『ヒロイン』は思い違いをする
「なんなのあの方。さっきから廊下を走って何度も行ったり来たり……」
「駄目よ! 視線を合わせたら! ほら、あの人中庭の木に話しかけてたっていう……」
「そうよ。それにちらちらこっちを見てるわ。関わってはいけないわ」
ぱたぱた、ばたばた。
何度も何度も何度も長い廊下を往復する。
こんなにも走っているのに、誰も何もいわないなんておかしい!
『花言葉は愛を紡ぐ』は嫌がらせはあれど、全てモブからでライバル令嬢は気高く、嫌がらせといっても殆ど未遂にしかならず、大したダメージは負うことはない。
『ステラ』もすぐに精霊に愛された存在と知られる為、虐めるなんてとんでもないと言う空気が流れるはずなのに。それだからか分からないが誰も何も言ってこない。
おかしいわ。これだけ何度も往復していれば、誰かとぶつかるか注意されるかくらいは起こるとおもったのに。なんにも起きないなんておかしいわ!
『ステラ』と攻略キャラと出会わせる為の作戦の一つ目は廊下をただ歩いていた『ステラ』が理不尽に注意され、泣くと言うものよ。
可愛らしいヒロインが難癖をつけられていたら、きっと庇われるのは『ステラ』に決まっているわ。
確かアスター王子のルートでは王子に声をかけられていた『ステラ』を僻んで難癖をつけられている所をツツジ様に助けられて、作法を知らないならとヒロインを自分の庇護下に入れてくれるのよ。
そこで更に王子と『ステラ』は仲を深めて、そんな真実の愛を知るツツジ様は身を引く決意を固めていくのよね。早くツツジ様に会う為にも上手く行かせなければ。
二つ目は誰かとぶつかってか弱い『ステラ』がいかに心優しいかを見せつけるのよ。
誰とぶつかっても、か弱く倒れれば『ステラ』が被害者なのは明白。
そんな時、自分の事を置いておいてセーラの力で相手を癒す。
そうすれば、相手は感謝と敬意を『ステラ』に払うでしょう。
周りだって『ステラ』がいかに優れた存在かわかるでしょう。
どっちに転んでも『ステラ』の魅力アップに違いないというのに。
話しかけてこない上に皆に避けられる。
ギリギリ走らない程度に何度も往復するの、結構疲れるのよ!?
早くしてよ! 息が上がったら可愛くないでしょ!?
「ちょっとあなた! 廊下を走ったら危ないでしょう。
誰かが怪我をしたらどうするの!?」
キターーー!!!
やっと、やっと引っかかってくれたわね!
その正義感、『ステラ』の為に利用させてもらうわね。お馬鹿さん。
「そ、そんな……わたし……走ってなんて……」
うるるん、きゅるるーん。
なんて効果音が鳴りそうな程大きくて、涙がこぼれる瞳。
桃色のほっぺに、突然の悪意に震える体。
どれをとっても『ステラ』は最高にヒロインしてるわ。
「あなた、聞いているの?」
「ひっ」
大げさに怖がれば、周りは『ステラ』とお馬鹿さんを見る。
つり目がキツイ女性と怯える小柄な少女。
どう見たって、『ステラ』の勝ちだわ。
金色の髪に、吊り上がった目、キツイ言葉遣いでマナーだ、礼儀だと煩い所を見るに、典型的モブの嫌がらせ担当と言う所かしら。だってライバル令嬢はこんな事しないもの。
『ステラ』の魅力の為に悪役として利用させてもらうわ。
「そんな、いきなり言われても、わたし…っひ……ううっ」
はらはらと涙を流せば、空気は変わる。
ほんの少し走っていただけのか弱い少女にキツイ言葉を投げかけた相手を非難するに決まっている。
だってどう見ても、『ステラ』は可愛くて守りたくなるヒロインであっちはモブでしかないのよ。
『ステラ』の勝ちよ。早く展開の犠牲になってよ。
泣いている『ステラ』と吊り上がった目で睨んでいるモブ。見たらわかるでしょ。
「走ったくらいで、泣かすなんてさすがはダンカー伯爵令嬢だよな」
「ほんとほんと。ツツジ様に気に入られてるからって調子乗ってんるんじゃない」
「相手は年下なのに泣かす事ないと思うぜ」
そうそう。その調子よ。
その調子で次は攻略キャラを呼び寄せてよ。あんなモブたちじゃなくて。
男中心だけど広がる『ステラ』を心配する声に目の前のモブ令嬢はどんどん顔色が悪くなる。
ツツジ様に気に入られてるなら丁度いいわ。
その立場、『ステラ』が貰ってあげるから安心して学園から出て行ってくれていいのよ。
「何の騒ぎですか」
その声にざわざわと広がっていた声がしん、と静かになる。
折角上手く行っていたのに、一体どこの誰なのよ。
むっ、として見上げればそこには美しいと言う言葉が似合う青年がいた。
黒い髪に紫の瞳がとてもとても、魅力的な美青年。
誰よ……こんなキャラ、知らないわよ!?
