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あれから、また少し時は流れた。

リクは進級してまた一段と勉学に熱心に取り組んでおり、学園で魔法に触れて更に熱中している。

名は体を表すというか、土魔法に適性があるらしくそれを土壌の改良などに使うことはできないかと大人のパンジーが見てもくらくらする程の字ばかりの本を読みこんでいる。

興味のある事は素晴らしい事だ。

魔法なんてどう力になればいいか、分からないけれどあんなにも頑張っているのに応援や本の資金援助くらいしかできないのは夫婦共々歯がゆい所だ。

カイはというと、目標は王都で活躍する騎士と定めて日々剣術の稽古に励んでいる。

勉学では兄に勝てないと言っており何か特技をと彼なりに模索した結果なのだが、勘違いしないでほしい。カイは勉学だって充分すぎる程頑張り、そして結果だって優秀だ。

今年入学するというが、すっかり逞しくなった彼はきっと活躍することだろう。

もちろん、パンジーとしての親目線がそうさせているのかもしれないが、カイの努力は『私』だって見てきた。もちろんそれはリクもなのだが、とにかくこの二人はとても優秀なのだ。

そして、そして、リリアもまた一段と愛らしくなった。

白く輝く銀色の髪、紫の瞳は神秘的に光る。

幸せそうに笑う彼女は『私』が覚えているどのスチルにもない。

『私』がみたくて、みたくて、幻覚だと笑われるぐらい描き続けた姿。


それが今、本物が、目の前で、笑ってくれている。


こんな現実があるなんて、改めてパンジーとその家族たちに感謝しなくては。

養女となっても愛してくれたこの家族たちがいるからこそ見れた現実。感謝と感激が尽きない。

大いに話が逸れたが、リリアは二人の優秀な兄のお陰で二人を見習い、真面目な令嬢として日々頑張っている。美しい所作やら、きっと『私』では何も分からない事なのだが、頑張る推しを間近で見られるなんて本当に言葉に出来ない。

尊い、なんて言葉を言うあの頃の自分はまだ青かったのだ。

リリアは日々彼女の中の理想の、憧れに追いつくために努力している。

それをあんな言葉で片付けていいものだろうか。出来るわけなんてない。

もう、俯いて暗い顔をしているリリアはこの世界にはいないのだ。

それはきっと彼女の努力の賜物だろう。

そして、すっかり変わった環境のお陰ともいえる。


あの時、リリアと友人になった令嬢たちとは今ではすっかり仲良しだ。

始まりこそ最悪だったものの、ツツジ様含めていい関係を築いている様だ。

今では互いの家に訪れ、和気あいあいとお茶会をするという素晴らしい光景が見られてしまう。

同年代の友人を作ることが出来たリリアは一歩先を行く令嬢たちを姉のように慕い、その所作を学ぼうと常にきらきらと視線を向けている。

あんな悪意を向けたのに、それをまるでなかったようにするリリアにすっかり彼女たちは毒気を抜かれ、憧れを向けてくるリリアに悪い気はしない様で妹分として可愛がられている。

