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どうしてもパンジーが介入できない所は視点を変えています。
基本はパンジー視点です
桃色の花が咲き誇る季節がやってきた。
そう。いよいよゲームの物語が始まるのだ。
アイローズの御付きとして学園へ同行するくらいしかできなかったリリアがきちんと生徒として、
堂々と入学できるようになるなんて感慨深い。
清楚で可愛い制服を着る妄想を何度描いたかわからない。
目の前で嬉しそうにしているリリアを見て『私』は感無量だ。
「リリア。入学式が終わったら学校内を案内するよ。
温室が素晴らしいから、きっと気に入るよ」
「ズルいぞカイ! 私だってリリアを案内する! 私の方が詳しいんだ」
「兄上は生徒会の仕事があるでしょう。いけませんよ、役目を放棄するなど。
折角能力を見込まれ、推薦されたのですから真面目に取り組まなくては」
「ぐ、う……それは、そうだな……。まあこれからは三人で昼ごはんも食べられるのだし、
楽しみは取っておかなくては。カイ、リリアの事を頼むぞ」
校内案内するだけなのだけど、相変わらず可愛がってくれて本当にありがたい。
あれからリクは真面目に学業に取り組み、なんと生徒会の書記に推薦された。
元々魔法学の時に親しくなった侯爵令息に見込まれて推薦と、驚きの事が起きた。
まあリクは元々優秀であるとは思っていたが、これには嬉しくてにやけが止まらない。
役職に就くことが全てではないが、彼の頑張りを認めてもらえたようで『私』まで誇らしい。
そのおかげで最近は忙しいようだが、これからも適度に頑張ってほしい。
「もちろんです。リリアの友人も含めて護ると誓います」
胸を張り、堂々としているカイはとても頼もしい。
これもまた成長だろう。拍手を送りたい。もちろん大喝采だ。
入学式。
それはゲームの始まり、プロローグだ。
男爵令嬢として迎え入れられた『ヒロイン』は学園に通う事となる。
あっさり入学式を終えると早くも自由行動がはじまる。
校内を探検するか、図書室で本を読むか、家に帰るか、それとも。
それとも、学園の大樹の下で穏やかに日向ぼっこ。
それぞれ攻略キャラとの初めての出会いだ。
そして、そこで精霊に愛されている事を示す出来事が起こり、ヒロインが特別な存在だと
周囲に知られるというとても重要な事も起こるが、『私』たちには無関係だ。
リリアはまずイオルート以外ではヒロインとの接点はない。
選んでも、交わす会話はほんの僅かしかない。
「今日は天気が良いですね」ぐらいの会話もないくらいに接点はない。
言ってて悲しくなるが、ヒロインからしてみればライバルキャラの後ろにいる背景程度だろう。
リリアと共にいることが当たり前すぎて忘れていたが、本当にそれくらいの立ち位置なのだ。
なので、リリアが攻略キャラと絡むとか、ヒロインに何かされる心配はない。
そこについては何も心配していないが、問題はアイローズだろう。
恐らく頼りにするはずであったリンドゥーラのドレスや宝飾品やらを奪われたと思っている兄からきっと何かを吹き込まれたりしていないだろうか。
没落寸前と言われていたが、今では何やら胡散臭い商売をしているとかで随分羽振りも良くなったと噂だ。相変わらず平穏な『私』たちを見下す気満々だろう。
『私』や伯爵である夫には言えなくても、リリアには充分あり得る。
なにせ学園は大人の目が届かない。
小さな社交場、社会の縮図なのだ。
彼女がどんな教育をされてきたかは不明だが、あの兄のことだ。
きっとリリアに対し、恨みを抱き良くない事を画策していないか、不安だ。
けれど、今のリリアにはリクもカイも、頼れるお姉様たちもいる。
学園へは『私』はいけないが、頼りになる存在が傍にいる。
