二人の『ヒロイン』2
桃色の花が祝福するように咲き乱れる。
それはまるで『ステラ』の未来を祝福するように感じられた。
『うふふ。ステラの入学の日だから張り切っちゃったわ。
今日から素敵な事がたーくさんあるといいわね』
「ありがとう。ローラ、嬉しいわ」
そう。私は祝福されているの。
花の精霊は嬉しそうにして、くるくる回っている。
美しい花々を一気に開花させてニコニコして、ゲーム通りの様で安心だ。
精霊に愛されたヒロイン『ステラ』は今日から素敵な攻略キャラたちからも愛されるのだ。
何も知らない何もできない『ステラ』はもういない。
勉強も頑張り、礼儀作法だって完璧。何も知らないできないヒロインではないの。
優秀な上に精霊にも愛される完璧で究極の愛されヒロインとしてこれからは生きるのよ。
私の 『ステラ』は完璧なの。
「だ、れ、に、し、よ、う、か、な」
鼻歌交じりに呟くのは、めくるめく愛の物語の登場人物たちに対してだ。
どうせみんな私の作り上げた完璧なヒロインにメロメロになるのだけれど、やはり最初の出会いのイベントはしっかりと堪能したい。
既に好感度カンストぐらいに好意を向けてくれているショウはともかく、学園内で会うキャラはここでの印象が重要なのだからしっかりと振る舞わなければ。
入学式後の出会いイベントは様々だ。
ショウとのお茶会、レンとの図書館での静かな出会い、イオとの校内探検。
どれも素敵だったが、やはり一番はアスター王子との出会いのイベントだ。
学園内で一番大きな中庭の大樹に惹かれ、大樹に宿る精霊と会話するヒロインと出会うのだ。
精霊に愛されたヒロインと完璧な王子との出会い。神秘的な出会いでそこから惹かれ合う二人。
最高だ。
どうせ皆『ステラ』に夢中になるのだから、最初くらい好きなキャラでもいいじゃないか。
決まりだ。始まりはアスター王子だ。
〇〇〇
ぽつん。
そんな音が聞こえそうなくらい誰もいない。誰も来ない。
イベントが始まるそんな感じすらない程、穏やかで静かな時間が流れるだけ。
ああ。きっと『ステラ』が大樹と話していないからね。
選択肢は覚えているけれど、どうやって話しかけたんだっけ。
「こんにちは。良いお天気ね」
にこり、大きなおおきな樹に向かってご挨拶。
神秘的なヒロインとして完璧じゃないかしら。
「わたし、今日からここの生徒になるの。
ここで一番長生きなのはあなたよね。ねえ、良かったらお話ししましょうよ」
返事はない。ただの木の様だ。
「わたしのお友達を紹介したいの。
恥ずかしがらないでお喋りしましょうよ」
返事はない。やはりただの木なのかもしれない。
そんな言葉が頭に思い浮かぶが、ぶんぶん頭を振ってそんな思考を追い出す。
そんな事あるわけがない。『ステラ』は特別なヒロインなのだ。
精霊たちに愛され、当たり前の様にお喋りをするその特別さを理解していないヒロイン。
入学式を終えて、疲れたヒロインが癒しを求めてきたこの大樹の下はとても心地良く感じた。
ふと耳を済ませれば、声が聞こえる。
それは、その大樹に宿る精霊。
何百年とそこにいる精霊はヒロインの特別さに気づき、あっという間に気に入られてしまい、
精霊から祝福を貰うその瞬間をアスター王子は目撃するのだ。
大樹の精霊にも愛され、祝福を貰うそんな神秘的な場面を目撃して、興味を惹かれる。
そう、それが始まり。なんて素敵なのだろう。
そんな素敵な始まりにはどうしてもこの大樹の精霊が必須なのだ。
だが、どうだ。
大樹の精霊はなんにも喋らない。
もしかして、場所を間違えたと思うくらいだ。
いや、そんな事はない。
ヒロインは、そんな事で諦めないのだっ。
「ねえねえ。私とお喋りしましょうよ。
いくらステラが可愛いからといって照れなくてもいいのよ。
わたし、入学したばかりで不安なの。
優しい大樹の精霊さん。そこにいるんでしょう? 無視はよくないわよ!」
にこり。そう笑顔もつけて。
これなら、大樹の精霊だって。
だが、やはり返事はなかった。
「これじゃあアスター王子とのイベントが始まらないじゃないの~!」
励ます精霊たちの声なんて求めていない。
今の『ステラ』に必要なのはそんな声なんかじゃない。
どうして。どうして。なんで。なんで。
イベントが起きないなんて、ありえない。
そんなのおかしいじゃない。
ありえない! ありえない! ありえない!
