ。
「ち、違うんです。わたくし、わた、私……嬉しかったのです」
「え?」
ぽかんとした顔でリク様が見つめる。
そんな表情も素敵。
って、見惚れている場合ではありませんわ。
「吊り上がった目で、厳しい言葉遣いで、細かい事にうるさくて。
我儘娘だったくせにと言われることだってあります。
あの時だって『あんなくらいで泣かせた』と私を非難する声がありました。
他の方だって声に出さないだけで、私が悪いと思っていたでしょう。
だけど、だけど……あなたは違いました。
プランタ伯爵令息、あなただけは私を庇ってくれました。
悪くないと、言ってくれました。
私はあんなことをしたというのに、あなたは助けてくれました。
謝罪なんていりません。
貴方が信じてくれたなら、この吊り上がった瞳も、キツイ言葉遣いも
少しは好きになれるかもしれません」
吊り上がった目は、睨んでいるようだといつも言われた。
幼いころから一緒の友人たちがいなければ、私はきっと煙たがられる存在だ。
自分は誰にでも愛されると信じて疑わない勘違い娘。
それが上手く行かないから、想い人の最愛の存在を傷つける非常識令嬢。
あの時、ツツジ様が間に入ってくれなければきっと家ごと没落させただろう厄介者。
それがあろうがなかろうが、きっと歓迎される様な存在ではない。
けれど、あの時から、確実に私は変われた。
きっかけは、きっと間違いなく、真っ白で危なっかしい可愛い妹分のお陰だ。
あれだけの悪意を向けたのに、そんなのなかったとばかりに接してくれる心配になるくらいの良い子。
「リリアが、あなたを慕っています。
いつもダンカー伯爵令嬢は凄いのだと話しているんです。
あなた達の様に美しい所作を身に付けるのだと日々頑張っている妹の姿に
もう昔の様な振る舞いをするあなたではないと教えられました。
幼い日の私はあの時の事を許せずにいました。
恥ずかしい事に、弟や妹の様に振る舞う事が出来ず、話す話題もなく、
ただ時間と距離が開くばかりで、気づいたらもうこんなに経っていました。
……随分時間が掛かりましたが、私とも話して頂けますか?
妹や弟のついでで構いませんので」
「そそそ、そんな! ついでだなんて勿体ない言葉ですわっ!?
是非、というか、その、えっと。
私も、その、ずっと、おはなし、したくて……でも、私の所業は、悪魔の様で」
話してもらえませんか? ですってえ!?
そんな勿体ない言葉を受け取っていいんですの!?
いいんですの!?
「あんなにも妹に良くしてくださっているダンカー伯爵令嬢が今更何を言うのですか。
リリアは既にあなたを姉の様に慕っています。
弟とも仲良くしてくださっているのに。
あの時はお互い子供だった、それではいけませんか?」
「り……、プランタ伯爵令息……ありがとうございます」
「リクです。家でのお茶会くらいはそう呼んでも誰も咎めませんよ」
「…………そ、ソウデスヨネ……あいえ…そう、させて頂きます……」
期待、してしまった。
そう、ですわよね。
学園内では下世話な想像をされても、迷惑ですものね…。
「私も家でのお茶会の時はお名前をお呼びしてもよろしいですか?」
「ひえっ!? そんな、身に余る栄誉ですわ!? いいのですかっ?」
「私はただの伯爵令息ですから、そんな大事では」
大事だわ!
だって、だって、ずっと名前を呼んでもらいたい相手なんですもの。
それがたとえちょっとした知り合いに対しての呼び方でも嬉しすぎますわっ。
それから、他愛のない話が続いたがそれでも私には夢の様な時間だった。
もっと長く、この時間が続けばいいのに。
そう願う程に幸せな時間だった。
「では、エリザ嬢。次は学園で会いましょう」
「え、え、ええ……り、リクさま」
ようやくクラスメイトくらいにはなれたかしら。
ほんの少しだけでも、傍にいられるならそれで、それで構わないの。
この恋心は、あともう少ししか抱けないもの。
ゴールデンウィーク中少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。