それにリリアはもう何もできずに絶望している子ではない。
『私』が信じてあげないと誰が信じるのだ。
〇〇〇
「リリア、こっちよ」
「待ってください、エリザ様」
真新しい制服を翻し、走るのは可愛らしい令嬢だった。
銀色の髪は光に照らされて、キラキラ輝く。
それだけで、いかに豊かな暮らしをし、愛されているかを示している。
大きな瞳は新しい生活が始まる期待に胸を弾ませているのか、嬉しさや楽しさを隠さない。
令嬢が嬉しそうに駆け寄ったのは、少し大人びた令嬢だった。
金色の髪はまた美しく整えられ、可愛らしいリボンがそれを彩る。
意志の強そうな瞳だが、少女を見つめる視線は優しさに溢れていた。
「もう。そんなに走ってはいけないわ。
今日だけは許してあげるけど、明日からは気を付けなさい。
ゆっくりと、しずしずと、ね。わかっているでしょう?」
「申し訳ありません。エリザ様と久しぶりに会えたので、つい」
「もう。そんな調子の良い事いって! ミリアくらいにしか通用しませんからね?」
つん、と突き放したように言うも頬はほんのり桃色に染まり、視線を逸らす。
そんな様子をにこにこと嬉しそうに見つめる二人のやりとりはまるで姉妹の様にも見えるだろう。
プランタ伯爵家養女のリリア、そしてダンカー伯爵家令嬢エリザ。
二人は親密な仲の令嬢だ。
最初の出会いこそ最悪だったが、とある出来事をきっかけにその仲を深めた。
今では他の令嬢も交え、頻繁にお茶会を共にする程だ。
可愛らしい印象のリリアは他の令嬢より一つ下という事もあり、妹の様に可愛がられていた。
「さあ、早くいきましょ。ツツジ様のサロンで皆待っているわよ。
その後で、学園内を見学しましょう。庭園がとても素晴らしいの。
花が咲き乱れていてね、きっと気に入るわよ」
「楽しみです!」
微笑みながらのやり取りの中、ふと声が聞こえる。
それは少し怒ったような、強い声だった。
「もう! どうして返事をしてくれないのよ!」
中庭をふと見れば、そこにはひと際大きな木に向かって大きな声で怒っている少女が見えた。
同じくまだぴかぴかの制服を着ている栗色の髪の毛をした可愛らしい令嬢。
だが、やっている行動はとても不可解だった。
「ねえねえ。私とお喋りしましょうよ。
いくらステラが可愛いからといって照れなくてもいいのよ。
わたし、入学したばかりで不安なの。
優しい大樹の精霊さん。そこにいるんでしょう? 無視はよくないわよ!」
さわさわと風で木の葉が揺れる以外特になにもない木に向かって話しかける少女の姿。
それに対し、リリアは首を傾げた。
「あの方、どうなされたのでしょう」
当然の言葉。
そんな言葉にエリザは少し考えてから、答えた。
「………リリア。見なかった事にしなさい。
きっと入学式で疲れてしまったのよ。忘れてしまいなさい。
帰ってからご両親に話したりしてはいけないわよ」
「そうなんですか? わかりました」
「そうよ。そうなさい。サロンでも話したりしないように。
緊張とか、これからの事に期待して疲れてしまったの。
本人と顔を合わせても聞いたりしないようにね」
「はいっ」
リリアに言い聞かす様にして、その場をそそくさと立ち去った。
後ろではまだ少女が必死に声を上げていた。
だが、きっと求める声は返ってこなかったのだろう。
ちゅんちゅん、ぴちちと小鳥のさえずりだけが聞こえた。
「これじゃあアスター王子とのイベントが始まらないじゃないの~!」
大きな声に小鳥たちさえにも逃げられ、少女の周りはまた静かになった。
〇〇
「よく来てくれたわ。今日という日をずっと待っていたのよ」
「ツツジさま、ご招待いただきありがとうございます」
「当たり前よ。リリアも私の大切なお友達ですもの。
学園でみんなとこうしてお茶会をするのがとても楽しみだったの。