ツツジ様とも最初は親たちも恐縮していたが、今ではそんな事はない。

いや、親は今でも恐縮するが、子供たちはある程度の礼儀を守りつつも、親の見えない所で仲良くしているのだろう。

くすくす笑いあう姿は、爵位など意識してない素敵な光景だった。

見て見ぬ振りも大変だけれど。


そんな賑やかで、幸せな日々。

家族とも、ずっと笑いあえる楽しい日々。

そんな日々がずっと続く、なんて事はなかった。


「賑やかな声、いつまで聞けるかしら。

 あの子たちのお茶会を見ているとね、昔を思い出すわ。

 私もああやって、お友達と集まって……楽しかったわ。

 リリアも元気そうで何よりよ。

 久しぶりに顔がみたいけれど、リリアからしたら辛いわよね」

「お義母さま」

「そんな辛い顔をしないで。リリアの前では特にしてはいけないわ。

 あの子からしたら、とてもとても嫌な記憶でしょうし。

 来てくれないのも無理はないわ。弱っていく母親をずっと見ていたでしょうし」


パンジーの義母が体調を崩して以来、中々戻る兆しを見せていなかった。

義母は子供が大好きで、お茶会を楽しむ令嬢たちを見ては笑顔を零し、やんちゃするリクとカイにもにこにこ笑っていた優しい人物。

何よりプランタ伯爵家に身を寄せる事になったリリアの事をとても心配し、いつも優しくしてくれた。

娘が欲しかったのだと誰より甘やかして、ドレスやら装飾品やらお菓子やら、あまりに甘やかすから息子から怒られる事が多くなったが、それでもめげずに甘やかしていた。

そんな所もお茶目で、とても素敵な人だ。

きっとパンジーはこの義母と良い関係を築いていたのだろう。

そしてこの義母はきっとパンジーの憧れでもあったのだろう。


「パンジーさん………いいえ、パンジー。

 貴方がうちの、プランタ伯爵家に嫁いできてくれて嬉しかったのよ。

 あなたは真面目だし、何よりうちのウィリアムを大事にしてくれる優しいお嬢さん。

 ちょっと控えめだから、心配していたけれど………そんな事なかったわ。

 あなたはとても勇気のある優しい子。

 義理とはいえ、あなたを娘にできて本当に良かったわ。

 これからも、あの子を支えてあげて欲しいわ」

「そんな、そんな事」


ああ。どうしよう。

『私』がいるばかりに本当のパンジーに申し訳ない。

きっと、きっと私以上に悲しいだろうに。

ごめんね、あなたの大切な人との別れを邪魔してしまって。

でも、『私』だからこそ出来る仕事がある。

ごめんね、パンジー。



〇〇〇


部屋の片隅で丸くなっているのは小さな小さな体。

ぶるぶる震えて、すすり泣く声が聞こえる。


「リリア」


振り向いたリリアは、ぼろぼろに泣いていた。


「お兄様たちに誘われたでしょう。

 おばあ様のお部屋に行かないか、と」

「い、いや……! だって、おばあ様、とても弱って、苦しそうに咳をして。

 まるで、まるで……う、ううっ」


紫の瞳からこぼれるのは大粒の涙。

ああ、やっぱり。

お義母様の言った通り。予想はしていたけれど、やっぱりリリアは衰弱していく母親と今のお義母様が重なっていた。

寝床にいる事が多くなってから、とても不安そうにしていたから分かってはいた。

きっと嫌でも思い出すのだ。

毒で衰弱していった母親、リンドゥーラの姿を。

リリアからすれば、元気だった母親がある日を境にどんどん弱り、何もできず会う事もできなくなっていった日々がとてもとても嫌に決まっている。

改善したといっても、わずかな期間しか母親と過ごせなかったリリアの辛い記憶だ。

思い起こすな、重ねるななんて無理な話だ。


「どうして、どうして……神様はリリアの大好きな人をうばうのですか。

 おばあ様は、お母様は……どうして、リリアから離れていくのですか。

 りり、りりあは……わ、わたしは……神様に、きらわれて……っ」

「そんなわけありません! リリアは、貴方は、嫌われるはずない!

頑張り屋で、こんなに可愛い貴方を誰が嫌うものですか!」

「で、でも」


震えるリリアの体は、まだとても小さかった。

ぎゅっと、抱きしめるとリリアは震えた声だった。

この小さな体で、耐えていたのだろう。

いつも愛くるしい笑顔の下で、恐怖に怯えていたのかもしれない。

不安げな顔、いつ以来だろう。

リクとカイと笑い、パンジーたちと笑い、令嬢たちと楽しく過ごしていた日々を嘘にはさせない。


「リリア。おばあ様はね、貴方から奪われるのではないわ。

 あなたへの罰として、弱っているのでもありません。

 あなたのせいではないの。これだけは分かって欲しいの」

「でも、でもっ」

「リリア、残念だけど人はいつか死んでしまう。

 それは仕方がない事なの。何かを始めたら、終わりがないといけない。

 物語だって、必ず『おしまい』があるでしょう?

 だから、あなたのせいなんて悲しまないで。

 今は分からなくていいわ。

 あなたが辛いのは当然で、苦しいのも当然よ。

 ずっとずっと辛くて、悲しくて、たまらない日々があったのですからね」


ぽろぽろ零れる涙。

悲し気な瞳もまた美しい。

けれど、リリアはまだ子供なのだ。

母親との別れがトラウマになっている苦しみに耐えていた強い子。


「おばあ様は大丈夫。

 ずっとリリアが来てくれるのを待っているの。

 このまま会わずにいたら、リリアはとても悲しいと思うの」

「わたし、本当はあばあ様に会いたいです……。

 でも、苦しそうな咳をしていた時、怖くなったんです。

 また、大好きな人がいなくなる事が。

 ……おかあさまも、おとうさまも、お兄様たちも……いなくなったらと思ったら

 とても恐ろしくて、たまらなかったです」

「こんな可愛い娘を置いていったら、お義姉様に怒られてしまうわ。

 どんなに嫌がってもリリアが大人になって笑っている所を見てやるわ」

「……うふ、ふふふ。また、わたしを笑わせようとしてますね。

 おかあさまったら、ふふ」


涙は少し止まり、リリアの笑顔が戻った。

まだ目が充血しているが、きっと今は大丈夫だろう。


そのあと、少し戸惑いながらもリリアはお義母様の所に姿を見せた。

会いたかったと泣いたお義母さまの涙に釣られて、それにつられてパンジーもリリアもわんわん泣いてる部屋に訪れてわかりやすいくらい狼狽えていたパンジーの夫には悪い事をした。

それからは、部屋に可愛らしい贈り物や声が響く日々が続いたが、そんな日は長いようで短かった。

虹のかかったある日が訪れ、静かに別れを惜しんだ。


葬儀を終えた『私』はふと、思う。

『私』はとんだ親不孝者だと思う。

階段から落ちるという間抜けすぎる死に目に、親はきっと情けないと思っただろう。

あときっと、借りている部屋のアレコレとか本当に申し訳ない。

きっと、在庫の本とか、パソコンの中のアレとかコレとか。

思い出すと冷や汗が復活するけれど、とにかく申し訳ない事をした。

でも、『私』はやっぱり推しを不幸のままになんて出来ない。

きっと、先に逝ったはずの『私』がどこにもいないのだから驚くだろう、許してくれ両親。


あと一年後、本当の物語が始まる。

学園に入学して、攻略キャラとヒロインと出会うのだ。

それがどんな感じになるのか、もう分からないが、リリアが何を選んでも幸せになれる様に願う。


沢山の方に読んで頂き、大変光栄です。

誤字も沢山報告頂き、ありがとうございます。

頑張ります。

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