結局声は聞こえないまま、帰る様に促された。
王子どころか、誰にも会えないままなんて、こんな事があっていいのか。
悔しくてたまらない。
ここは『ステラ』の為の世界なのに。
しかし、上手く行かなかったなら次上手くすれば良いのだ。
三日後には学力テストがあるのだ。
上手く行かないなら、目立つようにすればいい!
たしか次は学力テスト!
ここでダメでも『ステラ』は完璧なのだ。
今は求めてなくてもいつも傍には精霊たちがいる特別なヒロイン。
出会いがないなら自ら演出する! これよ!
我ながら怖いくらいに冴えているわ!
そうと決まったら、すぐに帰って作戦を考えなくてはいけないわ!
これから忙しくなるわ!!
〇〇〇
この世界では金髪というのは貴族ならば当然、というくらいには沢山いた。
むしろブルネットと言われる色の方が目立つくらいだ。
けれど、この『アイローズ』の髪は誰よりも美しいと言える。
少し赤みを帯びた煌めく金髪は唯一という程美しいと自信をもって言える。
瞳だって、すべてが美しい。それがわたし『アイローズ』。
初めはけばけばしい、と思った母親だが良い所だけは拾えた様で安心した。
今も相変わらず若作りとゴテゴテした派手で毒々しいものを好むが、褒めておけばどんな我儘も許してくれるからそれくらいは見逃しておかないといけない。
真っ赤なリボンで髪を結えば花が歩いている様に思える容姿、改めて美しい『アイローズ』なのだ。
なんの問題もなく入学式を終え、あとは家に帰るだけ。
そう。帰るだけなのだが。
ヒロインより完璧な『アイローズ』はこの物語を勝手に始めてやろうと思う。
馬鹿なヒロインはきっとまっすぐに家に帰っているだろう。
そんな隙をついて、攻略キャラを頂いてしまおう。
『アイローズ』はイオの婚約者候補なのだから、いずれは会う事になるだろうし、彼は堂々と会えばいいのだ。本当なら学園入学前に話があってもいいのだが、照れているのだろうか。
仕方がない、『アイローズ』は既に完璧な女性なのだからそうなってしまうだろう。
没落寸前の伯爵家を持ち直した才女として名を馳せているのだし、当然だ。
しかし、あんな簡単な事でお金を稼げるなんて思ってもみなかった。
こんどは男性向きに作って変態親父たちから搾り取ってやろうか。
まあ、そんな事は家に帰ってから考えればいいのだし、まずは向かうべき所に行こう。
かつかつと音を鳴らして向かったのは図書室。
独特のにおいがするその場所はこんな派手な見た目の『アイローズ』には不釣り合いな地味な場所。
だが、ここが目的地だ。
レン・ロタス侯爵令息。
闇魔法に傾倒すると誤解されている優しい青年だ。
不穏な噂に惑わされず、真摯に向き合うヒロインには本当の姿を見せてくれるというストーリーは中々良かったと思う。
ゆっくりゆっくり距離を詰めていくやり取りは目が焼ける程清らかすぎると言われていた。
だが、そんなやり取りなんて『アイローズ』には不要なのだ。
なにせ何もかも展開を知っているのだから、そんなやり取りなくてもレンの悩みを解決できる。
解決できる、は言い過ぎたか。
けれど、それだけの力が『アイローズ』にはある。
「失礼。レン様、ですよね」
「………誰だ、一体。その制服、新入生か。
いつまで残っているつもりだ。早く帰った方がいい。
ああ、そうか。新入生だから、私の噂を知らないのか」
黒色の長い髪をピンクのリボンで束ね、怪しく光る金色の瞳。
真っ黒な鳥のような髪だが、一本だけ美しい桃色の束が見えるのがまた魅力。
ああ、やっぱり本物は美しい……!!