これからはもっと誘って差し上げるから覚悟なさってね」
「まあ。ツツジ様ったら」
明るい笑い声が響く。
そこにはリリアにとってよく知る顔ぶればかりだった。
仲良しで憧れの令嬢たち、その中にリリアの知らない麗しい青年がいた。
友人でありつつも、憧れを向ける令嬢たちの中でも特に強く憧れるツツジと仲睦まじい姿を見せる青年をリリアは知らなかった。
淡い金の髪に、緑色の瞳。ただ佇むそれだけで絵画の様に美しい。
うっかり見惚れる程の美青年にリリアは首を傾げた。
「リリアとは初対面でしたわね。
こちらは私の婚約者、アスターよ。一応、この国の第一王子だけど
学園では程々に敬意を払えばいいわ。緊張しないでね」
「中々手厳しい紹介だね、ツツジ。
はじめまして、プランタ伯爵令嬢。私はアスター。
このサロンには立ち入る事はないが、今後名前を憶えてもらえるとありがたい」
「だ、第一王子殿下なんですか!?」
あまりに気軽な紹介の仕方にリリアの方が驚く。
「私たちにも同じようにいわれましたのよ」
「本当に驚きますわよね……」
「……そ、それでツツジ様。お話ししたい事とは何でしょうか」
今日このサロンに呼ばれたのはお茶会を嗜むだけではなかった。
どうしても皆の耳には入れておきたい事があるから、是非参加してほしいと言われたからだった。
エリザがそれを促すと、アスターとツツジは顔を見合わせてこくりと頷く。
「君たち、王宮に勤める気があるかな」
「お、王宮に?」
驚きの声が上がる。
戸惑いながら、ツツジに視線を向ければそれはそれは優雅な笑みを浮かべていた。
「あなた達を私の侍女として勧誘しているの。
ああ、エリザ。貴方はもちろん恋の結果が出てからでいいわ。
伯爵夫人になるかもしれない子は無理には誘えないからね。
でもあなたはとても優秀だから、声をかけておかないと誰かに取られてしまうもの」
「こ、恋だなんて! 私は、そんなっ」
『恋』という言葉を言われ、エリザの頬は一気に赤くなる。
名前は出ていないが、皆が想像するのはただ一人。
その様子に周りもにこにこと微笑むだけ。
「あら、良いじゃないの。エリザ、何をするにしても心残りはない方がよろしくてよ。
それにどんな事になっても私とあなたたちは友人よ」
「そうですわ、エリザ様。いくらあなたのした事があんなことでも、
リク様は聡明な方ですから今はきちんと過ごしているエリザ様を評価なさいますわ」
「そうかしら。いくらリリア様が許していても、リク様の気持ちはわかりませんわ。
でも何があっても私たちの友情は変わりませんわ」
「駄目でしたら私たちとツツジ様の元で仕事に生きましょうね」
「あなた達っ、面白がっているでしょう!?」
きゃあきゃあと可愛らしい声が響くサロンはとても賑やかだった。
エリザとその友人たちも以前の様な棘はすっかりなくなっていた。
「ツツジ、君には素晴らしい友人がいるんだね。羨ましいよ」
「そうでしょう、アスター。貴方の様な素晴らしい婚約者もいますし、
私は幸せ者ね、大切にしなくてはいけないわ。
…まあ、それでおふざけはこれくらいにして、あなた達には王宮に勤める者として
相応の振る舞いや教養を身に付けてもらうわ。
いくら私の推薦があっても、私の一存だけとはいかないの。
あなたたちの振る舞いは、直接私の評価になる。理解できるわね」
ぴしゃりと言われたその言葉に、エリザたちの背筋はピンと伸びる。
今まで笑いあっていたはずなのに、凜とした瞳に切り替わる。
「リリア、貴方は一年後にもう一度聞きます。
入学したばかりの貴方はまだ、私も評価できませんもの。
その分一番期待しているわ。
たくさんの事を学び、成長するのですよ」
「はい、ツツジ様っ」
「よいお返事ね。成長に期待しているわ」
穏やかなサロンでのやり取りを終え、リリアたちはカイと合流する。