まさか、ここは埃をかぶっていた『花言葉は愛を紡ぐ』ではなくて、新作の『花言葉は愛を紡ぐ』!?
そして彼は、その新規攻略キャラ!?
そう考えれば、どんなに攻略知識を使って頑張っても無駄な事がよくわかるわ。
古い知識では、どうしたって上手くいかないわよね!? 通用しないわけだわ。
「り……プランタ伯爵令息、これは……」
彼が登場した途端、さっきよりも顔色が悪くなったのを見逃さなかった。
ふふん。全てわかったわ。
これはこの新規キャラの為のイベントなのね。
最近の流行りを取り込んで、いよいよこのゲームにもわかりやすい悪役令嬢が作られたってわけね。
そしてその悪役令嬢さんのお相手がこの紫が綺麗な美男子の伯爵令息さん。
今までの失敗を取り返すにはお釣りがくるくらいのイベントだわ。
最初の攻略、『ステラ』が決めてあげるんだから。
「わ、わたし……! 走ってなんてないのに、この方がっ」
「あ、貴方! プランタ伯爵令息に何を吹き込むつもり!?」
「ふきこむなんて、そんな、わたし…っ」
ああ。困るのね。
なら、もっと困ればいいのよ。
どうせ、悪役令嬢なら酷い目に遭うのがお約束なんだから。
それが早くなっただけだわ。
ここは『ステラ』が愛されるために用意された世界なのよ。
その最初の犠牲になるだけ。
ただのモブならもっとマシだったのに悪役令嬢って可哀想。
「一体何があったんですか? ダンカー伯爵令嬢」
「い、いえ。ただ、こちらの方が廊下を走っておられたから少し注意をしただけです。
そうしたら、その、急に泣いて、それで、その」
「……そうでしたか」
随分冷めきった仲ね。家名で呼び合うなんて。
そんなに終わった関係なら、もう貰っても構わないわよね。
『ステラ』の愛する存在の一人として貰っても困らないでしょう?
トドメ、さしてやらないと。
「そんな、ひどい…」
『ステラ』のか弱い姿をみてよ。
護ってあげなくちゃ、と思うでしょう。
「ダンカー伯爵令嬢は、口調が強くて厳しく聞こえるかもしれませんが、
彼女は決して間違った事を言ったりしません。
むしろ誰もが『これくらいで』と思う事の方が耳が痛く聞こえましょう。
けれどそれは彼女が正しいと皆が感じているからでしょう。
正しい意見を受け入れるのは中々難しいですからね。
そちらの方も慣れない学校生活で疲れ、精霊様と追いかけっこしていただけでしょう。
ですが、いくら精霊に愛された方とはいえ廊下では今後しない様に。
これからは精霊様と遊ぶなら外でお願いしますね」
……えっなにそれ。
「精霊と追いかけっこですって。さすがはプランタ伯爵令息ね。
お優しいお言葉ね。面白いお方だわ」
「そうかしら。優しく見えて、『次はないぞ』と言っているに等しいですわよ」
「さすがは書記として推薦されただけありますわ」
「まあ、確かにそうだな。ダンカー伯爵令嬢は言葉はきついが当然の事だよな」
「そうだな……。母上の言葉が受け入れがたいのって俺が悪いのは分かってるけど、
決めつけられるとこっちも言い返したくなるっていうか……」
「ああ。俺も兄上に謝らないとな」
「侯爵令息に気に入られただけはあるよな、あいつ」
ちょっと待ちなさいよ。
これじゃ『ステラ』は精霊と遊ぶメルヘン頭令嬢になっちゃうじゃないの。
家名で呼び合うくらいに冷え切っているのに、どうして庇うのよ。
普通、『またそうやって傷つけたんですか』って吐き捨てるはずでしょう。
そんな、また上手く行かなかったの?
『ステラ』を選ばないの? 攻略キャラじゃないの?
何もかも分からないまま、『ステラ』は予鈴の音と共にその場に取り残されてしまった。
慌てて教室に戻れば、廊下を何度も往復していた映像を見せられて注意を受けた。
ちょっとした騒ぎを起こして生徒会の人のお世話になったことも知られてしまった。
せっかくテストを頑張ったのに、礼儀はちょっと残念みたく見られるなんて……!
まだよっ。
まだ、始まったばかりなのよ。
そんな時にここがよく知る世界じゃないと分かったのは良かったわ。
きっと他にも増えてるんじゃないかしら! 攻略キャラが!!
楽しみが増えたと、考えるのよ『ステラ』!