「新入生、私の名を知っているのに噂を知らないのか。
名前を呼ぶ許可をした覚えはないが、これからまともな学園生活を送りたいなら
さっさっと姿を消した方が身のためだ。
今すぐ消えたならその無礼な態度を許しても……」
「婚約者様の体調は大丈夫ですか?」
「………は? な、なんで、どうして、その事を………?」
どんな時も冷静でいるレンの表情が呆然となった。
レンは闇魔法に傾倒しているからと嫌厭されているが、それは世界の為は当然として、
一番は暴発により生命力を奪われた婚約者を救う為というのが一番の理由だ。
そうして、二度と他の誰かを傷つけない為に。
そうして、二度と自分の様に誤解されてしまわない様に、闇魔法は危険でないと証明する為に。
そうやって必死に研究をしている。
それがレンなのだ。優しい人物なのだ。
優しい彼はヒロインである『ステラ』が特別な存在であると気づき、利用しようと考えたが、
そんな自分の思惑に気づく事なく、真摯に向き合う優しい心に自己嫌悪に陥る。
魔法を教えるはずが、レンが教えられていた。
自己嫌悪、嫉妬による精神の均衡が著しく崩れた末に闇魔法の暴走。
誰も傷ついて欲しくないと願ったのに。
闇魔法は危険じゃないと証明したかったのに。
二度と、誰かを傷つけないようにしたかったのに。
全てレンの想いとは真逆になり、レンは絶望する。
物語の魔王のように禍々しい自分に対して諦めたように笑う。
しかし、それでも、ヒロインは暴走したレンを助け、その婚約者さえも救った。
その女神の様な優しさに改めて恋を知る。
そんなストーリーだが、いくらレンがイケメンでも精神介護なんて御免被る。
そんなストーリーが多いのはまあ良いのだが、実際知っていると面倒な作業に思える。
手順を踏んでなんてお利口さんのやり方だろう。
どうせ救うならば、手っ取り早く助けてしまった方が早い。
「教会の方に相談された方がよろしいのでは。
学園では魔法が学べるのですから、教えて貰った方が早く救えると思いませんか。
だってあなたの婚約者は闇魔法の暴走による呪いだと思いますし……」
本当ならここまでくるのに相当の時間がかかる。
そもそも、レンが闇魔法の暴走を起こさないと話は進まない。
でもレンは婚約者を救いたいはず。
なら、当然『アイローズ』の提案に乗るはず。
一介の生徒が解決できる事ではないのだから、お金を使って専門家に任せるべきよ。
本来はヒロインが精霊たちとの協力で浄化するのだけど、あいつの功績にはさせないわ。
『アイローズ』が提案し、それに乗ってもらわないと。
青白い顔になってこちらを見つめるばかりでは困る。
いくら『アイローズ』が魅力的でもね!
「どうなさったのですか? こんな簡単な事、迷っている場合ではないでしょう。
婚約者のチエリー様だって、いつまで生きられるか分からないではありませんか」
「どうして、なぜ、知っている」
これは『アイローズ』が特別になる為の質問だわ。
とびっきりの笑顔で、答えてあげましょう。
「どうして? そんなの簡単ですわ。
私、なんでも知っておりますの。ぜんぶ、知っていますわ。
レン様、貴方が闇魔法を研究する本当の理由も。
貴方様がどれだけ、婚約者を大事にされているかも」
「………っ」
レン様ったら、『アイローズ』から目を離せないみたいだわ。
当然よね。だって『アイローズ』は完璧だものね。
すっかり落ちぶれた伯爵家を再び持ち直させた才女だもの。
外見だって完璧だし、シナリオも選択肢も完璧に覚えているのよ。
随分な間を開けて、レン様は言葉をかけた。
「そうか。ユリーズ伯爵令嬢は、私を脅すという事か。
何が望みだ。私の婚約者の存在を知っているから、言いなりになれと?」
「は!? なにを言っているんですか!?
このままでは、婚約者の命が危ないと言っているのですわ!
大切な婚約者を助けたいと思わないのですか!?」
脅す? 何を言っているの?
私は助言をしに来たのよ。婚約者を救う為の!
私は婚約者の命を救う恩人になるはずなのに、どうして脅しになるのよ!
「どこから聞いたか知らないが、汚い手を使った様だな。
他人の家の事をこそこそと嗅ぎまわるなど、恥ずかしくないのか!?
しかし、礼だけは言っておこう。
婚約者の家には私から忠告しておくよ。
おかしな奴が嗅ぎまわっていると、な。
………今日はわざわざ名乗り出たことへの勇気に免じて、言葉だけにしておこう。
家へ抗議することもしない。学園にも言わないでいてやる。
だから二度と近づくな。二度とだ!
それを守らずに話しかけたり、同じ手口を使ってみろ。
私の闇魔法のいい研究材料になってもらうから、覚悟をしておけよ」
二人以外誰もいないはずの図書館に響いた声はまるで物語の中の存在の様。
敵意の込められた視線は、間違いなく『アイローズ』に向けられていた。
どうして。
なんで。
おかしいじゃない。
折角親切に教えてあげたのに、どうしてこうなるのよ。
いいわ。
どうせ、そのままにしたら愛しの婚約者は死ぬだけだわ。
死んだ頃に『ざまぁ』って言ってやろうかしら。
むしろ、優しくしてあげて『アイローズ』が正しかったと後悔するがいいわ。
ふふ、ふふふ。
その頃が楽しみだわ。