「すみません、妹の我儘に付き合って頂いて」
「いえ。それはこちらも同じですわ。
いくら学園内といえどある程度の自由が許される時間となりますし、
厄介な生徒に絡まれるのは不安でしたのでとても心強いですわ。
私たちはともかく、事情を知らないリリアが拐かされる、なんて事があっては、
私たちの可愛い妹分が騙されて酷い目に遭わされるなんて! 許されないわっ」
「い、いくら何でも……ありえなくは、ないと否定はできませんが……。
ですが、皆さま方も御令嬢ですから我が妹だけでなく、
どうかご自分の身の事も心配してください。
そんな事が無いように私が守りますが、警戒する事に越したことはありません」
以前は妹を虐めた主犯であるエリザの事をカイはよく思っていなかった。
学園に入学する以前の付き合いは何も分かっていないが故に妹に二度とあんな目に遭わせるものかと
番犬の如く警戒し、仇の如く嫌い、睨みを利かせていた過去がある。
今では無礼だったと入学と同時に謝罪したが、それ以降は可愛い妹分を愛でる者として他の令嬢たちとも友好な関係を築いた。
とはいっても男女というどうしようもない壁により、積極的に会話するなどはできない為、たまに訪れる彼女たちに挨拶をしたり、学園内ですれ違う時に会釈する程度な為こうやって話すのはかなり久しぶりであった。
エリザたちも自分たちのした所業は充分理解していた為、彼の言動は当たり前だと分かっていた。
血の繋がりが薄いとは言え、あんなにも愛している妹に対しての罵倒は嫌悪されても仕方がないと。
だが、きちんと話せば二人は、いや、他の令嬢含め理解した。
自分たちは同志であると。
無垢そのものの愛らしい存在を守りたいと願うのだと。
それは恋心なんてものは生まずに同じ思いを抱く同志だと結束を生んだ。
あからさまに共にいる事はないが、同じ思いを抱くものとしてそれなりの関係であるが、仲間意識だけは天元突破していた。
「お気遣いどうも。ですがご安心を。
私たちの様な気が強くて、頭でっかちな小賢しい女はお気に召さない様でして。
通り過ぎても無視どころかサーシャなんてぶつかられたのに謝罪もなしですのよ!
王家の方だからって周囲もサーシャが悪いと言うのよ!
あの時の屈辱! 忘れませんわ! いつか必ず謝罪させますわっ」
「エリザ、もういいのよ。あなたが酷い目に遭わされたら心配だわ」
「そんな事が……」
無邪気に校内を見て回るリリアの後ろ姿を見ながらカイはエリザたちと頷く。
「あの馬鹿王子は学年など関係ありません。
現に学園外でも遊び惚けている様ですし、平民でも美しい娘が
遊ばれ捨てられたと噂も上がっております。
真偽はともかく、警戒するのは当然ですわ」
「あんな王子の謝罪など不要です。誠意のない形だけの謝罪など価値はありません。
そんな事より、リリアにおかしな者の言葉を鵜呑みにしない事を強く言い聞かせてくださいませ!
男は顔ではないと、是非同性の方から強く!」
「え、あ、はい……よく言って聞かせます…」
いつの間にやら多くの姉を作っていたリリアにカイは驚く。
そして自分よりもずっと真剣に身の危険を考えてくれている事に驚いた。
以前の刺々しい態度なんてもう既に吹き飛んでいるが、別の意味で意識が吹き飛びそうなカイをただのんびりと過ごしていた同級生たちに目撃され、『理由は分からないが妹の身の危険について圧をかけられている事』を後日聞かれたのは言うまでもなかった。
そして、同じく大樹にずっと半分怒りながら話しかける不思議な少女の噂も広がり、図書室で勉強していたロタス侯爵令息であるレンを怒らせたと言う少女の噂も駆け巡り、怒涛の様に要注意人物が湧き出し、問題児の増殖に頭を抱えた人物が増えたのも言うまでもない。
表現がおかしな点の指摘を頂き、修正しました。
ありがとうございます。